第八話 呪いと毒 5
警邏隊の調査報告書には、この件は被疑者である修道女カリーナが、呪い返しによって死亡したものと記載された。
また、状況からジャガーノートに操られていた可能性が高く、一帯の大掛かりな捜索が行われた。
帝国中央からも人員が派遣されるほどの大事件で、国中が大騒ぎとなったが。
彼らの必死の捜索にも関わらず、いまだ魔獣は見つかっていなかった。
教会の面々に付き添ったり、事情聴取やカリーナの遺族との面会で、アルカは学祭どころではなかったが。
事件を重く見た学院も、開催日程を短縮。
不満を洩らす学生もいたが、ほとんどは他の市民同様、不安な毎日を送っていた。
それも季節が冬に変わると下火になっていき。
何一つ進展しないまま、事件から二ヶ月が過ぎようとしていた。
十二月の試験休み。
利用者の少ない第一射爆場にて、アルカはカールと訓練に励んでいた。
国でさえ手がかりを見つけられないのに、悩んでいるだけ損だと気分転換に誘われたのだ。
十ムテラ(約十メートル)ほどの距離で、模擬魔法を撃ち合う。
どちらも左右に動きながら、相手の隙を作り出そうと様々な変化を入れていた。
「そこっ!」
「おっと。
甘えな、ほらよっ!」
模擬魔法というのは、舞台などで使われる、見た目が派手なだけの魔法である。
威力はほとんどなく、直撃しても肌がぴりっとする程度だ。
専用の物以外にも、既存の魔法を弄れば模擬魔法に改造出来るが、事故防止の為に禁止されていた。
専用の模擬魔法は、魔法使いなら誰でも一つは覚えるが、二つ以上覚える者は稀だった。
アルカもカールも、緑色に光る同じ魔法の矢を放っている。
『炎の矢』であれば、術者の力量によっては本数を増やすなどの改変が可能だが。
模擬魔法は下手に弄ると威力が出てしまう為、使われるのは基本通りの物だけだ。
魔法の習熟度や理解度を脇に置いて、駆け引きなどを学ぶのに利用されている。
戦場での死傷者は、銃よりも魔法の方が多い。
威力の差もあるが、一番は命中率の違いだった。
魔法の射程距離は銃の三倍はある。
これは術者から離れるに従って、威力が減衰していくからで、理論的にはどこまでも飛んでいけるそうだ。
実際には、弱まりきった魔法は空気に当たるだけで霧散してしまうので、そこが限界になるが。
ある実験によると、どんな魔法も成層圏まで届かない事が分かっている。
観測用の気球を飛ばし、様々な装置によって増幅した魔力で、地上では二十カリムテラ(約十九キロ)先まで届く『炎の矢』を真上に放ったのだが。
成層圏に着いた瞬間に、消滅してしまったそうだ。
この事から、宇宙空間では魔法が使えないという仮説が立てられている。
実証は、人類が宇宙へ行けるようになるまで、待たなければならないだろう。
さて、魔法の命中率だが。
新兵でも『炎の矢』で、三百ムテラ(約291メートル)の的を外さないのが、帝国魔法兵の基準になる。
この距離だと、新兵では火傷させるのが精一杯だが、実戦での運用は半分程度の距離になる為、一撃で戦闘不能に追い込める。
熟練した者なら、一カリムテラ(約一キロ)先に『火の球』を叩き込めるので、まさに大砲と言える射程と威力を持っていた。
アルカとカールが動きながら撃ち合っているのは、この距離だと止まっている的なら外す方が難しいからだ。
銃よりは遅いとはいえ、『炎の矢』でも毎秒二百ムテラ(約秒速194メートル)の速度は出る。
脳からの信号に体が反応するのに、瞬きほどの時間はかかるが。
これをざっと百五十ミリ秒とすると、三十ムテラ以下では来たと思ったら届いている事になる。
当てる方も同様で、撃った瞬間の位置から動かれたら、当たらない事になる。
なので、距離が離れている場合は、到達時点での位置を予測して撃つ必要があった。
弓でも投石でも理屈は変わらないので、猟師や競技者なら当然のようにやっている事だ。
