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第八話 呪いと毒 1



「ふむ。

 少し待っておれ」


 呪術の講座を取っていなくても、質問は受け付けてくれるらしい。

 アルカとピートは礼を言って、マスナダ助教授の指し示す職員室の隅へ向かった。



 部屋の隅にある間仕切りの向こうには、安物の机と椅子が置いてあった。

 応接用には使えないだろうが、生徒の相談に乗ったり、教職員の休憩用には充分だろう。

 手持ち無沙汰にしている二人に、手が空いていた先生が珈琲を出してくれた。



 魔法学院の図書室は、授業に関係する蔵書は豊富だ。

 しかし、どんな専門書でも、前提となる知識が無ければ難解なものである。

 調べ始めてすぐに行き詰まった二人は、こうして専門家の助けを借りに来たのだ。



 魔法の一分野なので、呪術も手順や条件が整ってはじめて効果を発揮する。



 ただ呪術の場合、対象との距離によって、消費する魔力や準備にかかる時間が増え過ぎるのだ。

 壁一枚隔てた隣の部屋からでも、呪い殺すには熟練の術者が集団で行って、何年もかかるものらしい。

 なので実際に行使される場合は、呪いを込めた物を対象の近くに置き、時間をかけて徐々に影響を及ぼすものなのだとか。



 本に従って寮の部屋を調べてみたものの、それらしい物は何も無かった。

 すぐに効果が出る事はまず無いそうなので、カール達の手伝いをしていた時に触れた包丁や野菜が原因でもないだろう。



 湯呑みを手にマスナダ助教授がやってくると、ピートは如才なく用意しておいた口実を並べた。



「この前の戦争で、ルカ君がツコ・ガバーニのお姫様を倒したじゃないですか。

 あれで呪われでもしたらたまらないというので、調べてみたんですが。

 離れた場所からだと、まず不可能だという結論に達したんですよ」


「まあそうであろうな。

 儀式などで事前に魔力を溜め込んでいようが、ああいうものは場所を移せないという制約がある。

 仮に、街中のどこかで準備を始めた輩がいたとしても、必要な魔力を得るのに数十年はかかろう」


「となると、全く心配いらないんでしょうか?」


「可能性としては無くもないが、労力からすると割に合わんな」


 詳しくは魔法概論の講座などで、魔力について学ぶと分かるらしいが、魔力とは精神に感応する性質を持っているそうだ。

 なので、呪術に使う犬の首などは、餓死寸前まで追い詰めてから切り落とすのだとか。



 生贄なども同様で、死の恐怖などによって高められた魔力を利用する。

 だが呪術に使うとなると、必要になる生贄の数が多過ぎた。

 仮に海峡の向こうの島国から呪うとしたら、ツコ・ガバーニの国民全員を生贄に捧げても、人一人を殺せるとは限らないらしい。



「これは呪術ではなく、民俗学の領域になるが。

 民間信仰に色々ある呪いの儀式というのは、やっている本人への自己暗示のようなものだぞ」


「恨みを忘れないようにって事ですか?」


「途中で気が晴れるなら、その方がいいだろうがな。

 実際に凶行に及ぶよりは、まだ理性が残っているとも言えるが。

 山ほどある面倒くさい手順を、何年も続けるぐらい恨める者など、そうはおるまい。

 中にはいるから人は恐ろしいのだがな」


 人間の業の深さに唾を飲むアルカ達を見て、空気を変えるように助教授はからからと笑った。



「そもそも呪術は暗殺には向いておらんぞ」


「痕跡が残るんでしたっけ」


 アルカが合いの手を入れると、その通りだと助教授は頷いた。



「刃物であれば、洗ってしまえば凶器かは分からなくなるが。

 呪術だと、場合によっては何年も痕跡が残る。

 使われた呪いの種類や時間どころか、誰が術者か、場所はどこかも調べればすぐに分かるからな」


「もし国絡みだったら、暗殺者でも送り込まれる方が早そうですね」


「そうなるな。

 心配であれば、寺院から厄除けの札でも貰ってきて、部屋の四隅にでも貼っておくとよい。

 数ヶ月も経てば、それなりの効果は得られよう」


 どんな強力な術者が相手だったとしても、それで時間稼ぎぐらいにはなるそうだ。

 もし呪われたら、その間に助けを求めに来いと、助教授は請け負ってくれた。





 職員室を後にした二人は、話しながら廊下を歩いていた。

 まだ講義が行われている時間なのもあって、放課後といっても校舎内に人の姿は多い。

 すれ違う学生も何人かいたが、親しい人間は見かけなかったようだ。



 魔法学院の学生といっても、下級生は他の学校の人間と変わらない服装をしている。

 魔法使いの家系の者、例えばサラなどは黒いローブを着ているが、ほとんどは基礎課程を終えてからローブを身に纏う。

 自他共に、見習いは終えたと示しているようなものなので、実力が伴わないと格好がつかないのだ。



 下級生でもローブを着ているのは、アルカ達のような例外だけだろう。



 彼の着ている濃紺のローブに、敬意を払うような目を向けてくる学生も何人かいた。

 学内でもよく見かけるだけあって、先の戦争に従軍した証だと知っているのだろう。



 何日か前に、食堂でアルカと一緒になったダンは、このローブを着ていると女子の見る目が違うと、嬉しそうに言っていた。



「あまり収穫はありませんでしたね」


「いざって時に頼れるだけでも、ありがたいって」


「事情を明かせたら、もう少し具体的な対策も教えて貰えたんでしょうか」


「どうかね。

 まず信じさせるのが難しいからな。

 お前だって、いまだに全部を信じているわけでもないだろ?」


「お見通しでしたか」


 眼鏡を直しながら、ピートは少し笑って返した。



「勿論、僕だって森羅万象の全てを解き明かしたなどとは、思い上がっていません。

