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白銀の豚姫  作者: 空暮
7/11

1-7

 一度、更新します。

 次に純青が己を取り戻したのは、男の首を鎖で締め上げている時だった。彼女はあの後、滾り、身を弾ませ、嬉々としてエルフを狩り続けた。扉を開けては虐殺し、陣に飛び込んでは鏖殺した。その数は三十。彼女はその間、狂戦士の如き寒々しい戦いを繰り広げていた。

 相変わらず、彼らの弓では純青は傷付かない。爆薬も、一度タネが割れてしまえば彼女には当たらない。彼女は飛来する矢を嗅ぎ分ける、「オーク」がオーク足り得るのはその身を包んだ筋肉と脂肪の頑強さのためではない。「一度覚えたら二度と忘れない」という嗅覚の凄まじさこそ、「オーク」生来の特質であり武器だった。純青はその嗅覚を以って爆発する矢のみ防ぎ、そして撃ち落した。

 その彼女の鼻腔をくすぐる懐かしい匂い、それが純青を目覚めさせた。

 「血の、臭いに……酔っていたのか……」

 手から力が抜けると、エルフの死体が床に崩れ落ちた。

 (情けない、怒りも御せない。このザマで復讐などっ)

 脛当てをじっと見つめる二本牙の猪は、その兜の奥から歯軋りを響かせる。鉄と血の中に微かに混ざる永青の匂い、それは最早幻のようなものだったが彼女には確かに嗅ぎ取れた。

 「……往こう。臥竜がこのまま、眠り続けていられるように」

 顔を上げ、部屋から出た純青を待ち構えていたのは、規則的な靴音と火薬の匂いだった。それはついに辿り着いた先の廊下の曲がり角の向こうから近づいてきた。

 (また爆薬……? いや、それにしては不純物の混ざった厭な……)

 何処か甘ったるさと鉄臭さを含んだその臭いは、やけに彼女の胸を騒がす。それは近づく靴音に比例して大きくなる。押し潰されぬよう、両足を踏ん張り、胸を張る。

 鎖を握る手を胸元へ。曲がり角から現れたのは……今までのエルフとは違う、張り詰めた空気を従えた一団だった。

 その数は七。一様に同じ深緑の服を身に付けている。その服は外套にも見える余裕を持った珍妙なもので、両腕を隠し、そして顔まで競り上がった襟が表情まで隠していた。白銀――いや、鮮血の騎士と化した純青と相見えても引きもせず怯えもせず、碧眼で睨み付ける。

 彼らはそのまま立ち並び、曲がり角を占拠する。口も開こうとせず、純青の一挙手一投足を観察している。異様な感覚、それは確かに純青の行動を押し止めるほどの威力を持っていた。

 「……………………」

 「……………………」

 動かない、動けない。純青は永劫とも思える時間を一人で受け続けた。握り締めているはずの鎖は、まるで彼女を繋ぎとめているようにも。

 「……………………」

 「……………………ッ!」

 先に動いたのは純青だった。右足に全体重を掛け、飛び出そうとしたその時、彼らも一様に動き出した。

 翻した裾から伸びる右腕は外套の内側へ。空気が動き、純青の鼻へ香る臭いも濃厚に。彼らが胸元から引きずり出したのは不恰好な喇叭にも似た、手に収まる小さな鉄筒だった。

 筒は全て純青に向けられる。しかし彼女はそれを気にも留めようとしない。駆け出し、鉄鎖を躍らせ、彼らを撃ち砕こうとしている。

 一歩、先に進んだ時だった。小さな爆発音と空気を切り裂く音が七つ、立て続けに鳴り響き――――弾丸が掃射された。

 矢より迅速に冷徹に、鉛の弾丸は飛ぶ。余りにも迅く、純青の目では捉える事は出来ない。その彼女が咄嗟に顔を両手で防ぐことが出来たのは全くの僥倖だった。七つの弾丸は彼女の腹部に四発、腕に二発、太腿に一発、朱の鎧を帷子ごと穿った。今までに体験した事の無い衝撃に、彼女は膝を屈した。

