キタガワ家
そして私は今キタガワの家のリビングにいる。2度目のリビングだ。
恐ろしい程ソワソワする。
二人きりでなかったにしろ、他の男の子とアイスを食べている所を、その店でバイト中のキタガワのお姉さんに見つかるなんて…しかもその子に『うちの弟の彼女だ』って宣言されるし…キタガワにだってそんなにはっきり言われてないのに…というより私のどこが好きかもわかんないヤツなのに、そのお姉さんがあんなに断言するって…
…ものすごく嬉しかったんだけどどうしよう。
それでもお姉さんが、その事をキタガワにラインしたって言ってたし、それもどうしよう…
このままお姉さんと二人なのも気まずいし、かと言ってキタガワが帰って来るのも怖い。キタガワにどう思われたんだろう…
ダダダっと階段を下りて来る音にギクッとする。
「お帰り~」と妹の声だ。
「あれ?ヒロちゃん!」私を見つけた妹が聞く。「お兄ちゃんと一緒に帰って来たの?」
そしてまた、ダダダダッと階段を下りて来る音。今度は複数だ。
小学生の女の子が3人ワラワラと降りて来た。
「違う」と答えたのは私ではなくお姉さんだ。「私のバイト先ですごく可愛い男の子にナンパされてたから連れて帰って来た」
「マジで!?」大きな声で聞く妹。「可愛い男の子に?」
マジで!?と私も心の中で叫んだ。妹に教えるとは…
「マジで」と真面目な顔で答えるお姉さん。
「え~~そうなんだ~~」とニコニコ顔の妹。「ヒロちゃんモテるんだねえ!うらやましい~~」
無言で首を振る私だ。
「「「どうしたの?どうしたの?お兄ちゃん帰って来たあ?」」」と妹の3人の友達がワラワラと寄って来る。
3人ともキタガワの妹と同じくらいの背格好の子たちで、ワラキャラワラキャラ、子犬のように固まって動く。
「お兄ちゃんの彼女だよ」と私を紹介する妹。
「「「えっっ!!マジでっ!」」」私を見て叫ぶ3人の少女。
「え~~!ショック~~~」とその中の一人が言った。「私もチハルのお兄ちゃん好きだったのに~~。だってすんごいかっこいいもん凄い好き」
「「え~~」」と後の二人も。「「私も好きだった~~」」
キタガワ…小学生にもモテてるのか!
また一人の子が言う。「私が今まで見た事ある中で一番カッコいいもんね。あんなカッコいい人、うちの小学にはいないもん」
いや、小学生の時はキタガワもそこまで見た目はカッコ良くはなかったよ?私は好きだったけどね。
3人でゴショゴショ話をしていたが、一人の子が真顔で聞いてきた。「もうキスとかしたんですか?」
目を丸くする私を前に、「「きゃ~~ホントに聞いた~~~」」騒ぐ後二人の子。
そしてその子たちに「まだしてないよ」と答えるお姉さん。
「たぶん人が見てない所でギリギリ手をつないだくらいだよ」
…キタガワ早く帰って来ないかな…でも帰って来たら来たでまた困る。キタガワ、お姉さんからのライン見て怒ってるかな…怒るって事は私の事が好きって事だよね?キタガワに無暗に怒られたら嫌だけど、怒られないのも嫌だな…
「じゃあまだ彼女じゃないんじゃないの?」とさっきキスの事を聞いた子が言う。
「違うよ」と別の子。「好きだって告白して相手も好きだって言って、それで付き合おうってなって付き合ったら彼女なんだよ」
「お姉ちゃん、」とキタガワの妹が聞く。「ヒロちゃんはまだお兄ちゃんの彼女じゃないの?」
「ん~~」とお姉さん。「カナエと私はそう思ってるけど、ヒロちゃんはそう思ってないかもね」
え…
「え~~うそ~~」と妹。「私もヒロちゃん、彼女なんだと思ってたよ」
