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惚れ薬で運命感じましょ

作者: ななし

 これは運命よ! 十七年生きてきて、はじめて運命感じました!

 おめでとう私。「恋? その前にとっとと家に帰りたい」とか思っててごめんなさい。そりゃーもちろん今でも家に帰りたいよ。でも三年も経ったら腹を括るって。この世界に腰を据えて生きるとも!

 異世界歴三年の田村理恵、この世界で運命の恋をして、それに伴いここで生きていくことを誓いました!

 めでたい! 自分で自分にお赤飯炊いて祝ってあげたい! ってかもち米や小豆の代用品はこっちで発見済みだから、本当に赤飯炊いちゃおうかな。そんでもって、出来上がった赤飯をケインさんのところに持って行くとか? あなたに恋したお祝いに炊いてみたのって。

 ……ッ、キャー恥ずかしい! なに言ってんだって目で見られること必至だけど、眉間にしわを寄せて見つめてくるケインさんのことも大好きよ! 前はビクビクしちゃってたけど、今じゃぎゅーって抱きつきたいわ!

「おい」

「なんですか?」

 ケインさんに満面の笑顔を向ける。恋に落ちたのは三秒前。つまりは今まさに私のハートを撃ち抜いた原因が目の前にいるのよ。浮き立つ心のままに笑顔を浮かべたら、そりゃあもう恋する乙女全開のキュートな笑顔になってると思うんだ。

「……大丈夫か?」

 心底心配そうにケインさんは声をかけてくれる。じっとこっちを見てくれる瞳に私が映りこんでいると思うと、ときめきで爆発してしまいそうだわ!

 ついさっきまで、彼に運命を感じなかったのが嘘みたい。私はケインさんに出会って恋するためにこの世界に来たの。きっとそう。そうに決まってる。私が今決めた!

「熱でもあるのか?」

 きっと潤んでる私の目。頬だって赤くなっているだろうし、甘い笑みを浮かべてケインさんを見つめていることだろう。

「そうですね、熱に浮かされてます」

 恋という熱に! この私が! 恋して運命感じて熱に浮かされる私ってレア!

 心配そうだったケインさんの表情が、ゆっくりと変化した。なんだその顔。私の言葉と表情の意味を理解したんだろうけど、それで蒼白にならないでよ。ドキッとするなり、緊張するなりしてよ。でも、そんなケインさんだって愛しいからいいけどね!

 ってか私テンション高いね。強制的に恋に落ちた直後だからしょうがない。

「――お前、なに飲んだ」

 ケインさんの視線が、私の背後に向く。訪ねてきた彼を迎えてドアを開けたところだから、いま私達がいるのはドアの前。背後にはテーブルがあって、一人で優雅に午後のお茶をしていた途中であることがよくわかる状態だ。

 私をどかして、つかつかと部屋に入り空になったカップを手にとったケインさんは、匂いを嗅いでからテーブルの周辺を見回した。そして、ガラスの小瓶を手に取り、ため息をついた。

「なんで自分から惚れ薬なんか飲むんだ」

 ケインさんの手の中にある小瓶には、少しだけ紫色の液体が入っている。全部カップに入れたつもりだったけど、側面についていたものが下に落ちて溜まったみたいだ。効果はあったから別にいいけど。

「なんのことですか?」

 ニッコリとぼけてみせる。まぁ、作ったのは目の前にいるケインさんだし、色と匂いで惚れ薬だなんてすぐにバレて当たり前なんだけどね。ただとぼけてみたかっただけだ。

 毒薬と同じ扱いで取り扱い注意の品物だから、存在を知っているのはごく一部だし、勝手に持ち出せるのなんて本人とと私くらいしかいないだろう。

 第一これを飲んだことがバレたくなかったら、小瓶を隠していたし、恋する乙女全開にはせずに徐々に好きになる演技をしたよ。

「わざわざこれを飲んで俺に惚れなきゃならない理由は何だ」

 時間を指定して呼び出していたのだから、惚れる対象はケインさんに絞っていたことは明白だろうね。というかケインさん以外に惚れちゃったら困ってたよ。

「運命感じたかったから?」

 首を傾げて、わざと疑問形で答える。運命感じたかったから。嘘じゃないし、それ以上の理由はない。相手がケインさんなのは、この人になら迷惑をかけてもいいかなっていう甘えがあるせいだ。もともと恋愛感情があったわけじゃない。というか、恋愛感情を持ってたら惚れ薬なしで運命感じれたんだけどね。残念だ。

