貴族娘、オークをのめす。
「どっせい!!!」
まるで屈強な格闘家が気合いを入れて、相手を投げ飛ばすかのような掛け声が鳴り響く。
しばしの間ドスンドスンと乱雑な音と、まどろっこしい土煙が辺りを覆っていたが、やがてそれが晴れた頃あの声の主の姿が見え始めた。
驚く他ない――女だ。
それも長いまつげ、美しい少しウェーブの掛かった白い髪。高級そうな羽の髪飾り。
服装一つにしてもその身なりはそこらの村娘のそれではなかった。明らかに身分のある(恐らく)貴族の娘だろうと想像できる可憐な少女だった。
彼女の近くに転がるオークの群れが、ひどくミスマッチに映る。
「我々の出番ないですよね。」
親衛隊の一人がぼそっと呟いた。
女らしいその体つきの一体どこにオークの群れをのめし尽くすパワーがあるというのか。
《先天性ハードパンチャー》
貴族の娘にはまったく似合わぬその能力を産み出したのは、神のイタズラかあるいは美しくあるためなのか。
誰にも答えが出せないが、娘はわりと満足していた。
「よぉっす片付いたわね。引き上げましょー。」
先程「どっせい!!!」と年頃の娘らしからぬものを発してした口から奏でられる声は、やや間延びする高めの可愛らしい声に変貌していた(いや、こっちが素なのか?)
パンパンっと薄い紅色のスカートをはたいて
彼女、「シルク=ハイロード」は一緒にオーク討伐に出た親衛隊と共に、ドカドカと引き上げていったのだった。
―――
「雨土よ。我らは祈りを捧げます。親愛なる女神セリアンヌよ、どうかこの世を導きたまえ。」
夜も少し更けるころ、礼拝堂で祈りを捧げているのは彼女の父であり貴族の「オリバー=ハイロード」だ。
その傍らには先程の彼女の姿もみえる。
「セリアンヌ教に属するものとして、お前にはもう少ししとやかさを身につけて欲しいものだがね。」
父の咎めるような声に対し彼女は
「お言葉ですが」
「祈るだけで街が救われるというのであれば、私も毎日像に祈りをあげますよー。いや、もの凄く丁寧に掃除もしちゃうかも。雑巾で。」
「雑巾は新しいやつを使いなさい。」
何を言っても飄々と言葉を返してくる娘に、オリバーは半ば諦め口調でそういうのがお決まりになっていた。
「シルク、お前は段々母親に似てきたなぁ。」
「まあ性格は全く似てないが。」
父のいつも一言多いその口ぶりにシルクはふふっと笑う。
「私は嫁になど行かないからべつに良いのよ。」
「では、どうするのか?」
「婿になるわ。例えばほら、ミルフォンスの姫なんて可愛らしくて良いじゃない?あとはハマーベイ家の次女とか、城下町のパン屋さんのエルミンスさんもとっても素敵よねー。」
シルクが気がつくと父の姿は横にはなく、礼拝堂の入口にあった。
「おやすみ。」
「うん。おやすみ。」
少し呆れたようなそうでないような微妙な音を立てて、礼拝堂の扉は閉められた。
シルクの寝室の扉の前に親衛隊の女性が一人立っている。
「リーザ、お疲れさま。」
リーザと呼ばれた二十そこそこの女性は長めの赤い髪を掻き分け、礼儀にのっとって軽くシルクに対して会釈をかわす。
「改めて言うけどそんなのいらないわよ。」
「お前のためにやってるんじゃない。これやらないと給料減らされるんだ。つまり私のため。」
にやっと口をあげながらリーザはそういい放った。
普通ならとんでもない無礼な文言に映るかもしれないが、シルクとリーザは小さい頃からの遊び相手で、身分の違いはあるものの二人は親友と呼べる存在であった。
「オークの群れをコテンパンにしたんだって?お前がオークみたいな体してたら違和感なかったんだがなぁ…。」
「うん。可愛くてゴメンねぇ。」
「そんなに強かったら見張りいらないだろ。」
あっさりシルクの容姿自慢をスルーしながら、リーザは続ける。
「まあ寝てる時は無防備だからしょうがないか。」
「リーザがいるから安心して寝られるのよ。感謝してるわ。」
「あ、でも」
「リーザだったら襲ってもいいからね?」
シルクはそうイタズラっぽく笑って、寝室へと入っていった。
「せいっ!!どっせい!ほああ!」
ドスンドスン!
貴族娘の寝室からは、今夜も特訓のサンドバッグ叩きの音が鳴り響いていた。