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白銀の豚姫  作者: 空暮
8/11

1-8

 少し遅れました。次の更新はわりかし早いかもです。して、今回は二度の更新となります。キリの良い場所が見つからなかったため、ブツ切りになってしまいますが、続けて読んで頂ければ問題ありません。

 シャガの一族は元々、自分たちの森を持っていた。それは彼らの名の通り、「射干」の花が咲き誇る豊かな森だった。

 ある日その平和な森で長の息子に当たる、「ある男」が現状に異を唱えた。

 『私たちの知識と知恵を以ってすれば、この世界は面白おかしく変わりますよ』

 歴史の変わり目、まだ動乱の落ち着かぬ時。このような者が現れる事自体はエルフにおいても珍しい事ではない。だが、他の扇動者たちと違って、彼はエルフとしては類稀な行動力と智慧を有していた。彼の肥大化した好奇心はその大部分を「人を傷つけるモノ」に注がれた。彼からしてみれば材料も施設も入手しがたい「射干の森」は酷く不満を抱かせる場所だった。

 彼は自分の頭の中に在るモノを吐き出す場所を欲した。それはこの「射干の森」ではなく、頭の固い「射干の一族」にも理解できない代物だった。

 そしてある日、彼は決意した。

 『こんな森など捨てて、私たちだけの町を手に入れましょう!』

 賛同者は多く、それの殆どは血気盛んな男たちだった。彼らは言わば、「エルフらしからぬ」者達だった。

 来るもの拒まず、だがその賛同者の中には女はいなかった。彼が女を毛嫌いしていたからだ。

当然、長は反対した。しかし彼らの耳には届かない。彼らは己たちを「シャガの一族」と名乗り、「ある男」は己を「長」と称した。そして彼らはあっという間に準備を調えて「射干の森」から姿を消した。

 暗殺団の真似事をしてその日暮しをしていた「シャガの一族」。物騒な世の中、仕事はいくらでもあった。その間、「長」は鉱山を探し続けた。そして……ついに見つけたのが八つ目村だった。「長」はその村を山ごと手に入れることにした。

 そしてそれは多少の被害は出たが手に入れる事はできた。大変なのはそれからだった。

 当然、村民がそっくり変わってしまっていることまでは近隣の村はもちろん国には隠し切れない。だが、「長」の手腕によってその危機は潜り抜けた。彼の硬軟織り交ぜた説得と脅迫、そして積まれた金銭。それに靡かない者はおらず、名実共に彼らは八つ目村に「以前から住んでいる」エルフとなった。そして、その後はとんとん拍子に莫大な富を築き、半世紀経つ頃には彼らの地位は磐石なものとなった。

 エルフの寿命は長い。その長さたるや他の種族とは比べられないほどだ。例外的に「不死」を持つ者や吸血鬼などがいるが、それ以外の者には理解できない時間軸で生きている。

 エルフは成人になると成長が止まる。外見がそのままで固定される。しかし、その中身まではそうはいかない。精神は普通に「劣化」していく。だからこそエルフの先人たちは森に棲み、争いや諍いを避けて「精神の延命」に取り組んだのだろう。賢き先人たちは怒りや憎しみ、苦しみを「下劣」なものとし、「個」に拘るのではなく「種」を第一とする「植物」のような穏やかな生を選び、森に託したのだ。

 ――では、その森を捨て、俗世に身を投じたエルフはどうなるだろう?

 それは簡単だ。そう……急速に「劣化」するのだ。まるでそれは水を与えられなかった花のように。

 或る者は酒に溺れ、或る者は女に溺れ、そして或る者は暴力に溺れた。程度はあれ、シャガの一族は「劣化」した。では、彼はどうなっただろう。この一族を率いて長は――



 「よし。往こう」

 純青は右膝裏に埋没してしまった弾丸を矢じりで抉り出し、エルフの服で止血と固定を施した。束ねた布を巻き、返し、捻り、あっという間に右膝は手当された。

 何度か跳び、曲げてみる彼女の顎に汗が伝う。痛みはかなりあるようだが、その足取りは確かだ。

 (短時間なら無理が利きそうだな……)

