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星を待つ丘  作者: 安里優
第1星:『のっぺら』と『毛はえ』の星
7/31

1-5 護星官

 広大な緑の海に浮かぶ、唯一の茶色の大陸。

 いつか、『毛はえ』か『のっぺら』か、あるいは彼らの混血児達がこの星を見下ろしたら、『星は緑だった』なんて言うのだろうか。

 疑似重力を切った操縦室に漂いながら、私はそんなことを考える。

 操縦室の壁の四分の三を占める投影フィールドに映し出される宇宙は、冷たく昏い。けれど、圧倒的に存在感を誇るその星だけはなんだかとても温かい。


「ああ、この格好だと抜け毛が大変だなあ……」


 ふわりふわりと浮かびながら、空中に流れる長い毛を眺めやる。

 アレクサンドリア号の操縦自体は、船体の臓脳そのものが担ってくれるし、個識を展開させて意識だけで操ることも可能だから、こんな風に漂っていられる。


 まあ、戦闘や、逃亡などの緊急事態では、体をどこかに固定しておいたほうがいいのだが……。

 格闘戦になりはしないだろう、と私は推測していた。

 ざっと地上をスキャンしてみると、王都の炎上はすでに収まっているようだった。

 王宮──私が見たところとんでもなく旧式の移民船の残骸──の熱量も内乱前のデータとそう変わらない。

 おそらくは破壊されることもなく無事稼働している。


「どう収まったのかしらね」


 興味はあるが、あまり構ってもいられない。

 戦争も内乱も結局は終わる。政権がどう置き換わろうと、実際にはそれほどの差異は無い。

 もちろん、それぞれのドラマを追いかければ面白いことはいくらでもあるが、情報商人たる私が追求するネタとしては弱いといわざるを得ないだろう。


 問題はそれに乗じて干渉してくる、第三勢力だ。

 この星の技術レベルでは観測もできないだろうが、現在、衛星軌道上には三隻の船が存在する。

 しかも、その内二隻は強力な戦闘艦ときてる。


 その三隻は、一点に集まろうとしていた。目指すはこの星への降下ポイント。

 一隻が降下をめざし、一隻はそれを阻止しようとし、私はその有様を観察するために、こっそりと近づいている。


 既に二隻の間では、しきりに通信が行われていて、私はそこから漏れ出る電波を拾ってはデータベースに落としこんでいた。

 一触即発の状況だ。

 既に降下を試みようとする船は武装をスタンバイさせている。熱量が異常に増大していた。ステルスもかけずに堂々と居すわっているおかげで、光学観測すら可能だ。


 私はその船の映像をズームアップして観察する。

 エイを思わせるような平べったい、けれど重厚な戦闘艦だ。

 エイの口にあたる部分にはまさに口のような開口部があって、その奥に設置された強力なレーザー兵器かプラズマ兵器の存在を主張している。

 背中にはいくつものミサイル発射筒。

 両翼に据えつけられているのはレールガンだろう。


 ありふれた、けれど、それだけに実力を実証された兵器ばかり搭載した、実利一辺倒な戦闘艦だ。

 多少時代後れではあるけど、こんな辺境に投入するにはなかなか思い切った兵力と言える。


 私は、首から提げたペンダント――六角形に切り出された美しい漆黒の水晶のような宝玉――を指で弄びながら、アレクサンドリアの『書庫』からその船の出所を捜し当てた。

 シュードラ社にて就航、ランタニア星系に三年前まで所属、その後属国のメ=ンセイラに払い下げられ、現在同国で唯一つの空間戦闘艦。


「おやおや、唯一の戦闘艦を、こんなところに投入しちゃうんだ」


 メ=ンセイラは、この星から三十光年ほどのお隣さん。

 そして、つい最近、この星を『再発見』したらしい。

 私がこの星に進路を取った時には、銀河中央でも既にこの星自体の認知はされていたから、彼らは、そもそも情報を入手するのが遅すぎたといえるだろう。


 それでも、力ずくでこの星を手に入れるつもりらしい。

 確かに『毛はえ』は貴重な遺伝子資源だし、辺境では版図を広げることが国力の象徴だから、手っとり早く『退行文明』を征服したくなる気持ちはわかる。


「しっかし、相手が悪いと思うのよね」


 もう一隻の様子を窺う。

 ステルス機能を全開にしているのだろう。アレクサンドリアの索敵機能でもその全容を見透かすことはできない。

 けれど、その遮蔽フィールドの向こう側に存在する圧倒的なまでの存在感は、私にもわかった。


 その船は、同じメッセージをくりかえしている。


「退去せよ、退去せよ。惑星間航行レベルに到達しない文明への干渉は禁止されている。貴艦の行動は星国法違反である。退去せよ、さもなくば、護星官法に則り、貴艦の干渉を排除する」


