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第一話 起点 1




 帝国で三番目に栄える街、エメット。

 大陸西岸地域で最初に魔法の高等教育機関が作られた地として、国内外でも知名度の高い都市である。



 人口は十万人を超えるが、帝国が建国される百年ほど前までは、二万人そこそこしか住んでいなかった。

 かつては産業も政治も、全てが魔法学院が中心となっていたものの、現在では多少影響力の強い研究機関に落ち着いている。



 この街では、年明けの慌ただしさが落ち着くと、新入生の姿が目立つようになる。

 真新しい服を着て、慣れない様子で街を歩く彼らを見て、街の人達は新年度の到来を実感するのだ。



 この日も馬車の駅には、大きな荷物を持った少年少女が大勢いた。

 客車を降りて、すぐに歩き出す者。

 順番待ちの人の列の脇に避け、不安そうにきょろきょろとする者。

 出迎えの人に手を振って、挨拶を交わす者など様々だ。



 そんな中に、流行から数十年単位で遅れたような、野暮ったい茶色の外套に身を包み。

 くすんだ灰色の背負い袋を担ぎ直して、メモを手に歩き始める少年がいた。



 いかにもな田舎から出てきたばかりの新入生、アルカである。



 雑に切った黒髪、好奇心旺盛に周囲を見回す茶色の目、曽祖父の遺品から見つけだしたような年代物の服装。

 これでもか、と全身で田舎者を主張していたが、本人はまるで意識していなかった。



 街の子供だろうか、同年代の少女数人が口元を隠し、クスクスと笑いながらすれ違ったが、アルカはまるで気にしていない。

 多分、気づいていないのだろう。

 他人からの視線や評価などより、彼の頭は初めて見る都会の景色で一杯になっていた。



 見る物全てが珍しい。

 建物の外観は勿論、展示や装飾すらも多種多様なのだ。

 似たような商品を扱っているのに、落ち着いた店と雑然とした店があるのも興味深かった。



 何より、人、人、人。

 途切れる事のない人波というものを、彼は生まれて初めて目にしていた。



 近くの村、といっても半日かかる隣村も含めて、複数の村が合同でやっている夏祭りよりも大勢の人がいる。

 懐中時計を見て足早に駆け抜ける中年男、お菓子屋の前でぐずる子供を叱りつける母親、数人が連れ立って騒ぎつつ走っていく子供たち、街路樹の脇に手をついて休憩を取る老人。



