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第四話 猫と少女 6



 魔法学院は七月頭に定期考査試験があり、それが終わると三ヶ月の夏休みに入る。

 大半の学生は学費を稼ぐが、中には夏期講座を受けたり、他所の学校の授業を受けに行ったりする者もいた。



 どうあれ、遊び呆けていられるのは極少数で、ほとんどの学生は忙しくしているうちに、気がつけば十月になっているものだ。



 休みが開けると、学祭の準備が大詰めを迎える。

 文化系の部活は見せ場な事もあって、夏から用意を進めているが。

 有志の出す屋台などは、短期間で全てを整える為に、連日のように遅くまで校舎のあちこちから作業の音が聞こえていた。



 十月三十日。

 学祭前日は、学校側の協力で毎年休講となり、学祭の準備を後押ししている。

 ほとんど用意は終わって、最後の確認をしている者ばかりだが、今になって必死に設営に取り掛かっているところもあった。



「カール、そっち押さえといてくれ」


「おい、釘が足んねえぞ」


「買い出し行くけど、なんかいる?」


「や、様子を見に来たよ」


「わあ、会長。

 お久しぶりです」


 急いで組み上げている屋台の脇を通り、アルカがニーナと校庭の隅の方へ歩いて行く。

 辺りに満ちた雑多な声が、活気となって学院を盛り上げているようだ。



「文化系の部活も、こうして見ると楽しそうだな」


「興味あんならやってみたらどーだ?」


「無くはないんだが、いざ始めるとなるとなかなかな。

 今でさえ手一杯で、あまり余裕を持てないでいるんだ。

 これ以上となると、なにもかも中途半端になりかねん。

 お前こそ、どうなんだ?」


「うーん……俺も似たようなもんか、勉強と仕事で手一杯だ。

 後はまあ、他でやりたいような事も、ちょっと無いしな」


「そういえば、聞いた事は無かったな。

 ルカの趣味は?」


「なんだろう? 読書? たまに小説も読むけど、ほとんど実用書だから違うか。

 釣り、も趣味ってほどじゃないな。

 運動だって嫌いじゃないが、わざわざ時間を作ってまでやるわけじゃない。

 よく考えたら、これといって無いな」


「機械弄りは違うのか?」


「楽しんでやってはいるけど、趣味になるのか?」


「お前が楽しいなら、趣味でいいだろう。

 美術品の収集ならまだしも、包装紙とかボタンとか、他人から見ればよく分からない物を集める趣味だってあるんだ」


「おお。

 そう言われると、機械弄りで良い気がしてきた。

 ガラクタとかから使える部品を拾って、適当に組み上げるの好きだしな。

 しかし、就職の面接とかならまだしも、自己紹介で使うには微妙かね」


「だったら、そっちは読書にしておけ。

 嫌いじゃないんだろう?」


 入学してから、楽しみのために読んだ本は一冊も無いが、と苦笑してアルカは隣に尋ねた。



「ニーナの趣味は、魔導銃になるのか?」


「趣味、ではないな。

 始めたのも、自分から言い出したわけではない。

 父の厳しい稽古に耐えていたが、好きで続けていたのではないからな」


 皇帝杯の入賞で一区切りつけ、入学以降はたまに撃つ程度になっているそうだ。

 解放された、という想いもあるらしい。

 ニーナには真摯な印象が強かった為に、最近サボり気味だというのは、アルカには意外に感じられた。



「私の趣味と言えるのは、紅茶か」


「飲み比べとかか?」


「それもやる。

 街の喫茶店の独自配合は、全て飲んだ。

 だが、どちらかというと自分で淹れる方が好きだな。

 お茶っ葉を集め、自分好みの味になるよう、あれこれ配合を試したりしている」


「へえ。

 うちの姉が、珈琲で似たような事をやってたわ。

 いくつか飲まされたけど、確かに全然味が違って面白かった。

 良かったら、今度ごちそうしてくれないか?」


「構わんが、茶菓子は用意しろよ。

 それに合った物を出してやる」


 少し自信ありそうに言うニーナは、なんだか可愛らしかった。

 入学してから、そろそろ二年。

 長期休暇以外は毎日のように顔を合わせていたおかげか、アルカにも彼女の表情の違いが分かってきた。



 学内では氷の美貌とか囁かれているニーナだが、変化が人より小さいというだけで、おそらく本人が思っている以上に顔に出やすいだろう。



 笑いだしたアルカを、冷淡に眺めているように見えるが、かなり腹を立てている。

 本気で怒らせる前に謝って、アルカは紅茶を奢る事を約束した。

