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第五話 迎撃 3



 帝国では陸軍も海軍も、魔法兵も砲兵も、新兵の基礎訓練は似たような事をやらされる。

 体力訓練は勿論、整列や行進、号令に従っての式典儀礼など。

 式礼というのは「右向け、右」と言われて、揃って右を向くあれだ。



 他には、ごちゃごちゃに置かれた荷物の中から、自分の背負袋を探し出したり。

 実際に戦地まで運ぶのと同じ重さの物を背負って、ひたすら歩かされたりする。



 当然だが格闘訓練も行われ、素手を基本に、銃兵なら木製の模擬銃剣で打ち合う。

 魔法兵の場合は、杖を使った棒術となる。

 日に何度か、小隊ごとに代表者が出て、声援を受けながら他の小隊の代表者と技を競い合う光景も見られた。



 また、一人では絶対に越えられない障害物の群れを、仲間と協力して攻略していったり。

 決められた地点から別の場所へ、山ほどある荷物を小隊員全員で時間内に移動するなど、仲間との連帯も学ばされる。



 その他に最初の週で行われるものに、応急処置の勉強がある。

 衛生兵になるならないは別にして、止血や怪我人の運搬方法は知っておくべきなのだ。

 三角巾の扱いなども教えられるが、基礎訓練の短期間で覚えられる者はそうはいない。

 ただ、一応知っているのと知らないのとでは、大きな差があった。



 二週目に入ると、ようやく実際に魔法を使う訓練が行われる。



 帝国に限らず、軍の魔法兵の基本となる『防盾』(シルト)を学び。

 『炎の矢』(ヴェスタ・サギッタ)を使っての、射撃訓練を繰り返す。



 決められた道順に従い、標的を撃ちながら移動する訓練を、二人組や複数の人間で組んで回ったりもする。

 狙い撃つ技術だけでなく、仲間と協力する事の大切さを、訓練兵が骨身に沁みるまで叩き込むのだ。



 訓練中に返事の声が小さかったり、制服や備品が汚れていたりすると、訓練軍曹や助手に囲まれて怒鳴られまくる。

 この時、相手の目を見てはいけない。

 真っ直ぐ前を向いていないと、よくもそんなに語彙が豊富だと感心するような罵声が飛んでくる。



 寝る時すら、安心していられるわけではない。

 夜中に突然叩き起こされ、真っ暗闇の中を行進させられたりもするからだ。



 このように訓練は厳しいものだが、軍も相手が素人なのは分かっているので、無茶な事はやらされない。

 生かさず殺さずの線を見極められる我らが訓練軍曹殿が、体力のある者も無い者も平等に、へたばるまで走らせてくれるのだ。



 二週目の最後には体力試験が行われ、兵士になれない者は落とされる。

 といっても、超人的な体力が要求されるわけではない。

 戦場まで行って帰ってこられないと判断された者が、軍を去る事になる。



 訓練が三週目に入ると、いよいよ実戦を想定した訓練が開始される。



 設営、夜戦、市街戦、水辺、山岳と様々な状況に対処する術を学ぶのだ。

 この頃にはもう、訓練軍曹が話している最中、新兵が直立不動で前を見続けるのは当たり前の光景になっていた。



「いいか、よく聞け! 魔法兵が脆いなどというのは嘘だ。

 魔法を使えん連中の嫉妬に過ぎん」


 きっちりと背筋を伸ばし、向かい合う訓練兵の間を歩きながら、訓練軍曹は左右の訓練兵達に訓示を告げていった。



『防盾』(シルト)の魔法は矢を弾き、剣を防ぐ。

 至近距離から放たれた魔導銃ならともかく、火薬で撃ったへなちょこ弾など、貴様らの体には傷一つつけられん。

 脅威となるのは、火に囲まれる事ぐらいだ」


 実際には火薬式の鉄砲でも、至近距離では防ぎきれないが。

 有効射程距離と言われる二百歩(約百五十メートル)の距離からなら、新兵の『防盾』(シルト)でも有効打は受けない。

 鋼鉄の鎧で固めた重装歩兵と同等の防御力を得られるからだが、それを超える規格外の攻撃には、当然だが対処しきれなかった。



 鉄砲が戦場の主役となっても、重装歩兵は衰退していない。

 彼らの着込む分厚い鎧は、そう簡単に貫通出来ないからだ。

 火力や機動力が桁違いに上がりでもしない限り、戦場から重装歩兵が姿を消す事は無いだろう。



 エメットの街を襲ったツコ・ガバーニの部隊のうち、副長の大男、フリードであれば鎧ごと人を斬りかねない。

 しかし、隊長であるルイーザ姫に、そこまでの力があるとはアルカには思えなかった。

 アルカより小柄な体格からして、どれだけ鍛えても限界というものがある。



 ならば、『防盾』(シルト)があっても斬られたのは、やはり魔法を打ち消す何かのせいだろう。

 剣か魔法か技か、それとも体質なのかまではアルカには分からなかったが。



「だが、それもこれも『防盾』(シルト)があってこそだ。

 これから貴様らには、本日の訓練終了まで、その頼もしい戦友と共にある事を許そう。

 どうだ! 嬉しいか!」


「はい! 教官殿!」


 返事こそ大きな声でしていたが、嬉しそうな新兵は一人もいなかった。



「ならば、さっさと呪文を唱えろ!」


「我が内に潜む水よ、流れとなりてこの身を包み、命を保て。

 『防盾』(シルト)


