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馬が合う同僚

11月4日 脱字を修正



 ヴェーデン家への奉公を始めてから一週間、その間にこの屋敷での主な業務の流れは大体把握した。



 早朝、まずコックと共に『本日の献立』を決める。料理によっては前日から準備が必要な場合もある。基本はコックの歳量に任せるが、旦那様やお嬢様の気分や体調によっては執事長か私の方からメニューの一部を変更させたりもする。献立が決まったら、後はコックに任せる。



 朝、お嬢様が起床する頃、モーニングティーを煎れる。

 お嬢様は貴族にしては珍しく、着替えと化粧を自分でなさるので着替え終わるのを見計らってお茶を差し入れる。

 もっとも、一杯飲んでからすぐに食堂に移動してしまうので、モーニングティーが必要あるものか解りかねる。




 昼、執務室にてソーザリアス公国の諸侯から届く手紙やお嬢様の所領に関する書類の整理をする。

 公爵令嬢ということもあって、舞踏会への招待状や縁談の話が多い。

 舞踏会への参加はお嬢様の意志を確認をするだけで良いが、縁談に関しては旦那様にも相談しなければならない。大抵の場合は爵位が低すぎるとか、領地が狭すぎるといった理由で断るのだが、ヴェーデン公爵家に見合う爵位と領地を持つ家など、ソーザリアス大公家とカティム公爵家くらいしか残っていないのでは? まあ、一人娘の結婚相手なら庶民の父親でも慎重になるものだ。仕方あるまい。

 決算書を見る限り、お嬢様の領地は予想外に恙無く治められているようだ。

 無論、旦那様の直轄地の決算書と比べると領地は狭く、税収も十分の一以下だが、住民の移住率が急増している。

 民が過ごしやすい環境である証拠だ。更に、首都と港町の長い道のりを結ぶ宿場町として機能する。

 これなら順調に人口が増加し、徐々に領地も発展して行くだろう。

 まあ、実際には執事長が一枚噛んでいるのだろうが。



 書類に目を通した後は、屋敷を見回る。

 この時間は、特に決まった作業はなく自由。

 執事長曰く、特別な業務がない場合は昼寝をしていても支障がない程度にやることがないらしい。

 だからといって、本当に昼寝などするようならば、執事失格であろう。

 私は屋敷の細部をチェックし、問題箇所の有無を自主的に調べている。

 執事といえど、新参者の初手柄が粗探しと言うのは、印象が悪い。

 あったとしても、すぐに報告するつもりはない。折を見てメイドあたりに軽い事件を起こさせるように仕向け、ご主人様かお嬢様に問題を自覚させる。その後に防止策を進言する。

 しかし、今のところあまり差し迫った問題がない。

 やはり、私にとっては本当に退屈な地獄のような時間だ。



 夜、ディナーを済ませたお嬢様を部屋までお送りし、メイド達に明日の業務を伝える。

 その後、庭師に警備状況を確認する。この二人の庭師だが、実は警備員として役割も兼任しており、そこらの衛兵より格段に強く、賊が入り込んだ時は、いつも彼らが片付けるらしい。

 その後は自由時間だ。

 基本的に、私はメイド達と執事長に軽く挨拶した後、部屋に戻って、家族への手紙を書いて寝ることにしている。


 家中での流れとしてはこんなところだ。

 しかし、今度お嬢様には外出なさる予定があるらしい。

 外出時のマニュアルは存在していない。つまり、常に臨機応変に対応することが求められている。

 私の実力が真に試されるのは外出先なのだ。

 


