不都合な優しさ
魔術師課程の授業の流れはこうだ。
最初に老教師の話を聞く。
ソーザリアス国内で起きた事件や近日の催事など時事問題から、近隣諸国の我が国に対する折衝戦略の解説や魔導鉱床の試掘計画などの、一部の人間以外あまり馴染みのない話題まで、魔法の技術に関連しない話題を語る。
何かしら意図があるのだろうが、私は理解できなかった。
一頻り話しを終えると、本題の魔法の授業を始める。
これ先程とは打って変わって、実践的な内容だった。
「兄様」
放出魔法を数回使わせた後、優れた魔導器官を持つ者であっても扱いが難しい創造魔法を使わせる。
創造魔法は四系統の中で最も魔術師としての才能が問われる魔法だ。
付与魔法、念動魔法、放出魔法の3つは、人間であれば生まれながらにしてその才能を司る魔導器官が体内のどこかに、最低でも一つは備わっているらしい。
しかし、創造魔法を使える者は生まれながらにして、必ずそれ自体と、もう一種類の魔法を扱える魔導器官も備わっているという。そして、そのような人間は優れた魔導器官を持つ者が多い貴族の中にあっても一握り。
「ねえ、兄様」
この魔術師課程で学ぶにはそれを使えることが最低条件とのことだ。
生徒全員が創造魔法で石のカップを作り出した後は、各々が得意と考えている魔法を使わせ、それに対してアドバイスをして授業は終わりだ。
「兄様……」
そして、授業が終わった後は、学内で研究活動をするらしいが、これは実質自由行動だ。やることが無ければ、もうそのまま帰っても構わないとのことだ。酷い放任主義に思えるかもしれないが、先人の技術を学ぶ騎士課程と職人課程と違って、己の才能を学ぶ魔術師課程においては、己の思想に基づいた学習が重要だと老教師は語っていた。
「…………」
なので、研究内容をまだ決めていないお嬢様は、学内にあるカフェでティータイムだ。
「ザイカー、どうしてその子を無視するのかしら? 妹なのでしょう?」
面倒くさいから、などと正直に答えるわけにはいかない。
「現在、私はヴェーデン家の執事としての職務を遂行している為、『兄様』と呼ばれて返事をするわけにはいかないのです。『ザイカー』と呼ばれれば、応じますが」
シエンナを横目で見る。
こちらを見て、何かを言おうとしていじらしく口を開け閉めしている。
「ザ……ザイ……兄様のことを呼び捨てなんて……恥ずかしい」
よし。
このままお嬢様がお茶に飽きて帰りたくなるまで、放置していればやり過ごせるだろう。
「ザイカー。話して差し上げなさい」
クッ、良識的対応だ。私の知っている公爵の娘ならば、征服欲を満たしたいがために私が発言することを禁ずるだろうに。
「僭越ながら、申し上げさせて頂きます。このまま私めにそこの者との私的な会話を許された場合、大変見苦しい姿を長時間に渡ってお見せすることになりますが、よろしいのですか?」
「ええ。何なら席を外してもかまわないのだけど?」
「……いえ、どうぞ、そのままお掛けになっていてください」
これ以上食い下がればお嬢様のティータイムを妨げる。そのような結果は私の執事としての信条に反する。致し方ない。
「で、私に何か用があるのか、シエンナ?」
普段の口調でシエンナに話しかける。
「………兄様、どうして私に黙って家を出ていってしまったのですか?」
「話すまでもなかったからな。わかっているだろう?」
「退屈だったからですか?」
「その通りだ」
「……ジノ様やジュリアス様の手伝いをなさればいいじゃないですか。兄様ならどちらの仕事でもできるでしょう?」
「私が行けば、派閥争いが起こる。三男と言えど直系だ。同じ仕事をしていれば、時折兄上達より目立った活躍をすることもあるだろう。それを気に持ち上げようとする馬鹿が現れる、というようなことは考えなかったのか?」
「そ、それは……」
まだまだ政治に疎いな。やはりシエンナはどこかの貴族と婚姻するより、魔法学校で研究をしている方が似合っている。
そういえば、何故シエンナが魔法学校に通うことになったのだろう? 今朝の様子を見るに、少なくとも私と話すことは目的ではないはずだ。
「それで、お前がこの学校に来た理由は何だ? 誰かに薦められたのか?」
「はい。ジノ様に、お前のずば抜けた魔法の才能をここで殺すわけにはいかん、と言われて……本当は家から離れるのは嫌でしたけど、兄様に会えたから良かったって思います」
ジノ兄様の差し金だったか。
確かにシエンナは我が家で最も魔法の才能がある。
だが、シエンナにはそんなものより強力な才能があることくらい、ジノ兄様にはわかっているはずだ。
そのシエンナを家で囲わずに王都に送り込む理由があるとすれば、私を監視させるためだろう。シエンナなら何も命じなくとも、私が王都の近くにいることを知っていれば勝手に探す。魔法学校への入学は、シエンナを王都に送る為の尤もらしい都合に過ぎない
……いや、ジノ兄様は英明だが、私とは考え方が違う。
私とシエンナを自家の駒として扱わない。
単にシエンナに良い経験を積ませるのが目的で、そのついでに私の様子を見てくれれば良いくらいの考えだろう。
「事情はわかった。念のため言っておくが、私は何を言われても家に戻るつもりはない。そして、今後は私が執事として職務を遂行している時に話しかけるのは控えてもらおうか……」
「いつでも話しかけて構わないわ」
意外だな。良識あるお嬢様であれば、他所の家族の問題には口を挟まないかと思っていたのだが。
「ありがとうございます。えーと……」
「ミーナ・ヴェーデン。新入生同士、これから仲良くしましょう、シエンナさん」
「はい、こちらこそ。ミーナさん」
やれやれ、まさかお嬢様と我が妹が握手を交すことになるとは、露にも思っていなかったぞ。
それにしても、私の周囲の者はシエンナといいお嬢様といい、ジノ兄様や父上、ダリウスも一応そうだな、皆、行動が優しさに溢れている。
だが、その優しさが私にとって不都合に働く事が多いのは何故だろうか。