悪役令嬢の想いは。
かなり書き足しました。
読み直してあまりにもひどすぎて我慢ができなくなったので……。
良かったら、リニューアルバージョンもどうぞ↓
少しずつ暖かくなってきた春の日の朝。
城井ありさは、ずっとずっと楽しみにしていた高校生活の幕開けに、わくわくした気持ちを抑えきれず家を出る前から頬が緩みっぱなしだった。
「お母さーん、行ってきます!」
「行ってらっしゃい、気を付けるのよー!」
「分かってる分かってる!」
そんな風に心配する母親に軽く返事をして、半ばスキップしているような感じで学校への道を歩いていく。
校門が見えてきて、一層気分が高揚してきて自然と早足になり、周りなど気にせずそちらにばかり気を取られていた。
……だからかもしれない。
横切ろうとした横断歩道が赤信号だったことにも、トラックが猛スピードで迫っていたことにも、ありさは気づけなかった。
ーーーーーーーーーー
「……ぅ…」
……頭がいたい。わたし何してたんだっけ…?
あー…なんかふかふかする~。気持ちいい~。
あれ?これ枕…?
なんでだろう、高校に向かってたはずなのに…って、んん?
そうだよ、確か校門が見えて、興奮して軽く走って……その後のことが思い出せない。
えっ、どういうこと?
私、記憶喪失にでもなったのかな?
「レナリット様、おはようございます」
「え?」
声がした方を見てみる。
うわぁ、なんかすごい美人さんな女の人がいる…!
格好がメイドさんっぽいけど…だれだろう?
日本人には見えないよ……髪色がピンクプラチナだし、瞳は水色だし。
染めてるにしては色が馴染みすぎてる。
「レナリット様?どうかなさいましたか……?」
「あ、いえ…」
「リン!朝食の準備ができたよ!あ、レナリット様、おはようございます!」
「あ、おはようございます…」
「ナナ、レナリット様の御前です。そうでなくとももう少し落ち着きなさいと何回言えば分かるのですか……」
リンさんに心配そうに顔を覗き込まれたところで、すごく元気な女の子が部屋に入ってきた。
クールな美人さんがリンさんで、今来た明るくてかわいらしい感じの女の子がナナさんというらしい。
よし、覚えた。
けど、“レナリット様”って誰?
私に向かって言ってるみたいに思えるんだけど、多分気のせいじゃないよね?
それに、リンさんとナナさんの格好…。
何がどうなってるの?
と、とりあえず、ナナさんにお小言言ってるリンさんに聞いてみよう。
「あの、リンさん」
「レ、レナリット様?どうされたのですか?侍女に向かってさん付けなど……」
あ、さんはつけない方がいいっぽい。
リンがすごく困惑してしまった。
ってゆうかリンとナナはメイドじゃなくて侍女だったよ。
「ごめんなさい、間違えちゃって…。リン、ここはどこですか?」
「…?どこ、とは?ここはレナリット様のお部屋ですが…。」
「あ、そうですよね、じゃなくて…ここは誰のお家ですか?」
「リーズガルド公爵家の現当主、アイルーク・リーズガルド公爵様のお屋敷です!旦那様はレナリット様の御父様ではございませんか!忘れてしまわれたのですか、レナリット様?」
「ナナ……。そうみた、いっ?!」
「レ、レナリット様?!大丈夫ですか?!リ、リン、どうしよう!」
「う、ぐ……」
頭が割れそう……!い、痛い……!!
……っえ、“レナリット”の記憶が、流れ込んでくる……!
