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星を待つ丘  作者: 安里優
第3星:戦争狂の星
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3-5 選択

 十五日か。

 人の減った部屋の中を見渡して、私は独りごちた。

 仕事を減らされているせいもあって、わずかな部下がぽつぽつと机にいるだけだ。本来は百八十名まで増員されるはずだったとはとても思えない。


 私を見つけたハリエットが、不機嫌そうな顔を隠しもせずに近づいてきた。

 軍服も着けず、スキンスーツの上にツナギのようなものを着込んで、大きく胸をはだけている。

 まるでそこらの不良娘だ。


「大佐」


 声にも表情にも不満そうな腹立ちをこめて、彼女は私をにらみつける。

 この間、彼女の体を私が乗っ取ったのを根に持ってる部分もあるのだろうか。


「いつになったら、銃を撃たせてくれるのさ」

「……すまんな」


 正直に謝った。何もさせずにぶらぶらと過ごさせているのは上司としてはやりきれないものがある。

 十五日たてば、彼女らは、新しい任務につくだろう。

 しかし、十五日のブランク――実際にはもっと長い――は、体も心も鈍らせる。生死に関わるその鈍麻をあえて放置するしかないとなれば、責められてもしかたあるまい。


「ふーん」


 彼女は私をねめつける。

 身長としては彼女のほうがあるし、格好が格好だけに絡まれているような気分になる。

 街角で彼女に絡まれるおかしな想像をして、苦笑い。

 ふうと小さく溜め息をつくハリエット。


「この課ももう少ししかもたないんでしょ」


 当然のように小さく呟く声を聞きとがめ、きっと彼女を見据える。

 じりと後じさったところを見ると、よほど血相を変えていたらしい。


「……どこから聞いた」

「まあ、なんとなく。下の人間のほうが、詳しいもんで」


 再び溜め息をついて、ハリエットは頭をふった。


「ねえ、大佐。あたしさあ、あんたのこと嫌いじゃないよ」

「突然だな」

「あんたは悪い上司じゃないしさ。だから、さ」


 彼女はにやりと笑うと


「もし、なんかひと暴れするなら、かませてよ」


 ぽかんと口をあけてしまう。この女は何を言っているのだろう。


「そうですよ、僕ら、いい加減退屈してますから」


 不意にかかった声の方を見ると、ベリルが若々しい顔を輝かせていた。いつの間にか、残っていた部下のほとんどが、周りに集まってきている。


「大佐がなにか個人的にやってるらしいって噂もあるんですよ」

「なんだと?」


 ホフマイスターが手に持った紙片をひらひらと振ってから、私に手渡した。

 思わず表情が歪む。

 そこには、故買屋で違法な識空間プログラム――身代わり人形と呼ばれる囮エージェントを買い込んでいる私の姿が映っていた。

 もちろん、受け渡しているものがそれだとわかるのは私しかいないが、こんな写真があるということは、他の時間も監視されていたはずだ。


「……誰の手筈だね」


 写真をクシャクシャと丸めながら尋ねる。もちろん、元データは誰かがもっているのだろうが。


「私の独断です」


 出てきたのはシー。

 私の下に残った唯一の隊長殿だ。そんなところだろうと思っていたが、冷たい笑みを浮かべながら聞き返す。


「上は関係ないんだろうな?」

「ええ」


 シーは動じた風もなく、淡々と応じる。

 部下たちに囲まれて、私は天を仰いだ。


「ああ、私は造反者ばかりに囲まれて、どうしたらいいというのか」


 大げさに嘆息してみせたあとで、周囲を見回し、にやりと笑った。


「よろしい、諸君、最後の大暴れをしてみせようじゃないか。私と、君たちとでね」


 私は、ようやく苛立ちの気持ちが去っていくのを感じていた。



          †



「調べていたのは大佐のことだけではありません。例の『抜け穴』も調べてみたんですが……。なかなか面白いですよ」


 アイカとシー、それにハリエットと私の四人は、私の部屋に場所を移して話し合いを続けていた。

 作戦会議となれば、大人数でやってもろくなことにならない。


「面白い?」

「ええ、大佐はあの場所の管轄がどこに移ったか、ご存じで?」

「調査のために、技術統括部がはいったと思ったが? その後、処理されるだろうと知らされている」