 しかし、カヤさんの件もそうですが、簡単に信じられるような話ではありませんからね。

 少しずつ検証を重ねて、信憑性を確かめているところです」


「立証出来るもんなのか?」


「さて。

 僕の心証としてなら、ある程度は信じられると思っていますが。

 他の人を納得させられるだけの材料は、今のところ何もありませんね」


 ピートが信じる方に傾いているのは、ニーナの存在が大きいのだそうだ。

 彼女の人となりを見抜く力は、自分よりもあるだろう。

 彼女が嘘は言っていないというなら、ある程度までなら信じていいのではないかと。



「なるほど、心証か」


「ええ。

 もしニーナさんと知り合ってなかったら、ルカ君の話も適当に聞き流していたかもしれませんよ」


「それは怖いな」


 アルカが恐れたのは、ピートの助力が得られない事もだろうが、ニーナと知り合っていなかったらという方だろう。



 今の彼にとって、ニーナはかけがえのない存在だ。

 彼女のいない毎日など考えられないぐらいに。

 しかし、入学前に下見に来た時、もしピートとの話題に出ていなかったら、どうなっていたか。

 ただの顔見知りだったかもしれないし、ろくに話もしない仲だった可能性すらあった。



 怖気を払うように頭を振って、アルカはそれで思い出した事を口に出した。



「そういえば、カールの名前を以前から知ってた気がしたんだけど。

 確か、入学前にお前から聞いたんだったよな」


「確かに話した覚えがありますね。

 しかし、彼の場合は学内でも名が知れていますから。

 成績表が貼り出される度に、だいたいどの教科にも名前が載っているじゃないですか」


「お前とニーナの名前を探すぐらいで、他はろくに見てないって。

 ああいうの、俺には関係ないしな」


「一度受けた試験のはずなのに、なんで僕より上にいかないんです」


「多少は上がってるけど、無茶を言うな」


 やれやれとピートは肩を竦めたが、その仕草はアルカの方こそやりたかった。



 魔法学院の試験は、答えを知っているだけで満点が取れるようなものではない。

 論述力や思考課程が重視され、正解が一つではない問題ばかりだ。

 勿論、アルカだって以前よりは成績も上がっているが、何度か同じ試験を受けた程度で、隣の秀才を上回れるはずもなかった。



 二人が昇降口に向かって階段を下りたところで、思い出したようにピートが言ってきた。



「話は変わりますが。

 競馬と軍での稼ぎは、結構な額になったんじゃ?」


「出費も多かったから、あんまり手元には残ってないけどな。

 提出した品の褒賞金も、評価が終わるまでは出ないみたいだし」


 近接信管と照明弾の評価は、少なくとも秋の学祭までには終わっていなかった。

 お役所だけに、色々と煩雑な手続きがあるのだろう。

 軍人も担当者も、関わった人は期待していいと言ってくれていたが。



「ああ、飯を奢るぐらいだったら別にいいぞ」


「そうではなく。

 お姉さん、直せるんじゃないですか?」


「あー……そっちか」


 渋い表情になったアルカを見て、ピートは首を傾げた。



「何か問題でも?」


「予定では夏の賃金だけでも、なんとかなるはずだったんだけど……魔晶石が値上がりしててさ」


 臨時募兵に応じた魔法兵は、参加した全兵士の中でも報酬を貰っている方だろう。

 正規兵の給料と危険手当を合わせた分より、多いぐらいなのだ。

 魔法兵の確保が急務だっただけに、予算を奮発して数を集めた結果である。



 無駄遣いさえしなければ、学費の足しには充分な額になったが。

 考えてみれば当たり前の事に、アルカは気づいていなかった。



「戦争による需要の増加がありましたか。

 魔導銃をはじめ、魔晶石の使われている軍需品って多いですもんね」


「今じゃ、戦前の五倍ぐらいに上がってるからな。

 まあ、学祭の頃には値下がりも始まってたから、価格が落ち着いたら買うつもりだけど。

 何かあるのか?」


「ヒルダさんに、早く見たいとせっつかれていまして」


 以前、眠る姉をヒルダが調べた時の、興奮していた様子をアルカは思い出した。

 ドルンが姉ではなかったら、アルカにも気持ちは分からなくはない。

 現に王都に眠るという魔法人形は、機会があれば見てみたいと思っているぐらいだ。



「あいつの手も借りたいし、必ず声はかけるから、落ち着くように言ってくれ。

 流石に、あいつの好奇心を早く満足させるためだけに、借金までしたくない」


「ええ。

 事情を話せば、分かってくれるでしょう」


 小声で付け加えられた『多分』というのは、アルカも聞かなかった事にした。



 アルカ達が玄関まで辿り着くと、ニーナとカヤの二人が待っていた。

 軽く手を振って合流し、並んで歩きながら、お互いの首尾を報告し合った。



「マスナダ助教授に助言は貰えたけど、決定的と言えるものじゃなかったな。

 やっぱり、実際に見ないと分からない事も多いらしい」


「そもそも、詳しい説明も出来ませんし、あんなものでしょう。

 そちらはどうでした?」


「まあまあか」


「フレデリカさんの事は、未来視の魔法でも見えたようで、修道女カリーナさんも協力してくれるそうです。

 ただ、やはりジャガーノートとか、ルカさんの事とかは、いまいち信じて貰えませんでしたね」


「それはしょうがない。

 証拠も無いのに信じろってのも、無茶な話だしな。

 協力を取り付けられたんなら充分だって」


 アルカが礼を言うと、ニーナは軽く頷いて、カヤはやや恐縮しながら受け取った。

 近いうちに改めて挨拶に行くべきだと言うピートに、それもそうかとアルカは予定を頭の中で調べ始めた。




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