表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/66

第六話 夏の戦場 8



 その光景は、リンメルにとって衝撃的だった。

 戦闘の最中なのも忘れたように、立ち尽くして二人の戦いに見入っている。

 ルイーザの死によって、新たな指示を請う部下の声も、まるで聞こえていないようだ。



 ルイーザの戦死で兵が動揺しても、リンメルはまるで動じていなかった。

 戦場なのだ、王族だろうと死ぬ時は死ぬ。

 だから、フリードが相手に斬りかかった時も、世の無情を嗤うように微笑んでいたのだが。

 まだ若い、少年とも呼べるような帝国の魔法使いは、フリードの攻撃を捌いてみせた。



 最初の一撃から、もう何度打ち合ったのか。



 体格差からすれば、大人と子供と言ってもいいぐらいの違いがある。

 だが、フリードが撫でただけで倒れそうな少年は、真っ向から抗い続けていた。



 大木すら薙ぎ倒すフリードの斧槍を、懐に飛び込んで盾で跳ね上げ、至近距離から符術による炎を浴びせる。

 反撃に振られた斧槍を飛び退いて躱し、再度踏み込んで攻撃を仕掛ける。



 訓練でだが、何度か手合わせしたリンメルには分かる。

 フリードの一撃は、掠めただけで戦意を粉砕するようなものだ。

 あれを間近で見て、尚も近寄ろうと考える者が、果たしてどれだけいるだろうか。



 どれだけ非力だろうと、魔法使いならフリードと戦えるだろう。

 しかしそれは、あくまで距離を取って攻撃するならだ。



 フリードの斧槍が届かない場所から、近寄られないようにするなら、いくらでも戦いようはある。

 だが、ああ、なんという事か。

 あの少年は、死を前にしながら、いとも容易くそこへと身を投げ出していく。

 その尊さ、気高さ、美しさ。

 言葉も無く感動に打ち震えながら、リンメルは彼の輝きに魅せられていた。



 しかし、それも長くは続かなかったようだ。

 赤毛の帝国士官が割って入り、少年を庇ってフリードと対峙した。



 無粋な邪魔に、リンメルは舌打ちした。

 魔法使いの少年が息も絶え絶えな一方、フリードにはまだまだ余裕がある。

 あのままでは彼が敗れ去っていたのは明白だが、それがなんだというのだ。

 例え彼が死しても、その勇姿は千年、いや、歴史の終わりまで、自分が命を賭してでも伝えてみせたというのに。



 だが、もう今の戦いが再開される事はあるまい。

 ならばと、より次善な方向へ近づくために、リンメルは彼らのところへ向かった。



「二対二ですか」


 警戒を強めるドリーセン大尉に、リンメルは笑いながら剣を抜き、彼女の足元へと放り投げた。



「いえいえ。

 僕に戦う気はありませんよ、降伏します」


「おい、リンメル!」


「貴方にだって分かってるはずでしょう。

 殿下が戦死された以上、僕らに帰る場所なんか無いって。

 いや、貴方や近衛は事情が違うか。

 ともかく、僕なんかじゃ国に戻っても処刑されかねませんからね。

 亡命を希望します」


「お前な! もう少しでいいから、粘ってくれ。

 見ろよ、ここまで極上の姐さんになんか、滅多に会えるもんじゃない。

 ぞくぞくしてくんだろ」


 ドリーセン大尉が強敵なので、戦士として手合わせを望んでいるのだろう。

 拝むように頼んでくるフリードに、知ったことかとリンメルは肩を竦めた。



「ともかく、僕は降伏します」


「承りましたわ。

 貴方の身柄は、私が預かりましょう」


 お前はどうするのかと、リンメルとドリーセンの視線がフリードに向かった。

 がしがしと頭を掻いた大男は、肩で息をするアルカをちらっと見てから、大袈裟に息を吐いた。



「しょうがねえ。

 この場で姐さんと戦うのは諦める」


「再戦の機会があるとも思えませんけれどね」


「だから、それも踏まえた上でだよ。

 生きてりゃそのうち、どっかで会うかもしれねえだろ」


 その時はきっと、アルカも今以上に成長しているだろう。

 彼らとの再戦を望みながら、フリードは肩に斧槍を担ぎ直し、首だけで三人の方に振り返った。



「じゃあな、坊主に姐さん、ついでにリンメル。