他人の記憶が強制的に流れ込んでくる不快感に頭の芯がぐらぐらして、吐き気がする。
いったいどれくらい時間が経ったんだろう。
5分のような気もするし、1時間のような気もする。
ようやく頭痛が治まった頃には、私はもうぐったりだった。
もう脳がいっぱいいっぱいでこれ以上は何も入らないと思う。
(これは……たぶん異世界転生とか憑依とか、そういうやつだ)
しかもこのレナリットお嬢様、かなりピンチかも……。
何故かって、レナリットの記憶の中の行動……よく小説とかに出てくる、“悪役令嬢”の行動そのままなのだ。
……まぁ、色んな事情とか、想いとかあったみたいだから、悪役令嬢って言うのは複雑なところもあるけど。
しかも、たぶんストーリーで言ったらかなり後半で、婚約破棄とかされる寸前くらい。
今から回避はきっと無理だと思う。
……なら。せめて、“レナリット”の物語に幕を引いてあげよう。
さっき流れ込んできた記憶にも、人生をかけるほどの恋を中途半端に終わらせたくない、っていう強過ぎるくらいの想いがあったからね。
記憶が流れ込んできたせいか、わたしもその強い想いが理解できてしまうので、ここでその想いを無視するのは無理だ。
「リン、ナナ、大丈夫よ。朝食を食べに行きます。出来上がっているのでしょう?」
「はい。ですが、本当に御体は大丈夫なのですか……?大事をとって、本日はこちらに朝食をお持ちした方がよろしいのでは……」
「いいえ、本当に大丈夫よ。さぁ、着替えを持ってきてちょうだい」
「かしこまりました。お着替えを」
そう言ってリンが持ってきてくれたのは、クリーム色のドレスワンピース。
長さは足首まであるけど、肌触りがとても良く、軽いのであまり気にならない。
これ、部屋着なんだよ。びっくりだよね。
本当にお嬢様……というか、公爵令嬢なんだよね。すごいなぁ。
これが部屋着ならパーティードレスはどうなるんだろう?
そんなことを思いながらリンとナナに着替えさせてもらい、髪を整えてもらう。
……本人は立って舞うように緩やかに動くだけで着替えが進んでいく、いわゆる"お嬢様着替え"だった。
レナリットの記憶がなきゃ絶対にできなかったよ。
「レナリット様、本日もお綺麗でございます!」
「ありがとう、ナナ。さぁ、食堂へ移動しましょう」
ナナが瞳をきらきらさせながらわたしを誉めちぎる。
レナリットにはいつものことだけれど、わたしはあんまり慣れていないのでちょっと恥ずかしい。
でも、レナリットが公爵令嬢として身に付けている感情を隠す笑顔という仮面を被り、なんとか表情には出さずにすんだ。
「ごちそうさま。今日もおいしかったわ」
食堂に着いてから、わたしはテーブルマナーなんて知らなかったことに気づいた。
レナリットの記憶がなかったらどうするつもりだったんだろう、わたし。
危うくとんでもない醜態を晒すところだった。
内心焦りながらゆっくりと食べた朝食は本当に美味しかった。
食後の紅茶まで楽しんでから、リンとナナに目配せして椅子を引いてもらって立ち上がる。
「今日は出掛けます。馬車の用意を。わたくしは部屋へ戻り、着替えます」
「かしこまりました」
ナナがすっと食堂を出ていき、リンは部屋へ戻るわたしの後ろを歩く。
部屋へ戻ると、ナナが手配したのだろう侍女が3名ほど並び、外出用のドレスが用意されていた。
リンを含めた4名がすっと配置につき、今着ているドレスワンピースを脱がせ、代わりに用意されていたドレスを着せていく。
……レナリットの輝く金色の髪につり目がちな深紅の瞳には、淡い桜色のドレスも似合うけれど、本当は瞳と同じ深紅のドレスが良かったかな。
だって、その方が“悪役令嬢”っぽくない?
……たぶん、今日は決着がつく日だろうから。
まぁでも、せっかく選んでくれたんだから、いっか!