 年齢性別、職業に目的も何もかもがばらばらで、それでいて一定の規則正しさに基づいた騒がしさに、アルカは妙に感心していた。



「失礼」


 後ろから声をかけられ、通行の邪魔でもしたかとアルカが振り返ると、同じ年頃の少年が軽く手を挙げていた。



 緩く波がかった茶色の髪、細い銀縁の眼鏡。

 薄い茶色の外套と同色の上着に、やや色の濃い茶系統のズボン。

 こざっぱりとした少年は、緊張しているのか軽く咳払いをすると、改めてアルカに声をかけた。



「僕の見当違いでなければ、君も魔法学院の新入生ですよね」


「そーだけど?」


「そして、これも僕の推測が正しければ、今から寮に向かわれるところでしょう。

 僕もそうなんですが、もし宜しければ御一緒しても?」


「ん、まあ構わねーよ」


 頷いて歩きだそうとするアルカの横に小走りで並んで、少年は目礼をした。



「僕はペーター・ゾマテュア、ピートと呼んで下さい」


「ピートね。

 俺はアルカ・ティフタット、好きに呼んでくれていいや」


「それではルカ君で」


「うちの妹と同じ呼び方すんのな」


「おや、奇遇ですね。

 僕も妹がいるんですよ。

 生意気で、小憎らしくも愛らしい。

 妹というのは、実に不思議なものです。

 うちは二人兄妹なんですが、ルカ君は?」


「うちも二人……あー、いや。

 血は繋がってないけど、もう一人、姉がいるわ」


「へえ。

 官能小説なんかじゃ定番とも言える相手ですが、実際のところどうです?」


「どうって、アレに女を感じるかって?」


 はい、と頷いたピートに、アルカはドルンの顔を思い浮かべた。



 ドルンは大きな目と流れるような金髪を持つ、まるで、どころか本当に綺麗な人形の少女だ。

 しかし、性的魅力という点ではどうだろうか。

 正直に告解するなら、アルカは膨らんできた妹の胸を見てドギマギした覚えはあるが、ドルンの寸胴に動揺した事は一度も無かった。



「……ねーな」


「ま、そんなもんですよね。

 ああいうのは幻想だからこそ憧れるのであって、現実になってしまっては虚飾も剥ぎ取られる」


 それでも綺麗なお姉さんが欲しかった、とほざくピートに苦笑してから、アルカは気になっていた事を尋ねた。



「ところで。

 さっき、見ただけで俺が魔法学院の新入生だって分かったみたいだけど、なんでだ?」


「ああ、簡単ですよ」


 ピートに指さされて、アルカは自分の右腕を半回転させた。

 手の甲には斑に傷跡がついているが、意識して見なければ分からないようなものだ。

 炎系統の魔法使いでもなければ、言われても火傷の跡とは気づかないだろう。



「実物は初めて見ましたが、それは炎の魔法の練習中に出来たものですよね。

 親戚に、先の戦争に従軍した人がいまして、鉄砲による火傷の跡を見た事があるんです。

 鉄砲の場合は頬に出来るんですが、それと同じでしたので、まず間違いないなと」


「はあ。

 なんかすげーな、お前」


「まあ人の気にならないところが気になる、細かい性格してるだけですけど」


「ん? 初めて見たって事は、お前の周りに炎の魔法使う奴はいなかったわけか。

 珍しいな」


「僕は隣街の生まれですので、距離としての近くには山ほどいましたが、伝手のある相手には一人もいませんでしたね」


 アルカは首を傾げた。

 村に一人とまではいかないが、知り合いの知り合いには必ずいるぐらい、魔法使いは珍しい存在ではない。

 そして、そのほとんどが炎の初歩の魔法が使える程度の腕前である。



 これは軍で魔法部隊に配属になった者が、炎の初歩的な魔法を教え込まれるからだ。



 魔法使いを集めて部隊にすれば、話は早いし質も高いが、数を揃えるのは難しい。

 そこで簡単な魔法を短期間で詰め込み、数で質を補うという手段が大昔から取られてきた。

 やがて教育制度が整い、質の高い魔法使いが軍に供給されるようになっても、貴族が私戦で使えるのは魔法の使える傭兵と、これら粗製乱造された賦役による魔法兵が大半を占めていた。



