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星を待つ丘  作者: 安里優
第1星:『のっぺら』と『毛はえ』の星
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1-2 虐げられし者たち

 ん?

 ああ、起こしてしまったか。

 毛並みがきれいだからな、なでていたんだよ。


 くすぐったいか?

 ……ん、ならいい。


 あ?

 客にきれいだなんて言われること、無かったって?

 そりゃ、そいつらの見る目がないな。


 そりゃあな。俺たちには、頭ぐらいしかふさふさ毛が生えてやしないけどな。それときれいなのは別だよ。

 ほら、見てみろ、お前の体。

 体中をやわらかく丸く覆ってる毛……びろうどみたいだ。……ってもわからないか?

 さわってて気持ちいいったらありゃしない。


 ぱっちり開いたアーモンドみたいな目も、犬歯がのぞく口も、生えた尻尾も、ぴょこんと立った耳も、爪だって……。


 きれいだ。


 こらこら、逃げるな。

 照れてるのか?

 え? 商売忘れちゃうからやめろって?

 ああ。そりゃあうまいな。


 でも、これは世辞じゃあないよ。

 俺はずっと前から思っていた。君たちのそのしなやかな体。

 ……猫族の体は、なんてきれいだろうと。

 その中でも、お前は特に美しい。黄金の毛並み、それに、なにより、その翠の目。


 いいや、目の色がいいっていうんじゃない。その目に込められたものさ。

 諦めない目だ。


 君たちは本当は、毛のないやつらなんかよりよっぽど強い。

 それなのに、いや、それ故に……。

 ああ、まあ、この話はやめとこうか。


 俺は普段、静虎って呼ばれてるだろう?

 虎ってのはな、君たちの種族を作り上げるときに参考にされた動物のことさ。

 とっくのとうにいなくなっちまったがね。


 そう……。

 この宇宙で君たちだけが、本当の虎の血を受け継いでいる。

 美しく飼い馴らされないものを……。


 変わってる?

