第四話 猫と少女 3
生徒会室は部室棟の二階にあった。
かつて校舎として使われていたのを、増築の際に生徒に解放した建物だ。
現在の場所に移って二百年ほどになるが、それ以前も旧校舎の空き教室を利用していたので、学院の伝統といったところだろう。
部室棟には特殊な施設、音楽室とか図書室などが必要ない部活や、中規模の運動部が入っている。
弱小は部室を借りられず、大手は校庭脇に建てられた掘っ立て小屋を利用していた。
球技のいくつかと剣術は国内の大会で優秀な成績を収めているが、陸上競技は近年振るわなかった。
魔法関係の部活動、展覧会や魔法競技に関しては、最古の専門校の面目躍如として帝国最高水準を保っている。
ただし、一般の学生は敵として見ておらず、競争相手は他の魔法学校のみと言えたのは昔の話。
近年では私学による優秀な競技者の勧誘や、育成環境の充実化などもあって、互角の勝負となっていた。
助成金や寄付金の多寡にも関わるが、理事会としては部活動はあくまで生徒の自主性に任せるらしい。
熊先輩は呼びに来ただけだったらしく、副会長からの伝言を伝えると帰っていった。
多少遅くなっても構わないとの事だったので、アルカは閉店後に出向いていた。
「どうぞ」
扉を叩くとすぐに応答があり、声をかけてアルカが中に入る。
広さは、研究室と同じくらいだろうか。
役員や委員会、部活動の代表だと予算委員会などもあるが、普通の学生にとっては滅多に足を踏み入れる事の無い場所だ。
せいぜいが、学園祭の準備で工具などを借りに来るぐらいだろう。
部屋の半分は白板や会議机で占められており、残りは書類棚と応接用の机に椅子が置かれている。
壁際には雑多に箱も積まれていたが、アルカの注意を引いたのは、応接椅子で紅茶を飲むピートの姿だった。
「やあ、どうも」
「ああ……って、何やってるんだお前」
「いやあ、何から説明したものか。
あ、副会長が用があるというのは本当です」
「君が覚えているか知らんが、夏以来になるな。
生徒会で副会長をやっている、三回生のジュール・リノ・ウルソンだ」
「お久しぶりです、あの節は助かりました」
副会長に促されてピートの隣に座ると、アルカの前にもお茶が出された。
高級品というわけでもない普通の物だが、淹れ方がいいのだろう。
一口含むと、鼻に抜けるような爽やかな香りがした。
「楽にしてくれ。
同じ学生だし、過度な敬意は必要ない」
「ええっと、そういう事なら」
姓にリノが付くのは、帝国西部の貴族である証だ。
元となった王国は五百年も前に崩壊しているが、姓の慣習だけは残っていた。
お貴族様といえば、アルカが知っているのは、たまに休暇で村の屋敷に来る人達ぐらいだ。
田舎の村の話なので、礼儀作法もうるさく言われてはいない。
声も体も大きな当主様に連れられて、その娘と釣りや山登りなどもしていた。
彼らは東部の貴族なので、また別の由来でティの付く姓を名乗っている。
帝国成立後、色々と変わった事で身分の垣根は低くなったが、それでもうるさい人はうるさい。
本当に大丈夫かとピートに目で確かめると、彼はアルカを安心させるように頷いた。
「話の前に。
君には見せたはずだが、後で『強制』の魔法をかけさせて貰う。
あまり吹聴されては困る内容に触れるのでね。
だが、もしあの時のツコ・ガバーニの女騎士に興味が無いのなら、このまま帰って貰って構わない」
「いえ、聞かせて下さい。
あの女の事なら、知っておきたいですから」
頷いた副会長は、紅茶に口をつけてから思案顔になった。
「そうだな、何から話そうか」
「まずは、副会長がツコ・ガバーニ王になる資格を持つ、帝国に併合された元公主の直系の子孫である、という話からじゃないですか?」
ピートが口を挟むと、驚いているアルカに副会長は説明を続けた。
「彼が俺の身元について探っていたものでね。
どこの手の者かと『強制』で喋らせたところ、まるで関わりがないのは分かったんだが、ついでに君の事情も知ってしまったわけだ。
その真偽を問うつもりはないが、もし本当なら知りたがるだろうと思ってね」
「はあ。
よく分からないんですが、そもそもピートはなんで副会長について調べてたんだ?」
