第2話 迷子、保護しました。
我が家の庭に迷い込んだどえらい美形の男性は、愕然とした表情で呟いた。
「…なんだ、ここは…」
「へ?」
すると、突然こちらへ向き直り私の肩を両手で掴んだ。力任せに掴まれたせいでバランスを崩して尻もちをついてしまった。咄嗟に両手を地面に着いたせいで、掌を思いっ切り砂利で剃った。
「痛っ?!」
「貴様…ッ、これは一体どういう事だ?!」
怒気を孕んだ声を浴びせられ、ビクリと肩が震えた。目を開けると、琥珀色の瞳を見開いた美形が威嚇するようにこちらを睨み付けている。
いや、一体どういう事だ?はこっちのセリフなんだが?不法侵入に暴行罪もプラスしてやろうか…
最初こそ怖かったが、何だか腹が立ってきて彼の手を振り払おうと自分の手を持ち上げた。
「あ…」
私の掌は、砂利で切ったのかめっちゃ出血していた。しかも、両手。
2人の間の時が一瞬止まった。
「ぎゃあああ血ぃーー!」
「すっ…すまない!!あぁあ、振り回すな!」
怪我をした掌を水道の水で洗い流す。場所が場所なだけに、何をするにもうまくいかない。私が一連の動きをなんとかやっている間、美形の彼は私の周りで右往左往している。
「…いてて、あ~、やっぱ結構ザックリいったかも…血が止まらん…」
とりあえず、台所で目に付いたキッチンペーパーを両手に握りしめながら救急箱を探そうと歩いていると、心配そうな声が聞こえてくる。
「その…大丈夫か?血が止まらないと言ったが…」
先程までの偉そうな態度とは一変、何だか大型犬が怒られた後のようなションボリ感を感じる。
確かに、我が家に不法侵入したあげく怪我の原因を作ったのはこの人だけど…まぁ、暴行罪は免除してやろうか…
「えぇ…まぁ、でも大丈夫でしょ」
私はヘラリと笑った。が、そんな私を諌めるように彼は真剣な声音で言った。
「大丈夫ではない!小さな傷でも命に関わる病になり得る危険がある!…見せてみろ」
「えっ、ちょっと…」
彼は私の手を掴むと、血に濡れたキッチンペーパーを取り去った。ゴツゴツと筋張った大きな手は私の手をスッポリと包めそうな感じで、不意に私の心臓が大きく跳ねた。
傷口からジワジワと血が滲んでくる。私は思わず瞼を伏せた。すると、なぜか彼に握られた掌が温かな熱を帯びていくのを感じる。
「…?」
恐る恐る目を開けた私は、思わず驚いて声を上げてしまった。
「えっ、なになに?!」
「…………」
キラキラと金色の光の粒子が私の掌の傷に集まり、皮膚を埋めるように修復していく。彼に尋ねようにも余りにも神々しくて、しかも凄く集中している様子で声をかけづらい。釣られて私もその光が収まるまで、自分の掌で起きている現象に目を凝らし続けた。
それからものの数分で光は収まり、私の手の傷も綺麗サッパリ治ってしまった。
「えぇ…嘘ぉ…」
「どうだ?痛みはあるか?」
「ないです…」
私がポカンとしたまま答えると、彼はホッとした様に力を抜いて微笑んだ。
「そうか、ならば良い」
その微笑みの破壊力と言ったら、とんでもないものだった。私のような女性はこの程度の微笑みで致命傷を負いかねない、やべぇやつだ。私は目が眩しくて焼けないように直視するのを避けて、向かいに座り込んだ彼の脚をみた。
「…ありがとうございます…」
「…いや、怪我をさせたのは我の過失だ。気にするな」
彼はそう言ってペコリと頭を下げ、その後おもむろに立ち上がった。私も彼に釣られて顔を上げる。
「では、世話になったな」
そう微笑むと豪奢なコートをバサリと翻し、縁側に向かって歩き始めた。何が始まるのかと急いで後を追うと、彼はまるの背中を一撫でしブーツを履いている所だった。
「あ、あの…?」
やがて彼は先ほど自分が倒れていた辺りに立ち、深呼吸をし始めた。途端にザワリと周りの雰囲気が変わる。まるもそれを察知したのか、毛を逆立てて私の傍に寄った。
「え、何これ…何が始まるの?」
私の呟きはまるで彼に届かないようだ。低い甘やかな美声で聞き取れない何かを唱えている。
(…もしかして、魔法?!えっ、すごい!!)