「ヤケになるなよ」

「私が望んだことに変わりはないです」

 ケインさんの表情が、今度は悲しげなものに変化する。胸がきゅうっと痛む。ああ、惚れ薬のおかげかな。ときめきと一緒に切なさも生まれるなんてすごいね。

「好きですケインさん」

「惚れ薬のせいでな」

 ケインさんが近づいてきて私の両頬を手で包み込むと、至近距離で見つめ合うように顔を固定してきた。頬に熱がたまるし、バカみたいにドキドキと心臓がはやくなるし、緊張で体中に力がはいる。至近距離にある青い目から視線を外せない。

「ひどいなお前」

 悲しげな表情は変わらないのに、その瞳の奥に熱があることを知っている。ケインさんが私を想ってくれていることを、知っている。

 三年前、気がつけば見知らぬ世界にいた私を保護してくれたケインさん。薬草の知識と魔法を組み合わせていろいろな薬を作る彼は、城下町の片隅でひっそりと暮らしていた。私にこの世界の言葉と常識を教えてくれたのは彼だ。ケインさんがいなければ、私はこの見知らぬ世界で死んでいたかもしれない。

 彼には感謝してもしきれない。だからといって、恋をしたわけじゃなかった。父のように兄のように慕っただけで、恋じゃなかった。でもケインさんは、私を一人の女として想うようになってしまった。

 私にとって唯一頼れる人だったから最初の頃はべったりだったし、自分に懐く相手はそりゃあもう絆されるだろう。しかも十四の頃に拾った女の子が三年経てば、ドキドキしちゃう対象になってもおかしくはない。胸、大きくなったし。

 だけどケインさんはもう三十だ。出会った頃こそ二十代だったけど、三年たった今は三十。ぶっちゃけ、三十の男が保護して世話を焼いてた十七歳の女の子に恋愛感情抱くのはどうかと思う。軽い犯罪ではないだろうか。

 いやまぁケインさんは私に手を出したりしなかったけどね。ちゃんと自分の気持を押しとどめて、そんな素振りをなるべく見せないようにしてくれていたし、きっと「恋人できました!」って紹介しても祝福してくれたよ。私が元の世界に帰る方法を見つけたとしたら、一緒になって喜んでくれたと思う。

 もっとも、私はこの世界で誰かに恋をすることもなかっし、帰る方法も見つけられないままだったけどね。

 別の世界に来たら、王子様とか騎士とか巫女とか出会いやお役目があったりするのがセオリーだと思うんだけど、そういうことはなかった。ないまま、三年経った。だからこれは、ただの偶然で意味があってここに来たわけじゃないってことだ。事故だ事故。つまりは帰る方法なんてないんだろう。同じように奇跡的な確率の事故が発生しない限り、私はここで生きるしかない。

 特別な役目や力は私にはない。運命的な出会いや恋だってない。ケインさんに出会えたことはありがたいことだけど、「彼に出会うために私はこの世界に来たの! そういう運命だったの!」と言える想いは抱けなかった。

 理由がほしかった。ここに来た理由がほしかった。

 だから、最近存在を知った惚れ薬をこっそりと持ちだしたんだよね。運命を感じる恋をして、ここに来た理由にしたかった。私を想ってくれている恩人に、恋をしたかった。

 そして計画通り、私は惚れ薬を飲んでケインさんに運命を感じた。恋をした。紛れもなくこの心が、甘く切なく高鳴っている。

「まだ三年だ。だいぶこっちにも慣れたんだから、そのうち出会いもあるだろ」

 吐息が、唇を撫でる。熱にとろけてしまいそう。でもケインさんはそれ以上の距離はつめない。少し動けば唇に触れることができるのに、それをしない。好きな女が自分を熱っぽく見つめているのに理性を保てるってすごいな。かっこいいじゃないか。

「運命感じるならケインさんがいいんです」

 私の頬から手が離れて、ケインさんはその場にしゃがみこんで頭を抱えた。私もしゃがみこんで、俯いたケインさんのつむじを見つめる。

 ひどいことを言っている自覚はある。自分のことを想ってくれる相手に、惚れ薬で無理やり恋をするんだからなぁ。ケインさんの心中は複雑だろう。自然発生ならともかく、惚れ薬を摂取してだもんね。

 だけどやっぱり、運命を感じるならケインさんがいい。そんな風に思うってことは、そもそも恋してるからなんじゃないのって自分でも思ったけど、しばらく時間をかけて自分と向き合ってみたけど、恋じゃなくて情や恩が大きい親愛だった。