 出ていかねえと、ぶち殺すぞ、というわけだ。


 メ=ンセイラの戦闘艦はその忠告を無視することに決めたようだ。強引に降下軌道を取ろうとする。

 途端、遮蔽フィールドの中から、強力なレーザーが発射された。

 と言ってもなにも見えやしない。アレクサンドリアの観測機器が、電磁パルスのおかげで一瞬で焼き切れたのと、メ=ンセイラの戦闘艦の片翼が蒸発した事から推測したのだ。


 観測機器はバックアップがあるから三秒ほどで回復した。だが、翼にバックアップはない。

 隔壁閉鎖も間に合わず、本体中央部までもが、真空にその体内をさらしていた。

 圧力差による小爆発がぽんぽんと起こる。


 あれじゃあ、中の乗組員は悲惨だ。

 私は暗鬱な気分になった。

 宇宙を航行するものにとって、二番目に恐ろしいのは真空に吸い出される事だ。


 一番目が何かといえば、空気が徐々に無くなっていくのを分かりながら何の手も打てず座して待つしかないことだ。

 たとえば、破壊された戦艦の中で、隔壁の残骸にひっかけられてる乗員とか。


 遮蔽フィールドの中の船の乗り手は、慈悲の心があったらしい。

 レーザー斉射をくりかえし、丹念に戦闘艦の構成物質を蒸発させてやった。

 今回はさすがにアレクサンドリアも準備ができていたので、映像およびデータのノイズはほんの少しで、その作業を克明に記録できた。

 これはこれで重要な商品になる。


 それにしてもそれは、戦闘とはどうにも呼びようのないものだった。

 『護星官』に与えられた戦闘能力は、聖院直卒艦隊、司法艦隊、謎の『娼婦艦隊』に次ぐ、との噂は本当だったらしい。


 しかし、と私は考える。

 星国法もなにも、星国自身が瓦解しているというのに。そんなもので消されてしまうメ=ンセイラの戦闘艦もむくわれないことだ。

 それでも、星国を受け継いでこれまた星国を名乗る国家――一般には正統国家と呼ばれている――は、各地に出張っては星国崩壊の余波で宇宙航行以下のレベルに退行してしまった文明を護る『護星官』なんて役職を作ってしまった。


 まさに時代を超えた尻ぬぐいでご苦労な事だと思うが、識者の一部はこれこそが正統国家の帝国主義の現れだと主張する。

 守護する文明が惑星間航行レベルにまで達した時、その成果をごっそり頂こうと言う目論見だと。

 確かにそういう意図はどこかにあるだろう。

 けれど、内乱のどさくさにまぎれて、未だどんな成長を見せるかわからない文明に干渉して自分たちのものにしてしまおう、というさもしい根性に比べれば、随分とましなように思える。

