第三話 襲撃 6
学院の南寮では、建物のあちこちから魔法や銃撃の音が響いていた。
入り口は正面玄関も裏口も、ツコ・ガバーニの兵が固めている。
だが椅子や机などで各所に阻塞が作られ、兵は建物内にほとんど入り込めていない。
非常階段からの侵入も、上からの正確な狙撃に阻まれていた。
壁際に背中をつけていた兵が顔を出すと、廊下の向こうから待っていたように魔法の雨がやってくる。
慌てて撃ち返した兵の弾は、まるで見当外れの天井に穴を開けた。
寮の入り口に踏み込んだ辺りまでは、予定通りだったのだ。
しかし、交渉よりも先に兵の一人が発砲し、学生の一人が負傷した事で収まりがつかなくなった。
撃った本人は、脅しか景気づけのつもりだったようだが、運ばれた女学生は息を引き取り、最初の衝突で双方に多くの死傷者を出した。
今更、身の安全を保証するなどと言っても、誰も信じはしないだろう。
報告を受けて急行した大隊長が、状況を打開すべく自ら先頭に立って突撃。
すぐに阻塞と魔法に阻まれ、二階に踏み込んだところで立ち往生していた。
彼らの目的はあくまで北寮で、南寮の制圧は他と同様、ただの陽動に過ぎない。
相手が学生という事もあって、三十名もいれば充分だと思われたが、この短時間で既に半数近くが戦闘不能になっている。
そのうち八名が非常階段で射殺されたのだから、狙撃手の腕は相当なものだった。
大隊長と共に五人の兵が来ており、現在南寮で動けるツコ・ガバーニ兵は二十名ほどになる。
半数は二階で交戦中で、残りは一階で負傷した仲間を守りつつ、周囲を警戒していた。
油断なく銃を構え、いつでも発砲出来るようにしながら、互いに死角を消し合う。
不安に思っていたからだろう、兵の一人が上げた声は裏返ってしまった。
「止まれ!」
階段を降りてきた黒髪の少女が、感心したように兵達へ目をやる。
特に身を隠したりもせず、普通に降りてきたのだが、彼女には気づかれない自信があったらしい。
目を細めたカヤは、上手に歩けた幼子を賞賛するように、兵達へ微笑みかけた。
既に殺し合いの起きた現場だ。
年頃の少女が、気軽に顔を出す場所ではない。
黒髪を軽く払うカヤに、なんの緊張も見られない事も、異様な雰囲気を高めていた。
引き金にかけた指に力が入ったが、この場の責任者が部下達を抑えた。
この寮にいる学生達は、ただの少年少女ではない。
非常階段の狙撃手のように、どんな反撃を受けるか分からない、魔法の最高学府に通う者達なのである。
「大人しくしろ! 抵抗するなら容赦はせん」
「私に構っている暇は無いと思いますよ」
どういう意味かと聞き返そうとした時、入り口から爆発音がした。
驚いてそちらを向いた兵が、何も起きない事で不安を掻き立てられる。
何人かがカヤに視線を戻した時、既に彼女の姿は消え去っていた。
動揺を抑えきれない兵を見て、責任者が撤退の進言を見当しかけ、肌に吹き付ける風に気がついた。
周囲を見回すと、広間の窓の一つが開いているようだ。
だが、さっきまでは開いてなかったような気がする。
それに思い当たった時、彼は大声で叫んだ。
「退避ー!」
その声と前後するように、窓から十数枚の紙切れが流れ込んだ。
それらが部屋の中に入ってきたところで、窓の外から魔法の発動を促す声が聞こえた。
「『風の刃』」
符に描かれた印象が光を放ち、込められた魔法を解放する。
部屋中を吹き荒れた禍々しい風は、逃げようとした兵や、床に転がる死体、家具や装飾品を問わず、触れた物を切り刻んでいった。