「……解毒剤を持ってくる」

 ああ、それもあるんだった。ケインさんは危ないものは解毒剤とセットで作るから、ちゃんと用意されているんだよね。

「いりません」

 だけど、立ち上がりかけたケインさんの腕を両手で掴んでキッパリ告げる。

「飲め」

 ケインさんもキッパリと命令する。

 しばらくそのままの姿勢で見つめ合ったけど、先に視線を外したのは私だった。恋したばかりの私には、ケインさんと強く見つめ合うことはダメージが大きい。心臓がすごい勢いで鳴ってるよ。熱いものが身体の中でぐるぐるしてるし、恋するって大変だな。肉体的にも精神的にもダメージがあるもんなんだね。

「理由なんて無理やり作らなくても、そのうち自然に見つかるから焦るな」

 優しい、声。私を想っていたわる声。惚れ薬で運命を感じようとした私の気持ちなんて、ケインさんはわかっているんだろう。この三年、そばにいてくれたのはケインさんだもんね。そりゃあわかるよ。帰りたいって泣いて癇癪起こしていた姿も記憶に新しいだろう。

 掴んでいたケインさんの腕に額を押し当てた。ビクッとされたけど、振りほどかれはしなかったから安心して目を閉じる。

「見つけたいんじゃなくて、ケインさんを理由にしたいから薬を飲んだんです」

 確かに、ケインさんが私のことを女としてみていなかったら、惚れ薬を飲もうなんて思わなかった。もう数年かかってでも誰かに恋をして、自分がここに来た意味を見出したかもしれない。

 でもケインさんは私を好きになった。私はそれに応えたかった。応えたかったけど、この胸の中にある愛情は恋ではなかった。そうわかっていても、恋を恋で返したかった。……あと、恋に思考をぶっ飛ばして元の世界への未練を強制的に断ち切りたかったのも本当だ。酷いなホント。

「確かにこの気持ちは惚れ薬のせいです。でも、ケインさんを理由にしたいと思ったのは薬のせいじゃありません。わがままだってわかってます。でも、理由になってください」

 一呼吸おいてから、顔を上げる。真っ赤になってて、でも苦しそうなケインさんとしっかり目を合わせて、口を開く。

「私はケインさんへの親愛を、恋にしたかったんです」

 言ってて恥ずかしい。これ、好きですって告白するより恥ずかしいよ。だって惚れ薬の作用とは関係ない本心だもんね。そりゃあ恥ずかしいよ。

「だったら……」

 絞りだすようなケインさんの声に、ゾクリとする。嫌なものじゃなくて、熱を伴った感覚。声に感じてるんだろうな。恋って怖い。

「どうして惚れ薬を飲んだことを隠さなかった?」

 口元が、自然と笑みを浮かべてしまう。泣きそうに顔を歪めたケインさんが、愛しくてたまらない。

 確かに、惚れ薬によって恋したことをバレない対応はいろいろとあった。だけど、いつかなくなった小瓶の存在にケインさんは気がつくだろう。そして、その理由に気がついてしまうだろう。実ったはずの想いが偽りだったと、知ってしまうだろう。――そんな絶望をこの人に味あわせたくない。

「恋をして運命を感じたかった。ケインさんを理由にしたかった。でも、だからってあなたを騙したいわけでもなかったんです」

 自分勝手にもほどがあるってわかってる。どちらにせよ、ケインさんの想いを踏みにじって利用していることに違いはない。

「惚れ薬を飲んででも、あなたに恋をして、ここにきた理由にしたかった。そんな想いを包み隠さず示すために隠しませんでした」

 これはもう執着だ。ケインさんに執着してる。恋はしていないくせにこんな執着を抱くなんて、おかしい。おかしいけど、仕方ないじゃない。

「……どちらにせよ、愛されてる気がするんだが」

 ようやく、ケインさんが笑った。泣き笑いっぽい感じだけど、笑ってくれた。

 もう一度しゃがみこんだケインさんは、強い力で抱きしめてきた。私も、背中に腕を回してしがみついた。お互いの鼓動の速さと身体の熱さに笑えてきて、泣けてきて、そのまましばらく動けなかった。




 しゃがみこんだ体制で抱き合ったせいで身体がしびれてきた頃、ようやく私達は離れた。なんだか照れてしまってなかなかお互いの顔を見ることができなかったよ。流れる空気が甘くて恥ずかしい。落ち着いたはずなのに、胸のドキドキが再発したよ。潤んだ名残のあるケインさんの目元に、キュンときちゃうよ。