 悪気が無いのは伝わったのか、機嫌を直してくれたようだ。



「居たぞ」


 ニーナの指摘に前方へ目をやると、屋台に鉄板を据え付けているピートが見えた。

 手を振りながら近づくアルカに気づいたらしい。

 ピートは仲間に断りを入れて、二人の前へとやってきた。



「お揃いで、明日の下見ですか? うちは今ちょうど、設営も終わったところです」


「どうやら無駄足だったようだな」


 独りごちるニーナにピートが首を傾げたので、アルカが補足した。



「いや、終わってなかったら手伝おうと思って来たんだよ。

 ちょっと時間が空いてたから」


「それはそれは。

 では、そのお気持ちに報いる為、当日いらしてくれたら少しおまけしましょう」


「見たところ、焼き蕎麦だよな。

 だったら遠慮なく」


「ルカ君もお好きですか。

 いいですよね、お祭りの焼き蕎麦って。

 ほどよく陳腐で、誰がどう作ろうが安っぽいところが僕は好きなんですよ」


 分かる分かると頷くアルカの隣で、ニーナは疑問に思った事を尋ねた。



「同好会名が出てないが、なんの集まりなんだ?」


「あ、看板に名前入れるの忘れてましたね。

 チャトランガ研究会です。

 学生の大会に出たりもしますけど、まあ適当に集まって打ってるだけですよ。

 部外者の参加も歓迎していますので、宜しければお暇な時にでもどうぞ」


 チャトランガは大陸西部で、かなり普及している盤上遊戯である。

 アルカも姉や家族と打っていたし、ニーナも父親に教えられたそうだ。



 二人制と四人制があって、かつては地域ごとに様々な規則が存在した。

 だが何度か国際的な大会が開かれた事で、現在ではそれを基準にしたものが広まっている。

 家の軒先や街角で遊んでいるのも、よく見る光景だった。



「ピートは強そうだな」


「これでも僕は、子供の頃はチャトランガで食べていこうかと考えていたぐらいですよ。

 もっとも、上には上がいると知って挫折しましたが」


 学院に入って知ったらしいが、初等学校の大会でピートが負けた相手は、理事長のマルグリットだったそうだ。

 その理事長でさえ地区の準決勝で惨敗したのを見て、ピートは棋士としての道を完全に諦めたとか。



 研究会の面々に誘われ、彼らに混ざってアルカとニーナもお茶を頂いた。

 最近流行りの打ち筋なんかを聞きつつ、学祭が終わったら遊びに行くと約束した。





 その夜。

 ぐっすり眠るアルカの部屋の天井が、ぎしりと不快な音を立てて軋んだ。



 下の段で寝ているピートが、息苦しさに呻く間にも、部屋の空気は重さを増していく。

 大勢の人間の嘆き声が聞こえ、窓が黒い手に叩かれ、すぐ近くを足音が駆け抜けていった。



 どんどんひどくなる軋み音に、部屋は押し潰されそうになっていたが、急に何事も無かったかのように平静さを取り戻した。



 ベッドの下段からは、落ち着きを取り戻したピートの、安らかな寝息が聞こえてくる。

 しかし、上の段からは、いつまで経ってもアルカの息遣いは聞こえてこなかった。





「は?」


 気がついた時、アルカは薄暗い祠の中で、古い鏡を覗き込んでいた。



 まるで意味が分からない。

 寝床に入った事は覚えているので、最初は夢かと思ったのだが、見回した室内には呪術の助教授の姿があった。



「どうかしたのか?」


「え?」


 助教授に声をかけられて、寝ていたはずなのに起きているアルカの意識がはっきりする。

 何がどうなったのかは分からないが、おそらくここは一年の鏡の儀式の最中なのだろう。

 理解したくなくても、肌で感じる現実感が、これが夢ではないと突きつけてきた。



 状況を理解すべく、記憶を探り始めたアルカに、一つの情景が蘇ってくる。

 記憶の封印が解除された為、真っ先に思い浮かんだようだ。



 夕暮れの原っぱで対峙する、銃を構えたニーナと、猫を庇う修道服姿の少女。

 言い合いをする二人にアルカが割って入った時に、少女が何の呪文を唱えたかが思い出されてきた。



 『忘却』(レーテ)

 記憶操作の魔法としては『強制』よりも有名な、都合の悪い事を忘れさせる呪文である。



「あ」


 アルカには様々な感情が渦巻いていて、すぐには言葉にならなかった。

 だが、やがて沸々と湧いてきた熱いものに従って、彼は心のままに叫んだ。



「あのガキいっ!」



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