庭球などを見れば分かるが、競技者はそれ以上の速度の球も打ち返している。
つまり彼らは、豪速球を目で追いかけてから、動いているのではないのだ。
相手の視線、筋肉の動き、事前の動作、風などの天候に、過去の経験等々。
様々な情報から、手元に来るずっと前に、どこに来るのか分かっていなければ豪速球は打ち返せないのである。
アルカは師である姉のドルンは勿論、訓練所の仲間やサラなんかとも、たまにこうして遊び半分の訓練をしていたが。
カールは姉と比べても手強い相手だった。
今も、アルカの放った魔法が撃ち落とされた。
さきほどもやっていたので、偶然ではないのだろう。
百ムテラも離れていればアルカにも出来るだろうが、この距離でやる相手は初めて見た。
「冗談だろ」
「接近戦に慣れてるかの違いだろうな」
攻撃の手は休めずに、カールが簡単に解説する。
「何でも屋は狭いところでの戦いだとか、乱戦なんてのはしょっちゅうだからな。
接近戦なら、兵隊さんにだって負けねえ自信があるぜ」
「ああ。
昔話なんかによくある、数多の兵士が追い返された迷宮を、少数の英雄が攻略するってのはそれか」
「だろうな。
狭い屋内は、戦場とは勝手が違うんだろうよ」
剣の振り方一つとっても違うのだ。
当たり前の話だが、大きく振り回した方が遠心力が乗って威力は出る。
しかし、屋内で長物を振り回せば、柱や天井に当たってしまう。
なので、自分の体に引き寄せるようにして小さく振るのが、何でも屋の剣筋だ。
暗殺者がナイフを愛用するのも、同じ理由である。
アルカが魔法での戦闘方法を習ったのは、姉のドルンと訓練所の教官達だ。
どちらも、魔法は遠距離攻撃だという観点から、彼を鍛えていた。
威力が高くなればなるほど、扱う難易度も上がり、動きながらの行使が難しくなるのが魔法だ。
『火神の斧』などの難しい魔法は、立ち止まって唱えなければまず成功しない。
守りに関しては、護衛をつけるか、隠れて準備を整えるものであって、術者本人が回避の為に動けば呪文は失敗する。
接近戦の時は、アルカも使った符か、高速詠唱が用いられる。
竜と戦っていた時、『火神の斧』を連発していたドルンも、移動と術の行使を同時には行っていない。
詠唱し、移動して、魔法を放つ。
また移動して詠唱し、というのを空中で繰り返していたのだ。
まさに動く砲台であって、カールのように動きながら撃つのとでは、根底からして発想が違った。
「魔導甲冑みたいなもんか」
「その例えじゃ、よく分からんな」
「移動しながら撃つ? 大砲だと停まってないと撃てないけど、魔導甲冑は前進しながらでも撃てるんだよ。
お前のやり方って、そういう感じかなと」
「言われてみりゃそうかもな。
今まで意識した事はねえが」
左右に動きながら、アルカは当てたり当てられたりを繰り返していた。
今のところ、やや劣勢といったところだろうか。
カールの方が一枚上手だが、食らいけないほどではない。
極端に拍子を乱すと自分の感覚も狂うので、アルカは途中で足を交差させる事で位置をずらしたり、歩幅を変えたりしていたが。
どうにも当てにくい相手の動きに注視して、してやられた事に気づいた。
近い。
どうやらカールは、左右だけでなく、前後にも動いていたようだ。
最初の立ち位置から、いつの間にか随分と近づいていた。
アルカが気づいた事は、カールも分かったようだ。
にやっと笑った彼が、ぐっと前に踏み出す。
アルカは準備の整っていた魔法を放つが、何度目かの撃墜を食らった。
次弾の詠唱は間に合わないだろう。
舌打ちしたアルカは、胸ポケットから切り札を取り出した。
使うつもりは無かったが、模擬魔法の描かれた符だ。
ほう、とカールは目を見開いたが、そのまま突っ込んでくる。
この距離なら、まず間違いなく当たる。
だが起動させた符から出た魔法を、カールは円を描くような足捌きで、くるりと半回転して避けてみせた。
「おいおい」
「悪かねえんだがな」