ドレスを着せ終わったところで、リン以外の侍女たちは音もなく部屋を出ていく。
リンが整え始めた髪は、さっきは緩くハーフアップにしただけだったけれど、今度はサイドを編み込み、きっちりとアップに結い直す。
アップにした髪にはドレスと同じ桜色の花の髪飾りをつけ、耳に瞳と同じ色の涙型の宝石が揺れるイヤリングを付ける。
「……あら、わたくしの1番のお気に入りのイヤリングを付けるなんて、どうしたのかしら?『このように美しいものは普段使いするのではなくここぞという時に使うのです』っていつも言っているでしょう?」
「……本日は『ここぞという時』でございましょう。わたくしは幼い頃からレナリット様と共に育って参りました。……甘く見られては困ります」
驚いて軽く目を見張る。
レナリットは誰にも何も話していない。
レナリットのお父様は気づいているし、全て知っているけれど、家族にも話していないのに侍女に話すわけがない。
つまり、リンは詳細は分からないまでもわたしの様子から自分で判断したということだ。
昔から妙に鋭い子だったけど、本当に敵わないなぁ。
「ふふ、リンはさすがね。……ならば、ここでわたくしの企みが成功する事を祈っていて?」
「……かしこまりました。『ご武運』をお祈りしております」
「あら……そうね。わたくしは戦いに行くのだもの、武運を祈ってもらわなくてはね」
悲壮な覚悟を胸に秘めてくすくすと笑うわたしに、リンは高ぶる感情を抑え込んだような、今にも泣きそうな顔で微笑んでいた。
リンが武運を祈っていてくれるのだ、きっと最後までやりきらなければ。
今からナナが手配してくれた馬車に乗って、王宮へ向かうのだ。
他でもない、レナリットが心の底から愛した人に断罪されるために。
…………行こう。
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王宮に着いた。
馬車を降り、豪奢な扉をくぐり抜ける。
細部まで寸分の狂いもなく綺麗に彫刻され、光が反射するほど隅々まで磨き込まれた壁や床や扉は、思わず溜息が出るほど美しい。
けれど、幼い頃から王宮へ出入りしていたレナリットにとっては見慣れた光景だ。
迷いのない足取りで進んで行き、庭園へと出る。
ここは、レナリットとオズワルト様が初めて出会った場所だ。
……いつもなら心が癒されるこの庭園も、今日はなんだか悲しげに見える。
(……着いた……)
庭園の奥の方まで行くと、薔薇の生け垣で正方形に縁取られた広間に出る。
その広間の奥の左の隅に、ひとつだけ動かせるようになっている薔薇の木があって、それをどかすと一本道で奥に進める。
この抜け道を教えられるほど王家の者と親密な者たちが集まり、秘密のガーデンパーティーをしたりするのだ。
この庭園を上から眺めることができるのは王の私室のみなので、ここなら、用事が済むまで他の者が来ることもないだろう。
角を曲がる直前、一人の令嬢ともう一人男性がこちらを向いて待っているのがちらりと見えた。
一度止まって深呼吸をし、公爵令嬢にふさわしい華やかな微笑みを浮かべて歩きだす。
「ようやく来たか、レナリット」
「えぇ、オズワルト様」
あぁ、この人だ。
オズワルト様を一目見た瞬間、何の脈絡もなくそう思った。
王のご子息、次期王となることを定められ、生まれたときから重い責を担うこの国の第一王子。
わたしは正直この王子に複雑な気持ちだけれどね。
溢れそうになる感情を抑え込みながら、冷静に、優雅に、余裕のある令嬢を演じてゆったりとした動作で挨拶をするために跪こうとする。
「挨拶はよい。それよりも、そなたが無断で公爵家の部下を使い、ユナに対して暗殺活動を行っていたというのは真か」
「――――――えぇ、その通りです」
あぁ、事実に辿り着いたのか。
けれど、それはまだ、真実ではない。
……オズワルト様、もっと視野を広く持たないと、次期王になんてなれないよ。
「レナリット様、何故ですか……!」
「……ユナ様、私はオズワルト様を心よりお慕いしておりました。ですから、お二人が仲良くしているお姿を見て、嫉妬に狂ってしまったのでしょう」