アルカが隣の眼鏡を見ると、彼は肩を竦めて答えた。
「例の女騎士について調べていたら、辿り着いてしまっただけですよ。
まあルカ君の為というより、自分が知りたかったからなので、お気になさらず」
赤毛の女騎士ことルイーザ・セス・アウルスは、ツコ・ガバーニ王家の第一王女である。
その兄、ギャビン王子は第一王子なので、本来であれば彼の次期後継者の座は揺らがないはずであった。
しかし、対立派閥が別の人物を担ぐぐらい国内基盤が弱く、更に帝国には王冠を得る血筋として最も正当性の高い、元公主の一族がいた。
元公主の血筋を押さえられれば、ギャビン王子の立場は強まる。
庇護下であれ協力者であれ、王子の派閥に副会長が加われば、宮廷の勢力を覆す事も可能だった。
「先輩の存在で、どうにかなるものなんですか?」
「俺に王女と結婚させるか、王子が妹を娶るかだろう。
どちらにせよ、妹が下らぬ政争の具にされる事は避けられん。
貴族どもが結婚相手として血眼になる程度は穏当な方で、邪魔になった勢力による暗殺も考えられる。
どの道、人としてのまっとうな生活は送れなくなるだろう」
副会長が渋い顔で吐き捨てた。
その表情だけで、どれほど妹を大切にしているかが伝わってくるようだ。
おそらく、彼は妹を守る為なら、『強制』の魔法の使用を含めて手段を選ばないだろう。
つまり、アルカやピートの口を封じるのも、妹の為なのだ。
もし知り合ったら丁重に扱おうと、アルカは心に刻み込んだ。
「あ。
呼んでいない事でお分かりかと思いますが、この話、ニーナさんにも内緒ですからね」
「誰が言うか」
ピートに釘を刺されるまでもなく、知っているだけで危ない類の話である。
念の為で排除を考える輩が、いないとも限らない代物だ。
二人のやりとりに苦笑して、副会長は幾分和らいだ表情で言った。
「君に話したのは、セス・アウルスの策動を防いでくれた労に報いる意味もあるが。
一番の理由は、事情を知って貰った方が『強制』の効果が高いからだ」
「そういうものなんですか?」
「精神操作系の魔法は、同意があった方がかかりやすいんだよ。
逆に言うと、やりたくない事をやらせるのは難しい……というより無理だ。
例えば、死ねと言われて死ぬような奴はまずいないだろう?」
「なので、崖に立たせて『逃げろ』と命じるのが、精神操作系の魔法で人を殺す方法になりますね」
あまり明かして良い事ではなかったのか、説明を加えたピートを副会長がじろりと見る。
笑って宥めるピートの横で、アルカが副会長に尋ねた。
「だったら、夏のツコ・ガバーニ兵、あの大男はどうなんです?」
「力を得る為に努力した者ほど、弱い者いじめは嫌うものだろう? 無抵抗な人間をいたぶる為に、必死になって鍛錬するような奴はまずいない。
自分が情けなくなるからな。
その辺りをついて、攻撃対象を操作させて貰ったわけだ」
ツコ・ガバーニのフリード副長は、北部の港町で死体で発見されている。
操られたまま味方に始末されたのか、帝国軍との戦闘で死んだのかは分かっていない。
どちらにせよ、不本意だっただろう。
精神操作の魔法にかかったのも、手薄な街を攻めるのが不本意だったからだとすると、彼は不本意を積み重ねて死んでいった事になる。
「時間遡行など信じられる話でもないが、もし再び過去に戻ったら警告してみたらどうだ? 来ると分かっている奇襲など、罠に飛び込む獲物と変わらん。
もっとも、信じさせる方が難しいだろうが」
「むしろ、時間を遡った原因について、相談に乗って貰えませんか? それが分からないと、また過去に戻されるかもしれませんから」
「専門でもないし、見当もつかんが、まあいいだろう。
とりあえず『強制』をかけさせて貰ってから、雑談ついでに少し相談に乗るとしようか」
礼を言って頭を下げたアルカに、副会長は目を合わせるようにと言った。
もし過去に戻れたら、今度はサラを助けられるかもしれない。
一度死んだのに、こうして生きているのは儲かったとも言えるだろう。
だが、いくら過去に戻ったところで、アルカが望んでいる事は叶わないのだ。
あの月夜の草原が、どれだけ奇跡的な確率の上に存在していたかなど、ニーナの顔を見る度に痛いほど思い知っているのだから。




