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挨拶回り

私の名はザイカー・アリンへイル。

 成り上がり男爵の三男坊だ。

 ああ、三男坊なのさ。

 男爵の身分で持てる権益など長男が家督を継ぎ、次男が騎士団を継いでしまえばあとは何にも残らない。

 穀潰しの一人くらい養える財力はあったと思うが、何となく肩身が狭くて退屈だった。

 だから、私は仕事を探すことにした。

 そこで目についたのが、父上の執務室に放置されていたヴェーデン公爵家の手紙だ。

 その手紙はヴェーデン家に奉公する執事に相応しい人材を家臣や領民から推薦してほしいと言う内容のものだった。何でも、今年の春に十五才になる娘にその誕生日記念として送りたいのだという。

 まあ、父上はヴェーデン公爵のことを快く思っていないらしく、領民や家臣にはこのことを告げず、断りの返事を書くつもりだったらしい。

 しかし、私にとっては非常に魅力的な話だった。執事と言っても、公爵家の執事であれば、男爵家と同等の名誉を持っているに等しい。

 なので、父上が書いた断りの手紙を私を推薦する文章に書き換えて送ってやった。

 そして、一般教養や政治の知識を問う筆記試験、貴族社会における礼法を試す面接、家中を守る為の武力を推し量る試合。これら三つの試練を乗り越え、私はヴェーデン公爵家の執事として奉公することになったのだ。


いよいよ今日から私の執事としての生活が始まる。


そう意気込んで屋敷に入った私を出迎えたのはうら若きメイド達……ではなく初老の執事長だった。

執事長は私を玄関から化粧室まで導き、燕尾服を私に手渡した。

「主な業務内容は以前話した通りで、特に変更はない。旦那様やお嬢様から個人的な頼みごとをされた場合については、私は関知しない。他に聞きたいことがあれば、聞ける時に聞いておくことだ」

「では早速ですが、他の使用人はどちらへ? 先程からそれらしき者を見掛けないのですが? まさか、私と貴方だけとは言いませんよね?」

「この屋敷では、コックが三人、庭師が二人、メイドが十人住み込みで働いている。今の時間であれば、コックは夕食の仕込み、庭師は就寝時間、メイドは皆……旦那様の部屋に居るだろう」

皆? 十人がかりで当たる業務とは……まあ、深く考えなくとも大体想像はつく。ヴェーデン公爵が見境のない漁色家であるとの噂も既に耳に入れている。メイドを侍らせて何をしていても不思議なことはない。

「聞きたいことはそれだけか? では、お嬢様の元へ行け。形式的にはヴェーデン家の執事としてあるが、お嬢様の専属のつもりで働いてくれ」

「わかりました。では執事長、これから宜しくお願いします」

「いや、こちらこそ・・・・・・これで肩の荷が下りる」

 執事長に一通りの業務の流れを確認した後、私は部屋を出た。

 それにしても、執事長の言い草は重い荷物を押し付けるかのようなだったな。

 お嬢様の世話がそれほど過酷ということなのか? きっと、相当な無理難題を言うのだろう。

広く長い廊下を渡り、件のお嬢様の部屋の扉をノックする。

「どうぞ、お入りになって」

「失礼いたします」

私は意を決して部屋の中に入る。

 扉を開けた先には、絶世の美女と称して遜色のない程の美しい女性がいた。

 

