3-1 感動生成機械
ウォーモンガー。そう呼ばれる人種がいる。
人生の中で闘争を求め、戦艦の狭い通路で火花と語り合い、火力の轟きを福音と聞き、塹壕で這いずり回りながら、人を叩き潰し、引きちぎり、押しつぶし、焼き尽くし、殺しまくることに生きがいを感じる人々。
幸いな事に、この惑星は、そんな人種であふれている。
戦争。
戦争。
また戦争。
それがこの惑星の則だ。
カスリン・クロムウェル大佐。
それが今回の私に与えられた名前。どこかで聞いたようなありきたりな姓名だが、別にどうでもいい。
停滞睡眠槽を模した参加者席から出て、最初に思ったのはそんなことだった。
ずらりとならんだ試着室のようなボックスの中で、用意された服――露出が多く、光沢の強いボンデージ風の漆黒のもの――を着込みながら、意識に書き込まれた記憶や性格づけを読み取っていく。
何をおいても、まずはそうするように意識下に刷り込まれているのだ。
『参加者』であるという意識は刻み込まれているが、何度目の参加なのかはわからない。私の『プレイヤー』は、やり手なのだろうか。
だが、そんなことを心配してもしかたない。私は与えられた任務をしっかりとこなすまでだ。
生き抜くという任務を。
清潔にはされているが、ところどころ汚れが落ちきらない狭苦しいボックス。
着替えが終わってぼんやりとしていると、入ってきたのとは逆側の壁面がぴかぴかと安手のネオンのような光を灯した。出口であることを主張しているのだろう。
居住まいをただし、ひとつ大きく深呼吸。
光る壁面に手を触れた。
するするとあがっていく壁。
途端に襲ってくる光の洪水と腹にひびくビート。
くらむ眼を無理矢理開き、暗闇とそれを切り裂く閃光の渦を見つめる。光たちに照らされて、数百の人影が、ゆらゆらと弾け、轟々と揺れていた。
一歩足を踏み出すと、私の体もまた人と影の中に呑み込まれる。後ろで扉が音もなく閉じるのにも構わず、くねり、あるいは跳ね回る人々の群れの中にまぎれる。音が体中を揺らす様で、なんとなく私もビートにあわせて体をひねり、リズムを刻んでいた。
鼻をさす刺激臭を感じ取り、一瞬だけ眉をしかめた。
「乱痴気騒ぎ……か」
合成麻薬の香りをたっぷりと肺に含む。郷に入っては郷に従えだ。
数歩進む間に強烈な酩酊感が襲い、体の力が抜ける。世界ごと傾く中を、上にのびあがったり、地面に伏せるぐらいおり曲がったりしながらたゆたう。
「新入りかい?」
バーカウンターらしきところまでたどりついたら、そんな声がかかった。膚の上を、びりびりと声が響いて、どろりと足元にわだかまる。
「新入り?」
喋ると、口からぽろぽろと赤い真珠が落ちた。あわてて拾おうとするのに、手をすりぬけてしまう。
体の各所に仕込まれたナノマシンに、必要以上の麻薬物質の除去を命じた。記憶の障害など残っては困るのだ。
「ああ、パラメーターがだだもれだぜ」
「パラメータ」
おうむ返しにする。舌がもつれて、なんだか相手にはわからなかったかもしれない。
記憶領域の臓脳をチェックすると、マニュアルらしきものが見つかった。
適当なエージェントに検索させると、どうやらここでは規定の状態では各個人の情報がオープンになってしまうらしい。身体データから過去の経歴まで。
古き良き『コモンセンス』時代ならともかく、いまどきそんな事をしても得になりようがない。
「しかし、すげえパラメーターだね。あんたの『プレイヤー』は凄腕か、金持ちか……サポートキャラでもつぶしてるかもな」
「そうかも、ねえ。あたしは……しら、ないけど」
少々舌足らずに返しながら、パラメータをクローズしていく。初心者がここにいます、と喧伝する必要もない。
「ところで、一曲踊らないか?」
