第二話 初陣 6
魔法支援連隊とはいうが、人員の大半は歩兵である。
弓も何人かはいるが、大剣や槍、盾など、接近戦で得意とする武器を装備していた。
同じ魔法部隊でも、魔法突撃隊などであれば、呪文で強化を受けた兵士が突っ込んでいくのだが。
支援部隊の歩兵の場合は、隊の魔法使いを守るのが役目だ。
戦場の主役は銃だが、近接戦闘の重要性はむしろ増している。
銃の撃ち合いで隊列を崩し、そこに突撃をかけるのが基本戦術なので、銃兵を指揮する者は誰もが剣を佩いていた。
歩兵が銃口に付ける銃剣も、近寄られた時の用心ではなく、攻め込む時に武器として使う為の物だ。
支援攻撃を行う魔法兵は、移動が容易な大砲として運用される。
敵と遭遇する危険も高いので、それを守る歩兵には練度の高い者が集められていた。
蒸し暑い夜の野営地で、巡回中の歩兵が、ふと足を止めた。
何か違和感を覚えたらしく、目を凝らして森の中を覗き込んでいる。
一緒に巡回する相棒に声をかけようとして、木々の間に剣呑な光を見つけた。
「敵襲ー!」
彼の叫びに被せるように、森の中から魔法が叩き込まれた。
野営地のあちこちから火の手が上がり、飛び起きた兵の声や、異常を報せる笛の音が辺りに響き渡った。
天幕の一つで雑魚寝していたアルカも、外の騒ぎに飛び起きた。
咄嗟に周りを見ると、まだ寝ている者はいないようだ。
すぐさま外へ出ようとして、戦場で必須だと訓練所で叩き込まれた魔法を思い出した。
「我が内に潜む水よ、流れとなりてこの身を包み、生命を保て。
『防盾』!」
呪文を唱えるアルカを見て、他の新米魔法兵も同じ魔法を展開する。
魔力による不可視の膜をまとった彼らは、頷き合ってから夜の野営地に足を踏み出した。
鉄のぶつかる音、焦げ臭い風、吐き気を催す腸の臭い。
罵声に悲鳴、絶叫に咆吼。
帝国兵の大剣を打ち払った敵が、背後から複数の兵士に貫かれ。
腹を抑えて逃げようとする帝国兵が、追い縋った敵に槍で地面に串刺しにされる。
夜の闇が赤く染まったと感じるほどに、血と死が辺りに満ちていた。
「危ねえ!」
後ろから突き飛ばされて、たたらを踏んだアルカが振り返ると、顔を引きつらせたダンの前で、敵が長剣を振り上げていた。
「咲き誇る生命に宿りし、火の精髄よ。
我が心の導きに従い、その姿を現せ。
『炎の矢』!」
口早に唱えきったアルカが、手のひらを叩きつけるように敵へ向ける。
直撃するまでは見届けたものの、すぐに横から槍を手に向かってくる新手を見つけ、慌てて身を翻した。
アルカは呪文を唱えるだけの距離を稼ごうとしたのだが、地面に広がる血に足を取られ、死体に蹴躓いて倒れ込んだ。
足場が悪かった事もあるだろうが、一番は足元がふらつくほど一瞬で疲弊したせいだろう。
二つの魔法を同時に行使した事で、強い負荷がかかったらしい。
血と臓物で汚れた地面で手を滑らせつつも、アルカが必死に起き上がろうとする。
しかし、背後に迫った敵兵が、勝利の確信に口元を緩める方が早かった。
振り返って絶望するアルカの顔目掛けて、敵兵の槍が迫る。
穂先を見ながらアルカが口を食いしばった時、彼の目の前で槍があらぬ方向へ跳ねた。
『防盾』の魔法の効果によるものだ。
目を見開いて驚愕する敵兵の顔面へ、自分の魔法だけに立ち直りの早かったアルカが、そこらの物を掴んで投げつけた。
臓物なのか土塊なのか、ぬちゃっという嫌な感触と共に、何かが血の飛沫を撒き散らしながら敵兵に当たる。
「うげっ」
アルカは既に次の行動に移っていたので、今のが兵糧の何かだというのが分かった。
肉やら豆やらが、血まみれになった破けた袋から辺りに散らばっている。
その持ち主であるツコ・ガバーニ兵の死体を漁り、短剣を掴み取ったアルカが、さっきの敵兵に襲いかかった。
「このっ!」
「無駄だっ!」
再度振るわれた槍も、防御魔法が弾いてくれた。
アルカは守りを魔法に任せ、訓練所で教わった通りに短剣を両手で持ち、体ごと敵兵にぶつかる。
深く刺さった事で呻き声が洩れたが、まだ槍を振りかぶろうとする敵に、アルカは離れざまに首筋へ切りつけた。
喉から息を洩らしつつ倒れ込む敵兵から、アルカは周囲へ目をやる。
混乱しきった野営地は、誰がどこにいるのかどころか、遠目には敵と味方の判別も難しかった。
ダン達の姿も、近くには見当たらない。
どこへ向かうべきか戸惑う彼に、左後方から大きな声がかけられた。
「ルカ!」
「伍長!」
駆け寄ってきた伍長は、ざっとルカの無事を確かめてから、森を顎で示した。
「生きてたな、新兵。
魔法使いには退避命令が出ている。
すぐに森へ入って身を隠せ。
警笛の合図は覚えてるだろうな?」
「あ、はい。
けど、俺達だけ逃げるって……」
「馬鹿が。
言っただろう、『命令』だ。
安心しろ、俺様は天下無敵、剛力無双のラーゲ伍長だぞ。
雑魚は邪魔だから、安全なところに引っ込んでやがれ」
「分かりました。
伍長、ご無事で」
敬礼して去っていくアルカに、そういうのは『上』相手にだなと説教しかけて、伍長の表情が切り替わった。
肩幅に足を開き、重心を落としつつ、手に持つ戦斧の握りを確かめる。
前方から、周囲の炎に煌めく剣を翻し、まだ若い赤毛の女騎士が走り寄ってきた。
「死にたくなくば、道を開けよ! 邪魔する者は、容赦なく斬る!」
「張り切りすぎじゃないか、お嬢ちゃん。
そういう奴は、若死にするって相場が決まってんだぞ」
大きく踏み込んで振り下ろされる騎士の剣を、伍長が右足を半歩下げて回避する。
その勢いのまま巨体を器用に回転させると、分厚い戦斧を叩きつけた。
重い金属の音がして、体ごと女騎士が弾き飛ばされた。
痺れた手で剣を握り直した彼女が、足場を確かめつつ再び構える。
頬を浅く裂かれた伍長は、口の横を伝う血を見やってから、天高く斧を掲げた。
「いくぜっ!」
「参る!」
互いを見据える二人には、似たような好戦的な笑みが浮かんでいた。