『風の刃』には、自然界の風の影響を受け易く、屋外では効果が限定されるという欠点がある。
だが屋内で発動した時は、初心者でも扱える魔法にしては殺傷力が高かった。
腕や足を落とされ、絶叫する者。
複数回に渡って切り刻まれ、息絶えた者。
呻き声と血の臭いに満ちた部屋へ、窓からアルカが入ってきた。
魔法兵は、戦場では移動可能な砲として扱われる。
遠距離から敵軍に打撃を与えられるからだが、それは同時に、魔法兵の攻撃力が砲と同等である事も意味していた。
正面から対峙していたら、アルカに勝ち目は無かっただろう。
だが、遠距離から十人の敵兵を吹き飛ばすぐらい、魔法使いなら新兵でも出来る。
後は状況さえ整えば、数に勝る相手を制圧する事も可能だった。
手持ちの火薬と符で入り口で爆発を起こし、注意を引いている間に窓を開けられれば、後はそう難しい事でもない。
上の階で続く戦闘音に目をやってから、アルカが床に視線を落とす。
戦場では捕虜の不当な扱いは禁止されていると、訓練所で叩き込まれた事がある。
しかし、相手は民間施設を襲った戦争犯罪者だ。
時間と気持ちに余裕が無い事もあって、アルカは拘束に時間を割くより、手近な兵から銃を奪い取る事を選んだ。
銃の先に銃剣をつけながら迫るアルカに、息のあった兵が後ずさりながら訴えた。
「よせ、やめろっ!」
投降しようとした兵に銃剣を突き立て、他の兵にも止めを刺していく。
動く者がいないか再度確かめてから、アルカは銃を捨てて階段を駆け上がった。
踊り場に着いたところで、三階へ続く階段に、壊れた椅子やテーブルが散乱しているのが見えた。
ここの阻塞も突破されたらしい。
まだ抵抗を続ける物音を励みに、更に上へと昇っていく。
寮の近くまで来た時、屋上から狙撃している人影が見えた。
遠目だったので断言は出来ないが、あの金髪はおそらくニーナだ。
無事でいてくれと祈りながら、三階へ飛び出そうとしたアルカの足が、聞こえた詠唱に急停止した。
「輝ける炎神の子、七つの丘に住む三つ首の巨人よ。
その肺腑に宿る炎を、今ここに顕さん。
『火の球』!」
廊下の奥から三つの火球が現れ、壁や天井を燃やしながら突き進む。
廊下にいた兵士達が、軍服ごと体を炭化させられ、床に転がり落ちた。
近くで熱風を吸い込めば肺から焼け爛れるという、戦場で使われる火の魔法では最も有名なものだ。
一般に魔法兵というと、この魔法を使える者を指すほどで、大砲よりも着弾点付近における致死率は高い。
当然ながら屋内で使う魔法ではないし、十数人の敵相手に使用するのは過剰攻撃と言って良かった。
だからこそ、アルカには予感があった。
こんな魔法を使わせるほどのツコ・ガバーニ兵は、彼には一人しか心当たりが無い。
明らかに途中で制御を失い、もつれ合うようにして壁に突っ込んだ火の玉を見て、一歩遅れた悔いを抱えながらアルカは足を踏み出した。
「サラ!」
廊下の奥、積み上げられた机の前で、斜めに斬り捨てられた黒髪の少女が、崩れるように倒れた。
面倒臭そうにしながらも、懇切丁寧に符術を教えてくれた彼女の姿がアルカの脳裏を過ぎる。
その手前、炎の中で振り返るのは、予想通り、いつかの戦場で見た赤毛の女騎士だった。
彼女の顔を見て、アルカは自分に逃げ場など無かった事を思い知らされた。
アルカが戦場に行かなくても、野営地で止められなければ、彼らはエメットの街を襲うようだ。
その目的がアルカではない事は、興味なさそうな女騎士の目を見れば分かるが。
「死にたくなくば大人しく投降せよ。
