食育
食育
__食育の時間です。食べてください。
いやあ、どうも。あなた方はA高校からの視察でしたな。これはご苦労様です。
美しい部屋ですか?ありがとうございます。ピュアホワイトと言いますか、全面特殊強化ガラスなんですよ。LED光源を内蔵していて窓がなくても光の調節で朝、昼、夜の演出が可能、床暖房、空調完備で季節問わず快適に過ごせます。二十畳はあって一人用には贅沢なくらいですな。
ご覧の通り、後はキッチンとベッドとトイレしかありません。必要な調理器具はキッチンの戸棚に全部入っています。ああ、トイレはあの敷居の向こうですよ。安全の為扉はありませんけどね、さすがにそこにはカメラは設置していません。私共、鬼ではありませんから。え? お風呂? ははは、そんなもの必要ありませんよ。すぐに理由は分かります。
今回参加したのはB高校の2年生男子生徒十五名です。
女子は参加してないのか?__ああ、まあ、ねぇ。おっと、当時のビデオがもう映っていますか。では見ながら説明をお聞きください。
こちらに映っているのは例の佐々木君。もう一つの画面は篠崎君です。参加の生徒は全員そうですが、この二人も本当に好き嫌いの多い生徒でねぇ。教育するには格好の材料でしたな。
で、これが1日目の映像です。初回は各部屋に米1合と炊飯器しか用意しません。例のアナウンスだけをかけて、後は放置です。最初は皆ぽかんとしていますけどね、若いから順応は早い。各々米を食べようとするのですが、男子はもうこの米を洗って炊く所から分からない子が多いからひどいもんです。はは、佐々木君なんておかゆになっちゃってますよ。篠崎君は使い方がちゃんと分かっていたようで、1日目は順調に終わりました。米がちゃんと炊けるようになるまでこれを続けるので、ここからは生徒によって過ごす日程は変わりますが、まあさすがに炊飯器ですからね、遅くとも3日目までには全員できるようになります。はい、それまでは米だけですよ。下手におかずも付けてやると、それだけ食べて米の存在に気付きもしませんから。なあに、3日間米だけでも死にはしません。
無事に次の段階に進めば、今度は米1合と水槽に入った魚を3匹置きます。それだけで説明はありません。察しの悪い子はのんきに鑑賞したりしていますが、ここは佐々木君が一番早かった。何をすべきかが分かったんです。キッチンからバーベキューの串を出してきて1匹ずつ串刺しにしました。ただ、魚をさばいた経験はないんでしょうな。思いつきもしないという感じで、串刺しの魚をガスコンロの火で直接炙ってみたり、上手くいかないとなるとグリルに入れて真っ黒に焦がしたりして最初の3匹はだめにしました。翌日は要領をつかんだようで、最終的にはなんとかグリルで焼いて食べてました。
篠崎君は優しい子みたいでしたね。最初は米粒なんかやってじっと見てた。でも次の日になっても何の変化もないから分かったのでしょう。ざるを出してきて1匹をすくい上げました。そのまま台所へ行って流し台のふちに魚の頭を軽く叩くと、頭を包丁で落として排水溝に入れて・・・、おや? 生ごみ処理機を知りませんか?では画面をよく見ていてください。篠崎君がスイッチを入れると、がりがりぼりぼりっと音がするでしょう。排水溝の中が処理機を兼ねていて魚の頭を粉砕しているんです。骨があるから時々ぼりって聞こえますね。で、彼が横のホースを出してあの魚の中に突っ込んでいるでしょう? 中の内臓を吸い取ってくれるんですよ。ずず、ずるずるっぼぼって内臓が吸い取られている音がするでしょう? ああ、そうです。結構音はしますよ。まったく便利ですよね。
で、そうやって1匹は処理したんですが、手際は見事だったのに食べようとしないんですよ。
これは想像ですが、彼は誰かがああやって調理していたのを見た事があっただけで、実際自分でした事がなかったんじゃないかと思うんですよ。気分が悪くなったのか、魚がかわいそうだとでも思ったのか、この日は食べませんでした。そういう場合ですか? 何もしません。我々はただ見ているだけ。全数処理する事が目的ですからね。彼も理解したのでしょう、翌日には思いつめた顔であと2匹も調理して全部食べてましたよ。
次の課題は子豚でした。ええ、もちろん生きてます。これでも譲歩はしたんですよ。最初は大人でいく予定でしたからね。ただ倒すのが大変だろうと言う事で、まだ小さい豚にしてあげました。
佐々木君と篠崎君はすぐに理解しました。二人とも、豚を入れた途端固まっていましたから。他の生徒達も本心は分かっていたと思いますよ。ただ信じたくはない。だから最初は飯をやったり一緒に遊んだりして現実逃避していましたね。しかし嫌でも分かり始める。いつまで待っても食材は他に来ませんから。だからと言って皆殺すのは怖気づくんですよ。元気いっぱいに走り回っている子豚ですからね。大概の者は長期戦を始めます。何日かすれば豚が疲れるか、うまくいけば餓死してくれないかと思うわけです。佐々木君と篠崎君も様子を見ていました。