 あはは、まあ、そうだな。俺は変わり者だからなあ。

 だけど、お前ほどじゃないと思うぜ。


 ……ふん。変わり者同士ちょうどいい、か。


 いや、怒ったわけじゃない。慌てるな慌てるな。

 ……ん。

 お前気に入ったよ。



 あたしは……そんな男の言葉を、逐一覚えていた……。



          †



 将軍は、それからたまに顔を出すようになった。

 ぶらりと来ては、皆に酒をおごっておしゃべりして帰ったり、あたしを抱いたり、真夜中にきて朝まで眠りこけていたりした。

 不思議なことに、他の女の子を抱くことはなかったようで、随分太い客をつかまえたもんだね、と女将さんに褒められて、あたしは自由にしてていい時間が増えた。


 たまに、将軍はどこから聞きつけたのか、夕暮れのあの丘にまでやって来た。

 女将さんにも知らせてないのに、どうやって見つけたのだろう。

 でも、あたしは、それが不愉快ではなかった。うん、全然不愉快じゃあなかった。


 その日も、あたしは、ぼんやりと夕暮れが迫ってくるのを待っていた。まだ明るい日の光の中で、『でかぶつ』が黒々と街の一角に影を落としている。

 あの真っ黒な影の中に入ったら戻ってこられなくなっちゃうんじゃないかなあ。そんな根拠のない不安が、胸をしめつけた。

 でも、それはあたしには、無縁の心配だ。


 いくらお偉い人と知り合いになったからといって、街中を歩けるわけではないのだ。

 あたしたちがいつも歩いているような場所は、街であって街でない。

 このあいだ兵士にからまれた大通りですら、だ。


 あの地域は、街の一角を囲んでいた城壁が崩れたあとが、ふくれるようにして出来た。その後に出来たのは仮の壁にすぎない。

 つまり、厳密に言えば街の中ではない……らしい。

 だからこそ、あたしたち『毛はえ』も自由に出入りできるのだけど。


 街は、近いけど、とても遠い。

 この世界全部といっしょで。

 ふと、人の気配がしたと思ったら、音もなく隣に将軍が現れた。


「きれいだな」

「あい」


 部屋にいるときと違って、将軍はこの丘ではあまり喋らない。

 喋らないのはあたしも同じだけど。


「あにょ中ってどうなってるです?」


 あたしは唐突に尋ねた。

 視線の先には『でかぶつ』……王宮であり、あたしたちの神様じゃない神様の神殿である場所が屹立している。

 その真っ黒な円筒形の塔は、先も丸くって、まるで男の人のアレみたいと仲間たちで噂してた。あんな真っ黒なのはいやだけど。


「ああ……あそこの中はなあ。ちょっと小さめの黒い塔があって、その中にも少し小さい塔があって、さらにその中に……」


 あたしはびっくりして将軍の顔を見つめた。その顔がにまあと笑み崩れる。


「てのは冗談。あそこは皇族しか入れないからな。俺たち軍人はわからんよ」

「……あい」


 ひっかかったのがちょっと悔しくて歯切れが悪い。逆にこんなのかっこわるいとは思うんだけれど……。


「ところで、館で、口のかたい娘っていったら誰だろうな?」

「あたしは、口かたい……よ?」

「ああ、もちろん、お前はな。お前以外で」


 ちょっと傷ついた。

 あたしのこと信用してないのだろうか。これでもプロだというのに。


「ちょっとな、連れて行きたい人がいるんだよ。で、他の娘だよ」

「……あい」


 あたしはちょっと考えた。ぴょこぴょこ尻尾をふって。


「シャー、かな。シャーナ」


 将軍はそれを聞いて一つ頷いて、ぽんとあたしの頭に手を置いた。


「じゃあ、今晩、連れてくわ。女将さんにいって、シャーナもあけてもらってくれ」


 それだけ言うと、ゆっくりと、彼は丘から歩み去っていく。

 夕闇に溶け込むように。

 赤と黒の境界線を分け入って、彼は、あたしとは違う世界へと消えていくのだ。



          †



 夜になって彼が連れてきた人物は、頭巾を被っていた。


「お偉いさん……みたいだね」


 女将さんは、少し困ったような顔をしている。

 どう接していいのかわからないのかもしれない。

 将軍はたしかにいい人でお金払いもしっかりしているけれど、偉い人の中にはろくでもない人が多いのも、また確かなことだから。


「ま、将軍が連れてきたんだし、大丈夫かね」

「あい」


 頭巾をかぶった人影は、シャーナに手を引かれるようにして、その格好のまま部屋に消えていった。

 もしかしてあのままシャーのこと抱くのかしらん。


 じろじろと見ていると、それを遮るように将軍が立ちはだかった。

 あたしは、目を伏せて、もじもじする。


「まあ……あんまり詮索しないでやってくれないか」


 将軍は皆にそう言って、あたしの手をひき、いっしょに二階にあがっていく。


「シャーにもあとで言っておいたほうがいいでしゅ?」

「ん……口がかたいんだろ? あの娘。ならいいだろう。お前たちが気にしなければ、あとは問題ないさ」


 彼は、にやりと笑う。

 なんだか悪巧みしてるみたいな笑みだった。

 あたしは、ちょっと面白くなって、目を細めて笑顔をつくった。


「……あい」


 部屋につくと、将軍はまるで自分の部屋のように椅子に座り込み、息をつく。


「なんだか落ち着くな、ここにくると」


 まあ、それもそうかもしれない。最近は五日に三日はここにいるのだから。

 兵舎の部屋よりは、こちらのほうが慣れていると言っても間違いではないだろう。


 あたしと彼はゆったりと話をする。

 この店にはいろんなお客さんが来る。


 大半は、あたしたちの『肉』を目当てに来る。

 一時のぬくもりと柔らかさ、そんなものを全部含めた快楽を求めて。

 それが一時のものだと知りながら、でもやってくる。


