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それぞれの生き方

 慣れない人の部屋で一人にされて、何をすれば、どうすればいいのか分からなかった。

 あまりに手持ち無沙汰なので、起きてそのままにしたのであろうぐしゃぐしゃのベッドを整えて、もう一度ソファに座る。


 しばらくしてようやく、ジャンクフードの袋を提げた沙雪さんが戻ってきた。


「どこ行ってたの?」

「お腹空いたからご飯買いにいっていたのよ。見れば分かると思うけれど」

「一言言ってほしかったよ」


 沙雪さんは何も言わずにポテトを食べ始める。


「こっちあなたのね」

「ありがとう」


 そう言ってさりげなくサイズの小さい方を渡されるけど、沙雪さんらしいとしか思わない。


「沙雪さんってジャンク食べるんだ」

「あら、私はスムージーを飲んでいるのがお似合いかしら?」

「いや、どちらかというともっと高そうなもの食べてるイメージ」

「そういうのは店で食べないといけないから面倒なのよ。こういうのは家で食べれる美味しいものだからいいのよ。基本休日はこれよ」

「よくそれで太らないし肌とかも綺麗だよね。運動しなさそうなのに」

「私代謝がいいから太らないのよ」


 それをクラスで言えば文句の嵐だろう。


「それと私、肌を守る為にケアはするけど化粧はしないもの。しなくても十分な顔でしょう」


 化粧している人に喧嘩売っているよこの人。


「でも髪は染めるんだね。カラコンもよく付けてるし」

「それは社会人になればできないじゃない。だから今堪能しているのよ」

「ちゃんと働く気あったんだ。ヒモにでもなるのかと思ってた」

「あら、じゃああなたが私を養ってくれるのかしら?」

「遠慮しときます」


 ポテトが無くなったので、バーガーに手を伸ばす。


「私は嫌でも働くわよ。今度はきっと引き取られずに終わるのだから」


 齧る直前にそんな事を言わないでほしい。間抜けな顔で固まってしまうから。


「そ、そんなことないと思うけど」

「次また母が引き取ってくれるとは限らないわ。あそこに置いておけば私が死んでしまうとでも思ったから仕方なく引き取ったのでしょう。父とだってそんな関わりないもの。実子もいるのだから私を引き取る余地ないわよ」

「べ、別にまた離婚するとは限らないし……」

「しないとも限らないわ。母はお金が大好きだもの。父が稼がなくなればすぐ捨てるわ。前の父親は顔が大好きだったわね。結局、全てを面倒見るって条件で結婚した母親に不倫して駆け落ちされたのよ。下手に出すぎて都合の良い世話人に成り下がったのだから。そのせいで似てきたってだけで何もしていない私すら恨むようになったのよ。かつて大好きだった顔を殴るほどにね。人の好きなんて信じられないわ」


 全く食べられる空気じゃない。沙雪さんは何とも思ってないのか普通に食べ進めているけど、私は全く喉が通らない。さっき食べたポテトの味すら忘れて、本当に食べたのか疑ってしまうほどだ。


「キスしようが身体を重ねようが、どうせ恨む時は恨み、捨てる時は捨てる。私はその行為自体に価値を一切感じないわ。なんで皆、特別な行為だと感じるのかしらね。愛しているも好きも、薄っぺらい言葉よ」

「人を……好きになったらきっと分かるよ……」

「人ね。人に価値を感じる時なんてくるのかしら。結局皆、人を通して見えるお金や容姿、能力に価値を感じるのよ」

「それは違うよ。たしかに、最初はそういうところに惹かれる人がいるってことは否定しない。でも、その人と同じ表情、性格、思い方、思われ方を与えて、もらってくれる人はいない。入り口はどこであれ、人はその人にしかない魅力を、その人だからこその魅力に惹かれるんだよ。言い方悪いけど、沙雪さんの最初の両親はお互いがクズで自分本位だったから上手くいかなかっただけで、別に全ての人がそうじゃない。それに沙雪さんの最初のお母さんも、愛に逃げたんでしょ。都合の良いお父さんを捨ててでも一緒にいたい人を見つけたんでしょう」