しかしそれでは意味がない。だから生徒達が寝ている間に豚を取り替えるんです。苛立つでしょう。苛立ちますよ。いつまで待っても豚は疲れない。どころかいつまでも元気一杯で部屋中を走り回りあげくの果てに糞尿を撒き散らす。部屋は汚れ放題です。自分は米しか食べられずふらふらなのに相手は元気の塊であり、迷惑しか持ち込まない。
それを繰り返す事で皆気づくんですよ。全力で殺しにかからないと自分が倒れるって。
ここでも最初に動いたのは佐々木君でした。夜中に豚の動きが少し緩やかになった頃を見計らって脱いだ自分のシャツを被せて捕らえました。そうしてシャツの上から馬乗りになって上から包丁でめった刺しです。シャツがあるとやりにくいでしょうが、初めて殺すんですから姿が見えない方がやりやすいでしょう。彼はなかなか冷静ですよ。ただ調理は大変でしたね。さすがに現在の高校生で豚をさばける子はいないでしょう?
佐々木君も、血まみれのシャツを取るのは怖かったんでしょう。布でくるんだまま豚をキッチンに持って来たはいいけれど、それを見下ろしたまましばらく突っ立っていました。分かったんでしょう。まあ魚はなんとかなったとしても豚はそうはいかない。臓物を取らなきゃいけないと。
シャツをかぶせたままでまな板の上に置いて、足を一本一本切り落とすたび吐きそうな顔をしていました。そのまま半分だけシャツをめくり、顔を背けながらなんとか腹は割けたんですけどね、かき出した臓物を見た途端、たまらず嘔吐したんですよ。せっかくの食料に半分吐瀉物がつきましてね。それを見て再び嘔吐しました。もう、顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら流し場に豚を持って行きましてね、水で洗い流しながら時々吐いて、を繰り返してなんとか臓物を捨て豚を洗ってましたね。豚がきれいになった所でぐったりとしてしまって、その日はそのままベッドに倒れこみましたよ。翌日顔色は悪かったですが、豚をさらに小さく切ってお湯で煮たりフライパンで焼いたりして半分飲み込むように食べていました。
篠崎君や他の生徒はなかなか行動を起こそうとしませんでした。いや、動けなかったと言ったほうがいいのかな。時間はずいぶんとかかりましたが、まあ1週間が限度です。米だけでしょう、皆本性が出てくるんですよ。5日たっても何もできない場合、こちらも温情でそれ以降の豚は変えませんでした。そうしたら弱って動きが鈍くなってきた所でようやく皆なんとか殺せました。ええ。篠崎君もです。彼は7日目に弱り始めた豚をようやく掴み、顔に枕を押し当てました。いやあ感動的でしたよ。なかなかくたばらない豚に泣きながら何度も枕を押し当てるんです。「ごめん。頼む。死んでくれ!!」って泣き叫んでいました。なんとか豚を倒せた後は、大体佐々木君と似たような感じでした。
ここまでご覧になって頂いて、シャワーがないと言った意味が分かったでしょう? いえ、最初はちゃんと用意したんですよ。ですが皆最初の1日か2日で使わなくなるんです。この密閉空間にはスマホもゲームも何もありません。あるのはわずかな食料と生きた食材だけ。食材を次々に処理し食べていけばすぐにこの部屋は出られます。しかしそれがすぐにできる子なんていません。必然的に米しか食えなくていつもお腹が空いている。そうすると皆部屋の隅でひざを抱えて動き回る食材しか見なくなるんですよ。どうやって殺そうか、自分に殺せるのか、そもそも殺す以外に方法はないのか。
常に飢えた状態の人間は、常に食料の事しか考えなくなるんですよ。
それで女子参加の話なんですが、最初の頃は参加させていましたよ。そりゃあやっぱり男女平等でないと。でも女子は魚の段階からクリアするのが非常に時間がかかるし豚はほとんどが駄目なんです。動物が可哀想だって自分が餓死する方を選ぼうとするんですよ。中には自分の飯を豚に与える子もいるんです。全く考えが甘いんですよ。それで十人ほど病院送りが続いた所でお国からストップがかかりました。女子は大事に扱ってもらわないと困ると。そりゃまあそうです、この少子化の時代は子供を産んでもらわないといけませんから。で、魚だけにしたんですが、それでもできない子もおるわけですよ。仕方がないので女子は現在免除です。男子ほど食べ物を粗末にしない__料理をするからでしょうな__事もありますが、目に余るようになってくれば、また復活はするでしょう。
さて話が逸れましたが、次の課題は子牛でした。あははは、この時の生徒達の顔を着たら、世界が終わったみたいな顔をしているでしょう? 佐々木君と篠崎君は頭を抱えていました。もう一度、自分の手の中で生き物を死んでいく様を、殺した手で肉をさばいていく感触を味わわなければならないと。
ああ、怒鳴りながら扉を蹴飛ばしているのは佐々木君ですよ。出せ!出してくれ!って聞こえるでしょう?