お父様や王にもそう説明した。
ふたりともなんとも言えない複雑な顔をして、それでも納得してそれ以上は聞かず、『そういうこと』にしておいてくれたのだ。
その裏にあるレナリットの想いを理解した上で。
「レナリット、そなたはそのように感情だけで動くほど愚かでも軽率でもなかったはずだ!」
「そうです!レナリット様は、わたしの憧れでした…!常に皆を導き、誇り高く、けれど優しく気高いレナリット様は、わたしだけでなく、みんなの目指す令嬢そのものでした…!それなのに、どうして」
「あら、お父様や王はそれで納得してくださいましたのに……。それでは、想い人を奪われるなどわたくしのプライドが許さなかった、と言っても納得してくださらないのでしょうね」
「当たり前だ」
「当たり前です…!」
ふたりとも、全てを追求することは時には悪い結果に繋がると学ばなければこの先困ることがたくさんあるはず。
この機会に学んでほしいな。
まぁ浅はかな感情も無かったわけではないのだけど、ふたりはずいぶんとレナリットを信頼してくれているようだ。
それはそうか、レナリットは公爵家次期当主になれるほどの能力の持ち主。
オズワルト様や王を支え、国を支える主柱のひとりだったのだから。
「ユナ様、貴女は私にとってもとても好感の持てる女性です。
けれど、オズワルト様とすんなりと結ばれるには、障害が多すぎる。
……その筆頭がわたくしです。
ユナ様のご実家は伯爵家ですから、取り立てて低いわけではございません。
けれど、わたくしの実家は公爵家です。
公爵家の婚約者がいる状態で伯爵家の令嬢を選ぶなど、周囲が許しません。
わたくしも簡単に諦められるような想いではないのです。
……けれど、オズワルト様の貴女を見る瞳には、愛しい、大切だという感情が良く見える。
貴女のオズワルト様を見る瞳も同じでした。
――――ならば、身を引くしかないではありませんか。
私が想いに蓋をしてしまえば、うまく収まるのですから」
心の底から愛しているからこそ、生涯を共にするパートナーに関してオズワルト様に我慢させるなど、レナリットは耐えられなかったのだ。
もちろん、自分の代わりが務まると思えないような愚かな女性が相手だったなら、レナリットだってこんなことはしなかったはず。
そのような愚かな女性を王妃にしたならば、国が傾いてしまうし、そもそも王妃になる前に王が潰すだろう。
けれどユナ様はそれが出来る器で、位もそれなりに高いために何の失点も無いのに潰すことはできない。
その上で、レナリットは方々に利を与える手段まで全て用意していた。
だからこそお父様や王は複雑な顔をしていたのだ。
「……そう決めても、まだ問題は残っています。わたくしとの身分差は、そう簡単に覆すことはできません。けれど、それはわたくしが自身の罪によって消え、リーズガルド公爵家がわたくしの罪の償いとしてユナ様の後ろ楯につけば、それで解決いたします。そうなると、残る障害はただひとつ」
「……!婚約か」
「その通りです。けれどこれは親が決めた婚約です、余程の理由がなければ解消することはできません。」
「だから、問題を起こし、こちらから解消させようとしたというのか?!」
「……えぇ、その通りです。けれど、まだ理由として弱い。貴族の暗殺など頻繁に起こることですし、そもそも失敗してしまっている。ですから、わたくしは今この場で、逃れようのない罪で自身を縛ろうと思っております」
「……!!まさか……っ」
……あぁ、オズワルト様は気づいたみたいだ。
まぁそうだよね、この場で罪を犯せるとしたらそれしかない。
逆に、この罪を犯せるとしたらこの場しかない。
…………普段であれば、オズワルト様の周りには何人もの護衛がいるのだから。
「えぇ、そのまさかです。オズワルト様」
袖に忍ばせていたナイフを、殊更優雅にゆっくりと取り出す。
お父様や王は、あれだけならばまだ自分達の力で揉み消せると思っているだろう。
ナイフの切っ先をオズワルト様に向けて持ち上げていく。
けれど、この罪は。
「――――『ご覚悟を』」
消すことはできない。
王家の威信に関わるのだから。
