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第三話 襲撃 4



 サラから符術を習ったのが良かったのか、ピートの魔法習得にも目処が立ち。

 これといって何の問題もなく、順調に学院生活は過ぎていった。



 アルカは暇を見つけては、文献を当たったり工作室で作業をしたりの生活を送っていたが。

 店主の課題に期限は無いようで、追い詰められているような様子は無かった。

 時折、試作品の弾丸をニーナに見て貰っては、意見を参考に新たな方向性を模索していた。



 夏休みになってからも、アルカは魔導具店か工作室に入り浸っていた。

 彼を探して工作室に行ったピートは、そこで他の学生に聞いた第二射爆場に向かった。



 射爆場とは、射撃や爆撃など、危険を伴う試験や練習をする場所で、大規模な物になると郊外の第一射爆場が使われる。

 ただ、ちょっと爆発する魔法だとか、銃の練習などの場合は、校舎の近くにある第二射爆場が使用されていた。



 夏季休暇中だけに、あまり利用者は多くないようだ。

 腕が鈍らないようにする為なのか、三、四人の生徒が魔法や銃の練習をしている。



 土塀を後ろに標的が並んでいて、そこから距離を取った場所に、雑に板で仕切りがしてあった。

 その中央やや右寄りに、短筒を構えるアルカがいた。



 春先に勤め先の伝手で安く買った中古品で、富裕層の護身用に売れている魔導銃らしい。

 幾つか使い物にならない部品を取り替え、重心を整え、と結構な手間をかけて直した物だ。



 戦場で持ち歩くには少々心もとないだろうが、試し撃ちにはちょうど良かったようで。

 試作品が出来る度に、アルカはここに来ていた。



 ゆっくり近づいていったピートの目の前で、アルカが引き金を引く。

 飛び出した弾丸は的の手前で炸裂し、木板を粉々に砕いた。



「成功、ですか?」


「分からん。

 本当は外すつもりだったのに、真っ直ぐ行っちまったからな。

 距離があると、銃で正確な狙いつけんの難しいわ」


 ふうと息を吐いたアルカが、ピートの方を振り返った。



「で、どーかしたのか?」


「いえ。

 いつか言っていた、理論物理学の助教授の件なんですが。

 さっき顔を出したら暇を持て余していましたので、ルカ君が良ければどうかと思いまして。

 忙しいようなら、また別の機会にしますけど」


「ん、行くわ。

 やっぱりニーナに頼まないと、満足いく試験はやれそうにねーし」


 アルカとピートは、後片付けを済ませてから校舎の方へ歩き出した。

 まだ明るいが、冬場ならとっくに日が落ちている時間帯だろう。

 街から漂う美味しそうな匂いに、終わったら食べに行こうと予定を立てていた。



「そういえば、銃弾を作っているとは聞いていましたが、どんな物を?」


「外れても当たる弾だ」


「頓知ですか?」


 そうじゃないと首を振って、アルカは物の形を示すように手を動かした。

 勿論、ピートには奇妙な踊りにしか見えなかったが。



「あらかじめ設定していおいた時間が経過すると炸裂する、時限信管というのが魔導砲にはあるんだが。

 その砲弾を銃用に小さくして、時限式ではなく、標的に近づいたところで炸裂する……名付けるなら『近接信管』ってとこか。

 そういうのを作ってる」


「よく分かりませんが、すごそうな研究ですね。

 学院や国に申請したら、研究費ぐらい出るんじゃありませんか?」


「けど、既にある技術を組み合わせただけだぞ?」


「新発明なんて、どれもそんなものですよ。

 学術論文だって、参照してないものなんて無いでしょう? ちゃんと引用元が分かるようになっていれば、盗作ではなく、模倣とか参考なわけですから」


「ま、完成してからだな」


 ひらひらと手を振って、アルカは話題を変える事にした。



 研究棟の方へ歩きながら、理論物理学の助教授について聞いていく。

 小心者で嫉妬深い学者馬鹿だが、学識の方は確かな人物らしい。



 研究棟三階の奥にある部屋に入ると、研究生が呼びに行くついでに紅茶を出してくれた。

 貰い物だという菓子をつまみながら、待つ事しばし。

 隣の部屋から、分厚い眼鏡をかけた小男が、おどおどこそこそと入ってきた。



「あの、どうも。

 フロートです」


 ぼそぼそと言って、助教授は肩身が狭そうに椅子に腰掛けた。

 それから落ち着かなげに、下から覗き込むようにしてアルカを見る。



 大きな声を出そうものなら、物陰に隠れてしまいそうだと思いながら。