 残りの一部が、自分にないものを求めてくる。

 心だったり、家庭だったり、幸せだったり。


 それはここではけして手に入らないけれど、手に入ったような気になるから。彼らは、何度も何度もやってくる。

 それが一時のものだと気づきたくないから。


 彼は、どちらなのだろう。


 あたしは、彼とおしゃべりし、同じものを食べ、同じグラスから酒を飲みながら、そんなことを考えていた。

 話は面白いし、過ごす時間は楽しいけれど、だからこそ考えてしまう。


 たぶん、どちらでもないのだと思った。


 彼は欠けてるものがそんなに簡単に手に入らないことを知っている。

 あたしが村にいた時いつも腹をすかせていたように、諦めはしないけれど、望んでも望んでも手に入らないものはあるのだと、どこかで知っているように感じた。


 だからといって、一時のものを求めるにしては、彼はあまりに力があった。

 女も酒もいくらでもとっかえひっかえできるだけの、暴力も権力も彼は携えているのだから。


 だからこそ常に異邦人でありつづける、

 そんな状態を求めてるようにも思えた。

 あたしと同じように……。


 そこまで考えて、あれ? と気づく。

 あたしは、いつから異邦人だというのだろう。

 たしかに村から売られ、この街に来たけれど、もう十年も住んだ街は、すでに異邦と言うには慣れ親しみすぎているというのに……。


 そんなことを考えていたら、自分が自分じゃないようで、なんだか怖くなった。

 あたしは甘えるように男の胸に寄り添っていく。


「ん?」


 やわらかな笑み。全てを受け止めてくれて、でも、少しだけ意地悪な笑み。


「どうした?」

「なんでも……ない」

「そうか」


 それでも、ぎゅっと抱きかえしてくれる。

 あたしは思った。

 この人をほしいと思っちゃいけないんだ、と。



          †



 地下に続く階段を下りながら、とりどりの(うすぎぬ)をかぶった娘たちは、みな生あくびをかみ殺していた。

 朝もまだ明けやらぬ時間。

 客がついていた娘は、仕事を終えてまどろむことができれば幸いという程度だろう。


 あたしはこのところ目が冴えてしまって、全然眠くもならない。

 だから、皆が歩くのをじいっと見つめていた。

 ありゃ、ロモ姉ったら盛大に寝癖ついてる……。


 そんなことを考えていたら、横にシャーナがならぶ。

 土の階段はらせんを描くようにできていて、二人ならんで歩くには少し狭いけれど、体が密着する分、ひそひそ話はしやすい。


「ミー姉」

「あい」


 シャーナは少し迷ったように、紗の向こうからあたしを見つめた。

 くりくりした瞳が、明かりの少ない階段で、さらに大きく開かれている。


「あの……。あとでお話したい」

「ん……。昼間、おしょとで。いい?」

「あい」


 そんなことをささやきあいながら、あたしたちは階段を下りていく。

 階下からは、なつかしい匂いが漏れてきていた。

 おしろいをつけ、毛をすいて男にしなだれかかるあたしたちがなくしてしまったもの。いや、その奥に閉じ込めてしまった匂い。


 昔々の遺物だとかいう重たい扉を開けると、広い空間がそこにある。

 館や街を形作る焼き固めた煉瓦とは全く違う重量感のある『何か』で作られた壁と天井。

 ドーム状になったその空間に入り込むたび、あたしは、大きな魚のおなかに呑み込まれるような気がする。


 その空間に渦巻く瞳が、揃ってあたしたちを見つめた。

 光る瞳の列が、暗闇の中でいくつもいくつも連なっている。

 むっとする獣臭と、その瞳の光に、あたしはくらくらしてしまう。


 『毛はえ』の男たち……。

 街ではけして日の当たる場所には出られない、獣の民がそこにうごめいていた。


「さあ、いらっしゃい。巫女たちよ」


 女将さんが、まったいらな空間の中で、ただ一ヶ所わずかに高くなった場所から、あたしたちを手招いた。

 普段から妖艶な憂いを帯びた声は、空間を満たすねっとりとした液体のような重圧の中で、さらに妖しくあたしたちを迎える。


 娘たちがゆったりとした足どりで、一人一人、女将さんの前に赴き、膝をおっていく。

 紗に覆われた体が床につき、体全体を紗が隠す。


 暗闇の中でうっすらと透ける女の姿は、男たちには美しくも淫靡にみえることだろう。

 そんな紗に覆われた女体はあたしも含めて全部で二十二。


 女将さん――いや、司祭様の暖かな視線と、男たちの熱っぽい視線にはさまれて、あたしたちは彫像のように動きをとめる。


「御前に参りましてございます」


 リャア大姉が、『禁じられた言葉』で、歌うように告げる。

 『のっぺら』に押しつけられた彼らの言葉と違って、あたしたちの長い舌でもつっかえたりしない。

 独特の韻律と音の低さを持ったその言葉は、あたしたちの体に染みわたるようで、とても心地いい。


「よう参った、我が娘たち」


 司祭様も、歌うように答える。

 静かなささやきに包まれていた空間が、交わされる言葉をひとつも聞き漏らすまいと、張りつめた静寂へと移り変わっていく。


 司祭様は、紫のローブをばさりと翻し、あたしたちと同じように床にひざまずいた。

 両手をあわせ、自らの頭より上に掲げる。


「真なる神の巫女たちよ。我がいとしき娘たちよ。苦難の汚濁を受けるものたちよ。聖なるかな」


 ひざまずいたまま、くるりと器用に体をまわし、なにもない空間にむけて再び腕を掲げる。


「聖なるかな。未だ姿持たざる者よ。闇の淵に現れいでる者よ。聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな!」