「やめぬか、レナリット!そのようなことをすれば、そなたは……っ!」
「死罪でしょう。そのようなこと、元より承知の上です」
わたしに最も重い罪……王族への反逆罪を犯させたくないのか、必死に距離を取るオズワルト様だけれど、本来ならばナイフを抜いた時点でもう既に反逆罪なのだ。
それでも、わたしのことを庇いたいオズワルト様とユナ様、それにできることならばこんなことはしないでほしいと願っているであろうお父様や王には、ナイフを抜いただけでは無かったことにされてもおかしくはない。
「オズワルト様……わたくしは既に覚悟を決めているのです。お逃げにならないでくださいませ……!」
強い口調で願うようにそう言えば、オズワルト様の動きが止まる。
ものすごく苦しそうな、苦い顔をして顔をしかめ、目を瞑る。
目を開いたときには、瞳に強い光を宿していた。
「分かった。そなたがそこまで言うのであれば、私も覚悟を決めよう」
そう言ったオズワルト様に近づいていき、ナイフで手の甲を浅く切り付ける。
「さあ、最後の仕上げです、オズワルト様。婚約解消を言い渡してくださいませ」
「…………」
「理由はどうあれ、私がやってしまったことはもう消えません。ここで婚約解消されなければ、私がやったことの意味はすべてなくなってしまいます。……オズワルト様、貴方様はこの期に及んで私に恥をかかせるおつもりですか?」
「……!…………あぁ、わかった。それがそなたの望みならば」
「ありがとう存じます」
『あぁ、そのように苦しそうなお顔をなさらないで。貴方様は次期王なのですよ。国のために切り捨てなければならないものなど、これから山ほどあることでしょう。お優しいのはオズワルト様の美徳ですが、この機会に少しは慣れてくださいませ』
……レナリットの心の声を、わたしは口に出すことができなかった。
だって、笑顔を維持するので精一杯で、口に出している途中でレナリットの言う苦しそうな顔を隠しきれなくなったら、無様ではないか。
今のわたしはレナリットなのだ。
そんな無様な姿、オズワルト様に見せるわけにはいかない。
「――――レナリット・リーズガルドとの婚約を、今この時をもって解消する」
「かしこまりました」
目を閉じて、静かにその言葉を受け止める。
すると、背後からわたしを呼ぶユナ様の涙声が聞こえた。
「レナリット様………」
「ユナ様、泣かないでくださいませ。貴女はこれから、誰よりもオズワルト様のお隣にふさわしい女性であらねばならないのですから。理不尽や納得できないことでも全て呑み込んで笑っていることくらい出来て当たり前ですよ」
「……はい。わたし、もう泣きません。どのようなことがあっても笑っていられるような……レナリット様のような女性になります……!」
「そのように言っていただけてうれしいです。けれど、貴女は貴女らしさを忘れてはいけませんよ。オズワルト様が愛したのは今のユナ様なのですから」
「分かりました」
「――――――では、オズワルト様、ユナ様、お元気で」
わたしの言葉を素直に聞き入れ、泣き笑いの表情になったユナ様の、決意を秘めた横顔はとても綺麗で美しい。
二人にはきっと、これからたくさんの苦難が待っているだろう。
けれど、互いを支え合うように寄り添いながら立つ二人の姿は、それらの苦難を乗り越え、国を背負っていくことが出来ると私に信じさせてくれた。
その姿を見て満足したわたしは、別れの挨拶をして、背筋を伸ばして秘密の庭園を出ようとする。
出る直前で、オズワルト様の声が後ろから静かに響いてきた。
「レナリット、わたしは君を一生忘れはしないだろう。……楽しみにしていてくれ。ここまでお膳立てされたのだ、きっといい報告をする」
「まぁ……。では、楽しみにしております」
振り返ることなく答えて、そのまま去っていく。
庭園を出て、王宮を出て、馬車に乗る。
……オズワルト様の言葉の裏にある、『死罪になどさせるものか、生きていてくれ』という願いには、きっと応えることができないけれど。
それでも、『楽しみにしている』というのは、わたしとレナリットの心からの気持ちだ。
――――わたしは今、ちゃんと笑えているかな?
