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第二話 初陣 1




 大陸西部では、二月の終わりには平野部から雪が消えるが、その頃から図書館や教室に残って勉強する学生の姿が目立つようになる。

 後期日程が始まる四月に合わせて、二月の終わりには講義が終了し、すぐに考査試験が行われるからだ。



 当落線上の学生は、休み時間は勿論、日付が変わるまで必死になって勉強をしている。

 前期の試験での実技試験は選択した者のみなので、まだピートのような学生は追い詰められていなかった。



 魔法学院の学食は、券売機で食券を買う形式のものだ。

 ただ、これが古い機械で調子が悪くなる事が多く、今もアルカの後ろで、ガラの悪そうな金髪の少年が硬貨を飲まれ、口汚く罵っていた。



 乱暴に叩く彼を、颯爽と現れた美形の青年が諭すと。

 故障中の貼り紙をしてから、連れ立って事務局の方へ向かっていった。



「素敵ね、副会長」


「格好いいわ。

 こう、言い分を聞かずに一方的に処分するんじゃなくて、親身になってくれるのがいいわよね」


「分かる!」


 きゃあきゃあと騒ぐ女子学生の会話が聞こえてきたが、周囲の男子を見る限りそちらの評判も悪くないようだ。

 人望のある人なんだな、と思いながらアルカはカウンターで券と引き換えに麺類を受け取った。



 席を探して食堂内を見回したところ、ニーナを見つけたが、彼女の近くの席は全て埋まっていた。

 隣に座ったカヤと、何か話をしているようだ。



 更に見回す彼の目に、ひらひらと自分を呼ぶ手が見えた。

 ご飯物を食べているピートが、口をもごもごさせながらアルカを見ている。

 ちょうど間に長身の男子学生が座っていたので、彼の動きに合わせて体を左右に揺らしていた。



 気付いた事を教える為に、視線を合わせて頷くと、トレーを手にアルカは近づいていった。



 声が届きそうなところまで来たところで、ピートの隣に座る女子学生が彼に何か話しているのに気付いた。

 大きな黒縁の眼鏡をかけた小柄な少女で、切れ長の目と短く整えた黒髪が理知的な印象を強めている。



 二人の前の席に座ると、アルカは眼鏡の少女に軽く会釈してから、ピートに声をかけた。



「いや、助かったわ。

 んで、隣の美人さんは?」


 からかうような口調に苦笑を返し、銀縁の眼鏡を直しながらピートが紹介した。



「生憎、色っぽい関係じゃありませんけどね。

 ルカ君は初めてでしたっけ。

 数学の授業で一緒の、ヒルダ・エイルホフさんです」


「初めまして、ルカ君。

 ヒルダでいいわ」


「よろしく。

 なんかこう、いかにも勉強出来そうだな」


「まあ不得意じゃないわね。

 隣の眼鏡みたいに、筆記試験だけで実技を免除されるような奴がいると、全然目立たないけどさ」


「貴女も眼鏡でしょうに」


 苦笑交じりに抗議するピートを放っておいて、ヒルダは身を乗り出してきた。



「自己紹介も済んだところで。

 聞いたよ、魔法人形を直そうとしてるんだって? 良かったら、詳しく教えてくれないかな」


「詳しくって、何を?」


「破損具合とか、修理状況とか?」


「ヒルダさんは工房の娘さんでして。

 入学早々に魔導機の教授に呼ばれて、研究室に入り浸ってるほどの逸材です。

 下手なところに頼むよりは、よほど信頼出来ると思いますよ」


 ピートの補足説明に、少し考えてからアルカは話してみる事にした。



「三年前、例の……って知ってるよな?」


「うん、大丈夫」


「まあ例の件で、あちこちに亀裂が走ったりしてたんだけど。

 二年ぐらいで、見た目に壊れたところは無くなってた」


「何か特別な処置をしてたりとか?」


「いや、全然。

 落ちてた部品を近くに集めてたぐらいだな」


「自己修復機能ってやつか。

 ある程度の資料は残ってるんだけどさ、いまだに誰も再現させた事のない、初代学院長の大いなる遺産の一つだよね」


「何をどうしたら、あんな昔にそんな技術を得られたんだか」


「まあ昔の偉人だから、こじつけなんかも結構あるだろうけど……魔導機関は知ってるよね? あれなんか、原型は千五百年前には完成してたらしいのよ。

 だから多分、そういうのを丹念に集めたりしたんじゃないかな。

 勿論、本人の能力もすごかったとは思うけどさ」


 知識の共有が盛んになったのは、せいぜいがここ二百年、活版印刷が登場してからだ。

 それまでは技術というのは秘匿されるもので、一門で極秘裏に伝えられていた。

 医療や鍛冶は勿論、魔法なんかもその一つだ。



 なので、途中で後継者が絶えて散逸した技術も、珍しい物ではない。



 例えば帝国の伝統的な武器に両手持ちの大剣があるが、これなんかは廃れていた時期に、元の作り方が分からなくなってしまったらしい。



 槍兵相手に活躍し始めた頃に復刻されたが、完成品を見ながら試行錯誤の末に出来たもので。

 刀剣鍛冶組合は千年以上の歴史とか宣っているものの、現存するのは三百年前から続く技術だったりする。



「専門家に見せたりはしたの?」


「近くの街から、魔導機の技師に来て貰った事がある。

 軍で魔導甲冑の製作にも関わってた人らしいんだけど、お手上げだったみたいだ」


「うーん……記録通りの自己修復機能が働いてるなら、自分で勝手に直ってるはずなんだけど。

 王都にある魔法人形の『ゴルト』だって、一度完全に破壊されてから、数年で元通りになったらしいし。

 そういう気配は無い?」


「眠り続けてるな」


「何か不具合があって、中断されてるとかかな。

 興味深いね」


 くいっと眼鏡を上げたヒルダが、好奇心に目を輝かせながらアルカを見据えた。



「ね。

 一度、私に見せてみない? うちは時計とかの小物を扱ってたから、魔導甲冑の人とは別視点で調べられると思う。

 直せるかどうかは、さすがに現物を見ないと何とも言えないけどさ」


「分かった。

 ただ、うちの家族なんで、手荒な扱いはしないでくれよ」


「その辺りは厳しく仕込まれてるから大丈夫。

 修理を頼まれる時計とかって、思い出の品だったりする事が多いからね」


「なら、春休みになったら、お願い出来るか? 都合の良い日が分かったら教えてくれ。

 移動に片道で六日はかかるから、そのつもりで」


「了解。

 旅費は自分で出すから心配しないでいいよ」


 話がまとまったところで、ピートが口を挟んできた。



「あ、僕も行きます。

 魔法人形もですが、水尾村にも興味がありますから」


「だったら、ニーナにも声をかけてみるか。

 でも、本当に何も無い村だからなあ。

 お前とヒルダはともかく、あいつを連れていっても暇を持て余すだけかね」


「誘うだけ誘ってみればいいじゃないですか。

 無理に連れていくわけにもいきませんが、仲間外れにするのは気分が悪いですから。

 彼女が興味ないと言うなら、それまでの話ですし」


「それもそーだな」


「決まりだね。

 それじゃ、もっと詳しく教えて貰おうか。

 さっき亀裂があったって言ってたけど、中の部品は見えたりしなかった?」


「見はしたんだが、当時は魔導機の知識なんか全く無かったからなあ」


 説明に四苦八苦するアルカに、ピートがメモ用紙を差し出す。

 書かれた絵や図面を元にして、ヒルダが更に詳細を求めるうちに、昼休みは過ぎていった。



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