 相変わらず鎧の隙間からは黒い血が流れている。双腕から溢れる血も止まらない。

 武器を失くし、在るのはただ欠損した鎧と磨り減った騎士。腕に寂しそうに絡みつく鉄鎖、床に垂れるその姿は如何とも頼りない。

 観音開きの扉は薄緑。彫られた装飾は射干の花。それは大鷲が翼を広げるように、花は両扉の表面を斜めに覆っている。中央にはその花々を裂いて伸びる大樹が描かれていた。

 その扉に触れた純青によって、薄緑に赤い色が加わった。一息、ぐっと吸い込むと純青は扉を押し開けた。

 何が起きてもおかしくない、そう考えて身構えていた彼女を包んだのは――――天から射す暖かな陽光だった。

 目に飛び込んでくる巨大な木と青々と茂った枝葉。それは大広間の床を突き抜けて天に伸びており、天井をも貫き、空を目指している。

 そもそもその部屋には天井など存在しなかった。吹き抜けの空は葉の緑と混ざり合い、柔らかな光を部屋に落としている。木陰が揺らめき、さわさわと風が木を揺らす。

 彼女は目を疑い、一歩踏み出す。足裏に返ってきた感触に床に向けると、そこには草が生えていた。よく見れば土も敷いてあり、虫螻が這っている。

 甲高い音が鳴り、咄嗟に顔を上げる純青。だがその音は部屋を飛ぶ鳥の鳴き声だった。鳥は大樹に止まり、突然の闖入者を見つめていた。

 エルフの住まう穴倉の果てに現れたマヨイガ、咲き誇る花々は子供の夢にも似て統一性が無く、鮮やかな色彩で地を埋め尽くしている。

 さらに一歩踏み出す彼女から血が垂れ、草葉を揺らして滴となった。しかし、そこで立ち止まってしまった。穏やかな光が包む異空間に、純青は物怖じした。

 現実感が無い光景、それを彼女は無意識に拒絶した。「夜中に見た悪夢」の厭な粘つき、それを目の前の風景から感じていたのだ。

 「…………チッ」

 恐怖に呑まれつつあった己を叱責し、再び歩み始めた。躊躇い無く、花を踏み潰し、足跡を刻んでいく。

 部屋の奥側にある壁、それに寄り添うように伸びる大樹。その大樹の周りのみが、白い花で埋め尽くされていた。雪景色にも見えるそれは、他の雑多な花を寄せ付けようともせず、己たちの純白を確固たるものとしている。その領域に、純青が足を踏み入れようとすると、


 「――おっと、そこには入らないでくださいね」


 涼風の如き軽やかな声色。声は大樹の裏側から聞こえてきた。

 (忘れもしない、あの声は……!)

 立ち止まり、声のした方を睨み付ける純青。そこから一人のエルフが――現れた。


 「この花たちは丹精込めて育てた大切なものですので」


 彼女は知っていた、その声の主の容姿を。


 「私以外に踏まれたくはないのですよ、分かるでしょう?」


 彼女は覚えていた、その声の主の所業を。


 粗末なシャツを羽織っただけの麗しきエルフ、彼が、彼こそが――


 「それで……あなたが私の大切な同胞を皆殺しにしてくれたクソッタレですか?」


 ――この屋敷に住まう一族が長、「シャガ」であった。




 ついに巡り合えた逢えた怨敵に、心臓が早鐘を打ち始めた。覚えている、あの冷徹な瞳も、声も!

 「……そうだが、どうした?」

 見せ付けるよう、白い花を踏み躙った。それを見ているシャガは何一つ反応を示さない。ただ、その碧眼でこちらをじっと眺めているだけだ。

 「その豚鼻、貴女はオークですね? しかも、女だ」

 思わず、腕で顔を覆ってしまった。それを見たシャガは厭な笑みを作る。三日月のように口角を吊り上げ、喉を鳴らす。

 「ふふっ、まさか化け物が女だったなんて……みんな聞いたら驚くでしょうね、えぇ」

 木に触れていた手を離し、こちらに近づいてくる。あまりに無防備だ、何を考えている!?

 「その兜で隠れている素顔を見てみたいところですが……」

 生娘を引っ掛けるような、ふざけた口調。両手は背に回され、何かを取り出そうとしているのが分かる。

 (それより速く叩き込む……往くぞッ!!)

 あの飛び道具相手に待ち構えているのは得策とは思えない。軋む身体を引っ張り、強引に走り出す。しかし、それでもシャガはお喋りをやめようとしない。

 「これ以上堪えていると怒りで焦げ付きそうなので、言わせてもらいます――」

 彼我の距離は全力で十歩ほど。絶好調と言える体調ではないが、それでも弾丸が命を奪うよりは早く、奴の下まで辿り着くだろう。

 しかし、シャガが後ろ手から引っ張り出したモノは、私が予想だにしないものだった。

 「――ブッ散れ、この雌豚ァァァァアアッ!!」

 それは黒い林檎に似ていた。叫ぶ彼の手から投擲されたソレは、てんてんと地を転がり、駆ける私の目の前に落ちる。一瞬の空白、私の鼻はその果実の奥の奥から香る濃密な火薬の臭いを嗅ぎつけた。

 (いけない、避け――)

 危険を察知し、両足を踏ん張って背後に飛び退る、が。それと同時に黒い果実は――炸裂した。


 まずはこの体を圧し退ける程の空気の震動が身を包む。

 次に衝撃。火薬を包んでいた黒鉄の破片が飛び散り、鎧に突き刺さる。

 最後は火炎。紅蓮が鎧の隙間から這い入り、肉を炙った。


 「ぐ、うぁあああああああああッ!?」

 吹き飛び、花香る大地に右肩から落ちた。だがそれでも止まれず、跳ね飛び、うつ伏せで倒れ込んだ。

 (今までの爆薬とは……)

 決定的に違う。飛び散る破片そのものが武器となり、せいぜい鎧を焦がす程度だった炎も肉を灼く。何よりも……爆発の規模が違う。その威力たるや、地面に小さな窪地が出来るほどだ。