パラメータを閉じているところを見ていたのだろう。声がそう言った。
改めて、声の主を見つめると、ぐにゃぐにゃになった視界の中で、男の顔がにやついていた。
軟体動物の様なそれは、私の視界を覆わんばかりに巨大化しながら、灰色の塊のように変質した言葉を投げつけてくる。
「なにかのぉ、いべんと、かし、らあ」
「暇つぶしさ」
こともなげに言う。妙に醒めた様子で、それが私のとろけかけた警戒心にひっかかる。
硬い氷の様なその様子をひとしきり楽しんでから、私は答えた。
「そかあ。いいねえ」
「いいだろ?」
男は本当に愉しげにそう言った。言葉と動作が、ホール中に広がっていく様な気がした。
†
翌朝……だろうか。私は半分だけ混濁した意識のままに、はれぼったい眼をして安宿の鏡の前にいた。ベッドでは、昨日声をかけてきた男が、まだダウンしている。
昨晩は――一晩とは思えないのだが――自分でも想像もしてなかったことをしてしまった。薬のせいにしてしまっていいのだろうか。
頭をふって精神の集中を促し、改めて鏡を見つめる。
下着だけをつけた女性の姿が、そこには映し出されている。少々きつめの顔つきだが、『仕事』をすすめるには似合いかもしれない。
この顔を選んだ『プレイヤー』のセンスを、好もしく思った。割り当てられただけという可能性も否めないが。
軽く化粧をする。下地を整え、まつげをあげて、紅をひいた。ついでぬぎ散らかした服を片づけ、荷物を開ける。
中にあったのは、青を基調としたスマートなシルエットのジャケットと、そろいのタイトスカート。
胸に記されているのは、この街をはじめ十八の自由都市を支配するユバスキュラの記章。
薄いぴったりとしたスキンスーツを着け、その上に先程の制服を着込む。大分しゃっきりした。
軽く息を吐いて、気合いをいれる。荷物の中からプラスチックの塊を持ち上げ、掌の中に収めた。
荷物をまとめてドアのほうに置くと、ゆっくりと踵を返し、男がいまだに伸びているベッドの脇に立つ。
男が目覚める心配はない。彼が自分で思った以上の睡眠薬を仕込んだのは、この私なのだから間違いない。
手の中のものを、彼の体に向かって構え、指を軽く引き絞る。
空気の破裂する音がして、彼の体が大きくはねあがり、痙攣するような素振りをみせたあとで、どたりとベッドの上に落ちた。
手の中のものをポケットにねじりこもうとしてひっかかったほつれを乱暴にひきちぎり、さらに押し込んだ。
「任務完了」
呟いて、出口に向かおうとしたところで、ふと気になって、もう一度ベッドの脇に向かった。横たわる死体にかがみこみ、むき出しの膚に軽く手を触れる。
「温かい。……趣味のわるいゲームだ」
ぬくもりを振り払いたくて、手をぱたぱたと振った。
けれど、その熱が、いつまでも、いつまでも離れようとしなかった。
†
基地に出頭し、任官のあいさつと任務完了を報告したのち、隣接した宿舎に引っ込む。街中に自室も用意されているようだが、そこまで帰る気力が沸いてこなかった。
軽い酒を口にし、そのグラスを持ったまま、ソファに倒れ込む。ふうと一つ息をついた。
どうにも体が重くてひとつの姿勢を取ると動きたくなくなってしまう。まだこの体に意識が慣れていないのだろうか。
そもそも、誰が考えついたのだろう。クローン人体をゲームのキャラクターに使おうなんていう悪趣味なことを。
そう考えた途端、意識に刷り込まれたマニュアルエージェントが自動的に展開し、この『ゲーム』の来歴を、私の頭の中にささやきはじめる。
圧倒的な情報の奔流にくらくらしながら、必要な情報を選びとり咀嚼する。マニュアルエージェントを翻訳するエージェントでも組み上げたほうが早いかもしれない。その前に『ゲーム』に慣れたほうがいいだろうけれど。
