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八月は重い

作者: あび

八月は重い。

日差しが重いだけじゃなく。テレビを賑わす戦争の話題も、死者を迎えるお盆も。受験を乗り越え、やっと手にした高一の夏休みを彩るには、あまりに八月は重すぎる。


「ほら、いつまでも子供みたいに愚図っていないで。さ、お墓参り行くわよ」


「だってさ、一五歳の夏休みといえば、やっぱ黒歴史でしょう」


「はい? 黒なんとかって話題の映画観たいの?」


「いや、そうじゃなくて。ちょっとハメ外して、あとで振り返るのが気恥ずかしくなるような思い出も一五歳なら許されるっていうかぁ……」


母は、まるで気の毒な人を見るような目つきで私を見ると、さっさと玄関に向かった。一方的に会話をぶち切られた私は、母の無言の重圧に負けてのろのろ後を追う。我が家のお墓は、お爺ちゃんの家の裏手にある。お爺ちゃんの家は、私の住む町から車で二時間ほど行った山の上。とんでもないド田舎で、あっちからもこっちからも虫やカエルがこんにちはしてくるようなデンジャラスな場所に建つ。はっきり言って乙女の夏休みにふわさしいとは思えない。


「お義父さん、こんにちはー」


玄関で母が声を掛ける。返事はない。そういえば、お爺ちゃん耳がめっぽう遠くなったとか。私はお爺ちゃん子だったらしい。母よりお爺ちゃんが抱いた方がピタリと泣き止む。そんな子だったと繰り返し聞かされた。


幼い日に、この田舎の家でお爺ちゃんに遊んでもらったような覚えもある。優しくて、いつも私の味方でいてくれたお爺ちゃん。それが年を取り頑固になり、父や母と喧嘩がちになって。私も部活や受験、自分のことに忙しく。いつしか滅多に会うことはなくなった。会わない時間が長ければ長いほどに、会うのが億劫になる。毎日顔を合わせている母親とすら話が通じないというのに、お爺ちゃんと何を話していいのか分からなくなる。


手早くお墓参りを済ませ、大して話もしないままに田舎の家を出る。お爺ちゃんは玄関前の道路に出てきて、いつまでもいつまでも車に向かって手を振っている。


──だから、これが嫌なんだ……。


毎日の軽い話題で封印している心の底を掬われそうになるから。車の窓から手を振り返す鼻の奥がツンとしびれてくるから。もうあと何度こんなふうに手を振れるかなと、思わず考えてしまう自分がいるから。


だから八月は重い。

でも大切な重さなのかも知れない。


~おわり~

 

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