 今の帝国で貴族が私戦を起こそうものなら、内乱罪で国軍に叩き潰されるが。

 かつて従軍した者達が教えたものは、今も村の子供達に伝わっているのだ。



「っていうか、この近くの出身なんだよな? 魔法使いもごろごろしてりゃ、炎の魔法が得意な奴も山のようにいそうなもんだけど。

 教わってた人の知り合いにいなかったのか?」


「いえ、僕は誰かに師事したことはありません」


「そんじゃ、独学で受かったのか。

 すげーな、おい。

 俺も受験勉強は頑張ったと思うけど、最初から全部一人でやったんじゃ絶対に無理だったわ」


「筆記試験の成績が良かったので、特例で実技は免除して貰ったんですよ」


 はー、ほー、と目の前の少年の優秀さに、呆れるやら感心するやらしていたアルカが、ふと真顔になった。



「ん?」


「ええ。

 お察しの通り、魔法は全然使えません。

 入学してからの勉強で、目的の応用課程に進めるようになるかは、かなり心配しています」


 詳しく聞いてみると、ピートは受験する直前になってから魔法学院に進学する事を決めたらしい。

 当然のように家族は勿論、先生や友人全てに反対されたものの、それを押し切って今ここにいるようだ。



「僕は科学者を目指していましてね。

 今は錬金術の一分野となっている科学を、系統立てて独立した学問にする事が、夢なんですよ」


「あー、なんとなく分かってきた。

 つまりあれだ。

 一般の大学の科学分野を、見学するなりなんなりしてみたら……」


「はい。

 予想以上にひどかったんですよね。

 今、ルカ君は説明するまでもなく、科学と錬金術の違いを理解してくれましたが、一般の大学ではその区別すらついてなかったんですよ。

 まさか、あそこまでとは思ってなかったもので、進学先を急遽変更する事になりまして」


「いや、そんな持ち上げられても。

 俺は専門でもねーし、『大して違わない』って事ぐらいしか知らないぞ」


「ええ。

 一般の大学では、その認識すら無かったんですよねえ」


 どんよりと落ち込むピートに、アルカはかける言葉を見失った。

 それでも必死に慰める方向性を探していると、気を遣わせたのを察してピートの方が話題を変えてきた。



「ま、僕の方はそんなところです。

 差し支えなかったら、ルカ君の志望学科とか教えて貰えますか」


「あー、うん」


 やや陰の差したアルカを見て、ピートが慌てたように口を挟んだ。



「あ、いえ。

 どうしてもというわけではありませんので、もし話しにくいようでしたら」


「いや。

 大した話じゃねーんだけどさ」


 アルカの願いは、彼の繊細な部分に触れるだけに、吹聴して回る事に抵抗はあったものの。

 これから同じ学校で学ぼうとしている同期生に隠し通そうとするほど、秘めているわけでもなかった。



 軽く肺の中の空気を入れ替えてから、アルカは戦いの終わった村で誓った願いを口にした。



「さっき話した姉代わりの奴、実は魔法人形なんだけど。

 色々あって動かなくなっちまったから、直す方法を学びに来たんだ」


 誰恥じる事のない立派な志望動機じゃないか、と相槌を打ちかけて、ピートは途中で気がついた。



 魔法人形とは、魔法学院の初代学院長が作った、魔力で動く五体の人形の事だ。

 この世界のどこにも、他にそんな物は存在しない。



 数百年前、破壊された一体を調べた当時の専門家達が、自分たちでは理解出来ない高度な技術が無数に使われており、再現は到底不可能であるとの結論を出した。

 これにより、魔法に関する浪漫話の一つ、古代の謎として元々有名な存在だった。



 これは秘密でもなんでもないので、少し興味を持って調べれば誰にでも分かる。

 現存する魔法人形は、王都にて機能停止しているとされる『ゴルト』と、水尾村の『ドルン』の二体のみなのも知られていた。



 そして、ピートに限らず、何故今になって魔法人形に興味を持ち、調べる人間がいるのかといえば。



「それじゃルカ君、水尾村の人だったんですか!」


「そうだけど、流石にこえーぞ。

 なんで村の名前まで分かんだよ」


「これは、摺り合わせが必要みたいですね」


 それからピートとアルカは、寮に着くまでの間、互いの認識に関しての齟齬を解消し合った。



 水尾村を襲ったドラゴンの話は、国内は勿論、国外でも広く知られている事。

 村から飛び立ったドラゴンが、帝国最大の湖に逃げ込んだ事。

 その監視を軍が行っていたり、ドラゴンが目覚めた原因に関して諸説ある事など、当事者でありながらアルカも知らなかったような話が多く出てきた。



 そしてピートの方では、話半分に聞いていたドラゴンの大きさが、割り引いてもとんでもない事を知り。

 彼の竜が活動を再開した時、はたして監視中の軍で対処出来るのかと不安を覚えた。



 もっとも、それに関してはアルカが平然としているので、すぐに忘れてしまったが。

 なにせ、彼の姉一人でもなんとかなったらしいのだし。



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