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白銀の豚姫  作者: 空暮
4/11

1-4

 去年のうちに完結させるつもりがダラダラと……申し訳ありません! とりあえず、一度更新します。


 閉じていた目を開く。四つの引き攣った傷跡が残る右手を天に翳し、強く握り締めた。……調子は万全、これなら鉄球も思い切り振り回せる。

 開け放れた窓から差し込む朝焼けは、胸を騒がすほど赤い。湧き上がる焦燥感を押さえ込むべく、手元の小柄を見つめる。竜は静かに眠り続け、私を見守ってくれているような気がした。

 (見ていてくれ、みんな。必ず、私は……)

 思いなど、力には変わらない。それでも、いや、だからこそ、想う。

 (力になどならなくていい。ただ、共に在ってくれれば)

 その想いを一つ、また一つと繋ぎ合わせるように鎧を着込む。誰かの願いを、誰かの無念を身に纏うように、一つ一つ己に縫い付けるのだ。

 もう、立ち止まる事は出来ない。鎧に染み込んだ憤怒と狂気は夜に冷えた肌を灼く。

 私は荷物を部屋に置いたまま、樫の根亭の一階へと下りた。そこでは、忙しそうに動き回る小鬼の母が厨房で料理を作っていた。

 「おや! もう起きたのかい!? 昨日夕飯に起こしたんだけど起きなくて……今すぐ朝ごはんを作るからね!!」

 驚かれ、席へ座るように促されたが、鉄球を持ち上げて拒否を示す。またも驚かれたがこれ以上は説明する気にもなれず、表へ飛び出した。

 何か背へ言葉が投げ掛けられたが、死地へ向かう穢れた私が、何も知らない彼女に穢れを移すのも忍びなく敢えて無視した。

 この朝焼け霞む大通りの先に、悪鬼どもの巣窟が聳え立つ。生きて還れずともよい、ただ――思い知らせてやる。悪鬼どもの首根っこを掴んで、現世を彷徨う怨念を見せ付けてやるのだ。

 「駄目な弟子で、ごめんなさい」

 もし私が死んだら、あの人は誰よりも早く逢いに来てくれるだろうか。いや、きっとあの人の事だから呆れて小突いてくるだろう。それは、私にとってどうしようもなく魅惑的なものだった。



 この、鉱山業で栄える八つ目町は以前は小さな山村だった。周囲を山に囲まれ、使える土地も僅か、ただ埋もれ消えていく運命にあった貧しい農村だった。

 だがそれは、半世紀ほど前に”元々住んでいたエルフたち”が金脈を掘り当てた事で全てが一変した。彼らは手に入れた莫大な富で、労働者を募り、山を掘らせた。その労働者たちが落とす金目当てに商人たちが集まり、その商人たちは彼らが支払った金の一部を村の支配者になりつつあったエルフに「場所代」として納めた。小さな村は、瞬く間に栄えていった。

 財とは即ち力である。エルフたちは湧くように増える富を以って、己たちの確固たる地位を築く事に成功した。八つ目町において、彼らエルフは特権階級とも言える存在になっていた。

 当然、その道のりは平坦なものではなかった。労働者たちの反乱や、夜盗の群れの襲撃。度重なる危機にも、彼らは団結し、勝利し続けた。エルフたちは決して互いを裏切ることなく、内部からも外部からも崩壊させられる事は無かった。

 彼らは森を切り開いて巨大な屋敷を作り、そこに部族全員で住んでいる。見張り台を建て、弓を構え、自分たちに仇なす者がいないか目を光らせている。用心棒と言った外部の力に頼ることなく、彼らは彼らだけで、部族を守り続けている。

 その屋敷の前に、見知らぬ騎士が現れた。その者の両手には銀色の鎖、薄汚れた刺付きの鉄球を引き摺っている。

 全身を包む鎧は白銀、朝焼けを浴びて黒い影が伸びる。その影は何処か、二本の角を生やした悪鬼にも見えた。

 鎧が擦れる金属音が、見張り台の者たちにまで響く。訝しげに彼女を見るエルフたち。彼らは彼女が思い切り振り被っても、弓を片手に不思議そうに眺めているだけだった。

 みしみし、と骨が軋む。ぎりぎり、と筋肉が軋む。鎖を握った手が、がちがちと震え始め――力が爆発した。

 途端、超局地的台風が騎士を中心に発生した。喧しい音を立てて鎖が振り回される。それに追従する鉄球は、騎士の回転に比べるとやけにゆっくりとしたものだった。だが、一度旋回するとその速さは音速へ、二度旋回するとその速さは神速へ。もはや目視敵わぬ人外の領域に踏み込んだ鉄球は、音すら置き去りにして見張り台を二つ、瞬く間に粉砕した。