 「ガッ!? グ、ググ……ッ!」 

 焼き鏝を傷口に押し付けられるのにも似た、熱を持った激痛。それは彼女の肉に突き刺さり、内側に留まった。鎧と帷子、そして鍛え抜かれた筋肉が無ければ弾丸は内臓まで達していただろう。

 「くそッ! 正真正銘、化け物だな!」

 「待て――――立つぞ、立った! アイツ、こっちに向かってくるぞ!!」

 純青は既に立ち上がり、駆け出していた。

 「この程度で……」

 彼女は猛る。これ以上の屈辱を知っているから。

 「この程度の事で……!」

 彼女は進む。これ以上の苦痛を知っているから。

 「私を止められると思うなアアアアッ!!」

 地べたを幾度と舐め、腐肉を喰らい、泥水を啜って此処まで辿り着いた彼女を、鉛玉程度で止めることが出来ようか。彼女は弾痕から血をしぶかせ、弾を詰め直している彼らに肉薄する。

 一人が恐怖と焦燥で弾丸を掌から零した。地に響く重低音の足音は一歩一歩と確実に近づいてくる。

 また一人、恐怖に支配された。彼は持ち場を離れて逃げ出そうとする。兜で反響する雄叫びは鎧の金属音と重なり不協和音を奏でる。

 「――――――――――――ッ!!」

 人というより獣に近い叫びは、その音量の大きさに圧し潰されてしまったように「何を叫んでいるのか分からない」ほど、世界を揺るがした。

 純青の背後、床で弾んでいた鉄球が、引っ張られて山なりに彼女の下へ帰っていく。駆ける背へ追い縋り、ついに追いついた鉄球。それはそのまま掌に収まるものかと思えたが、違った。彼女は脇目も振らず、落ちてきた鉄球に掌底を叩きつけた。

 彼女の一撃に空気が歪み、爆ぜる。鉄の塊はそれだけで命を得たように生き生きと宙を裂いて飛び出した。大口開けて、舌をチラつかせ、逃げ出した弱者の背中に喰らい付く。

 「ひぎぃ!?」

 つんのめり、壁に打ち付けられたエルフの上には血塗れの鉄球、その牙は彼の背中に食い込み、離そうとしない。

 擦れた部分の服は肉ごと剥がれ、内側を覗かせている。それは彼が激痛に身を捩るたびに赤い水を溢れさせた。

 思わずたじろいだ一同は、数瞬ではあるが迫る騎士を知覚の外へ追いやってしまった。走り寄る「死」よりも、目の前で喪われつつある「生」に目を奪われてしまったのだ。そして、その怯みはそのまま――彼らの「生」を「死」へと変えた。

 飛び込んできた純青は背を向けているエルフの後頭部を掴み、壁に打ち込んだ。その音でやっと彼らは目前に二本牙の鬼が立っている事に気付いた。だが行動らしい行動を起こす前に更に三人、壁の染みと成り果てた。後の二人も抵抗したがすぐにそうなった。



 「はぁ、はぁはぁ……うぐっ!」

 エルフ七人分の挽肉を作り終わり、膝に手をついて息を吐き出す。ゆっくり吸って、ゆっくり吐く。そのたびに身に抉り込まれた鉄片が痛みを生み出す。

 (抜きたい……が、ここでは鎧は脱げない)

 いや、それよりもアレは何だ。そう、このエルフ共が持っている「鉄の何か」は。

 「……花に似ているな」

 手に取ってみると、思っているよりも軽かった。それはまるで萎れかけている花にも見える形を為しており、持ち手を思しき部分を握ると前に花弁を垂れた。先ほど、この花びらの奥から小さな金属が撃ち出された。足元に転がっている鉄片は、綺麗な球体で、手に取って見ると鉛のようだった。玩具のようにも見えるが、あの矢とは比較にならない速さと威力。もし頭に受けていたと思うと……。