「じゃあ解毒剤飲むか」

「え」

 キュンとしてるところに、そんなことを言われてビビった。まだ解毒剤を飲ませるつもりだったのか。なんかもう惚れ薬で恋しちゃったのを受け入れられた気になってたよ。

「飲みたくないです」

「まぁ、待ってろ」

 止めるまもない素早さで立ち上がったケインさんが部屋から出て行った。待ってろというくらいだから、解毒剤を取りに行ったんだろう。え、ちょっと待って。飲みたくないんだけど。この恋心を抱けて嬉しいし、手放したくないんだけど。

 でも数分で戻ってきたケインさんの手には小瓶が握られていて、ぐいっと進められた。惚れ薬の解毒剤は、薄いピンクだ。こっちのほうが見た目は惚れ薬っぽいね。

「俺のためを思うなら飲め」

「私のためにこのままでいさせてください」

 ダメだ。平行線だ。そうケインさんも思ったのか、唐突に小瓶を自分で煽った。なんであなたが飲むんですか。びっくりした。びっくりしている間に、ケインさんが私の腰に腕を回し、もう一方の手で顎をがっちり固定してきた。

 そして、さっきは触れそうで触れなかった唇を、遠慮なくくっつけてきた。しかも舌も入れてきた。そのまま液体を流し込まれた。

「――ッ!」

 口移し! 口移しで解毒剤を飲まされた! 人生初チューが惚れ薬の解毒剤を口移しってどうよ。驚いて固まっている間も、液体は流し込まれ喉を滑り落ちていく。

「……おやすみ」

 ようやく唇が離れたと思ったら、追加で何かを口に含んだケインさんがまた口移しで何かを飲ませた。状況的に、これはどう考えても睡眠薬だろう。その証拠に、私の意識がすうっと遠のいた。

 ……相変わらず即効性高いよケインさんの睡眠薬。



 ***



 目覚めは爽やかだった。スッキリ快調気持ちの良い目覚め。

 私が寝ているのは、自分の部屋の自分のベッド。格好は昨日のまま。目立った乱れはありません。あれだけ煽りまくった相手に手を出さず、ベッドに押し込んでくれたようです。理性ありすぎだね! 紳士的すぎるね! ……なんか申し訳ない。

 胸に手を当ててケインさんのことを考えてみたけど、昨日感じた甘く切ないキュンとした感じはなくなってた。あれだけ高鳴った鼓動も、今は大人しい。やっぱあれは薬のおかげだったんだろうなって実感するとへこんだ。どうして私はケインさんに恋しないんだろう。悔しい。




「悔しいとか言うな。俺がかわいそうだろ」

 朝食の時に惚れ薬の効果が切れたことを正直に伝えたら、呆れた顔をされたとも。まぁ当たり前だよね。惚れた女にそんなこと言われるのは、ある意味ものすっごい嫌味だ。

「ケインさんがいいんだけどなぁ……」

 懲りずに呟いたら、テーブルに手をついたケインさんがこちらに身を乗り出してきたよ。顔が近いです。

「安心しろ。もう遠慮とか馬鹿らしいからしない。その俺への執着めいたもんを恋にしてやる。全力で口説くから覚悟しとけ」

 雄の顔だ! 雄の顔だよ! すごい色気と熱っぽさだよ! 今までこういう顔は表に出さないようにされてたから、真正面からご対面するのはホント珍しいね。というか、昨日の私が引き起こした特殊なシーン以外で、見たことない。たまーにその片鱗は見えても、すぐに隠しちゃってたもんね今までは。主に私に負担をかけないために。

 でも私の暴走を受けて、言葉の通り隠すことが馬鹿らしくなったんだろう。当人があなたに恋したいと言っているんだから、じゃあ恋させてやるよって吹っ切れてしまったようだ。

「お前が運命感じてなくても、俺のほうは感じてるんだよ。お前がここに来たのは、俺のためだ」

 直球だね。直球! 思わずぽかんと口と目を開いてしまったってば。そして言葉を反芻してみたら、なんだか笑けてきてお腹を抱えて声を出してしまった。

「……なに笑っている」

 バツの悪そうな顔をされた。ほんのり頬が赤いから、自分のセリフがそれなりに恥ずかしかったんだろう。

 ケインさんは運命を感じている。私がここに来た理由を、自分のためだと言ってくれる。私自身が理由を探さなくてもよかったんだ。私のことを運命だと感じる人がいてくれるなら、それでいいんだ。それが、理由になるってはじめて理解した。


 たまらなくうれしかった。

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