 そこに居たエルフ……右の見張り台に二人、左の見張り台に二人の計四人は、盛大に中身をぶち撒けて息絶えた。

 見遣れ、彼女こそ――臨暁の騎士。青白く燃える怒りを胸に、森の民を打ち砕く者ぞ。



 事前の調査では、この屋敷に住むエルフ――シャガの部族は全部で百人。今の一撃で四人屠った。残りは九十六人。

 「……案外、何も感じないものだな」

 仇討ちとはもっと、胸がすっとするものだと思っていた。だが実際に残るのは、少しばかりの寂寥と、掌を痺れさせる僅かな衝撃だけだ。

 (虫螻を殺すのとあまり変わらん)

 それでもきっと、意味はある。私はみんなの為に、ただ殺されていったみんなの誇りと尊厳の為に、誰も彼も殺そう。それが、こうして生き残った私の存在意義なのだから。



 「ねー、どうして練習するのー?」

 膝立ちの永青に抱かれるようにして剣術の手ほどきを受ける純は、不思議そうに訊ねる。その問いに、永青は彼女の手を包んだまま熟考。首を何度も傾げ、熟考。ついに辿り着いた答えは……。

 「――俺は、強く在らねば人ではない、と教えられた」

 何かを思い出すように、呟いた。永青から力が抜け、ぼんやりと、純の後頭部を見つめている。

 「えー! それじゃ、純は人じゃないのー!?」

 当然の返答に、永青はまたも熟考。空を鳥がくるりと円を描いて飛んでいく。透き通った青空、雲は千切れ、たなびき、消えていく。

 「だが、俺は思う」

 純の手を強く握り直し、永青は己に言い聞かせるように。

 「人は何かの為に強く在ろうとするのだと思う。強くなり、何かを為すその時を思い……人は、前を見ずには生きられない」

 「じゃあ、おじさんは何で――ふぎゅ!?」

 頬を抓まれ、純は顔をくしゃくしゃに歪ませた。

 「おじさんではなく、永青だ。守原永青。良いな」

 ふにふにと頬を弄びながら永青は滔々と純に説く。表情は相変わらずの無表情だが、よほど気に障ったのか、純の頬を揉むのを一向に止めようとしない。

 「は、はへへ……えーせー?」

 「そうだ、それで良い。人を勝手な名称で呼ぶと恨まれるぞ」

 解放された純はいつものように能天気な笑顔を咲かせる。永青のお仕置きは痛みを伴うものではなかったらしい。

 「じゃあえーせーは、何で強くなるのー?」

 素振りを再開させた二人。空は相変わらず青い。

 「俺か……。俺は、未だ見ぬ誰かを守るため。いつか、誰かを守れたらそれで良い」

 そう、純に告げた永青は何処か恥ずかしそうだった。



 「エルフの体にも、脂肪はあるのだな。赤身しかないものだと思っていた」

 鉄球にへばり付く「エルフだったモノ」を払い落とすように、純青は再び鎖を振り始めた。

 今回は先ほどのように体全体を使うものではなく、腕だけで回していた。それでも彼女の頭上で唸りを上げる鉄塊は、轟々と竜巻の如き様相を為していた。

 「ふっ!」

 軽い気合と共に撃ち出された鉄球は、真っ直ぐ飛び、木製の門をぶち破った。そして駆け出した純青は躊躇い無く門を潜る。門の先には白石を敷き詰めた庭があり、門から伸びた石畳と階段の向こうにエルフたちの根城が存在した。

 それは、不思議な事に森に生えた木々と一体化していた。一見すると、地面から伸びた木々に押し上げられている不恰好な宙に浮く純秋皇造りの家。だが、良く見るとその木々には窓がはめられ、渡り廊下が張られているものまである。

