2話 哀憐 by仁
『仁のこと大好きだよ』
今でも、あいつの声が脳裏で響いている。
東京の大学へ進学し一人暮らしを始めた俺、速水仁は、今でも元カノである鈴野 恋に思いを描いている。
もう東京に来て一ヶ月が経つ。
色んな女とも出会ったが、恋を超える女などいなかった。
いや、いるはずがない。
可愛くて可憐で、優しくて温かくて。
俺から別れを告げたというのに、今でもあいつが好きすぎて辛い。
『別れよう』なんて言葉が俺の口から出るなんて思いもしなかった。
本意は、姉ちゃんから”遠距離なんて辛いだけ。早いうちに別れたほうが彼女のため”
という一言を言われたからだ。
確かに、俺は恋と遠距離恋愛なんてできるなんて思えなかった。
それなら別れて、新しい恋を見つけさせた方が、きっとあいつとしても良い選択だと思う。
最初は辛くても時間が消してくれるはずだ。
恋―-今お前は、誰のことを考えているんだろうか。
恋は、俺の卒業式の日、ステージで大泣きしやがった。
俺も泣きそうだった。
必死にこらえるのが大変だった。
俺が別れを告げた日も、目がかなり潤んでいた。
泣き虫だな。
ごめんな。
俺のせいで泣かして。
でも俺は東京に行かなくちゃいけなかった。
俺と恋が通っていた雛坂学園は、大学への進学もエレベーターだが、
雛坂大学は、教育方面では優れていなかった。
俺の親は、父親は大学の教授。母親は高校の理事長だ。
俺は母親の高校を継ぐために、必死に勉強しなければならなかった。
雛坂大学では、これができるところじゃなかった。
姉ちゃんは、もう既にモデルという役職についてしまっている。
俺しか継ぐことができないんだ。
本当にごめん。
今すぐにでも、恋の顔が見たい。
恋の声が聞きたい。
こんなに辛いとは思わなかったよ。
でも、今はただ、これに耐えることしかできない。
いつか先生になったら大学生のあいつを見に行けるかな?
たとえ、他の男がいたとしても、それが俺の望みだ。
文句は言えない。
でも、お願いだから
これからもお前の事を好きでいさせてくれ。
『仁、これ、私が好きなCDなの。あの…これ私の気持ちと似てる曲だから…』
恥ずかしそうに俺に誕生日プレゼントをくれた。
恋がくれたCDは、両思いの2人が、すれ違っているけれど、最終的に”本当は大好きでたまらない”
と切ない気持ちを描いた曲のシングルCDだった。
すごく、これを聞いて、俺は癒されていた。
恋の気持ちを再認識できた。
「仁。もう。起きてよ~」
強く揺さぶられる。
俺は重い瞼を少しづつ開く。
眩しい光が注いで目を細めた。
「もう8時だよぉ。ってか、この曲良いね♪まるで私達みたいじゃない!?」
隣でニコニコ笑いながら肘をついて俺の顔を覗いている女。
俺は、どうやら恋にもらったCDを聞きながら眠ったらしい。
音楽を止めて立ち上がる。
「冗談言うな。お前とはこんな純情な恋愛じゃねえよ」
「何それー!私、チョー純情な乙女なんだけどぉっ」
やかましい声を上げる女を少し睨む。
「もう家に入ってくんな。合鍵返せ」
俺は手を女に差し出した。
「はぁ!?どういう意味?彼女にその態度は何よ」
「じゃあ、別れる。うざい」
女は顔を真っ赤にして、合鍵を俺に投げる。
「最低!!ちょっと顔が良いからって調子乗らないでよね!!」
そう言い放って、部屋を出て行った。
扉の向こうで玄関のドアが乱暴に閉まる音がした。
俺は頭を掻いて、またあの音楽の再生ボタンを押した。
良く知ってる歌声。
これを聞く度に、自分の心が落ち着く。
俺は目を閉じた。
静かな部屋の中で、一人呟いてみる。
「恋……」