ご安心を。対策はしっかり取ってあります。ああいう子は結構いるんです。怒鳴ったり半狂乱になったり。扉は耐熱金庫があるでしょう、分厚くで丈夫な。あれと同じ素材でしてね、厚さは三十センチはあります、蹴破れませんよ。
結果、子牛も中々てこずりましたけどね、子豚ができた後ですから、時間がかかっても皆なんとかやりました。さばく時にはやはり盛大に吐いている子がほとんどでしたけどね。それでも最後の鶏の時には皆たくましくなりましたよ。大物になれたから対象物が急に小さくなって抵抗感が薄れるんです。慣れって奴ですね。佐々木君は入れた途端、鶏の首根っこをつかんで一気に包丁を振り下ろしました。真っ白い壁に血しぶきが盛大に飛んでねぇ。まあ鶏のしめ方なんて今時大人でも知らないから仕方がないです。篠崎君は暗い目をしてしばらく鶏を見ていましたが、それでもその日のうちに枕で鶏の頭を押し付けて包丁で頭と胴を分断させていました。彼にしたら上等です。
それから調理する方には皆苦戦してましたけどね。羽をどうやってむしれるのか、とか。それでもこの頃には皆淡々として吐く子はいませんでした。
これで実習は終わりです。ははは、野菜も食わせなきゃいけませんからねぇ。今回も実りある物でした。
佐々木君、いいですよねぇ。彼が出てきた時はね、こう、落ち窪んだ目が爛々と光っていて、体全体から怒気って言うんですか、湧き出していまして。すごかったですよ。「お前ら殺してやる!」って。「皆殺せたんだ、人だっていける!」ってわめいて暴れまして。__ああ、大丈夫ですよ。言うだけです、足元はかなりふらついていましたからね、すぐ取り押さえられました。いや、でも若いうちはあれくらい反抗心がないと。元気があって学生らしくていいじゃないですか。
その点、篠崎君はねぇ。扉を開けても三角座りの体勢でじっと動かないんですよ。覇気がなくてねぇ。仕方がないから大人二人がかりで引きずり出しましたよ。直接手を下したショックをずっと引きずってるんじゃないですか? そんなの今までだってやってきてたのに、ねぇ。誰かが代わりにしてくれていただけなのに何を今更。最近は彼みたいなタイプの方が多いんですよ。全く甘いですよねぇ。親父の世代なんか戦時中蛇でも雑草でも食べたって言うのに。まあ、ああいうタイプは従順で使いやすい大人になりますが、全く嘆かわしい。あっちの方がぞっとしましたな。いえ、何もありませんでしたよ。だって何もしようとしないんですから。
そこでビデオは終わり、国の特殊機関「食育推進委員会」代表と握手した教師達は視察を終え、満足そうに帰って行った。
翌日からはまた別の高校の生徒がこの白い監獄にぶち込められる。
窓のない真っ白な正方形の空間、天井四隅に監視カメラが備え付けられ、銀色に冷たく美しく光るキッチンには炊飯器と袋に入った1合の米が置いてある。
部屋に戸惑い気味に入った生徒へ、コンピューター音声の無機質なアナウンスが告げるのだ。
__食育の時間です。食べてください。
了