そのまま滑らかな動きで木剣を叩きつける。
だがそれは、アルカの左手につけられた手甲によって弾かれた。
せっかく盾での防御を覚えたのに、その技術を腐らせるのは勿体無いだろうと、カヤに薦められて買った物だ。
手の甲から上腕までが、つなぎ合わされた鉄板によって防護されている。
手の部分は剥き出しで、指も自由に動かせた。
盾よりも小さい分、慣れるのに時間はかかったし、防御力にも劣るが、持ち歩けるのでアルカは便利に使っていた。
「やるじゃねえか」
「待った。
悪い、降参する」
続けて打ち込もうとしたカールに、手を向けてアルカは宣言した。
体力の限界だったようで、首筋は汗でびっしょりとなり、肩で息をしている。
面白くなってきたところだったのか、カールは残念そうに木剣を引いた。
体力の違いもあるだろうが、やや息を弾ませる程度のカールに比べると、かなりアルカは消耗しているようだ。
首を傾げていたカールは、間近で観察してようやく気づいた。
随分と良い動きを続けていると思ったら、アルカは『水中呼吸』で呼吸を補佐していたらしい。
攻撃に使うのが消費の少ない模擬魔法だろうと、複数の魔法の行使には強い負荷がかかる。
勲章持ちは伊達じゃねえか、と髭の無い顎を撫でながら、カールは年の割に渋い笑みを見せた。
「なんで、最後の躱せたんだ?」
「符は便利なんだが、狙いの微調整なんて出来ねえからな。
ちゃんと見てりゃ、避けるのはそう難しくねえよ」
「難しいわ、どんな反射神経してんだ。
まあ、うちの姉ぐらい強かったし、そのぐらいやれてもおかしくないか。
しかし、あれで避けられるんじゃ、当てるとしたら高速詠唱を覚えるしかねーかな」
「模擬魔法には使えねえだろ、あれ。
実戦なら、『炎の矢』で弾幕張って、避けられなくしちまった方が早えわな」
「なるほどね。
勉強になるわ」
こくこくと頷きながら、アルカは勉強でも彼に勝てないのを思い出していた。
ピートはまあ、例外として。
流石に何度も繰り返しているだけあって、教科によってはニーナよりも良い点数を取る事も出来ていた。
しかし、そんな彼でも及ばないのがカールである。
実技では、届きそうで届かないサラが、良い目標になっているものの。
文武両道のカールは、勉強でも運動でもアルカより上の成績を修めている。
いるところにはいるものなんだな、と素直に感心していたアルカに、カールが濃紺のローブを渡してきた。
アルカが息を整えている間に、荷物置き場から取ってきてくれたらしい。
ありがたく受け取ったアルカは、ちょっと反動をつけて身に纏った。
「汗かいてるみてえだし、運動部が使ってる風呂でも借りてくか? 学院生なら無料だぜ」
「あれ、蒸し風呂だったよな。
疲れが取れねーから、街の公衆浴場にするわ」
「金持ってんな、おい」
「まあ? 帝国の将来有望な若手発明家ですし?」
やや踏ん反り返って、アルカは調子に乗ってみた。
この冬、近接信管と照明弾の評価が終わり、早速新年度から試験的に導入される事になったと兵器開発局から連絡が来たのだ。
帝国軍と独占契約を結ぶなら、特許出願の手続きなんかもやってくれるというので、アルカは喜んで署名した。
今はまだ、学生のお小遣いには多い額に過ぎないが、今後、配備が進めば大金が舞い込んでくるだろう。
勿論、これで終わる可能性も大いにあったが、ドルンへの補充用の魔晶石が買えればアルカには充分だった。
「奢って下さい」
「よかろう。
けど、そんな金に困ってるのか?」
「気軽に風呂屋行けねえ程度にはな。
貧乏暇無しってやつだわ」
「お前、何でも屋としては名前が売れてる方なんだろ? 世知辛えな」
「装備とかに金かかっからなあ」
ぺしりと額を叩いて、カールは苦笑した。
鋼鉄製の武具は、お貴族様ぐらいしか買えないほどに高いのだ。
全身鎧など、何代も受け継ぐ代物である。
魔法の付与された品となったら、価格は天井知らずだろう。




