転生の記憶
トマス様にゾールズベリー家とヴェーデン家の事情をご教示していただいた。
ヴェーデン家とゾールズベリー家が交流を始めたのは二十年前、エミリー夫人がご主人様と交際を始めた時からで、当時はゾールズベリー家も諸侯と同様に、自家の為に、尤もらしい理由を付けて、制裁という形で他家を陥れるヴェーデン家を避けていて、エミリー夫人がご主人様に近づいた際も強く反対していたそうだ。
しかし、どういう経緯かはトマス様も詳しく知らないらしいが、ゾールズベリー家の大人たちは皆、ご主人様のことをエミリー夫人の婚約者と認め、彼女が逝去した今でも、その交流が続いている。
政略結婚だと決めつけていた私としては、とても意外な話だ。
「ちなみに、僕や弟達はミーナの結婚相手の候補なんだよ。ただ、ギヨーム公の本命は大公家。ゾールズベリー家は保険って感じだろうね……。今日はこんなところかな。お祖父様の話は大切な話だけど、長い話ではないはずだから、そろそろミーナは戻ってくると思うよ」
「貴重な御話を伺わせていただきました」
「僕もいい暇つぶしになったよ。また来た時にも時間があったら話そう。今度は君のことが聞きたい」
トマス様が馬車を降りると、入れ替わりでお嬢様が戻って来た。
「ミーナ、大事な話って何だった?」
「私を魔法学校へ推薦するという話……」
トマス様はその言葉を耳にした途端に、目を爛々と輝かせていた。
「やはりか! 当然応じたんだろ?」
「……不本意だけど。お祖父様にあのような頼まれ方をされては断れませんわ」
どのような頼み方をされたのか、気になるところだ。
「お祖父様はどの課程で学ぶように言われたんだ?」
「魔術師課程を薦められましたわ。個人的には職人課程の方が魅力的なのだけれど」
「僕は今年から騎士課程に変えるんだ。おっと、勘違いしないでくれ。僕は自分の才能に限界を感じたから変えたのであって、魔術師課程に嫌気が差したというわけではないんだ。君ならどの課程でもトップを取れるから、あえて難関の課程を薦めたんだろう」
私は魔法に関して浅聞だが、血統から考えて、お嬢様が強力な魔導器官が備えているのは明らかだ。
ソーザリアス魔法学校、貴族と魔法の才能が認められた少年少女のみが入学できる、養成学校だ。
私ももう少し若ければそちらに通っていただろう。
ヴェーデン家、カティル家、ソーザリアス家の三公家によって運営されているため、ヴェーデン家であるお嬢様は推薦無しで入学できるはずなのだが、何故かお嬢様は通い渋っているようだ。
「今日はもう帰るのか?」
「ええ、今日は顔を見せに来ただけ。気まぐれで遊びに来て、長くお邪魔するのは迷惑でしょう?」
「そんなことはないさ。でも、今日君が来たことを知ったら、弟達は悔しがるだろうね」
お嬢様はトマス様を一瞥して馬車に乗り込む。
「ミーナと学校で会える日を楽しみにしているよ」
「そう、じゃあ来月に期待していなさい。ごきげんよう」
命令されたわけではないが、お嬢様の意を汲んで馬車を出すように合図を送る。
ケビンは手綱を引いて門の方へ馬車を反転させそのまま走り出す。何気なくやっているが、素人であれば御者台に乗ったまま馬を反転させる指示は出せない。
門が勝手に開く。トマス様の念動はかなり離れていても使えるようだ。威力は解らないが、射程だけなら、兄上よりも上かもしれない。
「お嬢様、次の目的地は何処にいたしましょう? それともこのまま屋敷に戻りますか?」
「……少しゆっくり走って」
「かしこまりました」
私は間隔を開けて二回扉を叩く。馬が少しペースを落として走り始めた。
「……ねえ、貴方って。私の言う事は何でも聞くのかしら?」
「ええ、初めて会った折にそのように申し上げたはずです」
ようやく無茶な命令を申し付けられる時が来たか?
「なら、私が今から言う事を信じて聞いてくれる?」
ふむ、何やら重要な話のようだな。
「ええ、勿論。何事でも、如何様にも、私は最大限の務めを果たします」
「そう。なら、話すわ。何もいわずに聞いていて。実は……………………私には前世の記憶があるの。それもこの世界とは異なる世界でのね。その世界では魔法は架空の存在で、あるゆる物事を科学技術だけで解決していたの。そうね。例えば、お茶を煎れる時にお湯を作るでしょう。私の生きていた世界では、金属製の容器に入れた水を、火で熱して温めてから、ポットにお湯を入れる。ここまでを魔法を一切使わずに、自然の法則に基づいた方法のみで行うの。だから、大昔は火を付けるだけでも大変だったらしいわ。でも私の生きていた時代には、ボタン一つで火を起こせるくらいに科学技術は発達していて、それどころか、火を使わずに水を温める技術まで出来ていたわ。これには電気っていう物が一役買っていて、これのおかげで魔法のようなことが沢山できるようになったの。科学はそういう自然現象を解明して体系化することで、人類がそれを利用するために培われていったの。本気になれば、私達が住んでいる星そのものを焦土にできる技術さえ人類は手に入れた。私はその技術を唯一戦争で使用された国の生まれで………聞いているのかしら?」
「拝聴しています。『何もいわずに』と命令されたので黙っておりました」
「本当に? こんな話。本当に信じて聞いているの?」
「勿論。私はお嬢様の言うことは全て信じています」
どのような妄言であろうとも、お嬢様が『信じて』と言うのだから、私は信じる。
「そう……。ありがとう。今でこそこんな口調だけど、その世界の言葉だと私はちょっと乱暴な喋り方をしているの。私は生前は18歳の男の子だった。だけど、ある事件に巻き込まれて、私は命を絶った。それで死後の世界で、死を司る女神に会って……、物心が着いた頃には、私はヴェーデン家のミーナ・ヴェーデンとして転生していたの」
お嬢様の妄想は妙に精緻だ。
前世の自分というのは、単にお嬢様の理想の男性像を暗示していると思ったが、それにしては文化体系の部分を作り込みすぎている。
しかし、問題は妄想の内容そのものではない。何故にお嬢様がこのような話を始めたのか? それを知ることこそが肝要だ。
「ねえ、今のを聞いてどう思ったのかしら?」
執事としては、主に対しむやみに追及をすべきではない。だが、今回はお嬢様ご自身が尋ねられることを望んでいる。
「魔法が存在しない世界というのは、私は考えたこともございませんでした。魔法も自然の一部であると思っていたものですから。して、何故前世のご自分のお話を私などに話してくださったのですか?」
「貴方が何でも聞いてくれると言ったから。それと他言無用だから。話は終わり、もう帰りましょう。街へ行く気分にはなれないから」
もしや、また私の忠誠心を試しているのか? 私が主人の吹聴して回る程愚かでないことくらいは最初に理解らせたつもりだったのだが……いや、他人がそれを聞いてどう思うかを知りたかっただけか。
私はお嬢様のことを信じている。
勿論、実際には乙女の妄想だと断じているが、どんな状況であろうとも、お嬢様の言葉を真実であることを前提とした振る舞いをすれば、猜疑心がお嬢様に伝わることはない。
故に私は絶対の忠誠を誓っているに等しい。