 それに、実務レベルでは、理想に燃えている人間も多い。


 たとえば……。

 私はその護星官の船の通信に強制割り込みをかけた。それまで衛星軌道上を映し出していたフィールド上に小さな窓が開き、双方向通信のチャネルが開かれる。

 あたし……ではない。私はかわいらしく耳と尻尾をふりたてながら、彼ら護星官に手を振った。


「ミー!」


 二つの驚愕の声が揃って聞こえてきた。


「は~い。アロじい、静虎ちゃん」


 さらに驚愕の沈黙。

 うん、やはり情報を制する者が、宇宙を制するのだ。


「な、なんで、ここに」


 静虎将軍が――いや、静虎将軍と名乗っていた男が、ようやくそれだけ言った。

 (エイダ)あたし(ミー)は猫の瞳をくりくりと輝かせながら、応じる。


「あの丘じゃないけど、街は見えるわ。待ち合わせには絶好じゃない?」


 いつかはいまだった。



          †



 アレクサンドリアの操縦室兼リビングは、久しぶりにお客様を迎えていた。

 普段は純白のソファ――私の大のお気に入り――一つしかない部屋を、来客モードに変更。

 そこにあるのは、白銀に光るバーカウンターと真紅に輝くキッチン、空間固定型のテーブル、座り手にあわせて形を変える生体椅子等々。

 私の自慢の調度だが、最近は連邦中央の流行をチェックしていないので、二人にとってどれほど感銘を与えられたかはわからない。


 宙に浮かぶ大きな水槽にも見える、揺れる水の満たされたテーブルに、珈琲を三つ並べ、私はにこりと笑った。


「さて?」

「うむ……」


 二人はまだ面食らってるようで、どうにも歯切れが悪い。

 それにしても驚くべきことは、惑星上にいるときはたるんだ牛のようだったアロじいも、さっぱりした格好をすると猛牛のような威厳を発するということだ。


「お飲みになったら? 悪魔のように黒くて地獄のように熱くて天使のように純粋よ」


 恋愛のように甘くはないけれど。

 口の中だけで呟き、ぴょこんぴょこん、と尻尾を揺らす。

 生体椅子は楽でいい。尻尾をとおす穴も勝手にあけてくれるのだから。


「で、あんたは何者なんだ」


 珈琲に手もつけず、疑わしげにねめつけられる。ちょっと私は拗ねた。


「ミーよ。貴方がたっぷり愛してくれた。ついでに最後におっぽりだした」


 しなを作って挑発してみる。空中には、唐突に0.03という数字の立体映像が映し出された。


「……こりゃなんだ」

「あなた方が尋ねたことと私が答えることの対価を表す指標ね。んー、一ポイントが92星国クレジットってことになってるわ。今のところ」


 0.02加算。


「情報商人か」


 将軍は諦めたようにやれやれと首をふった。


「そう。エイダ・リィプルと申します。以後お見知り置きを、静虎将軍、アロじい」

「シュア・アクだよ」


 将軍が答える。

 そうか、そんな名前だったのか。アロじいのほうは黙ってるけれど名前はなんなのだろう。

 0.01加算されて、0.04減算。


「なんだ、俺が答えたら減るのか。で、ミーはどこだ?」


 ちょっと哀しくなった。

 自分の胸に手をあてて、シュアと名乗った青年を睨みつけた。


「失礼ね。私がミーだって言ってるでしょ。最初から最後まで! ミールっていう、人格のモデル形成に協力してもらった娘はいるけどね。その娘だったら田舎で幸せにしてることでしょうよ」


 疑似人格への自己催眠は世で思われるより簡単だ。

 問題は人格モデルだけれど、今回、いつも以上に報酬をはずんだのは、ミールの過去があまりにひもじい思い出ばかりだったからかもしれない。


「そうか……。すまん」


 0.2プラス。

 シュアの声に、私は「あい」と答えそうになって、慌てて口をおさえた。

 催眠にかかってる時も私は私だから、癖になって残ってたりするのだ。


「それで、何がほしい」


 それまで黙っていたアロじいが、重々しく口を開いた。

 地上にいたころのだみ声は鳴りを潜め、重くて柔らかな声だった。


「単刀直入ね」


 私は苦笑する。この手のタイプに小細工は効くまい。


「先程の戦闘データ、買い取っていただけないかと思って」


 じろりと睨みつける目。私はにこにこ笑いながらその視線を受けて立った。


「私としては、連邦中央に持っていって高値をつけてもらうのを待つって手もあるんだけど……。うーん、なんて言うのかな。この星に情が移っちゃったみたいでね。できればあなた方には、有利でいてほしいのよ」


 護星官の戦闘データは――少なくとも信頼性の高いものは――あまり流通していない。

 発表すれば引く手あまただろうが、それでこの星を狙う者たちが増えるのも歓迎できない。

 アロじいが視線をよこして先を促す。

 いくらだと訊いているのだ。


「まあ、一千万星国クレジットくらいかな」

「……小型シャトルが買えるぞ」


 あきれ果てたようにシュアが言う。

 確かにそれくらいは買えるだろう。衛星まで到達できるくらいの。

 ただし武装はなしだ。


「五百万」


 アロじいが低く言う。

 私は、はっと鼻で笑った。


「馬鹿にしないでよ。いくら情がうつってるっていってもね、ビジネスを忘れると思う?」

「よく聞け。五百万とこの男でどうだ」


 そう言って、彼はシュアのことを指さした。

 シュア?


