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第一話 起点 5



 ピートの実技には光明が見つからないままだったが、それ以外は順調に学生達は学校生活に馴染んでいった。

 学食の当たり外れを把握し始めたり、毎朝交差点で見かける人が何者なのか噂し合ったり。

 ちょっと買い物に出かけても迷わなくなったり、夜中にこっそり寮へ戻る道順を把握したり。



 仕事の方は、ピートは言っていた通りに図書館へ。

 アルカは魔導具の店、ニーナは魔法道具の問屋に決まった。

 地元企業は学院生を受け入れてきた歴史があるので、彼らに限らず、学業に差し障りの無い範囲で働く事が出来ていた。



 新しい生活が、次第にありふれた日常へと変わり始めた頃。

 二月の終わりになって、ある程度の人数毎に、学院の外れにある建物へと連れて行かれた。



 随分と古い様式の建物だ。

 三百年前の火災で再建された本校舎と同時期か、それより前の物にも見える。

 窓が小さく、石の積み方も単純で、柱飾りのような物も見当たらない。

 雰囲気はあるが、強い魔力が凝縮しているような事もなく、ただの古い蔵にしか思えなかった。



 この祠の中にある鏡を覗き込む事が、新入生に課せられた行事らしい。

 寮生は先輩から事前に聞かされ、他の学生にも伝わっているので、誰も緊張はしていない。

 よく分からないものの、鏡を見る伝統行事というだけなのだから。



 アルカ達が到着した時には、順番待ちの列が三十人ほどあって、ざわざわとした会話が聞こえていた。



「結構かかるもんなのかね」


「その心配はなさそうだ」


 ニーナに促されて見ると、列の最前列にいた生徒が中に呼ばれ、大して時間もかからずに出てきた。

 どうやら本当に、ちらっと覗き込むだけらしい。



「これ、なんの意味があるのやら」


「まあ伝統とか行事って、そういうものじゃないですか」


 周囲には、三人が気楽に話しかけられるほど親しい知り合いは、一人もいなかった。

 顔は知っているものの、話したことのない新入生達が、順番に中へ入っては出て来る。



 雑談しながら四半刻も経った頃、ニーナが呼ばれて中に入り、すぐに出てきた。

 続いて呼ばれたピートを見送りながら、アルカが確認してみる。



「どうだった?」


「本当に、ただの古い鏡だな。

 どういう行事なんだろう」


「学校の年鑑とかひっくり返したら、いきさつとか書かれた物が出てくるんじゃないか」


「仮に記録していたとしても、創立当初だと七百年前になるぞ。

 残っているとは思えんな」


「忘れられても構わないような、どーでもいい理由だったのか。

 はたまた、記録に残しておけないような理由だったのか」


「どちらも、すぐには思いつかんな」


 二人がそんな話をしていると、ピートが戻ってきた。



「お帰り」


「ただいま。

 特に何もありませんでしたね」


「次。

 アルカ・ティフタット」


「んじゃ、いってきます」


 手を振ったアルカに、二人も振り返した。

 といっても、わざわざ改まるのも馬鹿らしくなるほど、ごく短時間の別れだ。

 足下に注意しながら薄暗い建物内を進もうとして、アルカはすぐ目の前に台座と鏡が置かれているのに気付いた。



 鏡の近くに立っているのは、顔を見知っている呪術学科の助教授だ。

 中年男の助教授は、流れ作業のようにアルカを促した。



「ほれ、そこの鏡だ」


「立つ位置とか決まってるんですか?」


「仮に決まっていたとしても、既に失伝しておるな。

 まあ細かい事は気にせず、さっさと覗くがよかろう」


「了解っす」


 台座の上にあるのは、確かに古い鏡だった。

 いわゆる銅鏡というやつで、こう見えて磨けばきちんと鏡として使えるらしい。

 もっとも、保存状態はそこまで良いわけでもないらしく、薄暗い中でぼんやりと鏡像を結ぶぐらいだ。



 どれどれ、と覗き込んだアルカの目に、自分の姿がぼんやり映る。

 かと思った次の瞬間には、様々な映像が奔流のように彼の周りを駆け抜けていった。





 子猫を抱いた修道服姿の少女が、きっぱりと宣言する。



「この子は殺させないよ」




 剣を構えた甲冑姿の女騎士が、戦意を漲らせて告げてきた。



「いいでしょう、こちらとしても望むところ。

 誰にも邪魔はさせません、勝負です!」


 彼女が足下の草地を蹴りつけた時に、再び場面が変わる。





「ごめんなさい。

 きっと、全部私のせいです」


 申し訳なさそうに謝るカヤは、確かにそこに居るのに、少し目を離すと夜の大気に溶けて消えてしまいそうな儚さがあって。