 さすがに、現実に通じるものを放置しておくわけにはいかない。存分にデータをとったあとで、なかったこととして闇に葬られるのが、常識的なところだろう。


「いえ……。それが違うんです」


 シーは幾枚かの写真を私に示した。この間押し入った六星亭の入り口が写されている。

 閉鎖されたはずのその場所に、幾人かの眼光鋭そうな男たちがいた。


「プロだな。……どこの手勢だ?」

「……九課です」

「そうか」


 冷静を保ちながら、心は揺れていた。三人の顔を見回し、まぶたを閉じる。

 ぎゅうと瞼を指で押さえて、それに押し出されるように言った。


「実を言うと、きみらは九課に吸収される」


 驚愕の気配を感じる。きっと、シーはいま残されているメンバーがかつて六星亭襲撃に参加した者達だと気づいていることだろう。


「口封じですか」

「こりゃ、あたしら消されるね」


 ハリエットが、やれやれと肩をすくめる空気が、目をつぶった私にまで伝わってくる。

 その通りだろう。『抜け穴』をなかったことにせず、軍の上層部――あるいは国のお偉いさんがそれを利用するというなら、存在を知っている者たちの始末を、どちらにせよ考えなければならない。

 飼い馴らすか、あるいは消すか。


 九課の人間のように、元からその場所が何を意味するのか知らないで命令されているならともかく、『抜け穴』の存在も、凍結室の男の『自殺』も知っている十一課の人間は手っとり早い始末方法に落ち着くだろうことは想像に難くない。


 ぐるぐると考えがめぐる。

 決断までそう長くはかからなかった。


「切り札を握っておく必要があるな」


 私は目を開き、皆を見つめた。

 それだけで、三人は理解した様に見えた。


「大佐には、大佐の目的がおありでしょうしね」


 歌う様に言ったのはアイカ。

 ずっと黙っていた彼女が、主に私を監視していたらしい。様々な事を知っていると思って間違いない。


「そう、私には私の目的がある。私を待っている者がいるらしいから、な」

「利害は一致してます。きっと、そこから生まれるものも含めて」


 そうなるといいな。私は口の中だけで呟いていた。



          †



 久々の実働に、膚にぴりぴりと電気が走るような気がした。プロ相手の仕事はなおさらだ。

 ……とはいえ、実際は、これが初めてのことなのだ。

 ただ、それを意識すると余計に緊張するので、いまは忘れておく。


「本気で出られるおつもりですか」


 有線のケーブルを通じで、アイカが尋ねてくる。

 いっしょに斥候役を務める彼女は、黒色の軽プロテクターをつけた格好まで私と同じだ。

 夜の闇に溶け込む様に身をひそめる様は、暗視ゴーグルをつけていなければ、私ですら見失ってしまうだろう。


「出るさ。出ねば私の目的が達せられん」


 ケーブルを回収し、六星亭の入り口――いまは封鎖されているはずの階段を眺めやった。

 人がいないはずなのに、ゴーグルを通じて見ると、人と思われる熱源がいくつか動いている。

 踊り場にいるのが二人。おそらく中にいるのは多くて十人というところだろう。


 未だに六星亭から機材を運び出していないということは、あの『抜け穴』は、場所にも依存するか、それともそのシステムを当局が理解できてないということだろう。電力消費からしても、いまだシステムの解析が続けられているのは確実だ。


 技術者が寝泊まりしている可能性もあるから、人数はそれで増減するが、九課の人間以外は数に入れる必要がない。

 隊員の監視によると、交代時間がそろそろくるはずだ。

 人員が交代したところで突入する手筈になっていた。


 じっと街の暗闇に隠れながら、その時を待つ。

 背後の薄汚れた壁や、右横に鎮座する巨大なダストシュートも、意識から消えていく。

 脳が意識をせずとも、膚が感知している。

 体が、あらゆる物体とその動きを感じ取っている。


 齧歯類らしき小動物が、こそこそと私の足元をはい回り、食べられるかと私の足にかじりついた。

 それも気にせず、ただ、熱源が動くのを見つめる。

 いま、踊り場の熱源は四つに増えて、二つが階下に消えていこうとしている。交代が終わったのだ。


 ちょいちょい、と肩がつつかれる。

 アイカが手話で私に突入までの時間を伝えてきた。こちらも手話で了解の合図を送る。

 ゆっくりと頭の中で数を数えた。

 九つ数えたところで、体中の筋肉を引き絞り、十を数えたところでそのバネを解き放つ。


 GOGO! GOGOGO!!