 「こんなモノまで造り出しているとは、あの爆薬程度だと思っていたが考えを改める必要があるな」

 考えたくはないが、これ以上のモノを造り上げている可能性がある。この鎧を穿つ程の武器をエルフが持ち合わせているとは思わなかった。

 「面白くなってきたな」

 手にした鉄器を握り潰しながら、柄にも無いことを呟いてしまった。果たしてこれは勇気か余裕かそれともただの自暴自棄か。口角が上がり、笑みを作ってしまう。

 命のやり取り、これを得てやっと「復讐」は差し引き零の紛うこと無き平等の「死闘」となった。引け目を感じる必要の無い、感情の差し込む余地が無い平等の「血闘」に。

 「さて、どうなるかな」

 私の立っている角、右手側はこれまで歩んできた道。そして左手側はこれから歩む道。右手の示す道は赤く穢く壊れた道。左手の示す道は白く清く冴えた道。それはまるで私自身の軌跡のようにも見せる。そうすると、私はこの道も穢して歩んでいくのか。修羅にはお似合いの顛末だ。

 血で滑る鉄球を、千切れた衣服で軽く拭い、左の道を進む。廊下の幅が少し広がり、先には観音開きの扉が見えた。恐らくあそこが終着点、あそこにあの時私を射竦めた男が居るのだ。そう思うと……滾る。

 木の紋様が彫られた扉が近づくにつれて、鼓動が意図せず高鳴ってくる。なみなみと心に注がれた期待感が今にも溢れてしまいそうな、奇妙な高揚。

 しかしそれは、軋む扉の開閉音と背後から聞こえて来る足音に遮られた。扉から現れた男は三人。彼らは先ほどの不思議な鉄器を持っていた連中と同系統の服を着ていた。違うのは纏う服の色だけ、目の前の奴らは濃紺の外套を身に付けていた。

 香る、またも甘ったるさと鉄臭さを綯い交ぜにした匂いが。奴らエルフの臭いは分からないが、その火薬の臭いは嫌でも鼻につく。

 (いけない、またアレか!)

 やはり懐から取り出されたのは萎れた花に似た鉄器。しかし一箇所、最前のモノと違う点がある。それは、花柱に当たる部分がひどく歪に膨らんでいるという事だった。

 いくら何でも、痛い目にあったばかりだ。アレが何かは分かる。アレは――「換え」だ。一発撃ちだして終わるような不良品とは違い、あそこに溜め込んでいる鉛玉が切れるまで撃ち続けることが出来るのだろう。

 背中越しに聞こえて来る足音……挟み撃ちにされた訳か。ならば尚更、急がなければ!

 「ウゥオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 少しでも怯えてくれて行動が鈍れば良いと、浅ましく考えて雄叫びを上げて走り出す。鉄球は顔の前に掲げ、顔を守る。

 (全く! 矢ならばここまで走る必要など無いのだがッ!!)

 悪態を吐くと、それを非難するように鉄球に鉛玉が当たり、甲高い金属音を響かせた。ついに、私は嵐の中に飛び込んだ。

 極小の金属が吹き荒れる嵐。その中で私は兜の中で前だけを見据えて走る。激痛と緊張で流れる汗が顎を伝い、胸元へと吸い込まれる。汗と血に蒸れた甲冑の中はひどく不愉快だが、これが無ければ命は拾えない。

 次々と間断なく飛んでくる鉛玉は、その殆どが顔に集中していた。数発、肩に突き刺さったモノも頭を狙ったものだろう。鉄球はその全てを受け止め、身を震わせていた。

 「グ……グクッ! ウウゥリィイイヤアアアアアアアアーッ!!」

 一歩、また一歩、駆けるというよりも跳ぶと言った方が正しい。着地の衝撃が奔るたびに鉛玉が食い込んだ周辺が引き攣り、燃え盛る。

 キン、と背に矢が打ち込まれた。どうやら後ろに居るエルフたちにはあの鉄器は渡されていないらしい、このままだったら押し切れる。そう思った矢先――


 「――――ガッ!?」


 膝裏を、撃ち抜かれた。

 勢い良く駆けていた身は、そのまま体勢を崩して壁にぶち当たった。こうしている間にも嵐は私の身体を浸食してくる。

 膝裏に鉄板は付いていない。ただ二重の帷子と皮が防護しているだけだった。それでも矢ならば充分に防げる、そう思っていたのだが。

 「後ろから撃たれるとは……計算外、だった……なッ!」

 あの角に放置してきた鉄器を誰かが拾って撃ったのだろう。生まれながらの狙撃手、まさしくその言葉通り、私の膝を撃ち抜いた。

 「う、あ……ガッ!? ガハッ!?」

 相も変わらず頭部に撃ち込まれるが、何発か下腹部を狙ったものがあった。それは立ち止まってしまった私には防ぐ事も出来ず、そのまま受け止める事になってしまった。

 (動け、動くんだ! これでは只の的だ!!)