 すっくと立つ司祭様。

 彼女はあたしたちと膨大な瞳の列に背中を向けたまま、大音声をはりあげた。


「女に問う。汝らはなんぞ」


 リャア大姉が答える。


「愚かなるケダモノなり」

「否!」


 声に弾かれるようにリャア姉は立ち上がり、男たちにむけて一礼すると、ぱたりと五体を床に倒した。


「再び問う。汝らはなんぞ」

「泥にまみれる淫婦なり」


 今度はモンデ姉。


「否!」


 再び五体投地。


「さらに問う。汝らはなんぞ」

「神に打ち捨てられし者なり」


 カリル姉の答え。


「否!」


 倒れた体は三つになる。

 司祭様は、ローブをふりたててその場で飛び上がり、空中で回転すると、あたしたちをしっかと睨みつけながら大地に降り立った。

 その瞳は見開かれ、その牙は大きくむき出され、その爪は全てを切り裂かんと長く長く突き出されていた。


(おのこ)に問う! 汝らはなんぞ」

「我ら、大地走る民マオなり!」


 不意に空間全体が殷々と音を立てた。

 それは、男たちのはきだす叫びであった。あまりの圧力に、あたしたちは皆ぱたりと床に臥した。


「マオに問わん。汝ら大地走ることかのうてか」

「否! 我等持たざるなり!」


 どん、と床が揺れた。数えきれぬほどの男たちが一斉に足を踏みおろす。


「大地走ることあたわざる者に問う! ならば汝ら何を持つか」

「我等何物も持たざるなり。ただあるはこの体!」


 どん、と揺れる振動が床を伝い、あたしたちの体を揺らす。


「持たざる民に問う。汝ら持つは如何なる体か」

「牙持ち、爪持ち、大地駆ける脚持ち、聖なる尾を打ち振るうものなり」


 どん。

 三度床は鳴った。


「ならば、問おう。牙持つ者よ、爪持つ者よ。

 汝ら。

 何故に持たざるままでいるか。

 何故神奪われしままでいるか。

 牙持たぬ爪持たぬ毛皮持たぬ民に、全て引き抜かれしか、全て折られしか」

「否! 否! 否!」


 轟々と音をたてるは男たちの息吹。強烈な呪いと怨嗟が空間をふきわたる。


「ならば汝ら何をなすべきや」


 司祭様の声は低く低く床を這う。その冷たさが、体の芯まで突き刺さる。


「我等、誓う。

 神奪いし牙持たぬ者に復讐を。

 我等虐げし爪持たぬ者に鉄槌を。

 大地奪いし毛皮持たぬ者に破滅を」


 ばちんと鳴ったのは床だけれど、今度は足ではない。

 ふり下ろされたのは、幾百本もの尾だった。

 床を打つリズムは鼓動に似て、全ての人々を巻き込みながらさらに早く早く、早く。


「汝らに告げん。

 天命を革める時は近づいた。

 もはや引かれし弦は矢を放たずに返ることなし。

 復讐の時は、近づけり」


 声にならぬ声が司祭様の喉から漏れ、空間に反響しつづける。


「時は近づけり」

「時は近づけり」

「時は近づけり」


 唱和する声は朗々と。

 その空気に、あたしたちは胸を打たれる。


「さあ、饗宴の時は来たれり」


 その声に、跳ね起きる二十二の体。

 紗を脱ぎ捨て、男たちをねめつける姿は淫蕩で、けれど神聖な、女であり巫女。


 あたしは、この瞬間いつも面白くなってしまう。あたしは神と獣の中間に位置しているのだ……。

 男たちは、その果実を存分に楽しもうと、すさまじい勢いで殺到してきた。



 ほんのすこしだけ、将軍の顔を思い出した。


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