 大股で道路を走り抜け、階段の端に至って膝をかがめ、それを思い切りのばす。

 自分の腹に顔を向けるような気持ちで、私は相手の体にぶつかって行った。

 脇に構えた超鋼性のナイフの刃が、振り向いて声を出そうとした男の首筋に触れ、倒れ込むといっしょに、なにかがぐちゃりと潰れる感触が手に伝わった。


 体が踊り場の床に落ちる前にもう一方の手で髪をつかみあげ、体を支える。ごとりと音はしたが、靴音と思われる程度だったろう。

 死体を壁に立てかけ、ナイフを引き抜く。ほんの少し刃の先が欠けていた。骨にあててしまったらしい。

 立ち上がるとアイカが同じようにしてこちらを向いた。

 彼女の始末した男は、顔を短針銃でつぶされていた。


「二人め、か」


 この手にかけた人間の人数を数えるのは悪趣味な上に無意味だ。

 だが、どうしても数えずにはいられなかった。

 今回は、この手に直接、肉を裂き、骨を砕く感触が残っていた。


 アイカがスティックをふっている。可視光以外の特定波長で光るライトスティックは、こういう場合の合図には最適だ。

 隊員たちがばらばらと装備を抱えてやって来る。

 一人から短機関銃を受け取り、アイカにベリルを加えた三人で階下をうかがう。誰もあがってくる様子はなかった。


 踊り場に、偽装と音漏れ防止用のシールドを設置し終えた隊員たちが、私たちの周囲におりてくる。

 バックアップにまわっているシー達を除いた十二名。

 おそらくは内部にいる人数よりほんの少し多い彼らを、ゆっくり見回した。

 巨大な重装火器を背負ったハリエットが思い切り目立つ。だが、本当に本当に彼女はたのしそうだった。


「ゲーム、か」


 自嘲気味に呟く。

 そして、手を思い切り振り上げると、指揮者のように振りおろした。曲の終わりを告げる様に。


「いきなさい。猟犬ども」


 はじかれた様に、十二の――いや、十三の獣たちが走り出した。



          †



「確保はできましたが、いつまで維持できるかですな」


 九課のメンバーの死体を押し退けながら部屋に入ってきたシーは、ごてごてと機械を体につけている私に、そんな風に話しかけてきた。


「この『抜け穴』の物理的存在を確保し続けるのはあきらめるんだな。データを回収して、我々の力を見せつけられれば、充分交渉のカードにはなる。九課と全面戦争になるより、勝ち目があるぞ」


 腕を組み、もったいなさそうに機械を見つめるシー。

 彼と一緒にそれを見つけたときより、さらにたくさんの観測機器や解析のための機材を据えつけられ、元が一体なんであったのかわからないほど。

 私はさらにそれらの機械たちに、自分を繋げるべく作業していた。


「では大佐のご用が終わるまで確保しましょう。その後は?」


 ふむ、とこちらも腕を組み、顎に手をあてた。その後か。


「こちらの用事次第か。待ち人がどう出るか……。まずは、私の護衛をたのむ」

「ええ。……吸血鬼(ヴァンパイア)のねぐらを護る食屍鬼(グール)のように。楽園を護る智天使(ケルビム)のように」


 目を丸くして、彼のことを見つめた。こんなことを言う男だと、思ってもみなかった。ちょっと面白いな、と思いながら、私は意識を集中させた。



          †



 識空間に入った途端、私はこれまでなら絶対にやらなかった事をやった。

 即ち、「我ここにあり」と盛大に信号を送ったのだ。

 カスリン・クロムウェルというキャラクターがここにいますよ、とあらゆる識域で通信を送る。


 普通、識空間にアクセスするとはいっても、たいがいの人間はそれぞれ特定の識域しか感知しないよう、フィルタリングを行っている。

 そういう場合、識空間というのは、よく見知っているものか、よくてその知り合い程度の人間しかおらず、あとは公的な情報が漂っているだけの寂しい空間だ。

 広大な風巻く空間――見渡す限りがらんどうの場所に、点々とプログラムや人間やエージェントが浮かんでいる。それが基本的な識空間の認識だ。


 しかし……全域を解放しているということは、どんな相手にも見えてしまうということを意味する。私を狙う者にまでも。

 早速、四方八方から、私を目指して動き始める者の気配がした。

 極限まで巻かれたバネの様に力を溜めていた私は、全速力で逃げ始める。自分のプレイヤーの化身ならば、私をつかまえられるだけの力があると、信じていた。

 徐々に加速がつく。識空間で擬似的に再現された重力の中を、弾丸のように飛び回る。ひたすらに速度をあげ、からみつこうとする他の存在達を振り払う。


 識空間での認識を、私はアストラルバージョンに設定していた。すなわち、他の存在はどれも幽冥界をさまよう幽霊のように、あるいは角を生やした奇妙な小鬼のように見える。

 小鬼たちは情報対流をやすやすと泳ぎきって、私の体につかみかかろうとする。それをすりぬけ、らせんを描いて空間を切り裂く。

 回転運動を行いながら、すさまじい速度で前方へ前方へと進む。途中、ぶつかった小鬼どもを破壊しながら。

 あれらは、人だったろうか? それともエージェント?