 アルカは自己紹介から始めて、時間旅行の理論的な考え方について興味があると伝えた。



 最初のうちは、落ち着きなく彷徨っていた助教授の視線が、自分の研究に関わってきてからは鋭くなり。

 相手が是非とも聞きたがっていると知って、熱を帯び始めた。



「なるほど、なるほど。

 いいでしょう、私に分かる範囲でお教えします」


「お願いします」


「確かに、体ごと過去へ行くよりは、記憶だけ戻る方が可能性は高いですね。

 もし他人ならば脳の容量の問題がありますが、自分であればその心配も低い。

 なるほど、面白い思考実験だ。

 過去の自分なら、それ以前の記憶は書き換える必要がありませんから」


「それで先生、理論的に可能なんでしょうか?」


「可能か不可能で言うなら、この宇宙に不可能な事なんてありません。

 物体を形作るのが分子や原子、素粒子だとは知っていると思いますが。

 最近の学説では、更に極小世界の存在が示唆されており、万物は不確定なのではないかと言われています」


 極小領域においては、観測する事そのものが結果に影響を与えるらしい。



 例えば、目の前の紅茶。

 これに、極小領域での変化を計測した時、砂糖が入るような装置を作っておく。

 その時、『砂糖が入った紅茶』と『砂糖の入っていない紅茶』は重ね合わさり、同時に存在しているそうだ。



 実際に飲んでみれば、砂糖が入っているかどうかなど分かりそうなものだが。

 この時も、『砂糖が入った紅茶を飲んだ』側にいる者は砂糖が入っていると言うが、『砂糖の入っていない紅茶を飲んだ』側にいる者は砂糖が入っていないと言う。

 そして勿論、実際に飲んでみるまで、砂糖が入っているかどうかは分からないのだ。



「よく『宇宙は無限だ』などと言いますが、あれは決して比喩ではありません。

 宇宙からすれば、紅茶に砂糖は入っていると同時に、入っていないままなんです。

 つまり紅茶を飲んだ瞬間に決まるのは、紅茶の中身ではなく、飲んだ人間が『紅茶に砂糖が入っている』か『紅茶に砂糖が入っていない』のどちらの状態に属するかだけなんですよ」


 なので、我々の『目の前にある現実』とは、宇宙的には不確かでも、我々にとっては動かしがたい現実となるらしい。

 見て聞いて知った瞬間、他の可能性は分かりようがなくなるのだから。



 このように、宇宙には文字通り、無限の可能性がある事を前提に、フロート助教授は本題に入った。



「時間旅行について言われてきたのは、『過去に戻ってかつての自分を殺したら、殺した自分はどこから来たのか』という問題です。

 しかし、これには一つ忘れている事があります。

 『自分が過去に遡った』という行動ですね」


 一見、過去が変わって矛盾が生じるように見えるものの、『時間を遡った自分』が存在する世界と存在しない世界が、別々にあると思えばいいらしい。



「つまり過去に戻ったとしても、以前の結果はそのまま続いていると」


「そう解釈した方が妥当でしょうね。

 まあ本人がどう感じるかはともかく、人間一人が宇宙や世界にとってなんだというんです。

 どこの誰が死のうが生きようが、世界は変わらず続いていくのが当たり前じゃないですか。

 皇帝陛下が崩御されたとしても、その瞬間に世界が終わったりはしないでしょう?」


 熱の入ってきた助教授の演説は、ここからが本番となり。

 過去に戻る方法や、その裏付け、仮説なども展開していたが、頷きながら聞くアルカの頭にはさっぱり入っていなかった。



 今の自分が、平行世界を渡り歩いているようなもの、と理解する以上は難しい話だったのもあるが。

 彼の脳裏を、月夜の草原が埋め尽くしていたからだ。



『待っていてやるから』


 あの時の彼女には、もう二度と会えない。



 分かっていたはずの事実を、納得してしまったからだろうか。

 奈落に落ちていくような足元の不確かさと、自分の内側が空っぽになっていく感覚を味わっていた。



 彼女に再会出来るなら、どんな事でもやれるつもりでいた。

 しかし、そんなものは無意味な現実逃避だ。

 いくらでも止められたのに、彼女を振り切ってまで間違えた馬鹿が、なんの冗談だろうか。



 絶対に間違えてはいけないところで、取り返しのつかない間違いを犯してしまった。



 自己嫌悪に押し潰されそうなアルカには、他の何かを受け入れるような余地は残っておらず。

 相槌を打つ機械と化した彼の前で、助教授の独演会はいつ終わるともなく続いていた。



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