私は期待に満ちた眼差しで、一瞬たりとも見逃すまいとその光景を注視した。
やがて、この場にある目に見えない何かが高まり、彼の詠唱がピークに達した、その瞬間…
「ーー?!」
結果的に言おう。何も、起きなかった。ただ、高々と片手を天に掲げ、やり遂げた表情の美形さんと、それを呆然と見つめる私達がそこにいたのだった。
なんとも言えない空気と、それを嘲笑うように鳴く虫の声が響くのみ。
「……」
「……」
気まずい…!沈黙が気まずい!どうやら魔法?が失敗したっぽい美形さんとの間に流れる沈黙に耐えきれずに、私は思わずこう提案していた。
「あ、あの!とりあえず、お茶でも如何ですか?」
「…どうぞ」
美形さんを居間のテーブルに案内し、温かい緑茶とお茶請けを提供した。お茶請けは、今夜食べようと買っておいたバニラアイスにさっき出来たばかりの小豆を添えたものだ。彼は不思議そうにそれを眺めていたが、恐る恐る湯飲みに手を伸ばした。
「…温かい…」
しかし、彼は手に取ったものの、そのまま止まってしまった。こちらをジッと見つめている。
「?」
暫く見つめ合ったのち、私は一つの考えに辿り着く。
もしかして…口にしていいか悩んでるの?毒入ってるかも、とか思われてる?
「…いただきまぁす」
まさかぁ、どこの貴族だよーwと思いながら、私はバニラアイスと小豆をスプーンで掬って一口でパクリといった。バニラアイスのミルク感と小豆の幸せな甘さが口内にある内に、温かい緑茶をすする。温かく爽やかな緑茶の味とほのかな苦味が鼻に抜けて、甘さをサッパリとさせてくれるので、また甘いものが欲しくなる。無限機構の出来上がりだ。
「んんん~♡」
今回の小豆も最高の出来だ。我ながら満足。
そんな私の様子を見ている美形さんに、私は再度「どうぞ」と声をかけた。アイスが溶けてしまうから早く食べてほしい。
「……」
美形さんも私と同様にスプーンを手に取り、アイスクリームを救った。恐る恐る口に運ぶと、カッと目を見開く。
「?!」
もう一度、今度は小豆をスプーンで掬って口に運ぶ。そしてまた目を見開く。
「…!!」
3口目からはものすごい勢いでアイスクリームと小豆を食べ始めた。どうやらお気に召したらしい。私は自信作の小豆が美形さんの口に合った事に安堵して、微笑ましい気持ちで彼がアイスを食べ進めるのを見守っていた。
彼は最後に湯飲みから温かい緑茶を飲み、はぁ…と感嘆のため息をついた。
「よもや…これ程とは…」
「お粗末様でした」
どうやら緑茶も問題なかったらしく、綺麗に完飲している。
「この甘味は、お前が作ったのか?」
さっきまで『貴様!』とか言ってたのに、次は『お前』ですか。ちょっと距離感が縮まった気がして、知らずに口角が上がっていた。
「アイスクリーム…その白いのは既製品ですけど、豆を煮たやつは私が作りました」
「あぁ、この甘い豆は美味かった!それにこの少し苦い茶にとても合う」
「小豆、もう少し召し上がります?」
「あぁ、いただこう」
面と向かって褒めてくれた上に、おかわりもしてくれるなんて。この時点で、私の彼への警戒心は殆ど無くなっていた。しかも美形ゆえにちょっと微笑むだけで背景に花が舞うようで、実に目に良い。目が幸せとはこの事だ。
私は満足感を感じながらキッチンへと小豆のおかわりを取りに行くのだった。
第3話は10月13日、8時20分に更新します




