その5
焦った。なぜ葉月さんのシャーペンが僕の机の上にあるのか。
隣同士といっても席と席がくっついているわけではなく、人1人分が通れるようなスペースは十分に空いていたから、何かの拍子に転がってきたということは考えられなかった。葉月さんがシャーペンを指でくるくると回していて、すっぽ抜けて飛んできたということも考えられなくはないが、それなら着地の時に結構な音がして気づくはずだ。
薄紫色のシャーペンは、ひっそりとまるでそこにあることが当然であるように、僕の机の上にあった。
葉月さんは、椅子を少し引き、机の下にシャーペンがないか探していた。僕はこれ以上薄紫色のシャーペンを机の上に置いておくことに耐えられず、それを掴むと無言のまま彼女に差し出した。
葉月さんは、驚いたように受け取って、小さな声でありがとうと言った。僕は軽く頷いた。
葉月さんも、なぜ僕が薄紫色のシャーペンを持っているか不思議に思ったに違いないが、彼女がそのことを僕に尋ねることはなかったし、僕もそのことを改めて彼女に話すことはなかった。僕らはとても大人しい子どもだったのだ。
その出来事だけなら、まあそういうこともあるだろう、と忘れ去ることもできたが、おかしな出来事はその後も続けて起きた。
今度は、ディズニーのキャラクターの絵柄の入った消しゴムが、机の左端に突如置かれていた。その消しゴムには完全に見覚えがあって、持ち主は葉月さんだった。
僕は、やはり無言のまま消しゴムを彼女に差し出した。彼女は、当惑したようにそれを受け取った。
その次は、三色ボールペンだった。先生がここ赤線引いておくように、と言った時、葉月さんの手が伸びてきて、その時初めて彼女のちょっとお洒落な水色のボールペンが机の上にあることに気付いた。彼女は、少し責めるような目で僕を見て、これ私の、と小さな声で呟いた。