振り向くな
「なぁ夏休み中のクラス会っていつやんの?」
キタガワが私の質問を無視してオオノバルに聞く。
「まだはっきりしてない。あ、けど中田、この間来れなかったエザワも夏休みの中盤ならこれそうだって」
いきなりエザワ君の事をブチ込んで来たオオノバルを凝視する私。
中3でクラスが同じだったエザワ君は、体育祭の種目の長縄飛びが一緒で、縄に足を取られ転んでひざを擦りむいた私に絆創膏をくれた子だ。サッカー部で自分もよくケガをするから持ってたって言って、早く先に洗って来た方が良いって言ってくれて。それが優しくしようとか、格好つけようとか、そういう感じでは全くなくて、ただ持ってたからやるわ、みたいな感じだったのが逆に胸に刺さったのだ。サッカーがうまくて結構女子に人気があったのに、淡々とした感じが小学生の時のキタガワに似ていて好きになった子だった。
「ほら中田、あの後エザワの事誰かに聞いてたろ」
うわオオノバル…エザワ君の事、キタガワの前で言った…
「カナエく~~~ん♡」とまだ帰っていないさっきの女子。「この間のクッキーどうだった~~~?」
この子がクッキーの子か!…ていうかうちのクラスの女子が見ないふりしてメッチャ見てるのは気付いてやってるんだよねこの子。
「エザワ?」とキタガワ。
「ねぇキタガワ…」
私がエザワ君の事を気にしてたのがキタガワにバレたのも『あ~~』と思ったが、それより私は今、教室の入り口の所でずっとキタガワを待っているクッキーの子の事を気にしてしまう。彼女のハートの強さと、うちのクラスの女子の沈黙が怖い。
あっ、フルカワさんが立ち上がってクッキーの子の方へ向かう…
「キタガワ、あの子聞いてるよ」
何だか私が焦る。でもそう言ったら今度は思い切り睨まれた。
「エザワってサッカー部だったエザワの事?」とキタガワがオオノバルに聞く。
「そうそう。そのエザワ。すげえサッカーうまかったやつ。サッカー強いとこの学校行ったんだよ、な?中田…え~とキタガワ?あの女子はいいの?ほっといて」
「いい。さっき持ってないって言った」
「…キタガワ」私もつい口を出してしまう。「あの子キタガワが行くまでずっと待ってんじゃない?」
フルカワさんがあの子に何か話してる…見てるこっちがハラハラするんだけど。
見かねて言ったのに、「バカじゃんお前」と即座にキタガワに睨まれた。
「お前が中学の時好きだったのってエザワ?」
キタガワがムッとしたまま私に聞く。
オオノバルの前でなぜそんな風に聞く。
「え、中田やっぱそうなん?」とオオノバル。「エザワが来れなかったのただ気にしてんのかなとも思ったんだけど。やっぱ、そっかそっか。エザワいいやつだよな!男から見てもカッコいいって思ってたオレ。エザワのライン、帰ったら送っとこうか?」
うちのやまぶき高校は校内での携帯電話の使用は厳しく禁止されているのだ。
「いや、いい」と即答したのは私ではなくてキタガワだった。
びっくりした顔のオオノバル。
「…え…何、もしかして」とオオノバルが面白いもの見つけたって顔で私たちを見る。
「今朝キタガワが中田といっしょに来たって女子が騒いでたのって、たまたまじゃなくてやっぱ二人付き合ってるとかそういう…」
「ちがうよ」即座に否定してしまった。
でも本当に、実際まだ付き合ってるってわけじゃないから。
1回自分の席に戻ったフルカワさんが、自分の机の中から地理の資料集を出してクッキーの子のところへまた戻り渡している。
なんだ…フルカワさん良い人じゃん。
「お前…」と、何か私に言いかけるキタガワ。
けれどそこでチャイムが鳴った。
昼休み。弁当を取り出して先週末と同じポジションをとる私たち。
…まぁ先週末だけではなくいつも同じなのだけれど。
窓際の一番後ろの私の席に、いつも一緒にごはんを食べてくれるユウミちゃんとアイちゃんが来てくれて、私の前のその前の席に、廊下側の自分の席からやって来るキタガワ。キタガワの前にヨコヤマとその横にハシモトが席を取る。入学当初からずっとこの状態だ。
一昨日の事があっての今日だからといって、キタガワは今の状況でむやみに振り向いたり私に話しかけてきたりはしない。けれど一昨日の事があったから、今までチラ見はしてもそこまで意識はしていなかったのに、やたら今日はキタガワがすぐ近くに座っている事に、なんとなく落ち着かないモゾモゾした気持ちになる。
「どうだった?クラス会」と私に聞くユウミちゃん。
アイちゃんも聞いてくる。「今日詳しく教えてくれるって言ってたよね」
アイちゃんもユウミちゃんも中学は一緒じゃないが、入学後から一緒にお弁当を食べて仲良くしてくれている。アイちゃんは身長150センチくらい。前髪は下ろして長い髪をツインテールにしている。一見小さくて可愛い感じだが、私たち3人の中では一番しっかりしていて、今3人でご飯を食べているのもアイちゃんが、一人でどうしようかなと思っていた私とユウミちゃんに声をかけて一緒に食べてくれたのがきっかけだった。ユウミちゃんは髪型はボブで私より少し低いくらいの背丈。切れ長の目が綺麗なちょっと大人っぽい子だ。しっかりしておとなしいように見えるのが、雑で男の子っぽい所もある。そこがギャップで凄く可愛い。私は二人を下の名前で呼ぶが、私の名前は中田ヒロで、下の名前だと男の子みたいだという事もあって、二人は私を『ナカちゃん』と呼んでくれている。
「うん…」と、はっきりしない感じで答える私。
確かに言ったけど、今は無理だ。キタガワの席が近過ぎる。
「たくさん来た?仲良かった子たち」アイちゃんが聞く。
「…うん…そんなには」
歯切れが悪い。言葉を選んで大事な友達にもウソをつく姑息な私だ。
でも、ユウミちゃんとアイちゃんにはキタガワとの本当の事を教えたい。
今ここでは無理だけど。
二人はなんて言ってくれるかな。びっくりするよね。それでも、良かったね!って言ってくれるかな。
…って言っても、私とキタガワはまだ付き合ってるわけじゃないし。今のところ、お互いに小学の頃からずっと気にしてたのを確かめ合っただけだもんね…気にしてたっていうか、まぁずっと好きだったわけだけど。そして好きだって言われたけど。そういうのも二人には聞いてもらいたいな。
「あれ?」とアイちゃん。「赤くなってるよ~~ナカちゃん。何思い出してんの?」
「もしかして?」とユウミちゃん。「好きだった子が来てたとか~~きゃ~~~」
来てたよね!好きだった子しか来てなかったよね!
でも止めてユウミちゃん!キタガワに絶対聞こえてる。振り向くなキタガワ!絶対振り向くな!