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第六話 夏の戦場 1




 帝国軍第二機甲師団の駐屯地は、帝都から西に馬車で二日ほどの場所にあった。

 街の郊外に厳重な警備の敷かれた通用門があり、そこから演習場なども含めた広大な基地が広がっている。



 機甲科というのは機動力と装甲に優れた兵科を、師団というのは戦略に影響を及ぼせる規模の部隊を指す。



 帝国軍の場合は、魔導甲冑を中心に、大型の兵員輸送用馬車や騎馬隊によって素早い展開を行い。

 軍団の指揮下で戦ったり、別働隊となって横から殴ったり、敵の増援を食い止めたりする。

 要は、戦局を左右出来る戦力だ。



 第二機甲師団は即応部隊で、例えば国境に敵軍が迫った時、真っ先に駆けつけて増援が来るまで殴るのがお仕事だ。



 ただ、ツコ・ガバーニが相手の場合は、北から西にかけての海岸線のどこが攻められるか分からない。

 その上、軍港は海軍の縄張りなので、陸軍が敵と決戦するまでは、彼らは不測の事態に備えて待機となる。



 春の訪れと共に、両岸関係の緊張は危険水域に達したとはいえ、まだ軍事衝突には至っていない。

 基地内の空気も、落ち着かなげではあるものの、一触即発にまではなっていなかった。



「グライフェルト将軍が来るまで、こちらでお掛けになってお待ち下さい。

 何か御用がおありでしたら、ご遠慮なくどうぞ」


「いえ、お気遣いなく」


 いかにも生真面目な青年、少将専属副官を、アルカは恐縮しながら見送った。

 こちらは学院長の紹介で来た将軍の客だが、案内してくれた彼は中尉である。

 第六小隊の隊長と同じ階級で、そんな人に丁寧に扱われると落ち着かないのだ。



 観葉植物や大きな窓、壁にかけられた絵画などを見回しつつ、出されたお茶に口をつける。

 なんとか味はしたものの、良し悪しまで分かる余裕は無かった。



 事情を話した学院長には、妄想癖は早期に治療しろだのと言われたが、軍人の紹介はしてくれた。

 それも、相手は学院長の伝手の中で最も高位にある、第二機甲師団のグライフェルト将軍だ。

 白い髭や髪で顔の埋まっている老人が、話を信じたのか信じていないのかは、アルカには分からなかった。



 以前、ピートに助言された通り、競馬場で覚えた万馬券は役に立った。

 記憶は確かだったはずだが、二つ三つ外したものの、学生の研究開発費には充分過ぎる資金が得られた。



 将軍との面会約束を取り付ける傍ら、出発までの一ヶ月で、試作品を用意出来た。

 手紙では将軍も興味があると言っていたので、既に受付で提出済みである。



 過去に戻った事とか、夏の戦場での話が信じて貰えなくとも、近接信管の採用試験に臨めるなら、無駄足にはならずに済むだろう。



「やあ、お待たせ」


 声をかけながら入ってきた将軍に、アルカは思わず直立不動になってから、慌てて普通の態度になるよう心がけた。

 敬礼しかけていた右手を胸に当て、宮廷作法じみたお辞儀で出迎える。

 多少仰々しいが、よくある礼儀の範疇だろう。



 にこにことした笑みを浮かべた将軍は、座るように言いながら自分も向かいに腰を下ろした。



「ごめんね、会議が長引いちゃってさ。

 アルカ君でいいかい? 僕がグライフェルトです」


「いえ、とんでもありません。

 本日はお忙しい中、お時間を作って頂き、ありがとうございます」


「あはは。

 あのスケベ爺の教え子にしては、随分と固っ苦しいね」


 アルカの緊張を解すためか、将軍はにこやかに世間話を始めた。

 自分が在籍していた当時の学院長の所業を、良い面も悪い面も話していく。

 どちらも学院長ならやりそうで、アルカからも自然に笑い声が出ていた。



 グライフェルト少将は、早撃ちで名を馳せた人だ。

 彼が新任少尉だった頃に普及し始めた魔導銃で、他の者が一発撃つ間に三発撃って、全弾命中させたという伝説を持っている。



 用兵家としては、機を見るに敏、敵の隙を見逃さない切れ者と評価されていた。



 十年前のツコ・ガバーニ侵攻作戦においても、敵の陽動と増援を幾度も潰して回った。

 当時大隊長だった彼の名は、帝国の将軍達に並んで、最も厄介な男の一人としてツコ・ガバーニ軍に記憶されている。



 だがアルカの前に座っている中年男は、とてもそんな人物には見えなかった。



 人は良いが出世には縁の無い、あまり大きくない会社の中間管理職といったところだ。

 軍服ではなく背広でも着ていれば、軍人だとは思われないだろう。



 だたし、見る者が見れば、軍服の下の細い体がカンナで削ったように鍛え上げられているのが分かる。

 アルカと談笑している時も、飲み物を持ってきた専属副官に礼を言う間も、彼には隙というものが無かった。



 アルカの緊張が解れたのを見計らい、グライフェルト将軍が笑顔で話しかける。

 目つきの鋭さは、歴戦の軍人だと頷かせるものになっていたが。



「さて、それじゃ聞かせて貰おうか。

 軍歴の無いはずのアルカ君が、どこで軍事教練を受けたのかをね」


「分かるものなんですか?」


 隠していた事に切り込まれて、アルカには動揺が見られた。



「そりゃ、見る者が見れば分かるとも。

 最初に敬礼しかけたのは、こちらの流儀に合わせようとしたのかとも思ったけど。

 視線の置き場所や、手の動かし方、他にも色々と、新兵訓練を受けた者特有のものがある」


「ええっと、なんと言いますか。

 ちょっと信じられないような話なんですが」


「それを判断するのは君じゃない、こちらさ」


 与太話をするなと怒られないか不安に思いつつも、アルカは話し始めた。




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