「早くお兄さん帰って来ないかな」と妹の友達が言う。「もう6時になっちゃうよ~チハルのお兄さん見てから帰りたい~~~」
私の母校でもあるこの子たちの小学校、万田小は4月から9月の間は午後6時までには帰宅しなくてはいけない、という校則があった。たぶん市内の小学校は全部そうだと思うけど。
「ちょっと私」と一人の子が言う。「お兄さんとキスするとこ想像してみよ!」
「え~~止めてよ…」とそれを受けて他の子が言う。
「そうだよ、気持ち悪いじゃん」と妹。
「やっぱ私も!」と今『止めて』と言った子が言う。「私も想像する!」
「私も私も!」
結局3人とも天井を向いて目をつむる。ちょっ…止めて欲しいな少女たち!私だってはっきり想像した事ないのに…
…ダメだ私も想像してしまった…
そこへ玄関から物音が聞こえて来てドキっとする。
「お兄ちゃん!ヒロちゃん来てる!」と言いながら、ダダダダッと妹が玄関へ走る。そしてだダダダダッと妹の3人の友達も後から走る。が、中へ入って来たのはキタガワの綺麗なお母さんだった。
お母さん帰って来た!
「お邪魔してます…」と気まずく挨拶する私の横から、お姉さんが止めてくれたらいいのに今日のアイス屋での事を包み隠さず話し出し、私はもう本当に家に帰りたい。
聞いていたお母さんが今にも怒り始めるんじゃないかとひやひやしてたら、お母さんはケラケラと笑い出した。
そしてまた玄関のドアが開く音。
さっきと同じように妹と妹の友達が玄関へ走る。ダダダダダっ!!「お兄ちゃん、ヒロちゃん来てるよ!アイス屋で違う男の子とデートしてたんだって!」
…最悪。
4人の小学生を引き連れるようにしてリビングに入ってきたキタガワが私を見る。そしてお姉さんとお母さん、妹を含む小学生4人の女子を見て大きくため息をついた。
「あの…」といたたまれずに口を開いてしまった。「…お帰りなさい」
なに挨拶してんだ、と心の中で自分で突っ込む。
「お茶!」とお母さんが大きな声を出して、一同ビクッとする。「お茶入れるから!あっ!よかったらヒロちゃん、ご飯食べてったら?おうちに連絡して良いって言われたら…」
「いえ!」慌てて断る私。
妹の友達3人がうっとりとキタガワを見ている。キタガワは立ったままで私はキタガワの方を見れない。
「なんかさあ」とお姉さんが口を開いたのでドキッとする。
もう言わないで!と思う。ラインでとっくにキタガワは今日の事知ってるし、さっき妹も叫んでたけど。
が、お姉さんは続けた。「ヒロちゃんをナンパしてた子メッチャ可愛かった」
「「「「「写真ないの?」」」」」お母さんを含む、私以外の女子全員が口をそろえる。
「バイト中だったし、相手はお客さんだもん、さすがにそんな無茶出来ないよ」とお姉さん。
「バイト中にライン送ってくんな」キタガワが口を挟む。
「あ、写真なら」とお姉さん。「ヒロちゃんが持ってんじゃない?」
わぁもう…逃げ出したい!
「それでさあ」とお姉さんが続けるのでさらにドキドキする。「帰りに二人乗りしちゃったんだけど、ヒロちゃん、『きゃっ、いやぁ、やめてぇ…』ってちょいエロい声出して私にしがみついて来た」
「してません!!」勢い込んで否定する私。
「したじゃ~~ん」とお姉さん。「カナエだと思ってしがみついていいよ、って言ったら、ぎゅうって」
「…そんなにはしてません」
キタガワがもう一度大きくため息をついて言った。「部屋行こう」
言ったとたんに、私を含む全員がキタガワを見つめる。
「やっぱ止めた」とキタガワ。「中田、荷物持って。送るから」
さああああああっと胸から一挙に、体の中が冷たくなった。