貴族娘、ジャガイモを制せない
「盗賊騒ぎ?」
「やっかいなことに人間がモンスターに指示してやってるみたいでさ。」
親衛隊の女性「リーザ」は顎に軽く手を当てつつ、野菜に芋虫がついていた時のような顔をしながら続けた。
「地味に統率がとれててやりづらいらしい。」
モンスター使いが一枚噛んでいるとしたら、確かに面倒だ。
被害にあっているという田舎町ミリトンの回りには、知能が低く大して強くもないモンスターばかり集まっているが、軍隊のように統率して略奪行為をされれば田舎町の防衛設備ではたまったものではない。
シルクらハイロード家が治める領地は割りと広く
「城下町プリティス」をはじめに、
「ラティア」
「サラザン」
「パパロネ」
「エイムフリート」
の発達した町に加え、いくつかの田舎町が点在している。
盗賊騒ぎのあるミリトンも領内のそうした田舎町のひとつだった。
「というわけで、城から討伐隊を出すことになった。私も従軍するからその間大人しくしてろよ。」
「なんで?」
当たり前のようにそう返すシルク。
「自覚ないだろうけど、貴族の娘がモンスター討伐なんてやるもんじゃないんだよ。」
「じゃあこの鍛えた拳はどこで振るえば良いのぉ?」
リーザはニヤリとして答えた。
「料理番のトムスさんが腕にケガをしたらしい。」
「うん。」
「だからジャガイモの皮剥きを手伝ってやってほしい。」
「うん?」
「じゃ、よろしく。」
「???」
脳筋シルクが理解する間もなく、リーザはせっせと去っていったのだった。
――
「あーダメダメ!シルク様よ、ジャガイモの芽はちゃんととらないと!これ毒なんですわ。」
料理番トムスの指導が入る。トムスは中年のでっぷりとした男性だ。
「芽って毒なのね。食べられるかと思ったわ。」
「将来旦那さんに手料理を振る舞った時に、メラニン中毒にならないよう、今のうちに多少は花嫁修行はしないといけませんぜ。」
「私は嫁には行きませんよぉ?」
「ではどうするんですかい。婿にでもなります?」
今から言おうとしていた彼女得意の返しをトムスに言い当てられ、今日はついてないなぁとシルクは少し首をかしげた。
せっせと皮を剥く。
「これどう?上手く剥けたと思わない?」
皮を剥き過ぎてやたらとデコボコしたジャガイモを一つ掲げる。
「おっいいね。新手のオブジェですかい?」
もうっ。とプリプリしながらシルクとトムスの笑い声が厨房に響き渡る。
「ねぇ、ところでそのケガなんだけど。」
トムスの包帯が巻かれた右腕を見て疑問を投げかける。
やがて彼は若干口をモゴモゴさせながら答え始めた。
「ケガ自体はそれほどでもないんですがね。ほら町医者のアル、あーちょっとひょうきんな顔をした、そうそうそれです。あいつはちょっと大袈裟に包帯とか巻くクセがあって、俺もグルグルに巻かれちゃったわけですわ。」
息を一吸い。
「まあそれは余談で、モンスターですよモンスター。郊外に美味しい野菜の採れる畑があるんですがね、そこにモンスターが出て襲われたわけです。」
「モンスター?そんなところに?」
トムスはこくりと頷いた。
「ゴブリンとか下級のものだったんで、何人かで追い払ったんですが、ちょっと爪がかすっちゃいましてね。」
そういえば、と思い出したかのようにトムスは続けた。
「やつら妙にまとまりがあった気がするなぁ。」
――
その晩、歪な形のジャガイモ料理が振る舞われたことに城内は湧いていたが、そんな喧騒とは離れた私室にシルクは一人でいた。
食事をあっという間に済ませたシルクはきちんとメイクされたベッドに腰をかけて考えを巡らせる。
「モンスターが畑に?」
しかもトムスの話しでは妙にまとまりがあったというではないか。
「何かな、ちょっと匂うような気がする。」
スッとベッドを離れしばらくの間ウロウロ、ガサガサしていたが、やがてそれは備え付けのサンドバッグを殴る音へと変貌した。
リーザの代わりに初めて就いたであろう見張りが、驚くような声をあげていたが
「どっせい!!」
の掛け声にそれは掻き消されていったのであった。
――
討伐に出ていたリーザからの手紙が城に届いたのは、それから二日後のことである。