「みんな、戦争好きだよねえ。

 やだやだ面倒臭い。

 痛いし辛いしかったるいしで、誰も得しないと思うんだけどねえ」


 軍服を着た細身の中年男が、やる気のない様子で吐き捨てた。





「ただの生徒会副会長だよ。

 随分と、好き勝手やってくれたな。

 ここまでしたんだ、覚悟は出来てるんだろう?」


 美形の青年が、鋭く敵を睨みつける。

 辺りから吹き付ける炎の熱に煽られ、乱される髪の下で、彼の眼が怒りによって輝きを増していた。





「駄目です! ルカさん、死ぬ気じゃないんですか! 逃げましょう? 一緒に帰りましょうよ、エメットに」


 黒髪の少女が、泣き縋りながら訴えてくる。





「……言えるうちに言っておくわ。

 あんたが来てくれて、嬉しかった」


 三角帽子を被った少女が、ボロボロになりながら両腕に魔力を注いでいく。

 おそらく無駄なあがきになるだろうが、それでも最後まで絶対に諦めないという強い決意を込めて。





「俄かには信じ難い話ですね」


 ピートが半信半疑といった顔で、溜め息混じりに呟いた。





「私、本物は初めて見たよ」


 眼鏡をかけた小柄な少女が、目を輝かせて身を乗り出す。





「そう、私はあの時、貴方に憧れたのです! 何故、死を前にしながら、ああも容易く身を投げ出せるのか。

 しかし、狂おしいほどに憧れても、凡愚の私に貴方の真似など出来ようはずもない。

 ですからっ!」


 感極まったように両腕を捧げ、狂熱に浮かされたままに男は訴える。





「勝とう、ルカ」


 そして手を差し伸べるニーナが、荒れ狂う炎の海へといざなった。





「!」


 強烈な目眩に頭を抑え、ふらふらとアルカが手を彷徨わせる。

 ひんやりした壁の感触が手のひらに伝わり、その確かな質感が、彼に現実味を取り戻させた。



 一瞬で様々な情景を受け止め過ぎて、今どこにいるのか、何をしていたのかが分からなくなっていた。

 印象的な場面はしばらく脳裏に残っていたものの、夢から醒めた時のように、どんどんと薄れていってしまう。



「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」


「ええ。

 あ、はい」


 声をかけられて、自分がどこで何をしていたかはっきりしたアルカは、青い顔を振って尋ねてみた。



「先生。

 俺、どのぐらいの時間、鏡を覗き込んでました?」


「どのぐらいも何も、ちらっと見ただけであろうが。

 風邪なら無理をせず、暖かくしてしっかり寝ておくようにな」


 次、の声に促されてアルカが祠を出ると、彼を待っていた人達が声をかけてきた。



「何かありました? なんだか顔色が悪いような」


「確かに。

 ふらついてるぞ」


「手、貸しましょうか。

 少しその辺りで休んだ方がいいですよ」


「……あれ?」


 待っていた三人の姿に、強烈な違和感を覚えたが、何が正しいのか今のアルカには判断出来なかった。



 ピートとニーナとカヤ。

 順番が近いなら、アルカが戻るのを待っていてくれても何もおかしくはない三人だが、祠に入る前にも彼ら三人がいただろうかと。

 促されるままに芝生に腰を下ろしてから、混乱した頭でアルカは情報の整理を試みた。



「もしかして。

 カヤは、まだ祠に入ってないんじゃ?」


「え。

 何言ってるんです、私が四人の中で一番最初に入ったじゃないですか」


「そう……だったっけ」


「中で魔力は感じなかったが、何か仕掛けでもあったのか?」


「いや、どうだろう。

 よく分からん」


「とにかく、落ち着くまで何も考えずに休んだ方がいいですよ。

 あ、僕、温かい物でも取ってきます」


「私も行きます。

 ニーナさん、しばらくお願いしますね」


「ああ、任せろ」


 頷いたニーナが、少し強引にアルカを横たわらせた。

 高熱を出した時のように、彼の視界はぐるぐるとしていたが。

 しばらく横になったまま冷たい風に吹かれていると、だんだんと気分が落ち着いてきた。



「悪い。

 迷惑かけた」


「安心しろ。

 これぐらいで迷惑と感じないぐらいには、お前の事は友達だと思っている。

 まだしばらくは横になっているといい」


「ああ、そうするよ。

 ありがとう、ニーナ」


 首の振りに合わせて肩口で揺れる金髪が、彼女に初めて会った時の事を思い出させた。



 足下の地面が不確かになるほどの違和感は、すぐに分からなくなるほどに薄れていったが。

 それでも、何かが自分の身に起きたであろう事を、アルカは感じていた。



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