おそよう
すみちゃんが長傘の日傘を用意してくれたので、背の高い私が持つ形で二人で入る。ただその代わり、手を繋ぐことはできないけれど。
すみちゃんはたまにハンディファンをこちらに向けたりしてくれる。
「いぶ、暑くないの?」
すみちゃんはジャケットを摘みながら聞いてくる。
「素材薄いから思っているほどじゃないよ。それに、日差しが当たらないから皮膚に当たって熱いっていうのも防げるしね。流石に室内では脱ぐけど」
「それなら良かった。あまりに暑くなったら言ってね。コンビニにでも入ろう」
「ありがとう」
すみちゃんの首筋を流れる汗を拭いて、ハンカチをポケットにしまう。
「ありがとう、いぶ」
「いえいえ。すみちゃんって、いつから化粧始めたの?」
「化粧は中学の時からだよ」
「そうなんだ。ごめん、私全然気づいてなくて……」
すみちゃんは私の頬を指でついて、顔を向けさせると笑みを見せる。
「いぶは気づかなくても仕方ないよ。二人の時は本当に最低限しかしていなかったから。学校の時もあまりしていないし。いぶ、派手なの苦手かなって思ったから……」
「そんなことないよ。私は仮にすみちゃんがギャルになったとしても好きだよ」
とはいえ、あまりにチャラくなられすぎて、会話合わなくてつまらないとか思われるようになられても困るし、それで振られて別の子にいかれるのも……。
「そこまで派手にはなれないよ〜」
「すみちゃん、一途でいてね」
「え、急にどうしたの?」
「大したことじゃないよ。でも、今日はなんでちゃんと化粧したの?」
「どうせあゆ写真撮りまくるだろうから、それで化粧したの。いぶと写るなら、カメラ写り良くしておきたいから」
そんな可愛いこと言われると思わずニヤケが出てしまう。やっぱりこんなことしてくれるすみちゃんが他の子好きになるとか考えられない。
「すみちゃん好き」
「私もいぶのこと好き」
足を止め、自然とお互いの顔が近づいていき、誰かがぽんと押せば距離が無くなりそうなほどになった。視界に入る綺麗な化粧姿を見ると、長い時間鏡と向き合っていたすみちゃんがフラッシュバックして、そのまま傾いた身体も真っ直ぐにする。
「沙雪さんの家早く行こうか。寝てたら準備に時間かかるだろうし」
「え、あ、うん」
電車を乗り継いで沙雪さんの家に着くと、すみちゃんはおっき……と小さく漏らした。
私はその横でインターホンを鳴らすけど、全くの無反応だった。一分待ってもう一度鳴らすけど、誰も出る気配がない。
となると、ご両親とお姉さんは今日はおそらくいない。
家族旅行の可能性も考えたけれど、それなら起きているはずだから、返事はしなくとも既読はつくはず。
小夏は無事白葉ちゃんに起こしてもらえたらしいから、やっぱりこの残り一人の未読は沙雪さんとしか考えられない。
鳴らす頻度を短くする。二分待っても出なかったら仕方ないから置いていこうと思っていると、ドアが開いて、不機嫌そうな沙雪さんが顔を出した。
「なんなのよ。わざわざこんな早い時間に嫌がらせしにきたというの?」
「もう十一時ですが」
「私はいつも十四時まで寝るのよ。嫌がらせなら帰りなさい」
「沙雪、私達これから皆でスカイツリー行くんだけど、沙雪も来る?」
「五分寝てから考えるわ」
絶対五分で起きるわけないので、入れてもらった。こういう時だけは沙雪さんの雑な性格が活きる。
「沙雪さん、本当に五分で起きるんだよね?」
沙雪さんはソファにあるクッションを取って、うるさいわねと言いながら私目掛けて投げた後、頭まで布団を被って眠った。
脱いだジャケットどこに置けばいいか悩んでいたので、ちょうど空いたソファの袖に座るついでに掛けた。
「沙雪ってめっちゃ寝起き悪いね」
「よく学校遅刻しないね」
「寝起き悪いからあえて早く起きてるとか?」
「それか起きる時間にはちゃんと起きれるんじゃないかな? ちょっと不機嫌でも支度している間に目も冴えるから、学校の時は普通とか?」
そんなことを話していると、五分経ってアラームが鳴った。
沙雪さんはアラームを止めるとすぐ、また布団を被った。
「ちょっと沙雪⁉︎ 出かけるよ!」
すみちゃんが揺すっても一切動く気配がない。
カーテンを開けてみても、布団を被っているから意味がない。
「いぶ──藍川さん、やるよ」
すみちゃんは沙雪さんの布団を掴んで、真剣な眼差しを向けた。
「え、あ、うん」
私も同じように布団を掴んで、せーので思いっきり引っ張る。
そこまで強く掴んでいなかったのか、それとも寝かけて力が弱まっていたのか、かろうじてちょっと指に引っかかったけど、それもすぐに取れた。