見たところ、そなたに彼女ほどの技量はあるまい。
我らとて、無辜の民を手にかける事は本意ではないのだ」
「うるせえ!」
怒鳴り返すアルカに、ツコ・ガバーニの大隊長は眉を顰めた。
対策は練っていたものの、勝てる保証は無い。
しかし、この女騎士はアルカにとって、どうあがいても避けられない敵なのだ。
なにより、目の前で友人を殺されては、アルカに大人しく引き下がるという選択肢は無かった。
「俺は決めたぞ。
何度死のうが、てめえだけは絶対にぶっ殺してやる!」
「よかろう。
やれるものなら、やってみせよ」
まるで駄々っ子をなだめるような口ぶりだが、大隊長に油断は見られなかった。
すっと上げた剣を、アルカの目に突きつけるように正眼に構える。
そして、詠唱を始めたアルカへ、真正面から突っ込んだ。
「咲き誇る生命に宿りし、火の精髄よ。
我が心の導きに従い、その姿を現せ」
左手の二本の指を立てて唱えたアルカが、人差し指だけを折って呪文を発動させた。
「『炎の矢』!」
大隊長は足を緩めず、わずかに動かした剣の腹で払い除けた。
剣に触れた瞬間に炎の矢が消え去っても、動揺していないアルカに、やや警戒を強めながら近づく。
「『炎の矢』!」
発動の単語と中指を折る動作で、アルカが次の矢を放つ。
少々珍しくはあるが、器用な魔法使いなら誰でもこなせる程度の、小手先の技術に過ぎない。
顔に向かってきた炎の矢を片手で払って、大隊長は更に距離を詰めた。
その前で、懐に手を突っ込んだアルカが短筒を取り出した。
三段構え。
切り札は、魔法を無効化しようと打ち消せない、銃撃だったようだ。
「なるほど」
悪くない手だ、と賞賛するように呟いて、大隊長の目が細まる。
じっとアルカの指を見据え、引き金が引かれる寸前に、横へ一歩移動した。
大隊長の顔を狙って放たれた銃弾は、彼女の居た場所を通り過ぎかけて、真横で炸裂した。
間近で破片を浴びた大隊長が、血塗れになって倒れる。
肺も傷ついたのか、血の混じった息を吐いた彼女は、自分に差した影を見上げた。
「見事だ」
それに何の反応も返さず、アルカは至近距離から額を撃ち抜いた。
「おいおい。
ガキ相手に何をてこずってやがると思ったら、やられてんじゃねえか」
階段の方から聞こえた声に、考えるより先にアルカは後退った。
首筋から背中にかけてが、やけに寒い。
声だけでも他者を圧倒するかのような存在感は、姿を見た事で、アルカには重量を伴うほどに強く感じられた。
斧槍を肩に担いで現れた大男は、アルカに目を合わせると、にいっと口の端を持ち上げた。
「大したもんだぜ。
魔法の効かねえ嬢ちゃんを、魔法使いの、それも卵が倒しちまうとはな。
つまんねえ子守の仕事だと思ってたが、いいねえ、面白くなってきたじゃねえか」
「いやいや。
もう品切れで、やれる事なんか無いんですよ。
ここは一つ、寛大な心で見逃すべきじゃないですかね」
「そうは言うけどな。
お守りを頼まれた嬢ちゃん殺られといて、はいそうですかとはいかんだろ。
こっちも雇い主に顔が立たねえ。
まあ、もう手が無いっていうなら、諦めて大人しく死んどけや」
斧槍を持ち上げた大男、フリード副長は、そう言いながら無造作に踏み込んできた。
喋りながら弾を込め直したアルカも、彼に向かって炎に満ちた廊下を走り出す。
相手の届かない間合いで足を止め、アルカが短筒を撃つ。
決着の瞬間を見ていたらしく、フリードは弾丸の軌道から大きく距離を取った。
衝撃に備えていたようだが、なんの変哲もない弾は、壁に当たって小さな穴を開けただけだった。