 ああ、何か伝えたい事があれば、聞いておくぜ?」


「では遠慮なく。

 迷っている兵がいたら、僕が降伏した事を教えてあげて下さい」


 了解したというように手を振り、フリードは歩き出した。

 遠ざかっていく背中を見送ってから、大尉が兵を呼んでリンメルの案内を頼む。

 大人しく連行されていく前に、彼はアルカとドリーセン大尉に、洒落者の貴族らしい礼をしていった。



 一段落してから、気を取り直すように大尉は一度大きく手を叩いた。



「さて、それでは続きといきましょうか。

 アルカさん、いけますわね?」


「はい、問題ありません」


 詠唱を始めたアルカが、大尉の指示した方に向かって『火の球』(カークス・オルビス)を放つ。

 炎の塊が戦場を駆け抜け、火柱を燃え上がらせた。



 術者の方へ集まった注目を、掲げられた大尉の剣が吸い取る。

 そして、ドリーセン大尉のよく通る声が、辺りに響き渡った。



「ルイーザ・セス・アウルスは討ち取りました! 敵は浮足立っています。

 勇敢なる帝国の兵士諸君、恐れずに前進せよ!」


「進め! 進め! 進めっ!」


 すっかり明けた空の下を、武器を打ち鳴らして唱和した帝国兵が、隊列を組んで前進を始める。

 規律を取り戻し、集団の圧力をかける者達に、ばらばらに立ち向かっていたツコ・ガバーニ兵は退却を余儀なくされた。



 第二機甲師団は、味方の中へと逃げ込んだ兵を追って、敵左翼に突入。

 昼前には半ばまで食い破り、会戦の勝利を決定づけた。



 スード海峡を挟んだ両国は、今回も攻め込んだ側が敗れるという結果に終わった。

 だが、どちらも諦めておらず、互いの国益はぶつかり合ったままだ。

 きっかけさえあれば再び戦端は開かれ、また多くの血が流れるのだろう。



 それでも運良く生き延びた兵士達は、家へと帰る事が出来た。





 濃紺のローブをまとったアルカが、四頭立ての馬車からエメットの駅に降り立った。

 他の乗客にも、復員兵の姿は多い。

 駅のあちこちで、友人達に囲まれたり、飛びついてきた子供を抱きしめたり、恋人と抱擁を交わす姿が見られた。



 たまたま一緒に乗り合わせていたダンと、アルカは軽く挨拶を交わし合って別れた。

 アルカにとっては同じ釜の飯を食った仲だが、相手にとってはどうだろうか。

 馴れ馴れしい少年なので、親しげに振る舞っていたものの、同じ部隊で過ごした時ほどの連帯感は無いはずだ。



 出迎えに来ていた副会長と談笑するダンを見てから、アルカは歩廊に下ろしていた荷物を抱え直そうとする。

 その動きが、視界に入った二人分の足に止まった。



 顔を見て安心したらしく、やや潤んだ目を、眼鏡を直すふりで誤魔化すピート。

 そして、あの時以来の、意外に子供っぽい笑顔を浮かべたニーナが立っていた。



「お帰り」


「ただいま」


 帰ってきたんだという実感と共に、アルカの胸が詰まって視界が滲んでくる。

 ぼやけたニーナの笑顔を見ながら、彼はようやく心の底から理解した。



 いつどこで、どんな出会い方をしたんだとしても。

 お互いの歳とか、立場とか、何もかもが今とはまるで違ったのだとしても。

 ニーナ・ダフトベルクという女の子に巡り会えたら、きっと自分は彼女に恋をする。



 ぶっきらぼうな話し方や、綺麗な顔に、飾り気の無い服装。

 銃を構えた姿の格好良さとか、趣味の独自配合の紅茶を自信満々に出す時の顔とか、どんなに胡散臭い話でも真摯に聞いてくれるところとか。

 どれも決定的と言える理由ではないが、ニーナがニーナでありさえすればそれでいいのだ。



 あの草原の思い出を共有していない、あの時の彼女でないからといって。

 彼女がニーナ・ダフトベルクである限り、アルカが好きにならないはずがないのだから。



 かつて過去に戻された時から、どこか鬱屈していたアルカが、晴れやかな笑みを浮かべる。

 顔を見合わせたニーナとピートは、友人の帰還を笑顔で歓迎した。



 この夏の戦場は、こうして幕を閉じた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