「ほら沙雪起きて」
今度はすみちゃんが直に揺すって起こすけど、目を強く瞑って不機嫌そうな声を漏らし、手で抵抗しながら睡眠を強行している。
伸びた手が掛けたジャケットに触れると、そのまま手をひっくり返してジャケットを握りしめ、顔を覆う
「ああ⁉︎」
私とすみちゃんの声が同時に響いた。
「こら沙雪! そんな羨ま──往生際悪いことしてないでさっさと起きて! 蹴るよ!」
そんなすみちゃんの物騒な声を聞きながら、私はすみちゃんのバックを手に取る。
「ごめんすみ──七木さん。ちょっとバック触るね」
「あ、うん、いいけど」
私はすみちゃんのバックから小さなペットボトルを取り出す。
沙雪さんの首は私のジャケットで覆われているから、少し服を捲って、脇腹あたりにペットボトルを触れさせる。
「ひゃっ⁉︎」
あの沙雪さんから出たとは思えない言葉を吐きながら起き上がった。
「おはよう、沙雪さん」
沙雪さんは変態! と叫びながら私の顔に枕を思いっきり振り下ろした。
「わあっ⁉︎ 大丈夫⁉︎」
すみちゃんは私の顔に触れながら、心配そうな顔を浮かべてじっくりと見ている。
「大丈夫だよ七木さん。心配してくれてありがとう」
すみちゃんははっとすると、ワンテンポ遅れて私から少し距離を取った。
沙雪さんがいることを一瞬忘れていたのだろう。
「そんなんで凹むほど脆い顔してないわよ。最悪な目覚めだわ。ゆっくりと寝かせてくれないのだから」
沙雪さんはぶつぶつと文句を言いながら部屋を出ていった。
去り際に私に向けてジャケットを投げつけながら。
「いぶ、いぶ」
「どうしたの?」
「私修学旅行沙雪と同じ部屋にはなりたくないから共謀しよう」
来年通りであれば修学旅行は三泊四日。毎度毎度朝からあの沙雪さんを起こさないといけないと思うと私としても少々気が滅入る。
それにせっかくの機会。すみちゃんと一緒にいたいと思うのも必然。
「誰に押し付ける?」
「そうだね、とりあえずあゆはダメなことだけは分かる。あんな沙雪の相手を朝からしたらめっちゃ怒るから。無難に友美奈にあたりに押し付けよう。他は人数見て調整で」
「了解」
とは言ったけど、真っ先に面倒なこと押し付ける役に名前が上がるなんて、大澤さん可哀想と思った。
もし部屋跨いでヘルプきたら協力はしようと思う。
ドアが開く音がすると、私達は口を閉じる。
話していた内容が内容なだけに。
沙雪さんは何も言わずクローゼットとタンスを開けて、手前にあるものを適当に取ると、そのまま服を脱ぎ出した。
「え、ちょっ、着替えるなら言ってよ沙雪さん!」
「見なければいいじゃない」
それはその通りなんだけど、普通はワンクッション置くものと言っても意味ないんだろうな。
「藍川さん、変なもの見ないように外見よ外。綺麗な空だよ」
今は寝起きでまだ不機嫌が抜けていないのか、少々棘のあるすみちゃんの言い方が気に障ったのか、下着姿で私達の前に立ち、すみちゃんを見下げる。
「私よりも十一センチ低いくせに」
沙雪さんは間髪入れずすみちゃんの胸を触る。
この時は私の方が内心取り乱したと思う。私もまだ触っていないのに⁉︎ 的な感じで。
「そのくせ大きくない。低くてちっちゃいのね」
すみちゃんが笑顔で静かにキレたのは分かった。何気に何度か見た顔になってきた。
「沙雪だって人のこと言える大きさしてないくせに!」
「あら、私は身長があるもの。欧州の人って大きくて高い人が日本人に比べて多いのに、あなたはその血を引き継げなかったのね」
「お母さんがちっちゃいから均衡とってるの私は! そもそも私はクォーターだから薄まってる! ほぼ日本人!」
「それでも私のような純日本人に負けているのね」
「少なくとも胸は勝ってる!」
「どんぐりの背比べよ」
フル装備と初期装備が言い合っているのを見ているとなんか居た堪れなくなる。構図が酷い。
クーラー効いているのもあるし、私はそっと沙雪さんに追加装備のジャケットを羽織らせる。
「まず服着よう、沙雪さん。高いとか低いとか、大きいとか小さいとか今はそんなのどうでもいいから」
「あなたは両方持っているからそんなこと言えるのよ」
「そうだよ」
なんですみちゃん沙雪さんに同調してるの〜え〜。
「私は小さくても低くても好きだから、とにかく早く着替えて準備して行こう。沙雪さんもずっと下着でいると風邪引くよ」
少々強引に沙雪さんとすみちゃんを離してようやく、出かける準備を始めてくれた。




