あ
目の前に広がる惨劇に、カイトは言葉を失った。
ただ広がるのはかつての級友の見るも無惨な顔と、眩しすぎる夕陽と作られた陰影だけ。
床に広がる赤と、夕陽が織り成す紅。
「綺麗だろう?」
その光景を作り出した張本人が、そういって唇の端をつりあげて微笑む。ここが学校だということさえ、忘れさせるほどの静けさと異様さが場を支配する。何かがこみ上げてくるが必死に我慢した。
「僕は赤が好きなんだ」
「…そういうレベルの話じゃないだろう?」
絞り出すように声を発する。まだ喉はつまってしゃべりにくい気がしてくる。
目の前の『奴』は、少し寂しそうな表情でカイトを見つめてくる。黒く、深く濁った瞳で、カイトを見下すような視線を送ってくる。
「…やっぱり、君もそうなんだね」
『奴』が何をさして言っているのかはカイトにはまったく分からない。そもそも今のこの状況さえよく分かっていないのだ。偶然学校に長い時間残って、帰ろうとしたら忘れ物に気づいて、教室に戻ったらこの有様だったのだ。分かっているのは今が放課後で、目の前に転がるのは紛れもない級友で、目の前に立つのも紛れもない級友で、広がる赤が血だということくらいだろうか。
「誰かに言おうとしてるなら、やめた方がいいよ。僕、機嫌損ねられるの大嫌いだから」
そういって少しムッとした顔になる。
─『奴』がこの級友をこんな姿にしたのか。
カイトは憎悪する。嫌悪する。人の道にはずれてまで目の前で飄々と生きる『奴』が許せなくて、燃えるような殺意を『奴』に抱いた。
「僕は悪くない」
『奴』はそう言うとひらりとブレザーをひるがえした。そして颯爽と教室を出ていった。
カイトは思い出したように、級友の亡骸を抱きかかえる。首元と胸のあたりに血がかなり滲んで、瞳は見開かれたままになっていた。
「…非道い」
ライターでも当てられたのだろうか、焦げたような跡が右頬に残っていた。
カイトは静かに級友の瞼を閉じてやった。
真っ赤に染まった教室の中で、静かに目を閉じて回想する。不運なことに明日も通常通りの授業が行われる。この級友の両親にはなんと説明されるのだろうか─そんなことを薄い意識で思いながら、カイトはそっと教室を後にした。
案の定翌日の朝、学校を休校にするという旨の連絡がカイトの元に届いた。あれだけの惨状だ─休校が妥当な策だろう。そう思考を巡らせながらカイトは昨日の『奴』の表情を脳裏に浮かべる。
彼の瞳は、あまりに暗く、感情が読み取れるような代物ではなかった。強いて例えるなら底のない深い闇に呑み込まれたような、そんな虚無をたたえた瞳だった。唇の端を歪めるようにして笑うのも、少し寂しそうな儚い顔をするのも、彼が虚無に呑まれていることを淡々と裏づける。
だが、だからといってあの奇行に及んでいいわけではないとカイトは邪念を振り払う。
きっとこれからも、『奴』は手にかけた級友のことなど忘れて生きていくのだろう。そう考えるとカイトは身を焼かれる思いだった。あの級友の影が消えないためには自分が存在証明をするしかないと、そう自分に咎を着せて、カイトは思考する。