第六話 夏の戦場 4
魔導銃というのは、火薬の代わりに魔導技術を用いた銃だ。
引き金を引くと撃鉄が下り、銃弾底部の発射用の信管、雷管と呼ばれる術式を起動させ、銃身内で爆発なり風を起こして弾を押し出す。
引き金と撃鉄、その間の連動部品は、魔力伝導効率の良い銀などが使われる。
剛性も必要なので、ミスリル銀がよく利用された。
長時間魔力に曝された銀が変質し、硬度を増した物がミスリル銀だ。
大体は地下深くに埋まっており、採掘にかかる手間もあって普通の銀より高値で取引されている。
魔力伝導率にも優れているので、魔法道具の素材としての需要は高かった。
また魔導銃の他の部品、銃身や銃床は、魔力伝導率の悪い素材でなければならない。
もし純銀製の魔導銃などが存在したら、花火師が煙草を吸いながら作業をしているようなものだ。
暴発して事故にならない方がおかしい。
雷管は元々、魔導砲で用いられていた技術だ。
魔導砲も発射用の術式に点火する事で弾を飛ばすが、その先が魔導銃とは異なる。
砲弾に仕込まれた術式も連動して発動し、敵兵の頭上や、敵船の装甲を貫通した後で爆発する。
昔、戦場で焙烙玉といって、火薬を詰めた陶器を投げていた事があるが、それの進化した物だ。
要は鉄の玉ではなく、爆弾をぶつける兵器が魔導砲である。
発動する時間や衝撃の強さは調整可能で、これは遅延信管と呼ばれている。
雷管の小型化には、長い時間と無数の試行錯誤が必要だった。
砲弾底部に描かれた印章を、そのまま銃弾の大きさにすれば機能するが、そんな作業の出来る者は限られている。
豆に文字を書くようなものだ。
作れたところで、時間がかかり過ぎては銃弾として使いようがない。
そこで長い紙に術式を書き、折り畳んで発動させる方法が考案された。
なので、魔導銃の弾丸は、かなり長い物となっている。
アルカの考案した近接信管は、雷管以外の信管を銃弾の大きさに縮めた点が画期的だった。
距離を測る魔法を仕込んで、対象物の近くで炸裂する弾なら、既に魔導砲にも存在する。
弾丸に火薬を詰め、発射後に炸裂する魔導銃用の榴弾も、既に狩猟用として出回っている。
多くの技術者が行き詰まったのは、小型化した信管術式を、連動させる方法なのだ。
アルカが実現させられたのは師のおかげだ。
魔法人形のドルンに最重要な部分を教わっていたので、彼は難問とは知らずに解いていた。
「他にも、専門書にも載ってない事を、結構教わってるんだよな」
「お姉さんの知識の基となっているのは、初代学院長のものですよね。
七百年も前に、今だに誰も追いつけない領域に手を届かせていた天才ですか。
周りの理解があれば、その偉業はもっと多く伝わっていたのかもしれません」
「どういう意味だ?」
「なんだか分からない物だからと放っておかれたせいで、後で重要だと気づいた時には失くしてしまっていたわけです」
本棚の間を案内しながら、ピートは感慨深そうに頷いた。
図書館に本を探しに来たアルカと、司書のピートは、周りの閲覧者に配慮して小声で話している。
静寂の支配する館内は、どこかでページをめくる音や、咳払いがやけに大きく聞こえていた。
帝国の図書館はどこもそうだが、入館料は一日いくらで徴収される。
そこそこ良い店の昼食代ぐらいで、学生でも気軽に入れる施設だった。
手作業で写本していた時代に比べれば安くはなったが、それでも本は高い。
街頭で売られる木版刷りの新聞ぐらいならまだしも、庶民が手元に置ける本など数えるほどだろう。
当たり前だが貸出はされていないので、利用者の多くはノートと筆記用具を持ち込んでいた。
「ん、この辺りですね。
『光源』の研究書でしたら、そこの棚にあります」
「どれどれ」
それらしい表題の本を引っ張りだし、索引から頁をめくったアルカが、ざっと読んで満足そうに頷いた。
「おお……そうそう、こういうのを探してたんだよ。
実験数値も細かく載ってるし、いい本だな」
「それは良かった。
次は、魔導銃でしたっけ」
あちらの棚ですねと言って、ピートが先導する。
アルカは何冊かの本を抱え、少し後ろをついていった。
二月末の鏡の儀式以降、アルカは忙しく動き回っていた。
近接信管の開発に第二機甲師団への訪問、以前サラに教わっていたような魔法の訓練は勿論。
エメットの担当部局の職員に会って、戦時への備えを訴えたり。
ジャガーノート対策に、修道服を手がかりに例の少女を探したりもしていた。
魔導具の店を辞めたわけでもないので、ピートが遊びに誘っても断られる事が多かった。