「実を言うと、護星官はわしだけだ。この男は傭兵でな。一年で三百万もふんだくりおる」


 傭兵か。

 それならあの強さも納得できる。

 まあ、傭兵をひとり連れてるというのもいいかもしれない。

 これからのことを考えると。


「あと一年あまり契約は残っておったはずだ。その分をあんたに委譲しよう。それで八百あまり。千には足らんがな」


 シュアのことをじっと見つめた。

 頼りになる男だとは思う。

 それに……。


「シュアはどうなの?」

「……ま、この星も一段落したしな。情報商人についてまわるのも面白かろうよ」


 シュアはなんでもないことのように言う。

 飄々としすぎてるような気もするが。

 私はこく、と頷いた。


「いいわ、五百万とんで二十クレジットと、シュアとの契約。それで手を打ちましょう」

「二十?」


 これこれ、と私は数字を指さす。

 アロじいは、わははと声をあげて笑った。


「ミーには負けるわい」


 地上にいたころのアロじいに戻って、彼はそう言った。


「あとは船同士の臓脳をつなぐことにしよう。それでいいな?」


 ん、と私は上機嫌で応じる。

 それから、二人は珈琲にようやく口をつけた。

 その時、確かにシュアは声にせずにこう唇を動かした。


「また逢えてうれしい」



          †



 んー、と私は一つ伸びをした。

 来客モードを解除したので、リビングの中はソファひとつだけ。

 歩くと数十歩かかる直径の円筒形の部屋は、天井までもかなりの高さがある。

 だから、無重力状態で伸びをして、ふわふわ浮き上がってもぶつかったりはしない。


「で、その体はどうしたんだ?」


 真っ白なソファに座り込んだシュアが、私を見上げながら訊く。

 ソファのまわりだけは局地的に疑似重力を発生させているため、彼のようにあぐらをかきながらグラスを傾けても酒がとびちったりしない。

 それに私みたいに、姿勢一つ動かしただけで浮き上がったりもしない。


「遺伝子改造。あとで戻すのが大変なんだけどね」


 メスを入れるよりは、細胞を騙す方が、復元する時にも簡単だ。

 寿命が縮むのが唯一の欠点だが。


「……違法じゃないか」

「どこの法律で?」


 シュアは苦笑して黙った。

 本当は人類圏全体でのタブーなのだけれど、明文化してない国もある。

 なにより、ミーとして存在していた星に、そんな法律はない。


「次の星までには、元に戻すつもりよ」


 次の星まで停滞睡眠している間にゆっくりと体を変えていくつもりだ。

 だから、もうこのしなやかな猫の体ともお別れ。


「ふむ」


 私はくるくるまわりながら、シュアのほうへ近づいていった。

 重力圏に掴まり、すとん、とソファの上に着地する。


「ねえ……」


 真っ白な布の上でゆったりとのばした脚の上に上体を屈ませ、シュアを見上げた。


「本当にこうしてると猫みたいね」


 シュアは私を見下ろして、にこやかに笑う。

 あたし(ミー)が恋した顔。(エイダ)はどうなのかな……。

 そんなことを考えていたら、唇を奪われた。


「んん……」


 上唇だけをくっつけあったまま、彼は低く小さく呟く。


「君とするのは始めてだね? エイダ」

「数えきれないくらいしたけどね」

「じゃあ、もうしたくない?」


 私は男の面白げに揺れる瞳を睨み返した。


「ばぁか」



          †



 ちゃら、と金属のこすれる音で目が醒めた。

 隣で寝息をたてている男を起こさないように、そろそろと姿勢を変える。

 シュアとおしゃべりしているうちに眠りこけてしまったらしい。なんだか気持ちいい眠りへの落ち方だった。


 やはり、情交のあとに注意をいきなり他にむけない男というのはいいものだ。

 どんな関係であろうと、二人だけの時間を楽しみきらないでは、心の豊かさを維持できるわけもない。


 私は情報を扱う。

 たとえば出生証明。

 それ自身ではただの時系列と存在証明のデータにすぎない。

 けれど、その裏には常になんらかのドラマがあり物語があり、さらなる情報へとつながっている。

