第七話 第二の点 5
時間遡行については胡散臭そうに聞いていたものの、ジャガーノートの脅威はカリーナも正しく認識してくれたようだ。
根拠がなんであれ、万が一があったら怖いと、協力してくれる事になった。
やがて教会で保護された少女は、自分の名前さえ覚えていなかった。
間が悪い事に、教会の孤児院で彼女ぐらいの歳の行方不明者は複数おり、それだけでは身元が判明しなかったのだ。
何人かは都合をつけて面通ししたものの、その中に彼女を知る者はいなかった。
フレデリカと名付けられた少女は、持ち前の明るさと元気の良さで、すぐに街の人々に可愛がられるようになった。
そして、二年目の春休み。
当日、教会の用事を言いつけられたフレデリカに、ピートが念の為に張り付き。
殺虫剤を撒くからという理由で人気の無くなった学校周辺を、大勢の人間が走り回っていた。
アルカとニーナは勿論として、カヤにサラ、理事長とカール。
生徒会の面々やカールの仲間の他にも、荒事に対処出来る生徒が十数名。
それと、外部の何でも屋も何人か雇われている。
取り逃がした場合が最もまずいので、単独行動は避け、無理はするなと厳命されていた。
「それらしい物は見当たらんな」
鏡の祠から東門の方へ向かってすぐの開けた場所で、魔導銃を手にニーナが辺りを見回した。
楓の森に囲まれた原っぱは、静かに草を揺らすばかりだ。
まだ、あの時見つけた夕方までは時間がある。
しかし、それまで近くに居たとは限らないのだと、アルカは額を押さえた。
「よく考えたら、どっかからフレデリカが連れて来たって可能性もあるのか」
「街の方を見てる者もいたはずだが、捜索範囲が絞れないと厳しいな。
今日を逃すと、人数が減るのもあって見つけ難くなるぞ」
「何か手がかりがあればいいんだけど」
今までにも思い出そうとしていたのに、これといって何も無かったのだ。
フレデリカの抱えていた猫の色さえ、薄暗かったのもあって断言出来ない。
何より、半年以上も魔法で封じられた間に、だいぶ記憶も薄れてしまっていた。
だが、分かる事もある。
あの時、ニーナは銃を持っていたのだから、練習帰りで間違いないだろう。
第一射爆場でアルカは見かけなかったし、エメットの街に学院施設以外の射撃練習場は無い。
だから、彼女が第二射爆場から、寮にある銃の保管室に向かっていた事までは分かる。
「ここと第二射爆場、それから南寮までの間を、もう一度見てみるか」
「私と同じ結論に至ったようだな。
参考までに言っておくと、私は銃を持ったまま散歩はしないはずだ」
「途中で何かを見て、追ってきたのかね」
その辺りに注意してみようと言って、歩き出そうとした彼らのところへ、ダンが駆け寄ってきた。
「お、いたいた! あのなんとかっての、サラが倒したぜ」
「本当か?」
「ああ。
こっちだ、来てくれ」
大きく手で招いたダンに続いて、アルカとニーナも走っていった。
それなりに速かったのでアルカは息を切らせたが、訓練部隊で鍛えられただけあってダンには余裕があるようだ。
少し苦しそうなニーナが、何かの魔法を唱えようとしたところで、石畳の上で待つ副会長とサラが見えてきた。
「来たな。
早速、確認してくれ」
「これなんだけど」
校舎の方へと伸びる石畳の脇に、猫のような死体が倒れていた。
アルカは目を凝らしてみたものの、見た目はただの猫と変わらなかった。
すっと顔を近づけたニーナの様子を窺うと、流れ出た血や傷跡を調べているようだ。
真似してアルカも、その辺りを重点的に見てみる。
傷口から溢れる血の周りを、ぼんやりと菫色の魔力光が覆っていた。
「間違いない、ジャガーノートだ。
しかし、これは……」
「やはりそうか」
眉間に皺を寄せたニーナを引き取って、副会長が頷く。
アルカとサラが彼を見ると、渋い顔で教えてくれた。
「幼過ぎるんだ。
これが半年で成体になるとは、とても考えられん。
薬品や魔術で、無理やり成長させる方法もあるかもしれんが」
つまり、学祭の前夜、アルカが死んだのはジャガーノートのせいではない可能性が高いようだ。
といっても、寝ていたら死んでいたらしいアルカに、死因の心当たりなどあるはずもないが。
てっきり周囲一帯ごと毒で殺されたと思っていただけに、アルカも多少は気が楽になったようだ。
だが、それでは一体どうして過去に戻されたのか。
考えに耽るアルカをよそに、ダンは副会長に指示を求めた。
「とりあえず、他の連中どうします?」
「この件は我々と会長、後は理事長への報告に留めておくべきだな。
学院長辺りには知らされるだろうが、そちらは我々が決める事でもない。
念の為、捜索はしばらく続けようか」
「了解っす」
その後も捜索は続けられたが、サラの倒した物の他にジャガーノートは見つからず。
一抹の不安は残ったものの、これといって何事もなく日々は過ぎていった。