 その機会はすぐにやってきた。

「馬車の用意をしてもらいたい。庭師に付いて厩舎に行き、調教師に御者を手配させるんだ」

 流石は公爵家。敷地内に厩舎を備えているだけでなく、専属の調教師を雇っているとは。

 我が家では、自分の馬は自分で管理していた。調教師を雇うほど多くの馬は囲っていない。

 厩舎は屋敷の裏から少し離れた場所に位置していた。

 庭師の話によると、調教師は厩舎の近くの小屋で寝泊まりをしているようだ。

 早速、その小屋にお邪魔する。

「失礼する」

 中に入ると、調教師らしき屈強な男が牛乳を飲んでいた。

「どうぞ。おや、見ない顔だが、アンタは……?」

「先日よりヴェーデン家で執事として奉公することになった、ザイカーだ」

「ああ、お嬢様の新しい執事か。御者の手配かい? そうだな……ケビン! お前に任せたぞ」

 小屋の奥から、一人の少年が姿を現した。

「初めまして、ザイカーさん。今回、御者を勤めさせて頂くケビンです」

「ああ、よろしく頼む」

「馬車を用意するんでお屋敷の方で待っていてください」

「いや、今回は見学させてもらう」

 先程、厩舎の方を覗いた時に見かけた馬車はかなり大型で、しかも四輪だった。

 我が家で使っていた物と大分勝手が違うはずだ。事前にどのようなものか知っておく必要がある。

 ケビンの説明によると、この馬車は基本的には二頭立てで走らせるが、四頭立ても可能。さらに、揺れを最小限に抑えるための工夫が随所に施されているらしい。

 ケビンは屋敷まで馬車に乗せると提案してきたが、代わりに御者台に座らせてもらった。やはり、操縦についても学ぶべきところがあるかもしれない。

 私はケビンと雑談をしながら馬の癖を観察した。

「へえ。ザイカーさんも馬を飼っているんですね」

「ああ、今は実家で兄に預かってもらっている」

「へえ。ご兄弟がいらっしゃるんですね。僕にも少し年が離れた弟が一人いるんです」

「ほう、そうか。どこから奉公に来た?」

「ヴェーデン様の十二番目の御領地からです。家族は皆そこに住んでます」

 故郷の家族のことを思い出しているのか、どこか遠い目をしている。きっと、ここの厩舎に入って長いのだろう。

「少し遠いな。何の為にわざわざここまで来た?」

「母を楽させるためです。僕の父は八年前に戦争で命を落としました。母さんはその時から、ずっと僕等兄弟のために、寝てる時以外、日がな一日働き通しでした。だから少しでも負担を減らすために、お給料が良くて住み込みで働かせてもらえる、ここの厩舎に行くって決めたんです」

 ……八年前の戦争、ヴェーデン領では大規模な戦闘は起きていない。しかし、数人だが死者が出ている地区もあったとも聞いている。ケビンの父親は特別運が悪い男だったのだろう。

「反対されたんじゃないか?」

「よくわかりましたね。母にも弟にも大反対されましたよ。それどころか、村の人達全員がやめとけって」

「私もこの仕事に就く時に両親、兄二人、妹一人、ついでに馬一匹にも後ろ髪を引かれた」

「ザイカーさんもですか? やっぱり、ギヨーム公の評判が悪いから?」

「そうだ。しかし私は真の名誉を我が身に冠する為にここに来たのだ。それは、この程度のことで尻込みしていては掴めないものだ。それに君だって、単に親孝行の為だけにここを選んだわけではないんだろう? 給金の為だけなら、他の家でも悪くなかったはずだ。それでも敢えて、この悪名高きヴェーデン家を選んだのだ。何かがあると見た」

「……凄いですね! 何ていうか、ザイカーさんは今までの執事さん達とは一味違いますよ!」

「フン、君こそ中々解っているじゃないか。それに運転の技術も中々だ」

「当然ですって。だって、僕は大陸一の調教師になるんですから!」

 そういえば、ヴェーデン家はの当主は代々足の早い馬を育てることでも有名だった。しかし、実戦では基本的に馬を使わず、弓兵を主軸にしているので、名馬を持ち腐れていることでも有名だったな。

「それが君の野望か。私以外の者であれば、鼻で笑っていたな」

 ダラダラと話しているうちに、屋敷の入り口に着いていた。

「お嬢様をお連れする。今日からよろしく頼む、ケビン」

「はい! 任せてください」

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