言ってみ?
「あれ?」
声がしてキタガワと揃って振り向くと、うちのクラスの担任、水本先生だった。
水本は自称28歳。現国の担当をしている。銀縁でだ円形のフレームの眼鏡をかけていて、少し長めの髪をいつも後ろで一つにくくり、背もまあまあ高め、まあまあの細身、少し得体のしれない雰囲気を出しつつも、見た目がまあまあ良いので女子には人気だ。
私も結構好きかも。淡々として鬱陶しくないけれど、でも押さえるところは押さえる感じが良い先生だと思う。
でもなんで現国の教師が社会科担当控室から出て来たんだろう?
「中田とキタガワ~~」ニコッと私たちに笑いかける先生。「あれ~~?ついこの前も二人いっしょにいたよね?」
「「…」」
「ほらあの、渡り廊下の端のとこで」
「「…」」
答えない私たちをじっと見て意味深に笑う担任。
そうなのだ。先週の金曜日の昼休みに、今日みたいにアイちゃんに彼氏の友達と一緒に遊びに行こうと誘われていて、それを聞いていたキタガワに、担任の水本が呼んでいるとウソをつかれてその場から連れて行かれた渡り廊下の端で、今と同じように水本に声をかけられたのだ。だから今、余計にマズいところを見られた感じがしてしまう。
まだじっと私たちを見る担任。目を反らす私たち。
「やっぱあれ、告白だった?」と水本が明るく聞く。「それで付き合うようになったの?」
担任…立ち入り過ぎじゃないの?
お互いを見てから緩く首を振る私とキタガワ。
「そうなの?お前ら二人、結構教室でちょくちょく目を合わせてるよね?」
「「え!?」」驚き、一緒に否定する私たちだ。「「そんな事ないです!」」
「そっかな~~。ただの同中だから仲良いってわけだけじゃないんでしょ?」
「「…」」
どうして担任がそこまで聞く。同中って事も把握されてるんだな…そりゃ担任だからそれくらい当たり前なのかな。
「でも中田、だからってオオノバルの事はあんま気にしてないもんな。あいつも同中でしょ?」
「…」
意味ありげに悪い頬笑みを浮かべる水本だ。
怖い。普段の淡々とした様子からは考えられない観察力。
「キタガワ、」
私に向けていた悪い頬笑みを今度はキタガワに向ける担任。「この前ここでも告白されてたよな?いつだったっけ」
ちっ、と小さく舌打ちするキタガワ。
マジで!と心の中で叫ぶ私だ。金曜にキタガワといる時に渡り廊下の端で水本に捕まった時にも、『キタガワはここで告白されてたよな』って言われていたのだ。
「キタガワ~~」ちょっと笑いながら注意する水本。「舌打ちすんの止めろって言ったじゃん。仮にも担任に向かって…って仮じゃないしな!担任だしオレ。ハハハ」
「「…」」
いや面白くないですけど。
「まぁでも心配だよなキタガワ」と水本がニッコリ笑ってキタガワに言った。「中田可愛いもんな?」
は!?何?何急に言い出してんだうちの担任。
「キモっ」とキタガワが小さい声で言ったのを水本は聞き逃さない。
「キモくはないよ。心配してやってんじゃんキタガワ~~。実際心配だろ?中田が他の男子と話すの見ると心配そうにしてんじゃん」
え?それ私だよね。キタガワが他の女子と調子よく話すのをいつもいつもチラチラ見てた。でも水本は、その事について私には何も言わない。
ちっ、とキタガワがまた舌打ちする。
「あ、また~!お前ダメだから。オレだけじゃなくて他の先生とかに舌打ちとか絶対にすんなよ?」
「…」返事をしないキタガワ。
「オレが注意されんだから。ほんとにキタガワ~~~」となじってから水本は言った。「二人とも午後の授業も居眠りとかしないでちゃんと聞いとけよ~~」
水本は私たちに軽く手を振り、ペタペタとスリッパの音を立てながら体育館へ続く渡り廊下へ歩いていった。
「キモいわ水本」とキタガワがもう一度言う。「自分の受け持ちの生徒に可愛いとか、教師のくせに」
でも私はちょっと喜んでいたのだ。女子人気がまあまあ高い水本に話の流れでキタガワをからかうためとは言え可愛いって言われたから。
「何ちょっと嬉しそうにしてんだよ」めざとく見つけたキタガワが言う。「お前もキモい」
「ひど…」
「ひどくねえ。普通に気を付けろよ。そういう話よくあるじゃんニュースで。教師の淫行事件みたいな」
「水本先生絶対そんな事しないよ!普通に女子にも人気あるし、あんな事言ってもいやらしい感じはしないじゃん」
でも…普通だったら、キタガワが女子にモテるから心配だね、って私が言われるところだと思う。なのに水本先生はキタガワに心配だなって言ってた。
本当かな。私が男子と話をしてたりする時、キタガワが気にして見ててくれたっていうのは本当かな。本当ならものすごく嬉しい。ダメだ顔がニヤける。
「何ちょっと笑ってんだよ」キタガワがムッとした声で言う。「エザワの事もごまかすし」
「エザワ君は!…ただ私がいいなって思ってただけで話した事もそんななかったよ。エザワ君はもう私の顔も覚えてないと思う」
「…へ~…やっぱエザワの事いいなって思ってたわけな」
「…」
「どこら辺がいいと思ってたわけ?」
「…」黙りこむ私。
「ほら、言ってみ?」
「…」
「言えねえのにただ良いと思ってたわけ?」
なんか…感じ悪いキタガワ。自分は無駄に女子にモテてるくせに。
「ねえ、もうすぐ予鈴鳴りそうだから教室帰ろうよ」
「どこら辺がいいと思ってたわけ?午後の授業中ずっと気になるから言ってみ?」
しつこいな!「言わない!もう先に帰る」
くるっと踵を返し先に走るように急いで教室へ。
なんだろうキタガワ。今さらエザワ君の事聞いて来て。水本も先生のくせにあんな絡み…ちょっと喜んじゃったけど。
が、一人で先に教室に帰ったら帰ったですぐフルカワさんにつかまってしまう私だ。
フルカワさんすごいな。
「ねえ」とフルカワさん。「クラス会でカナエとなんかあったの?」
「…何で?」
「カナエの感じが変だから」
「…そう…かな…」
「本当はどんな感じだったの?クラス会」
「…」
そんな事答えたくないし、答えられない。キタガワの事が好きなのはわかるけれど、自分に関係のないクラス会の話まで、キタガワじゃなくて私から聞き出すのはどうなんだろう。