 距離にすればあと五、六歩。それだけであの三人のエルフの下まで辿り着ける。それなのに、右膝は痺れたように動かない。

 「死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねェェェェェ!!」

 奇声とも言える声と共に鉛玉が放たれる。ついに兜の牙が一本、砕けて吹き飛んだ。いや、それだけじゃない。今も、顔を防いでくれている鉄球から不吉な音が鳴り始めている。

 弾かれた鉛玉が四方八方に飛び散り、木片を撒き散らす。身を屈め、踏ん張りの利かなくなった右足を引き摺って進む。


 あと四歩。奴らは退かない。

 あと三歩。鎧から溢れた血が足跡となって残る。

 あと二歩。もう少し――――なのに鉄球は、砕け散った。


 「やった!!」

 喜色満面、エルフが勝ち誇ったように叫ぶ。砕けた鉄球は静かに崩れ、墜ちていく。

 (……ここまで付き合わせて、悪かったな)

 私の気持ちに応えるよう、手に束ねた鉄鎖は名残を惜しみ、腕に絡まった。

 「終わりだ! 化け物め!!」

 途端、開けた視界。勝利と安堵に酔いしれた三人は、私を祝福しようと花を差し出している。だが、そこから吐き出されるのは冷たい死。それを拒むように、私は両腕を交差させた。

 「――生の苦しみ、か」

 重なり奏でる鉄と肉の破砕音。予期していた激痛はあっという間に訪れた。

 穿つ。

 砕く。

 食む。

 抉る。

 散らす。

 肉が内側から爆ぜ、刃物でほじくり回すのにも似た痛み。それが十数か所、腕に赤い花となって狂い咲いた。目から勝手に涙が流れ、鼻水も止まらない。食い縛った奥歯がひび割れる。

 「死ねよ、死ねよお前ェ!!」


 あと二歩。残念ながらその願いは聞いてやれない。

 あと一歩。あの人はもっと痛かったのだろうか。

 あと零歩。ついに―――辿り着いた。


 「に、逃げ……!」

 左手を振り抜くと男は縦に転がり、派手に壁に激突した。男を殴りつけた事で防御が解かれた。その開いた隙間に鉛玉が捻じ込まれる。場所は兜の下部。その鉛玉で兜の口元が砕け散った。涎と血に濡れた唇に触れる澄んだ外気。それを見て、離れた二人のエルフは驚き、目を瞬かせている。

 「私の事を本当に化け物か何かだと思っていたのか?」

 恐らく、私の唇はその意思とは関係なく笑みを作っているだろう。目からは涙が滲む。激痛で意識は遠く、血は逆流する。それでも唇は歪む。

 「長に報告し――」

 「疾ッ!」

 左足を蹴り付けて、飛び掛る。右手で男の首を鷲掴み、もう一人の方へ傾ける。小気味良い発砲音。鉛玉は全て、掴んだエルフの腹に吸い込まれた。

 「ガッ、ゴ、ゴフ……ッ」

 「あっ、あああ! くそッ、この……悪魔め!」

 飛んできた矢も、そのエルフに突き刺さった。

 「やめろ、射るな! 射るなーっ!!」

 遠くから声が聞こえた。角で並んで矢を射っていたエルフたちだ。鉛玉の詰め方が分からないのか、鉄器を手放して矢を番えている。だが、己たちの矢が仲間に刺さったのを見て、射るのを止めてしまったようだ。

 私が掴んでいる男はもう何もせずとも死ぬ。だから別に――盾になってもらっても構わないだろう。

 まだ一人、目の前で鉄器を構えているエルフがいる。私が突き出している「盾」はまだ息があるようで、しきりに「タスケテ……タスケテ……」と呻いている。そのたびに、男の手は震え、狙いがずれる。

 「鬼! 悪魔! 呪われろ!!」

 罵倒しながら後ずさり、ついに壁にぶつかった。鉄器は下げられ、壁に張り付いてしまった。そこに迫る私は、風切る音を捉え、握った「盾」をそちらに向けた……矢がまたもう一本、突き刺さった。