そして、横を走り抜けようとするアルカを見て、実に感心したようにフリードは頷いた。
「はったりか。
んで、その隙に躊躇なく逃げると。
大したガキだぜ。
もう何年か経てば、楽しめる相手に育ちそうなんだが」
惜しいもんだ、と黙祷するように呟きつつ、フリードが斧槍を振り上げる。
大きく踏み込んだ足が床を鳴らした。
後は力いっぱい壁ごと薙ぎ払えば、目の前の少年の体は半分に切り離されるだろう。
そうして滑り出した斧槍の刃を、前方からの銃弾が撃ち抜いた。
諦めかけていたアルカの顔が、歓喜に綻ぶ。
その先、非常階段近くで膝立ちになって魔導銃を構えるニーナは、後部にある弾倉に次弾を装填しつつ鋭く言った。
「走れ! あれの相手は、流石に荷が重い。
逃げるぞ」
「逃がすわきゃねえだ……っと」
追いかけようとしたフリード副長が、足を止めて階段の方を振り返る。
次々に現れる邪魔者に、がしがしと頭を掻きながら息を吐いた。
「今度は何だ、おい」
「ただの生徒会副会長だよ。
随分と好き勝手やってくれたな。
ここまでしたんだ、覚悟は出来てるんだろう?」
階段下から現れた美形の青年が、怒りも顕わに睨みつけた。
建物へと燃え広がりつつある火の手が、廊下に風の流れを作っている。
吹き乱れされる赤毛の下で、彼の目が輝きを増していった。
「なんの覚悟か、さっぱり分からんな」
「ならば、その傲慢を抱えて地獄へ行け。
お前は『ツコ・ガバーニ兵を皆殺しにしろ』!」
「ぐっ……くそ、うおおおお!」
両手で斧槍を握りしめたフリードが、副会長の魔法に抵抗すべく咆吼した。
他人の精神を操る、『強制』の魔法だ。
色々と制限があり、好き勝手をやれる魔法ではないが、使いこなせれば相手の思考を誘導したり制限する事が可能だった。
フリードは気合いを振り絞って乗り切ろうとしたが、それが既に副会長の術中に嵌っていた。
彼は、『弱い民間人よりも、訓練された軍人の方が戦っていて楽しいだろう』と、フリードの精神に直接囁きかけたのだ。
戦意が高まれば高まるほど、フリードは軍人と戦いたくなるが、この街に今いる軍人はツコ・ガバーニ兵しかいない。
「ああ。
行ってくる」
フリードが獰猛な笑みを浮かべて、階下へ降りていく。
ほっと息を吐いた副会長は、魔法で出した水で辺りの消火をしながら、へたりこんだアルカとニーナを見た。
「怪我は無いか?」
「大丈夫です」
「ええ。
おかげで助かりました」
問題ないか自分の目でも確認してから、副会長は窓から顔を出し、下で待機していた学生に呼びかけた。
返事をした学生達が、救急用具や毛布などを持って寮に駆け込んでくる。
それを見届けてから、副会長は顔を戻した。
「北寮に攻めてきた兵士達は、既に制圧している。
今は学院に居る連中をどうにかすべく、教授陣が人を集めているところだが。
君達は、ここで休んでいてくれ。
戦える人間も残していくが、何があるかは分からない。
警戒は怠らないようにな」
「はい、ありがとうございました」
軽く頷いた副会長が、階段を降りていく。
彼と入れ替わるように昇ってくる足音が聞こえる中、アルカはサラのところへ駆け寄った。
うつ伏せに倒れていた彼女を抱え、床に落ちていた端の焦げた三角帽子を頭に戻す。
両手を胸の前で組み合わせたところで、隣に来たニーナが黙祷を捧げた。
同じように冥福を祈りつつ、アルカが謝罪なのか感謝なのか分からない言葉を呟いた。
「お前のおかげで、こうして生き残れた。
この恩は、死んでも忘れねえから」




