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血縁

「馬車の手配が済みました。お嬢様、目的地を伺ってもよろしいですか?」

「ゾールズベリー邸」

「御者よ。ゾールズベリー邸までの道程を知っているか?」

 私はケビンに畏まった口調で話しかける。

 執事は主の眼前において、常に厳粛でなければならない。私の持論だ。

「ええ、ゾールズベリー邸へはよくお出掛けしますから。安心してください」

 私の態度が一変しても、顔色を変えないか。やはり物分りが良い。

 馬車の扉を開け、お嬢様を中へ誘う。

 私も共に中に入り、お嬢様と対面の席に座り、御者台側の扉をノックして、合図を送る。

 馬車が走り出す。

 実家の馬車は走っている時に、尻が痛くなるから立ったまま乗っていたが、この馬車は全く気にならない。

  座席に使われている皮革が上質であることに加え、タイヤ付近に緩衝装置が備わっている。

 今回は首都を横切るだけなので大した距離ではないが、長旅でも、快適に進めそうだ。




 ゾールズベリー侯爵家、ヴェーデン家が諸侯の中で唯一親交が深い家系だ。

 ご主人様の妻であり、お嬢様の母君であった、今は亡きエミリー・ゾールズベリー・ヴェーデンの生家でもあるらしい。亡き奥様、エミリー夫人は政略結婚によって嫁いできたのだ。

 ヴェーデン邸とゾールズベリー邸は両方共、首都ソーザインの敷地に隣接した区画に位置している。

 ソーザリアス公国において主要な貴族は、首都ソーザインに隣接した領地を大公から拝領され、その領地に居を構えることを求められる。この慣習はソーザリアス家が偉勲を認めた家系への信頼の証であり、同時に反乱を起こさせない為の監視の意味もある。

 どちらにせよ、家格を保証する物であることに違いはない。

 故にゾールズベリー邸は相応の偉業をなした家であるということだ。

 八年前の戦では見かけなかったので、評判を聞き及んでいないが、内政面での功労か、勃興期の戦で多くの領地を得た家系であると考えられる。

 道中何事もなく、その由緒ある家系の正門にたどり着いた。ヴェーデン邸よりも前庭は狭いが、屋敷の大きさは負けていない。むしろ、ヴェーデン邸の敷地が広すぎるのだろう。

「やあ、ミーナ。元気にしていたかい?」

 その門前には一人の少年が立ちはだかっていた。

 公爵家の令嬢であるお嬢様を呼び捨てにするとは、それほど家格に自信があるのか、教養のない痴れ者か?

「トマス、邪魔ですわ。どきなさい」

 どうやら親しい間柄のようだ。

「ああ、ごめんね。でも門を開けるから待ってくれ」

 そう言うと、トマスと呼ばれた少年は正門の方を向くと、手を翳かざす。

 すると、手を一切触れていないにも関わらず、門が開く。

「さあ、通ってくれ」

「あら、念動魔法も使えたの?」

 念動魔法。

 四系統の魔法の中で、最も単純で、それ故に強さが才能に依存する魔法である。念動魔法には触れていない物を動かすという特徴がある。実戦においては、矢の軌道を変えたり、その念動力で相手を直接攻撃する目的で使われる。

「ああ、俺も驚いたよ。去年までは一生使えないと思っていたのに、魔術師課程の先生に師事を受けたらこの通りだ」

「へえ、良かったわね。でも、それも貴方に元々才能があったからでしょう?」

「先生にもそう言われたよ。それでさ、俺でさえこうだったんだから、ミーナも魔法学校に行ってみれば、何か新しい才能が目覚めるじゃないかと……」

「お話の途中ですが、立ち話というのもなんです。中に入ってはいかがですか?」

 私は馬車の扉を開ける。

「そうだな。自分で言うのも何だが、こんな所で立ち話というのは行儀が良くなかった。お言葉に甘えさせてもらうよ」

 少年はさも当然のごとく、お嬢様の隣に座った。

 お嬢様の表情に変化はない。この少年は相当信用されているようだ。

 御者台にさり気なく合図を送って、馬車を進ませる。

「ところで、ミーナ。この方は?」

「私の執事よ」

「ザイカー・アリンへイルと申します。以後お見知りおきを」

「ああ、君が。家名があるってことはやっぱり貴族なんだ……。執事を個人で雇ってるってだけで凄いのに、その上貴族だなんて、やっぱりヴェーデン家は凄いな。僕なんて嫡子なのに、メイドを一人世話係に使わせてもらってるだけだ」

 嫡子……。

「僕はトマス・ゾールズベリー。ゾールズベリー家の現当主、ラルフ・ゾールズベリーの長男だ」

 ラルフ・ゾールズベリーは確かエミリー夫人の兄のはずだ。つまり、トマス様はお嬢様にとっての従兄弟ということか。それならこれだけ親しいのも得心がいった。

 とにかく三人とも歓迎するよ」

 それにしても、執事に自己紹介か……。

 いや、三人? ケビンも含めている? だとすれば、公明正大だが変わり者でもある。おそらくお嬢様も悪ぶっているだけで、根は彼と同じだ。悪名高きヴェーデン家にしては良識がある。ゾールズベリーの血を受け継ぐ者にはそういう心立てがあるのか? それとも、私の貴族に対する考え方自体が間違っているのか?

 前庭を抜けると、玄関先にも待ち受ける者がいた。

「おお、ミーナ。合いたかったよ」

 杖をついた老人だ。だが、腰は曲がっておらず、老紳士と称するべき、高貴な佇まいだ。

「お祖父様、お久しゅうございます」

 馬車から降りたお嬢様はその老紳士に一礼する。

「お祖父様、中で待っていてくださいと言ったではありませんか」

 トマス様にとってもお祖父様……。

 存じ上げていないが、ゾールズベリー家の前当主に当たるお方に違いない。

「孫娘がくると聞いて、ただ座って待っていられるほど、老け込んではおらぬのだ。さあ、今日は大事な話もある。是非上がってくれ」

 老紳士がお嬢様を急かす。

 お嬢様の後に続こうとすると、トマス様に手を引かれる。

「待ってくれ。お祖父様は今日、とても大事な話をなさるんだ。二人っきりで話させてもらえないか?」

「失礼を申し上げますが、私はヴェーデン家の執事でず。ヴェーデン家以外の方の命令で、お嬢様の側を離れることは出来ません。悪しからず」

「ザイカー、馬車で待っていなさい」

「かしこまりました」

 私は即座に馬車に乗り直し、お嬢様が屋敷の中へ消えていくのを見守る。

 その光景を見てトマス様が不思議そうに私の方を見る。

「君……一切食い下がらないんだね」

「主人の言いつけを守るのは、執事として当然のことです」

 私はお嬢様の執事とはいえ、まだ仕えてから日が浅い。大事な話しをする際に、そのような部外者同然の者がいては不快だろう。それに、お嬢様が何を吹き込まれたとしても、どうでもいいことだ。私は善行であれ、悪行であれ、命令をこなすのみだから。

「ミーナを待っている間、代わりに僕と話をしないか? 」

「かまいません。中へどうぞ」

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