 屋敷に溶け込んだ木々は、柱であり居住空間であり、そして――狙撃台でもあった。

 純青は己へ向けられる殺気をいくつか感じ取ったが、それよりも物音に外へ飛び出して来ていたエルフたちを優先した。

 彼らは倒れた見張り台を見に来たのだろう、弓も持たず丸腰であった。だが、彼らの目の前に居たのは、血肉滴る鉄球を引き摺り駆ける白銀の騎士。一目見ただけで魂を鷲掴みされるような恐怖を味わっていた。

 鈍重とされるオーク、しかもその上、鎧まで着込んでいるとなると更にその足取りは遅くなる。いくら純青がその身を鍛え上げていたとしても、エルフに敵うわけもない。

 (――だからこそ、私はこれを選んだのだ!)

 既に背を向けて逃げ出していたエルフに向かって、助走を付けて力の限り鎖を引き、そして振り下ろす純青。勢い余って、彼女の身はくるりと宙で一回転するほどだった。

 鎧の肩辺りを擦る鎖は、けたたましい金属音を鳴らして引っ張られる。地を這っていた鉄球は、彼女の身が翻るのと同時に空高く飛び上がった。

 放物線を描く鉄球、ゆっくりと空を行き……そして隕鉄と化して地へ激突した。

 逃げていたエルフは五人、その内二人は鉄球に身体を削ぎ落とされ、弾き飛ばされた。地に落ちた音と衝撃に無事だった三人も立ち止まってしまう。純青はその隙を見逃さず、すぐさま両手で鉄球を引き戻す、が。

 「…………チッ」

 彼女は兜に鈍い衝撃を感じた。エルフの狙撃だ、彼らは遠く離れた狙撃台から寸分の狂いなく、純青の頭に矢を命中させた。鼓膜に響く甲高い金属音、だが彼女は一切動じない。全て予期していたように、迷いなく鉄球を手繰る。

 「この鎧は、伊達や酔狂で着ているわけではないのでな……!」

 猛烈な勢いで引き戻した鉄球をそのまま背後へ見送ると、右足を軸にして回転。半ば振り切るような形で鉄球の軌跡を変え、エルフたち三人を横合いから思い切り叩きつけた。

 鉄球が直撃した者は赤い霧となって霧散した。鎖に絡め取られた二人は、ぶちぶちと音を立てて肉を千切られながら縛られていく。

 再度、純青に矢が放たれた。狙いは首と肩の鎧の隙間。純青は動いているにも係わらず、矢は隙間へ吸い込まれた、が。

 「……無駄だ」

 矢は彼女の体に突き刺さることなく、零れ落ちた。矢じりは欠け、血の色も見えない。

 純青はこの日の為に、彼らに復讐する事だけを考えて生き抜いてきた。文字通り血の滲むような修行、人に言うのも憚る仕事、魂をすり減らし彼女は生き抜いた。「生きる」事を押し付けられた彼女が、自分たちを襲ったエルフの弓術の巧みさを忘れる訳が無い。純青は頑強な鎧の下に、鎖帷子を着込んでいた。それは彼女自身の強靭な肉体と相まって矢など通さない程の硬さを得ていた。

 分厚い鎧、全身を覆う鎖帷子、そして鎖付きの鉄球。常人では動く事はおろか立つ事すら出来ない重量。その重さを背負っても鉄球を振り回し、駆ける事の出来る純青はまさしく化け物であった。

 果たして、ここまで強さを練り上げるのにどれほど労力と時間を費やしたのか。それを知る者はここに無く、そして彼女自身そんな事はどうでも良かった。

 「あっ、ひぃ……ひぃああ!?」

 目の前を這いずり回る二匹の芋虫。彼女の目にはそれしか入らない。降り注ぐ矢の数が増える。だが、どの一本も彼女を止める事はできない。一歩、また一歩と進む純青は、興味無さそうに悶えるエルフたちを見下ろし――躊躇無く踏み砕いた。

 途端、降る矢の数が増えるも狙いは滅茶苦茶になった。鎧を撫でる矢は冷たい金属音を鳴らすが、そんな事を純青は気にも留めず屋敷の中へ進んでいった。


 次回更新は日曜を予定しています。

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