強く気高い令嬢、レナリット・リーズガルドとして。
レナリット、貴女の望む結末にできたかな……。
(あぁ、終わった……)
家に着き、馬車を降りると、門の前でリンが待っていた。
いつから待っていたのだろう、わたしは帰る時間なんて言っていかなかったのに。
もしかして、ずっと?
王宮と家の往復だけで3時間はかかるのだから、4、5時間待っていたことになる。
いくらなんでもそれはないだろう。
「おかえりなさいませ、レナリット様」
「えぇ、ただいま戻りました。……あなたの祈りは届いたわ、リン」
「……それは良かったです。心からお祈りしておりましたから」
一瞬悲しげに笑って、すぐにいつもの顔に戻り、扉を開けてくれる。
部屋へ戻ると、朝と同じ侍女が3名、着替えを持って待機していた。
朝とは違う若草色のドレスワンピースを着せられ、髪もサイドの髪をくるくると捻って後ろで留める緩い髪型に整えられて、侍女達は退室していく。
リンも、軽食をテーブルに置いて静かに退室していった。
「……ふ………っ」
部屋にひとりになったら、涙が溢れてきた。
こんなにも悲しいのに、我を忘れて泣きわめくのはレナリットのプライドが許さない。
静かに流れる涙が頬を伝い、枕に落ちる。
どれくらい泣いていたのだろうか。
今更リンが用意してくれた軽食を食べる気にもなれなくて、ぼーっと見つめる。
――――あぁ、なんだか眠たくなってきた。
もういいや、今日は寝てしまおう………。
ーーーーーーーーーー
何だろう、誰かの声が聞こえる。
わたしを呼んでる?
しょうがないなぁ、まだ眠たいけど起きようか。
「さ、ありさ……!」
「……ん……?」
「っ!目が覚めたのね……!よかった……!!」
「お母さん……?」
わたしを呼んでたのはお母さんだったのか。
けど、どうして泣いてるんだろう?
目の下に隈ができてるし、少し憔悴して見える。
「ありさ、トラックに轢かれたのよ、覚えてない?」
「……トラック……?あんまり覚えてない……」
「そう……病院に運ばれて、運良く一命はとりとめたの。死んでないのが奇跡だって言われたのよ……!それなのに全然目を覚まさないから、もう目を覚まさないんじゃないかって不安で……本当に、よかった…!!」
……あぁ、事故に遭って意識を失ってたのか。
わたしにはぶつかった記憶すらないけど。
それよりも、あんなに気をつけろって言われてたのに、事故しちゃったのか。
しかも、こんなに心配かけて。
……謝らなきゃ。
「お母さん…、心配かけてごめんね」
「いいの、無事でいてくれれば…!」
「ありがとう」
まっすぐ向けられる愛情に、心が癒される。
自然と笑顔になり、素直に幸せだなぁと実感できた。
これは、あちらの世界から元の世界に戻ってきたっていうことなんだろうな。
それとも、あれは夢だったのかな?
んーでも、それで片付けるには具体的すぎたし、あの胸の苦しさは本物だった。
多分だけど、あれは違う世界のわたしなんじゃないかな、って思う。
いわゆるパラレルワールドかな。
……ちょっと夢見すぎかもしれないけど、でもそれが正解な気がする。
レナリットは、あれからどうなったのかな。
……どうなったとしても、きっとレナリットは最期まで強く気高くあるんだろう。
わたしもあんな風に芯の通ったしなやかな強さのある女性になりたい。
これから、高校に行って、色んなことを見て、聞いて、体験して、そして………とびっきりの幸せを掴むんだから!
――――――だから、見ててね、レナリット。
初投稿……というか、初小説です!
人生で初めて小説書きました……かなり大変でしたね。
なので、文章拙いと思います。
ごめんなさい!
それでもここまで読んでくださった方、ありがとうございます!
:追記:
どうでしょうか。
書き足したらまぁ長くなる長くなる。
最初の文字数の2、3倍はあるんじゃないでしょうか。
楽しんでいただけたら幸いです。