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第五話 迎撃 5



 四週目は、数人毎の班行動が基本になる。軍曹は助言をするだけで、計画立案から実際の行動まで、班長の決定で訓練兵達は動いていく。反対意見を採り入れたり、却下したりは班長次第だが、班をまとめられなければ容赦なく交代させられた。


 今までの訓練に加えて、地図と方位磁針を手に、決められた中継点を通りつつ、目的地を目指すなど。班で揃っての行動を覚え、卒業試験に臨む事なる。


 総合演習と題されたそれは、班ごとに決められた標的を倒し、時間内に戻ってくるというものだ。見通しの悪い森で、地図と方位磁針だけで進行方向を割り出さなければならない。簡単ではないが、これまでの訓練を真面目に受けていれば、難し過ぎるものでもなかった。


 班長を任されたアルカは、仲間を率いて二着で戻ってきた。怪我人の出た班が少し遅れたものの、とにかく無事に訓練の全日程は終了した。


 技量や体力だけでなく、協調性などの内面も評価され、問題が無ければ合格となる。訓練兵の中には、専門の魔法兵となるべく更に上級の訓練部隊に進む者もいたが、アルカやダンなどはこれで部隊に配属される事になる。


「本日を以って、貴様らは栄えある魔法兵の一員となる!」


 よく晴れた訓練場に、軍曹の声が響いた。直立不動で聞いている訓練兵達は、押し殺してはいるものの、目には喜びが見えていた。ようやく訓練が終わると、誰もがほっとしているようだ。


「辛く厳しい訓練に、よくぞ耐えてくれた! これで諸君らは、海のカマ野郎どもや糞虫スカラベどもとは違う本物の兵士、陸軍魔法兵となったのだ」


 どこの国も、予算を食い合うので陸軍と海軍の仲は悪い。帝国もその例に洩れず、決して良いとは言えなかった。


 ツコ・ガバーニを糞虫スカラベと呼ぶのは、十年前の侵攻作戦によるものだ。帝国では上水道と下水道は別れているが、ツコ・ガバーニは下水が上水道に流れ込むという、お粗末な構造をしていた。


 現地の環境被害も相当なものだったらしいが、帝国兵は悲惨な目に遭った。侵攻の失敗は、汚染された水によって兵士が次々に倒れた事が大きい。


 補給を整え、遠征軍を編成し、万全の体制で向かいながら、糞尿まみれの水に負けたのだ。帝国が現在のところ再度の遠征を考えていないのも、その問題を解決する術が無いからである。先帝は死の床でも、ツコ・ガバーニの公共整備の悪さを罵っていたらしい。


 以来、帝国軍ではツコ・ガバーニを糞虫スカラベと呼ぶのが習わしになっていた。


「戦場では、嫌になる事も山ほどあるだろう。そんな時は、俺の顔を思い出せ。ここでの訓練に比べたら、まだましだと思えるはずだ」


「はい! 教官殿!」


「以上を以って、全課程を終了とする。解散!」


「ありがとうございました!」


 敬礼を終えた訓練兵達が、和やかに談笑を始める。まだ翌日の、基地司令や訓練中隊長も交えた解隊式が残っているが、訓練そのものは終わったのだ。打ち上げに近くの酒場を借りた者がいるらしく、訓練兵の間を回って参加を呼びかけていた。


 訓練軍曹や助手の教官達も、これまで見せた事のない、穏やかな表情で訓練兵達に話しかけている。日頃ぶっ殺してやると言っていたダンでさえ、笑顔で軍曹と握手を交わしているぐらいだ。新兵となった元訓練兵達は、軍人の先達としての助言を、彼らに求めていた。


「アルカ・ティフタット君」


 軍曹に話しかけられたアルカは、入隊以来、初めて名前で呼ばれた事に気づいた。前の時は、そんな事を気にする余裕も無かったのだ。


「君には、忠告の言葉は必要ないだろう。実に手のかからない訓練兵だったよ」


「ありがとうございます」


「お父上が退役軍人だったりするのか? なんというか、これからやる訓練について、あらかじめ知っているようだったんだが」


「いえ、予習をしてきたといいますか」


「ほう」


 感心されてしまったので、アルカは曖昧な笑みを返すしかなかった。予習というか再度受け直しているのだから、どうしてもズルをしているという意識が抜けなかったのだ。


「どうあれ、これからが本番だ。気を引き締めて任務に当たってくれ」


「分かっています」


 決意の漲るアルカの返事に、握手を交わした軍曹は満足そうに頷いた。


 そう、これからが本番なのである。再び受けた訓練などは、あくまで準備に過ぎない。夜襲を受けると分かっていても、伝手が無いアルカには、やはり軍に入るしか伝える手段は無かったのだ。後は、いかにして配属された部隊の責任者に、自分の話を信じさせるかである。


 幸いにもというか、彼の配属先は以前と同じく、第三歩兵師団第二魔法支援連隊第四中隊第六小隊だった。問題は、伍長以外の上官とはろくに話してもいない事だろう。人となりが分かっていれば、対策の練りようもあったのだが。


 その夜、店の迷惑にならない程度に、騒がしい客として訓練兵達は飲み明かし。二日酔いの頭を抱えながら、儀礼服装である濃紺のローブを身に纏って式典に出席した。


 このローブは、帝国軍の魔法兵なら誰もが持っている物だ。士官用も飾りが違うだけで、外観に大差は無い。短期契約の者達にも退役後の着用が許されているので、戦後は町中でよく見られた。魔法学院でも、ちょっと尊敬を得られる服装である。