 『ありふれた』情景などありはしない。あるのは『特別なもの』をありふれたものとしてしか認識できない、くたびれた感性でしかない。


 何もかもを楽しめない人間は、そもそもこの仕事に向いていないといえる。

 なにより、私は、物事をとことん楽しむのが好きだった。


 ただ、首筋にかみついたのはちょっとやりすぎたかもしれない。

 血がにじんでる。つい、牙をまだ生やしたままなのを忘れてしまったのだ。

 ……それだけ楽しかったからだけど。


「よく寝てる」


 寝顔を見ながら、小さく呟く。

 実際、疲れも残っていたのだろう。

 短い時間で惑星からひきあげ、衛星軌道上では戦闘ともなれば、なかなか精神的に張りつめたものはあったろうから。


 寝ている男の頬にキスをひとつくれてから、ゆっくりと起き上がり、とんと軽く床を蹴る。そのひと蹴りで無重力圏に入ると、所々で体をひねって、その反動で進んでいく。

 通路まで進むと、壁面に設置されたバーに触れながら、飛ぶように進む。


 考えてみれば、一人で乗り込むにはこの船はかなり大型の部類だ。

 巨大な速度を得るためにはこれだけのものが必要ではあるのだが、シュアの存在で、不意にこの船の広さを感じてしまった。

 これはこれで、いいものなのかもしれない。


 『書庫』に辿り着くと、五重の認証を経て内部に入る。

 ここだけは、どんなことがあっても他人を立ち入らせることはないだろう。

 私は床に降り立ち、ぐるり、とまわりを見渡した。


 識空間を展開していない『書庫』は真っ白な空間だ。

 正確に立方体を描くこの部屋は、先程くぐり抜けてきた扉以外、外部とのつながりが一切無い。

 私以外の何者も寄せつけない場所。


 六つの面の一つに近づいて、私はこつんと壁にノック。

 真っ白な表面に、にじみでるように一本の線が浮かび上がり、それにつながるように長方形を描き出した。そのままゆっくりとせりだしてくる壁面。


 私は首からペンダントをはずした。

 せりだした壁面の作り出した箱の中にそれを入れると、自動的に箱は壁へと戻っていく。

 戻ってみれば、壁には継ぎ目ひとつ見えない。


「これで……三つ目」


 アレクサンドリアの臓脳を呼び出し、識空間の展開を命じる。


「解析に一晩ほどはかかるかな……」


 私はうきうきしながら、そう呟いた。


「解析したら、次の星よ」



          †



 停滞睡眠からの目覚めを待っている人がいる、なんて経験は始めてだったから、驚くより前に、私は照れくさくなってしまった。

 何度か咳をして、喉にまで入り込んでいた濃酸素液体をはきだす。ようやく出たのはかすれにかすれた声だった。


「何、見てるの」

「エイダの素顔って見たことないから、眺めてた」


 シュアはぬけぬけと言ってのけた。こういう男は喰えない。

 顔もよくて強いくせに、その上、こんな事をさらっと言えるなんて。

 そういえば、顔に走っていた傷がなくなっている。やっぱりあれは偽装だったのか。傷がなくなった顔は、印象が改めてシャープに表出していた。


 体がきしむ。

 改造していた体を元に戻したのだからしかたがないのだけれど。

 私は停滞槽のジェルの中で体を起こした。肌の上を、少し緑がかった青のジェルが、どろりと流れ落ちていく。


「あとどれくらい?」

「三光年ってところかな」


 シュアには私より早く起きるよう頼んである。

 これまでは一人きりだったのでアレクサンドリアにまかせきりだったのだけれど、星系内に突入するより前にするべきことはたくさんあるのだ。

 なにより、今回は大胆に体をいじったので、安定するまでは動きたくなかった。


「そう、じゃあ、色々しこんでおくかなあ」


 私は体をなでさすりながらそう言った。

 毛皮はなくなり、尻尾もない。昔の体に戻っている。

 ちょっと惜しいような気がした。


「で」

 私はシュアを見上げた。


「いつまで私の裸、眺めてるわけ?」

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