ナカティ
「「ナカちゃん?」」アイちゃんとユウミちゃんの心配そうな声にハッと我に返った。
キタガワたちの事見過ぎ私!バカじゃん私!
「なに?」
取り繕った声で返事をしてから自分の弁当の続きを食べる。でもやっぱりキタガワの方を気にしてるのだ。
行くの?行かないの?行くの?行かないの?
「何か用事?」とキタガワが席を立たずに聞く。
「え~~…」とその女子。「ちょっと来て欲しいんだけど~~」
「急ぎじゃないならまた後にして」
冷たい声で聞こえるキタガワ。
断った!
あ、その子をフルカワさんが睨んでる。
「…わかった~~~」とその子。「また後で来る~~~」
良かった…帰った。
「「ナカちゃん?」」とまたアイちゃんとユウミちゃんの心配そうな声。
はっ!マズい!今度はフルカワさん見てた!
ダメだ…ここにいたらイライラする。この後きっとフルカワさんもいつものようにキタガワのところへやって来るだろうし…
思い余ってガタっ!と立ち上がってしまった。
「「ナカちゃん!?」アイちゃんとユウミちゃんが今度は少し驚いた声を出す。「「どうしたの?」」
「え、…とどうもしない。なにか飲み物!ちょっと飲み物買いに行って来る」
「ナカちゃん水筒持って来てるじゃん」とユウミちゃん。
「あ~~…なんか甘いもの飲みたくなってきたから」
まだ3分の1くらい残っている弁当箱に蓋をして、カバンから小銭入れに使っている黄色いエナメルのガマ口を取り出し教室から出た。飲み物なんて買う気もないのに。
アイちゃん達、変な風に思ったかな。思ったよね。私がキタガワの事気にして、それで教室にいたくなくて出て来たって絶対バレてる。でもしょうがない。逃げたかったから。
ちょっと外で一人になって落ち着いたら帰ろう。アイちゃん達が心配する。
こんなの嫌だな…キタガワのところに女の子が来るたびにこんな気持ちになるのは嫌だ。
今までも嫌だなって思って見ていたけど、それは小学生の頃に好きだったキタガワとの違いが嫌だったわけで、お互いに好きなんだってわかってからのこの気持ちは、胃と心臓の間くらいがきゅうっと細くなるような…
「ナカティ!」
自販機のある1階への、廊下の突き当たりにある階段は下りないで、そのままその手前の渡り廊下へ出た所で呼びかけられるが…ナカティ?この声まさかのフルカワさん!?
振り向くとやっぱりフルカワさんだ。
「ナカティって。ちょっと待ってよもう。歩くの早いじゃん」
立ち止まっていると近寄って来たフルカワさんが微笑む。…のがちょっと不気味。なんだろう…何言われるんだろう。
「ナカティ、やっぱカナエと付き合ってるよね?」
単刀直入に言われた。っていうか…私の事、急にナカティって呼ぶ事にしたの?
「付き合ってるでしょ」
「…いや…」
「もう!モゴモゴ答えないでよ?わかってんだから私。ずっとカナエ見てるからわかっちゃったもん、もう~~~~~」
急に大きい声で唸ったフルカワさんにビクッとする。
「なになになになに?」と私にもう一歩グイっと近付くフルカワさん。「カナエはナカティのどこが好きだって?それでほんとのとこいつから二人はそんな感じなの?小中一緒とかでそんな感じになるとかもう~~~クソっ!」
わ~~~…
もう一度フルカワさんが聞く。
「ねえナカティのどこが好きだって?ごめんクソとか言って」
フルカワさんはそこでニコッと笑って見せたがそれが逆に怖い。
「だって!」とフルカワさん。「いやマジで普通に悔しいし腹立つし我慢できないもん」
率直だなフルカワさん。怖い事は怖いけど、嫌な感じはしない。朝はプリントも貸してくれたし…本当にキタガワの事がすごく好きなんだね。
キタガワは私のどこがいいと思ってくれてんのか、私もわかんないけど…『ナカティ』ってどうなんだろ…フルカワさん、私をずっとナカティって呼ぶ気かな。
「ずっと見てたから」とフルカワさん。「今日だってちょいちょい二人で目ぇ合わせてたじゃん。さっきの昼ご飯食べてる時もお互い気にし合ってさ。私も見てたっつの。だからわかんの!ナカティ、私の事も気にしてたじゃんさっき。昨日一緒に来たの見た時から、あ~~~って思ったもん!回ってたツイートも見た」
…やっぱ怖…
「怖いとか思うなよ?」とフルカワさん。
私はひきつった笑顔しか浮かべられない。
「もう~~~~!」とフルカワさんがまた唸って私は再びビクッとする。
そこへ「中田!」と呼ぶ声。
キタガワ!
フルカワさんがこちらに近付いてくるキタガワに言った。
「いじめてんじゃないからね!」
それには答えないキタガワだ。
「一緒に行く」と私に言うキタガワ。
「ふぇ?」あっ、変な声出しちゃった。
「飲みもん買いに行くって聞こえたから。オレも行く」
「…うん」
フルカワさんの目が怖い。
「でもそっち」とキタガワ。「自販機ねえじゃん」
飲み物買う気ないもん。教室いたらあんたが気になったからだよ、だから出てきちゃったんだよ、とはもちろん言えない。朝のリストバンドの子にどんな風に断ったのか聞きたいけど、そんな事もちろん聞けない。だってフルカワさんもいるからね!
「ちょっとカナエ、無視しないで」とフルカワさん。
「いや、無視はしてねえよ」素で答えるキタガワ。
「私、中田さん…ナカティをいじめてんじゃないから」
「ああ、それはわかってる」
一瞬ぽかんとして、でもぱあっと嬉しそうにしたフルカワさんは、今まで見たフルカワさんの中で一番可愛かったけど…中田さん、て今1回言ったし。
「ねえカナエ、」とフルカワさんはキタガワに聞く。「ナカティのどこが好きなの?」
「は?」とキタガワ。
わ~~…止めて欲しいな~~。
でもフルカワさんは止めない。「付き合ってんでしょ?嫌だけど」
言われて、質問したフルカワさんではなく私を見つめるキタガワ。目を反らす私。
それを見ていたフルカワさんが言った。「嫌だな~~マジで嫌、なんかそういうちっちゃい二人の世界つくってんじゃねえよ!って言うしかないわホントやだもう」
「付き合ってる」とキタガワが言った。
「「へ?」」とフルカワさんと私の間抜けな聞き直し。
「やだ~~~」とフルカワさんが顔をしかめて唸る。
「ちょっ…キタガワ…」と焦る私。
「もうやだ~~~~」とさらにフルカワさん。「じゃあナカティのどこが好きなの?そいで私のどこが嫌い?」
「いや、フルカワの事が嫌いなわけじゃねえよ」
キタガワが真面目に言うので私がドキリとする。
「でも好きじゃないんでしょ?ナカティの方が好きなんでしょ?だから付き合う事にしたんでしょ?」
キタガワをじっと睨むように見つめるフルカワさんに、キタガワは頷いて見せた。
「うん。悪い」
嬉しい。キタガワには『誰にも言わないで』って言っていたくせに、肯定してもらえたらもうものすごく嬉しい。