エージェントの情報を総合すると、そもそもは帝室の娯楽からはじまったと考えるのがよさそうだ。
星国時代、民間レベルではクローン技術の規制が強かった一方で、帝室の人間は『アーキ』と呼ばれる技術を用いて体の乗り換えをしていた。そんな経緯もあり、意識だけを一時他の体に移すという行為にも忌避感が少なかったのだろう。
ともあれ、当時は、支配階級が一時の息抜きもしくは実験として行っていたことに、この星の住人の祖先たちが目をつけたわけだ。実際に、表立って動きだし企業化したのは星国崩壊の混乱期のことだったようだ。
要するに、惑星を丸ごと――住人の遺伝子形質まで――買い取り、クローンを用いた『ゲーム』をはじめたのは、もう二千年ちかく前ということになる。
当初、学術的な意味合いも絡ませて文明発生をシミュレートしていたゲームは、年を重ねるにつれ変容し、今では星全体での戦争を売り物としたウォー・ゲームと化している。
地域を限定した『ウォーランド』と平和を保持する『ホーム』が入り交じる惑星上で、人々は争い続ける。
『ホーム』ですら、携行武器の使用は自由な上に、条件を満たせば『ウォーランド』に転がりおちる。
火と血と快楽、そして死。
ここはそんなもので出来ている。
ふっと手を掲げ、照明に透かしてみた。血はついていない。
当然だ。血がかからぬよう、短針銃で撃ったのだから。
だが、まだあの温もりが残っている様な気がした。死体――プレイヤーの意識の一時の依代であったものの、温もりが。
このゲームでは、プレイヤーの意識とキャラクターの意識は、つながってはいるが同一ではない。私自身がプレイヤーの意識を探れない様に、プレイヤーの意識は私自身を直接に操作できない。
『私』が経験したことは、いずれプレイヤーがゲームを止めて目覚めた時、記憶としては残存するが、経験としては蓄積されない。
物語を追体験する様なものであって、けしてその個人の直接の経験としては意識に刻み込まれないのだ。『彼女』もしくは『彼』が経験するのは、ゲームをしてきた自分、だ。
だから、手軽に『死』の記憶を味わおうとする自殺マニアなんてものも出てくる。
『死』という人間にとって最大の恐怖を味わうこと、それはある種の人間にとってはこの上ない快楽となるのだろう。
やつは自殺マニアだったのだろうか。私の任官前のテストで殺される様な。それとも、単純にゲームに負けて、現実に戻っていったのだろうか。苦笑でも浮かべつつ。
どちらなのか、私にはわかりようがない。わかってもしかたのないことだ。
私の『記憶』によれば、過去にも何度かこの手を汚している。命令という意味では数えきれぬほどだ。
そのように……『設定』されているのだ。しかし、それはしょせん情報であって、本当の意味での記憶とはなりえない。
今日、初めて人を殺したのだ。
氷だけになったグラスをからからと振り続けていたことに気づき、キッチン脇につくりつけられたバーカウンターに赴く。
シンクに転がしてあったアイスバケットから、人の頭くらいの氷の塊を取り出し、ピックで削りはじめる。なんだかだんだんと力強くなっていく。がりがり、きしきしと大きな音と高いきしみを氷がたてはじめた。
余計に強く、金属の切っ先を氷に叩きつける。
ぱかりと大きく氷が割れて、抑えていた左手がすべった。
「あぐっ」
ぷすりといい音がしたように思った。気づけば、私の左手のまんまんなかに、アイスピックが突き刺さっている。
「う……あ……」
慌てすぎて声にならない。
喉の奥にせりあがる叫び声を無理矢理押し込めて、奥歯を噛みしめる。わめきだしたら、いつまでもわめき続けなければならなくなる。
左手が熱い。
痛みよりもただ熱く、苦しい。その熱から逃れる様に、右手で柄を掴み直し、力をほんの少しこめる。
「ぎっ」