 二週目に嫌になるほど教え込まれた魔法だけあって、訓練兵達は誰もがすらすらと唱えていった。

 もっとも、この訓練部隊に配属されるような者にとっては、それほど難しい魔法というわけではない。



 しかし長時間維持するとなると話は別で、やや不安そうにしている訓練兵が多く見られた。

 アルカは、きついのは他の部分だと知っているだけに、なんとも言い難い顔をしていたが。



「では、各員スコップを持ち、設営訓練開始! 終わるまで寝かさんぞ!」


 軍曹に返事をしつつも、ほとんどの訓練兵はただの脅しと思っているようだ。

 げんなりしているのはアルカぐらいだった。



 暗い顔をしている彼の肩を叩いて、ダンが気軽な調子で励ましてきた。



「楽勝っしょ、楽勝。

 何度やらされたと思ってんだよ。

 さっさと穴掘って、さっさと飯食って、さっさと寝ようぜ」


「そーだな……そうなるといいよな」


 他の訓練兵より慣れているとはいえ、アルカは指示された作業量に目眩すら感じていた。

 魔法を使わずに掘らされてきた分と変わらないのだ。

 おそらく、ぎりぎりまで追い込んで、限界を教えるつもりなのだろう。



 アルカは夜中まで穴を掘るのは避けたい一心で、穴を掘り始めた。

 最初は余裕そうだった訓練兵達は、しばらくして尋常ではない疲れ方に脂汗を流しだした。



「もたもたするな、ドン亀ども!」


 軍曹の心温まる激励に、ぶっ殺してやりたいと思いつつ、訓練兵はスコップを振るう。

 いい加減だったりすると、近くに補助教官が飛んできて怒鳴られるので、皆は必死にこなしていた。



「あれ、軍曹じゃないですか」


 背後から聞こえた声に訓練軍曹が振り返ると、アルカの見知った第六小隊の隊長、ハンス中尉が歩いてきた。

 まだ若い優男の彼は、軍曹の敬礼に丁寧な答礼を返した。



「どうも、ご無沙汰してます。

 もしかして訓練中ですか?」


「これは中尉殿! ご苦労様です!」


 声を張り上げて返事をしてから、軍曹は小声で叱りつけた。



「分かっとるなら言葉遣いをなんとかせんか、馬鹿もん」


「あ、すみ……すまなかったな、軍曹」


 軍では階級は絶対である。

 とはいえ、下士官は若手の指揮官よりも経験豊富な年長者が多い。

 大学や士官学校を出ればすぐに尉官になれるが、一兵士から軍曹まで出世するには十年二十年かかるのだから当然だろう。



 現場では気を使うものなのだが、上官が部下にぺこぺこしている姿は、確かに訓練兵に見せるものではなかった。



「新兵訓練をやっているとは聞いていたが、軍曹だったのか」


「肯定です、中尉殿。

 上の方針とはいえ、あのような子供達を促成で戦場に送る以上、やれるだけの事はやってやるのが大人の務めというものです」


「いくら魔法兵が足りないといっても、学徒動員には俺も思うところがある。

 まあ、下っ端の俺達が吠えたところでどうにもならんのだが」


「でしたら出世しなければなりませんなあ」


 軍曹の激励に、ハンス中尉は苦笑いで応えた。