「最近、剣術道場にも通いだしたそうですが、大丈夫なんですか? 体には気をつけて下さいよ」
「分かってる。
まあ、今が踏ん張りどころだから」
「一度経験した過去に戻ったと主張しているくせに、なんでそんな忙しくしてるんですか。
普通、以前よりは楽になるものなのでは?」
「なんでなんだろうな。
自分でも分からん」
渋い顔で溜め息を吐くアルカに、ピートは苦笑を返した。
おそらく、今アルカがやっている事は、彼にとって必要な事なのだろう。
剣術道場といっても、今になって剣を振りだしたわけではない。
主に盾などを使った防御の方法を習っている。
練習中のアルカは、盾を構えて木剣などを受け続けていた。
紹介を頼んだラメール魔導具店の先輩店員には、戦場に行く準備だと説明してある。
生徒会の一員でもある彼は、後輩の一回生、つまりダンがその気なのもあって親身になってくれた。
道場に顔を出すと、先輩が率先して相手になってくれている。
たまに嫌になるぐらい、アルカも忙しいと思っていたが。
我らが訓練軍曹殿のシゴキに比べたら、どうという事は無かった。
「ところで。
『光源』なんて、僕ですら使える魔法ですが。
わざわざ調べてまで、今度は何を作っているんですか?」
「ああ、照明弾だよ」
「あれ? 確か、既にありましたよね」
「今あるのは、アルミの粉末とかを燃やしてる物なんだが。
これを『光源』に出来れば、明るさも持続力も段違いになる。
何より、もし成功したら、魔導銃から魔法そのものが撃てるようになるんだ」
静かな興奮を見せるアルカに対し、ピートは首を傾げただけだった。
「はあ。
すみません、何が凄いのかよく分からなくて」
「どう言ったらいいのか……これまでは術式の連動性の問題から、仕込める魔法には限りがあったんだけど。
近接信管にも使っている連結方式だったら、どんな魔法だって仕込めるようになるんだよ」
「あはは、無駄だって」
どうにも分かっていないピートに、アルカが熱弁を振るっていると、横から笑い声がかけられた。
通路から顔を出したのは、眼鏡をかけた小柄な少女、ヒルダだった。
アルカが会うのは、ドルンの様子を一緒に見に行った時以来になる。
彼は久しぶりと声をかけようとして、これが初対面だという事を思い出した。
「ピートは学者肌の人間だからね。
いくら説明したところで、技術屋の興奮は理解出来ないんじゃないかな」
動きやすい服を着たヒルダは、アルカの方に身を乗り出してきた。
「ルカだっけ? ピートから名前は聞いてるよ」
「そっちはヒルダだよな」
苗字の方はエイなんとかとしかアルカは思い出せなかったが、ヒルダが頷いたので問題にはならなかった。
「ちょっと聞こえたんだけど、なかなか興味深い話をしてたね。
砲弾に詰めた火薬の起爆用ではなく、魔法そのものを発動させるようにするわけか。
今度、時間がある時にでも詳しく聞かせてよ」
「ああ、これからお仕事でしたっけ」
残念そうに言うピートに、もっと残念そうにヒルダは大きく頷いた。
「帰る間際になって、面白そうな話が聞こえてくるとか……気になってしょうがないじゃない」
「まあ学院で見かけたら声をかけてくれ」
「そだね。
って、急がないと。
じゃ、二人ともまた」
手を振ったヒルダが、早歩きで出口の方へと去っていった。
同じく振り返したアルカは、窺うように隣を見る。
ピートは必死に取り繕っているようだが、どうにも挙動不審なところがあった。
「では、僕達も行きましょうか」
「惚れてんのか?」
「うえ」
ピートは思わず変な声を出して、慌てて咳払いで誤魔化そうとする。
横目で表情を探ってみたところ、アルカにからかうつもりは無いようだ。
「そんなに露骨でしたかね?」
「いやまあ、なんとなく。
さっき割り込んできたから、そういう事する奴だったかなと疑問に思って」
「迂闊でした……あ、いえ、ここは謝罪すべきですね」
「それは別にいいって。
ただなんというか、お前が意識してんのは分かったけど、あっちは今のところさっぱりじゃないか?」
「ヒルダさんは、見ての通りの気性の方ですから、あまり積極的になっても鬱陶しがられるだけでしょう。
といっても、何もしなければ進展はしませんし。
こういう経験少ないので苦戦してますが、ま、気長にやりますよ」
「そーだな。
頑張れ、応援ぐらいはしてやる」
「ありがとうございます。
ルカ君の方も、頑張って下さい」
「ああ」
少し真面目に言ったピートに、アルカも真摯に応えた。
何度も失敗してきたが、今度こそ、生きて帰ってこられるようにと。