 空から降り注ぐ白い花びら。それはまるで雪のように降り注ぎ、動けずにいる私をはらはらと埋め尽くそうとする。

 「 ぅデす? 今ま の玩具とはさがゥで ょう?」

 耳奥が爆発音で麻痺し、シャガの話がよく聞き取れない。瞼を開くのも億劫だ、錆びた蝶番のように軋む瞼を開くと視界がブレている。くそっ、忌々しい。目も耳も役に立たない。

 「エるフの錬 術、禁忌中ノ 忌……本来ナら森が焼 てし ウ火薬。コれがどゥしても私 つ戮たカった。そし これハ――」

 またも甘い匂いが鼻腔をくすぐる。これはあの鉄器たちと同じ臭い。二重に歪むシャガが手にしている細長い筒から匂いが漂ってくる。

 (危険だ、早く立たないと……!)

 鉛玉のめり込んだ腕を突っ張ると、激痛が奔る。逆にそれが、朦朧とした意識を鮮明に戻してくれた。動け、動け、動け!

 四つん這いになり、立ち上がろうとしたその時、パンと何かが破裂する音が聞こえた。途端、花の芳香を侵食する甘ったるさが拡散する。その匂いは気付くと己の肩を穿ち、貫いていた。

 「……え?」

 超高高速度の不可視の弾丸。それは肩の鎧に風穴を開け、その中身にまでも大穴を開けていた。痛覚は、一瞬の空白を以って正常に機能した。

 「あ、ギ……ガ、ガハッ、ガァアアァアアァアアッ!?」


 痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!


 呼吸が手繰れなくなり、勝手な調子で刻まれる。力を込め過ぎた奥歯が痙攣し、喧しい音を立てる。血と共に吐き出された悲鳴は逆流し、頭の中で警報となって鳴り響いた。

 また膝を屈した私は、頭を垂れる形でシャガの前に跪く。奴は窪地の向こう、己が育てと豪語した花畑の中で細長い鉄筒を肩に掛けて笑っていた。

 「――銃、というのですよ。お馬鹿なオークさん。いま貴女に発砲した弾丸は他の鉄屑とは違い、私が精製した特別品。この長い長い筒で回転を与える事で高速かつ正確に、しかも遠距離まで飛ぶ。そして威力も折り紙付きです」

 歯を食い縛って身を起こすと、目から涙が溢れた。感情によるものではない、純粋な痛みによるものだ。講釈を垂れている間にどうにか腰立ちにはなれたが、左肩は動きそうにない。それどころか……もう、治る気もしない。こうしている今も、千切れ掛かった腕がぶら下がり、重みでブチブチと肉が寸断されていく。筋繊維が解れていくその激痛で、脳が焼き切れてしまいそうだ。

 (……くっ、満身創痍……というヤツか)

 四肢でマトモに機能してくれているのは左足のみ。頼みの綱の鉄球は既に無く、武器として使用に耐えうるのはボロボロの右腕だけだ。

 「近寄れれば、か」

 掴むなり殴るなり出来るほど接近する事が出来れば、殺す事は出来るだろう。しかしそれは、「今の体調ならば」という条件付きだ。右腕が動かなくなるのは勿論、体力が尽きてもお終いだ。正直、かなり難しい。

 「私たちエルフに伝わる神話をご存知ですか?」

 明らかに楽しんでいる素振りだが、その瞳の奥には暗い炎が燃えている。私を徹底的に嬲って殺す気なのだろう、張り付いた薄ら笑いが酷く醜く映る。

 「お教えしましょう、貴女には沢山知っていただきたいですからね。私たちは月が太陽を覆い隠す現象を、神話においてこう解釈しています。「月の役目を受け持った狼は、眩しく輝く太陽であった鴉を羨ましくも疎ましく思っていた。鴉さえいなければ自分が太陽になれると以前から思っていた狼は、ある日鴉を噛み砕いた。しかし彼は太陽はなれなかった。ただ、己の体内からでも光を放つ鴉に驚き、逃げ出した。しかし狼は決して諦めない。彼はいつでも鴉を狙い、その光を自分の物にする日を夢見ている」……この銃はその神話に因んでこのような名前が付けられています。それは――”星喰らいの牙"。この銃ならこのような芸当も可能です」

 言うが早いが、シャガは顔に銃を押し付けて一瞬で狙いを定め、発砲した。弾丸は風切り、私の兜――の横を掠めて飛んでいった。外した? いや今のは……。

 私が戸惑っていると突然、視界が暗転した。自分の身に何が起きているか知るより早く、濡れた顔を涼やかな風が撫でていく。光を取り戻した視界の先にあったのは、傷だらけになった私の兜だった。

 「へぇ、オークにしては珍しく美人ですね。血と汗と涎で化粧しているその姿、絵画にして残しておきたいほどです、えぇ」

 先ほどの弾丸で金具を撃ち砕いたのか。零れ、垂れ下がった銀髪は所々が赤黒く染まっており、乾いて固まってしまっていた。最後まで顔は隠していたかったが、こうなってしまっては仕方が無い。

 次にそのまま続きます。

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