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第五話 迎撃 4



 帝国軍で制式採用されている銃は、燧発式すいはつしきと呼ばれる物で、火縄の代わりに燧石で火花を散らし、火薬に引火させて発射する。

 有効射程距離は二百歩(約百五十メートル)だが、これはいわゆる実験室数値というやつだ。



 銃の扱いに習熟した者が、よく整備された銃を使い、狙いを定めて発射した時に、五割程度の命中率を得られる距離を意味している。



 実戦に近い環境では一割強、実際の戦場では五十ムテラ(約四十九メートル)で五分未満。

 過去の記録から計算すると、命中率が五厘を切るのもざらだった。



 これには疲労や風、動く敵という的など様々な要因があるが、まず実戦で求められるのが狙撃ではなく連射だという点が挙げられるだろう。

 銃を構えた戦列歩兵は、とにかく撃ちまくって相手の士気を挫くのが目的であり、勝負はその後の銃剣突撃によって決まるのだ。



 だから、銃が戦場の主役となっても、騎兵や重装歩兵は花形のままなのである。



 熟練兵の早撃ちというのは、銃口に火薬と弾を流し込み、銃床を地面に叩きつけるという乱暴なもので。

 これだと弓にそれほど劣らない連射が可能になるが、弾を込める度に銃身が歪んで照準が狂う。

 きちんと弾が込められていない為に、目標の遥か手前で落ちるなんて事も珍しくなかった。



 また、国家が国の予算で軍を持つ以前、諸侯軍などは貴族の私兵である。

 当然ながら経費は貴族持ちで、高い火薬を潤沢に買える富豪は限られていた。



 戦場で撃てなければ困るのだから、削る部分は訓練費用になる。

 的に当てる練習を充分こなせるほど、実弾による訓練は出来ていなかった。



 最後に、そもそも狙ったりせず、大体敵のいる方向へ適当にぶっ放すというのが銃兵だ。

 どうせろくに当たらない上、とにかく連射を求められるので、いちいち狙っている暇が無いのだ。



 帝国軍となって、訓練時間や撃ち方は変わったが。

 一会戦で三万発ほど撃ち、千人強を死傷させる程度の役割が、銃兵に求められているものだった。



 つまり戦場で兵が死ぬとしたら、ほとんどが大砲か魔法になる。

 ただし、殺傷力が高いからといって、それだけで勝てるものではない。

 大勢の人間が叫びながら迫ってくる姿に怯み、わらわらと兵が逃げ出すから負けるのであって。

 いくら死傷者が増えようが、戦意が保たれているうちは戦線は崩れず、勝負はつかないのだ。



 敵の銃は勿論、味方の銃撃に驚いて貰っても困るので、魔法訓練兵達はその日、馬車で二日かけて第三機甲師団の訓練を見学に来ていた。



「おお、すげえ! 魔導甲冑だぜ」


 ダンの声に目をやると、射爆場の向こうを四本足の大型魔導機が闊歩していた。



 車長、砲手、装填手と操縦手の四名が乗り込む代物で、全長が四ムテラ(約四メートル)、幅と高さが二ムテラ半ほどの鉄の箱が、蜘蛛のような長い足によって移動している。



 可動部の技術には、ゴーレムなどで使われていた物が流用されているらしい。

 火薬の代わりに魔導で砲弾を放つ魔導砲を搭載し、移動可能な砲台として運用されていた。

 小型の大砲を馬で引くのに比べれば、驚異的な速度も出せる。



 大砲と同じく、魔法兵や銃兵を圧倒する長射程を持っているが、小回りは利かない。

 魔法兵を軽装歩兵とするなら、魔導甲冑は重装歩兵といったところだろう。



 欠点としては、脚部の防御力が見た目相応に弱いという点と、費用対効果が悪いという点が挙げられる。

 これ一機で魔導砲なら一個大隊が賄えるが、その価格に見合った戦果が期待出来るかといえば、到底無理だ。



 しかし、あれこれを抜きにして、視覚効果は抜群だろう。

 無骨な鉄の大型機械というのは、どうこう言う前に格好いいのだ。



「やっぱ高えんだろうな」


「大小百四十の魔晶石を搭載した精密魔導機の塊だし、個人で買える額じゃないだろうな。

 まあでも、ダンが何か歴史に残る発明でもすれば、いけるかもよ」


「いやいや、本気で買うつもりじゃねえっての。

 単なる興味だって」


「整列!」


 二人だけでなく、他の訓練兵も思い思いに雑談していたが、やってきた軍曹が一声かけると素早く列を作った。

 隊列を整えて前を向いた彼らと敬礼を交わしてから、軍曹は話し始めた。



「よーし、休め! これから鉄砲隊が、貴様らに訓練を見学させてくれる。

 威力、射程、音など、しっかりと頭に叩き込んでおけ」


 第三機甲師団は、主力部隊の第一や即応部隊の第二と違って、後詰や交代が主な役割になる。

 戦争間近のこの時期にも、他の機甲師団よりは見学者を受け入れる余裕があった。



「貴様らも、戦場で味方の銃撃に驚いて、小便を漏らすような無様はさらしたくないはずだ。

 悪臭と共に、不名誉な仇名で呼ばれたくないだろう!」


「はい、教官殿!」


 彼らが見守る中、一個中隊七十名ほどが、太鼓に合わせて射撃位置についた。

 三列横隊で標的に向き合い、前列が弾を込め始める。



「てえっ!」


 指揮官の短く鋭い号令によって、一斉に銃弾が放たれる。

 撃ち終えた前列がしゃがむと、今度は二列目が射撃姿勢を取って銃を構えた。



 再び辺りに発砲音が鳴り、離れたところで見学する訓練兵達にも、その音が腹に響いてきた。

 数百ムテラは距離があるので、実際に戦場で耳にするよりも小さいだろうが、なかなかの迫力があった。



 二列目が終わると、また前列が射撃を行う。

 三列目は予備なので、前に欠員が出た時に穴を埋める以外は、立っているだけだ。



 的である木の板や後ろにある土塀が、あちこちで弾けたり、砕け散ったりしている。

 その様子を見ながらも、怖気づいて震えだした訓練兵がいないのを確かめ、軍曹は満足そうに頷いた。



「これが鉄砲というものだ。

 衝撃も貫通力も大したことはない。

 音で馬をビビらせるのが、彼らの主な任務になる」


 馬は臆病な動物なので、かつては発砲音に怯んで逃げ出したりもしたらしい。

 流石に銃が普及してからは、普段から慣れさせて、そういった事が無いように訓練されている。



 訓練兵の顔を順に見ていった教官の目が、ダンのところで止まった。



「どうだ、シャツ出し脛毛。

 感想を言ってみろ」


「はい、教官殿! ジジイの腰使いの方が、まだ気合いが入っておりました」


「よろしい! 貴様らは技も経験も無い、勢いだけの馬鹿どもだ! 銃弾の中を、鼻歌交じりに歩ける胆力しか持っておらん! だが、その勇気を忘れぬ限り、貴様らの後ろには全魔法兵がついているぞ」


「はい! 教官殿!」


 何をしても罵声を浴びせられていた訓練兵達も、自身がそうだと感じているように、最低限でも軍人らしさを身に着けてきていた。

 へばらずに準備運動をこなせるようになったりして、少しづつ自信を得ていくのだ。



 それに合わせて教官達のかける言葉も、ただの罵詈雑言から、育ちつつある自尊心をくすぐるようなものになってきていた。



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