 「ギャッ!?」

 それを合図に、目前の男が顔を負の感情で顔をグシャグシャにしながら私の頭に鉛玉を打ち込もうとした、が。

 「――え?」

 私の左手がその手首を折り曲げるほうが速かった。内側にへし折れた手に握られているのは一房の花、その花弁は持ち主に向けられている。

 「祈る神は決まったか?」

 この時になっても自分の手首がどうなっているのか分からないらしい。遠慮せず、彼の指が掛けられている引鉄を何度も引いた。

 何度か跳ね上がるような衝撃が奔ったが、男の手ごと握り締め、抑え込む。発射された鉛玉はエルフの胸元を赤く染め、いとも簡単に命を奪った。

 (もうこの男には必要の無いものだ、私が使わせてもらっても問題ないだろう)

 右手で掴んだ「盾」はそのまま、左手でその鉄器を奪い取った。使い方は先ほどのエルフから学んだ。狙いはエルフ十人、人差し指は引鉄、殺意は据え置き。

 「……どうせ、私の獲物じゃないしな」

 この期に及んで軽口が出るとは、身体の欠損具合とは違って心には幾分の余裕があるようだ。今こうしているだけで腕からは清水が湧く如く血が流れ、水平に伸ばしているのもやっとだというのに。

 (死は覚悟しているものな)

 引鉄を何度も引く。淡々と。それだけで冗談のように、離れた場所に居るエルフたちが仰け反り、倒れ伏す。

 負けじと矢を放つが、それも鎧に弾かれ、「盾」に突き刺さり、一本たりとも届かない。稀に腕に当たり、衝撃で少し痛む程度だ。

 何故それでも彼らは逃げようとしないのか。私には分かる。それは、あそこで弓を引く彼らこそがシャガの一族の生き残り。残されてしまった十人だからだ。彼らは知っているのだろう、自分たちだけでは「外」で生きていくことが出来ない事を。彼らは分かっているのだろう、自分たちが「長」を捨てては生きていくことが出来ない事を。彼らは迫る絶望と死に板ばさみにされ、少しでも可能性のある「死」、つまりは私を倒す事を選んだのだ。

 「生きる覚悟など無い、か」

 一縷の望みを懸けて弓を射る。まるで天に唾吐く愚者のようだ。それは最後の一人になっても続けられ、死の間際まで弓を引き続けていた。

 かちかち。

 其処に居たエルフが死んでも、その死体に向かって私は引鉄を引き続けた。

 ぼすぼす。

 肉にめり込む鉛玉は能天気な音を立てる。きっとこれは怒りだ。在る命を粗末に棄てる、それがただただ憎らしく、赦せなかった。

 「こんな私が、言えた義理では、無いがな……」

 逃げても殺したし、逃げられない状況を作ったのも私だ。「エルフは部族の結束が固い。部族の仲間は親であり子であり親友である」……確かにその通りだ。事前の調査でこの一族が強い結束で結ばれている事も知っていた、それが一人の長によってまとめられている事も知っていた。だからこそ、正面から向かった。一族で逃げられるより早くエルフを殺し、敵を討たせるように仕向けるために。

 果たして、それは叶った。混乱のうちに殺し、待ち構える者を殺し、戦意を喪った者も殺した。殺して殺して、九十九人、殺し切った。あの日、私の村を襲い、奪った者たちを全て。

 「もう、あの人は、私の事を出迎えてくれないかもな……」

 私に「生きろ」と言ってくれたあの人。愛おしいあの人。ただ記憶の中に生きるあの人。きっとあの人はこんな、化け物に変わってしまった私の事など受け入れはしないだろう。

 あの人から貰った刀は売り払い、借りた「青」の名も紅に染めた。残ったのは一本の小柄と、死を撒き散らす私。

 「だが」

 それでも良い。これで彼らの恨みが晴らされるなら。こんな悪夢から解放されるなら。この扉を開けて全部終わりにしてしまおう。


 私はもう――――――磨り減った。


 そろそろ完結が近づいてきました。近いうちに更新したいと考えています。そこでは、もう少し盛り上がりのある展開にしたいと思います。

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