「乱暴ね」



 強烈な思念波が、突き刺さる。

 つい驚いて体をひねったところに掴みかかってきたものを三つほどはね飛ばす。


「誰?」

「あなたのプレイヤーの分身のひとつよ。カスリン」


 声のする方向へ体を進める。

 青白い空間の中に、明るい朱色の光が徐々に差していった。

 光輝をまとった巨大な影がある。その光のせいで相手の姿が見えなくなるほどの強烈な光が目に刺さった。

 くるくると回転半径を狭めながら、その光に近づく。

 いくつものうすぐらい影が、光にはじき飛ばされていくのが見えた。


「それを保証するものは?」


 メッセージをその光の発する識域にあわせて送る。

 巨大で安定した意識は、力強さを感じさせるが、それだけで相手を信用できるほど私もウブではない。


「私と同化すればわかるわ、カスリン」


 光から逃げ出した。他のすべての影を振り切るほどのスピードで。抵抗を受けて、私自身を構成しているエージェントがぼろぼろと崩れ落ちて行った。

 光は私を追って移動し始める。

 光輝をまとった何者かは、驚くほどの早さで空間を切り裂き、周囲に浮かぶ、あるいは私を追いかける存在達を打ち砕きながら追って来た。


「あなたのほうが乱暴よ」


 風景がどんどん後ろに流れていく。

 いつでも奇妙な薄暮につつまれたこの空間で、自分が移動した事を理解するには情報対流の変化を感じることしかない。

 それもこの早さでは見届けることはできず、ただ、体にぶつかってくる情報達が、私を構成するものをもぎとっていく。


「私を探していたのではないの?」


 言葉が追いかけてくる。それを構成しているらしい光たちが、広がって、腕の様に私を包囲しようとする。

 ふっと光が陰った。構わずに走り続ける。しかし、光に混じって、もう一つの気配が近づいてくるのを感じた。


 振り向けば、四方八方に光を発する存在に、闇色のなにかがからみついている。

 八つの頭を持つ蛇の様なその影は、光の存在を締め上げる様にしながら、光と一緒に私を追いかけて来ていた。


「カスリン?」


 さっきとはちがう声が降り注いでくる。

 光に噛みついていない三つの首がこちらをむき、私に言葉を紡いでいた。

 改めて良く見れば、その存在は蛇の姿を明らかにして、その開いた口たちも鱗に覆われ、大きな牙が光っていた。

 のっぺりとした頭の両側で、瞳のない目がこちらを無感動に見つめている。


「カスリン、こいつの言葉に耳を貸してはいけない」


 私が答えぬ間に、光がそう言う。

 周囲をみやっても、ほとんどの幽鬼たちは、光と影の争いに恐れをなしたのか、近づこうともしない。

 近づいたものは蛇の頭に噛み砕かれるか、光の圧力におしやられていた。

 識域を、その光と蛇にだけ開き、他をいっぺんに閉じる。それでも空間には、その二つの争いで生じる情報の対流が満ち満ちて、私を圧倒した。


「カスリン」

「カスリン」

「カスリン」


 双方が私の名を呼ぶ。からみあい、重なり合いながら。

 光が分解し、白色の光が七色の光の箭になって、蛇の間をすりぬける。

 八つの蛇の頭はその身をくねらせて、七つに分かたれた光を追いかける。


 蛇の頭が光線のひとつを噛み砕き、光線がレーザーメスの様に蛇の牙を断ち割りながら、頭を切り落とす。

 どちらもが砕かれるたびに、膨大な情報を空間にもらし、私はその情報の波にのって、くるくると争う二者の周りを回った。


「カスリン」

「カスリン」


 二つの声が私の名を呼んだ。どちらかが、私のプレイヤーであると、なぜだか私は既に直感していた。

 あとは選択をするだけだ。

 そう、常に選択こそが問題だ。選択肢を見つけた瞬間に、それだけが問題となる。

 そして……私は選択した。

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