 彼が士官学校時代に世話になった教官が、目の前の軍曹なのである。

 階級こそ上にはなったが、いまだに頭は上がらなかった。



 誤魔化すように視線を巡らせ、中尉が訓練兵達を見る。

 そのどこか真剣な横顔に、軍曹はある程度の察しをつけていた。



「ところで、面白い奴はいるか?」


「それならティフタット訓練兵ですな」


 目で示されるだけで、ハンス中尉にもアルカを指しているのは分かった。

 他の訓練兵がぐったりスコップにもたれているのに比べて、まだまだ余裕がありそうだ。

 額の汗を拭いつつ、穴を掘り続けている。



「魔法はそれなり、体力はいまいちですが、戦闘における勘の良さには天性のものがあります」


「たまにいるよな。

 そういう奴」


「最前線にでも送り込まれない限り、奴が死ぬような事はそうそうありますまい」


 そこで雑談を打ち切った軍曹が、気遣わしげにハンス中尉を見た。



「ところで」


「ああ、さっき辞令が出た。

 あそこにいる連中も、何人か預かる事になると思う。

 せいぜい、死なないように頑張るさ」


「海を越えてきた糞虫スカラベどもはへろへろで、ろくに戦えんと思いますが、戦場に絶対はありません。

 気をつけろよ、ハンス」


 最後に小声で励ましてきた軍曹に、中尉は鼻っ柱の強そうな笑みを返した。



「教え子を信用しろっての」


 邪魔したな、と言い残して中尉が去っていく。

 それを敬礼で見送った軍曹は、訓練兵達へと目を戻して怒鳴りつけた。



「誰が休めと命じた!」


 ダンをはじめ、半数ほどが、この半刻の穴掘りで脱落していた。

 スコップを支えにして、なんとか立っているような状態だ。

 アルカのように黙々と掘っているのは少数で、腕を動かすのもやっとという訓練兵が多かった。



「貴様らは、命令が無ければ座る事は勿論、死ぬ事も許されてはおらん! 勝手に死なれては、残された戦友に負担がかかるだろうが。

 分かったら、さっさと立て!」


「はい! 教官殿!」


 なんとか返事はしたが、魔法を行使しながらの作業で、耐え難い頭痛を味わっている者ばかりだ。

 億劫そうに腕を動かそうとしているダンなど、青白くなった顔を顰めさせている。



 彼のように辛そうな者達には軍曹の助手が付き添い、地獄の獄卒よろしく、心温まる言葉を投げかけていた。



「貴様の底はそんなものか! 根性を見せてみろ! そんなザマでは、ツコ・ガバーニの糞虫スカラベや、海のカマ野郎どもに笑われるぞ!」


 温まり過ぎて頭のてっぺんから湯気が出そうになりながら、訓練兵達はスコップを振るう。

 手を抜いた者も容赦なく罵倒されていたが、黙々と作業していれば多少遅くてもお咎めなしのようだ。



 体力自慢で、これまでの訓練では優秀だった者も、勝手の違う訓練に苦戦している。

 そんな中、普通に疲れているだけに見えるアルカなどは、自然と周りの尊敬を集めていった。



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