「今日よりヴェーデン家の執事として仕えることになりました、ザイカー・アリンヘイルと申します。以後お見知り置きを」

「お父様から話は聞いているわ。私はミーナ・ヴェーデン、ギヨーム・ヴェーデンの娘よ。早速だけど、お茶を入れて貰えるかしら?」

「かしこまりました」

 私は台所に向かいかけたが、部屋の中にティーセットと茶葉があるのを見つけた。

 部屋に備えてあるということは茶の入れ方や味に相当なこだわりがあるとみた。

 これで私の実力を測ろうというのだろう。

 まあ、気負わずにありのまま煎れよう。

 私は複数の瓶の中に詰められた茶葉の中から、私が普段から飲んでいるものを見つけたので、それを煎れることにした。

 氷の放出魔法をポット中に右手で打ち込み、続けざまに左手で炎の放出魔法で氷を熱湯にまで溶かす。

 そして茶葉を入れ、少し蒸らしてからカップに茶漉しを着けてから思いっきり注いだ。

「どうぞ」

 カップから茶漉しを外しソーサーに乗せて、お嬢様に差し出した。

「・・・・・・はぁ。こんな乱暴な煎れ方なのに美味しいなんて・・・・・・悔しい」

「光栄にございます」

 乱暴な煎れ方か・・・・・・? 味はともかく煎れ方は普通だと思うのだが。

 きっと私の知らない優雅な放出魔法の使い方があるのだろう。

 実際、お嬢様が紅茶を飲んでいる姿はとても優雅だ。

 しかし優雅な姿とは裏腹に、紅茶を飲む早さはかなりハイペースだった。

 一杯目をすぐに飲み干し、カップとソーサーを私に返す。

「今度は冷たいのを頂戴」

 すぐにカップを冷やし、おかわりを注いだ。

 茶が冷えるのを待ってから再び差し出す。

 しかし、お嬢様はその紅茶を飲まずに、自らの足に零した。

「あら、私としたことが・・・・・・拭いてくださる?」

 わざとお茶を零してしまわれるとは・・・・・・まだ試されているようだ。

「では、タオルと換えのお召し物をご用意いたしますので、しばし・・・・・・」

「お待ちになって、誰がタオルで拭いて良いと言ったの?・・・・・・舐めて拭いてくださる?」

「かしこまりました」

「えっ?」

 即座に私はお嬢様の靴を掴み、顔を近づけた。

 だが、靴に舌先が当たる直前でお嬢様は飛び退き、後退り、引いた。

「な、なんで躊躇わずに舐めようとするのよ!」

「何故と言われても・・・・・・お嬢様の命令ですので」

 自分で命令をして置きながら、その理由を私に尋ねてしまうとは・・・・・・成る程、理不尽だなあ。

「そ、そんな足を舐めろなんて命令、冗談に決まってるじゃない! あなた、プライドはないの?」

「お嬢様こそ、私を舐めないでもらいたい。私はこのお屋敷での奉公には、泥水を啜る覚悟を持って臨んでいるのです。ご命令とあらば、便器であろうと舐め取って見せましょう」

「わ、わかったわ。わかったから、もう二度とあんな真似はしないで!」

「かしこまりました。それではタオルとお召し物をご用意いたしますので、しばしお待ちを」

 私がお嬢様の部屋から出ると、扉の前に執事長が立っていた。

「流石だな。お嬢様の無理難題を啖呵を切って撥ね付けるとは。これでお嬢様はお前を試すようなことはしなくなるはずだ」

 啖呵? 私はただ本気で話しているだけのつもりだったが。

「執事長はここで一体何を?」

「お前がお嬢様から首を言い渡された際に、私が引き継ぐために控えていた。もっともお前であれば、その心配は無いと踏んでいたがな」

 執事長はタオルを私に渡してから更に話す。

「お召し物は部屋のクローゼットに仕舞ってある。着替えはお嬢様ご自身か、メイドに任せたまえ。私の名はダリウス、四十年に渡ってヴェーデン家に仕えている。では改めてよろしく頼むよ。ザイカー・アリンへイル」

 そういって、執務室の方へに入っていった。

 どうも、これで本当に執事として認められたということらしい。

 しかし、公爵令嬢としては意外に常識があるようだ。

 私の知っている貴族のご令嬢といえば、先程のような場合、お茶をカップごと執事に投げつけた上で、足に掛かったと言い掛かりをつけ、顔を踏みつけたまま、靴を舐めさせ、終わったら蹴り飛ばして悦に浸る。

 そういう者を想像していたのだが・・・・・・恐らく、あのダリウスという執事が全うな躾をしたのだろう。全く・・・・・・余計なことを。

 案外、この執事としての生活。つまらないものになるかもしれないなあ。

 

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