食いしばった歯の間からうめきが漏れた。
熱がしびれるような痛みに変換されて脳に突き刺さる。低いうなりをあげながら、力をため、一気に抜きさった。
最初はゆっくりと、ついで抵抗感がふっと失われて、真っ赤な血をひきつつ抜け出る切っ先。
「うぅく」
血まみれの凶器をシンクに放り投げ、消毒と鎮痛剤を求めて、よろよろとリビングへ戻る。
手当てをして、そのまま意識が途絶えた。
†
朝、目が覚めた自分に気づき、眼の焦点が合うのを待ちながら、ベッドの上をごろごろ移動しようとして、なにやらひっぱられるような感覚をうける。
体の下にでも手がはいってるのか、と気にせずに体を動かした。
途端に、ぴりりと膚に走る痛みとむず痒さ。
意識が覚醒して危険信号を出したが、体の動きをとめるにはほんの少し遅かった。盛大な音をたてて、シーツから引き剥がされる左手。
産毛が引き抜かれるようなちりちりとした感覚が膚を焼いた。
「開いたかな……」
傷を固めていたジェルははがれて、枕のわきにころんと転がっている。シーツのあちらこちらに盛大に血のあとが固まっていた。
一番ひどいのは、いま引き剥がした部分で、赤黒く血が固まって、奇妙なオブジェのようにも見える。あるいはロールシャッハテストの題材か。
「痛くはないんだけど……」
手を振ると、ぱりぱりと黒くなった破片がベッドの上におちた。
洗面台に張ったぬるま湯に、手をひたす。血は止まっているが、かさぶた状に固まった血がはがれたらまた吹き出すかもしれないので、少し気をつけながらぬぐっていると、どこに瑕があったのかわからなくなってしまった。
「……あれ?」
ここにあったはずなのに、とカリカリと爪をたてて掻くと、なんとなくぴりぴりとするが、瑕自体は全く消えていた。ひきつれなども見えない。
「んー?」
クローン体は瑕の治りも早いというのだろうか。ざっとマニュアルを検索してみても、そんな注釈は見当たらない。
血を洗い流し、じっくりと左手を見つめる。
甲と掌を何度もひっくり返してみた。
それでもなにも見つからない。ただ、洗面台の排水口にむけて、幾枚かの血の破片が、飲み込まれていくだけだった。
†
怪我の治り具合には釈然としないが、時間が無限にあるわけもなく、医療部に一度出向くこと、というのを優先順位の何番目かに記録して、司令部へ向かう。
ユバスキュラ軍北方軍団第十一課。それが私の所属する部署になる。
北方軍団にはいわゆる陸海空軍は所属しない。それらの直接打撃力は、他の軍団に振り分けられている。
我々に要求されているのは、濡れ仕事やどぶさらい――暗殺から警察軍としての任務までだ。多少荒っぽいけれど。
私自身は、新設された第十一課の責任者として着任することになっていた。
昨日、幹部連中には顔を見せておいたが、部下との顔合わせは、今日が初めてとなる。緊張でほんの少し体温が上昇している気がした。
部下のことを考える。
百人ほどの部下の経歴にはざっと目を通したが、いずれも癖のある連中だ。
ただし、この世界での経歴ほど当てにならないものもない。経験と造られた記憶は、やはり違うのだ。
即製の記憶通り体が動いてくれるのなら、なにも問題はないのだけれど。
高めのヒールでスタッカートを刻みながら、無機質な廊下を急ぐ。時折立つ歩哨が敬礼するのに返礼しながら、彼らははたしてプレイヤーが操っているのだろうかと疑問に思った。
もしそうだとしたら、一体何が楽しいのだろう。
割り当てられた部屋の前に立つ。
利用されていなかった場所につきものの、何とも言えない薄ぼんやりとした汚れのついたクロムの扉の上に、真新しいプレートで、十一課と張り付けられているのが奇妙に印象に残った。
かちゃりと音をたてて扉を開く。
その途端、破裂音が響いた。