 タンスにしまう時、アルカはこれを再び着るのだと、自分に言い聞かせていた。




 野営地に着いた第三歩兵師団第二魔法支援連隊第四中隊第六小隊の人員は、点呼の後、整列して隊長の言葉を待っていた。


「これから設営にかかって貰うが、第二機甲師団の到着が遅れているので布陣に隙が出来る。ちょうど森の方が手薄になるわけだ。上の許可は取ったから、一帯に罠を仕掛けて防御を固めてくれ」


「つまり、糞虫スカラベどもが夜襲に来ると隊長は仰せなのだ。各員、そのつもりで準備をするように」


「了解っ!」


 返事をして解散しようとしたところで、思い出したように隊長が言った。


「ああ、それとティフタット二級魔法兵は俺の幕舎まで来てくれ。どうも書類に少し不備があるらしくてな。大した問題じゃないから、心配はしなくていい」


「はっ、了解しました」


 敬礼したものの、アルカがどうしたものかとまごついていると、小隊付き軍曹がついてくるようにと命じた。先に行った隊長の後を追い、設営の始まった野営地の中を、軍曹に続いてアルカも歩いて行く。


 軍曹はドワーフらしい髭もじゃの小柄な男で、これまたドワーフらしくがっしりした体格の持ち主だった。身長はアルカの胸ぐらいまでしかないが、これで見上げるような大男のラーゲ伍長と腕相撲で競り合えるらしい。彼の愛用する両刃の戦斧は、アルカが持ったらふらつきそうなほど、重厚な代物だった。


 入り口に立つ歩哨の脇を抜けて天幕の中に入ると、椅子に座ったハンス隊長が襟元を緩めていた。アルカの顔を見て、彼は苦笑いを浮かべながら頭を振った。


「楽にしてくれ」


「はっ」


 執務机の前で、肩幅に足を開いたアルカが、腰の辺りで両手を組む。どう言ったものか迷っているような隊長に代わり、やや後ろに立つ軍曹が口を開いた。


「夜襲への警戒は、しておいても損は無いでしょう。仮にティフタットがツコ・ガバーニの間諜だとしても、これで糞虫の得にはなったりませんからな」


 真っ直ぐ前を見ながらも、やっぱり疑われるかとアルカは冷や汗をかいた。その様子に、隊長が笑いながら言ってきた。


「気にすんな。軍曹が口に出したって事は、もう疑っていない証拠だ」


「中尉、バラしてしまっては脅しにならんでしょう」


 人の悪そうな笑みを浮かべてから、少し真面目な顔で軍曹はアルカを見据えた。


「ティフタット、くれぐれも慎重にな。相手によっては、お前、拷問にかけられてもおかしくなかったぞ」


「はっ! ご忠告、感謝します」


 根拠が胡散臭かろうが、知るはずのない情報を知っている存在というのは、軍や国家にとっては不気味なものだ。それを解明する為に、胡散臭くない根拠があるのではないかと探ろうとするのも、よくある事だった。


 川の増水で第二機甲師団が遅れている事自体は、軍事機密というほどではない。しかし、事前にそれを知る者がいるとしたら、人為的に川を増水させた工作員以外に考え難いのだ。


 アルカから余計な緊張が取れたのを見て、ハンス隊長は表情を部下の命を預かる責任者のものに切り替えた。


「さて、本題だ。過去に戻ったのどうだのという話を、鵜呑みにするわけじゃないが、第二機甲師団は川の増水で遅れた。よって、夜襲はあるものと判断する」


「妥当な判断でしょう」


 理由はともかくとして、危険が迫っているのなら、それに対処するのが責任者の仕事だ。仮にアルカの話がでたらめだったら、彼を叱り飛ばせば済むが。もし本当だった場合、何も対処していなかったら取り返しがつかないのだ。


 この辺りは指揮官の性格によっても異なるだろうが、ハンス隊長は慎重な人物だった。彼は占い師に縁起が悪いと言われた場合にも、何らかの対策を練っただろう。


「他からも増員を回して貰う予定だが、我々は所詮支援部隊だ。敵の大隊と正面から殴り合う戦力など無い。今更にはなるが、例の近接信管とやら、大量に持ってたりはせんか?」


「申し訳ありません。材料費も手間もかかりますので、数は揃っていません」


 一度は完成させた物だが、記録も実物も無い状態からでは、作り直すのに結構な費用と時間がかかっていた。


 配属後に近接信管の有用性を示すべく、隊長と軍曹の前で試射を行い、幾つか提供している。自分用に四つほど持ってきているが、それがアルカに用意出来た物の全てだった。


「まあ、無いもんは仕方ないだろ」


 一応は隊長も、兵器開発局の方に伝えてくれたらしいが、そちらで評価と研究が済むまでは実戦配備などされるはずもなかった。


「そうだな……軍関係の話なら、学院長に相談してみたらどうだ? 俺や第二機甲師団のグライフェルト将軍のように、軍にいる学院の卒業生は多い。学院長の紹介状があれば、そうそう門前払いも食らわんはずだ」


「はっ! 覚えておきます」


 隊長が頷いたところで、軍曹が小柄な体を伸ばして、机の上に地図を広げた。


「ではティフタット、夜襲に備える為にも、より詳細な報告をして貰うぞ。我々の現在地は、この辺りになる。まず貴様の寝床と、敵の襲撃してきた地点を示してみろ」


「はい、ええと」


 丘の麓にある野営地の端や、東側の森を指して、アルカが答えていく。他にも時刻や敵の数、武装や兵種など、必要な情報の聞き取りがされていった。



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