 沙雪さんは食べ終わったバーガーの包み紙をくしゃくしゃにし、紙袋に放り投げる。


「好きな人がいるからそう思えるのでしょうね。なら、あなたの好きな人があなたに飽きて愛想を尽かして、好きももう言わず、触れるのも拒み、他の人に目移りして、あなたという都合の良い居場所だけ確保して、身も心もすべて他の人に渡していたとしたら、あなたはその人を愛せるのかしら?」

「そんな暴論──」

「この暴論を私はずっと見てきたのよ。その人にしかない価値というのなら、あなたはそんな好きな人に価値を見出せるのかしら?」


 すみちゃんがそうなるなんて想像ができない。できない。できないできないできないできない──したくない。

 現実なんかじゃない。現実じゃないのに、これが現実だった人に突きつけられると、現実のように錯覚してしまう。


「それは、きっと、私に問題があって、きっと、直せば──」

「ならあなたは過去に価値を持つのね」


 飲み込んだ息が詰まる。上手く外に出ない。

 これは嘘だ。現実じゃない。大丈夫。そう何度も言い聞かせているのに、時折流れる本当に? が全てを無に帰す。飽きられないと言える? 愛想尽かされないと言える? 逃げたくなるようなことしてない? それに上手くノーを突きつけられない。

 すみちゃんに無理をさせている。その自覚があればあるほど、未来が暗転していく。


「いいのよ、別に。どうせ壊れるものなのだから。私は捨てられたら、一番にあなたの元に行くでしょうね。だからあなたも捨てられたら私の元に来なさい。そしたら面倒見てこう言ってあげるわ。言ったでしょうと」

「なん……で? なんで? 沙雪さんには、もっと頼れる人が……」


 私に頼れと言うのは分かる。嫌がらせの為なのだから。でも、だとしても、なんで沙雪さんは一番に私の元に来ようとするの?


「あなたしか知らないからよ。私がこんなこと他の人に言うわけないじゃない。怒るか興味ないか同情されるかのどれかよ」


 ああ、違う。沙雪さんが本当に言いたかったのは、暗い未来じゃなくて……。

 そう、違う。私は、沙雪さんじゃないから。すみちゃんへの信用が、私にはあって、沙雪さんは人への信用がなくて……。だから、すみちゃんとの暗い未来は、なくて。すみちゃんを信じれる余裕が私にはあって。でも、沙雪さんにはなくて。だから沙雪さんは、余裕が欲しいんじゃない、のかな。もしくは、私を同じ土俵に──でもそしたら、結び付かなくなる。そうなると沙雪さんは、信じたいんじゃないかな。人を。でも、だとしたら、沙雪さんが私を選ぶということは──


「それは……今まで沙雪さんが言っていたことに当てはめると、沙雪さんは私に価値を感じていることになるんじゃ……」


 元々ぱっちりとしている切れ長の目が、ゆっくりと大きく開かれることによって、徐々に丸みを帯びていく。


「怖いんだよ。捨てられるかもしれないって。だから認めたくないんだよ。深い愛を。慣れたのかもしれない。そうだよ。当たり前だよ。慣れているからといって、平気なわけじゃない。知らない間に受けた傷が、治らないまま固まったんだよ。今私がどうこう言ったところで、証明したところで治るなんて思わない。そんな軽いもののはずないから」


 私は沙雪さんよりも高く手を掲げて、頭にそっと触れる。


「こんなただの人間一人に人を救うなんて大それたことできるはずない。でも、捨てられた時じゃなくても、生きづらくなったらおいでよ。私で遊ぶと気が晴れるんでしょ」


 沙雪さんはふっと息を吐いた。


「私よりも高い手が痛くないのは初めてね」


 そう言って、私が持っているバーガーを齧った。


「ああ⁉︎」

「ベラベラ喋ってさっさと食べないからよ」


 楽しそうに笑う沙雪さんを見てまあいっかと思おうとしたけれど、容赦なく二口目いかれてその気持ちも薄まった。

 やっぱ沙雪さんは沙雪さんだ。


◇◆◇◆◇


 夜、帰ってきた沙雪さんのご両親に挨拶すると、それはそれはとても驚いていた。いつか紹介してねと言ったのに、ものの二日で無断で連れてくるし、そもそも女だということすら言っていなかったし、あと期間限定ということすら言っていなかった。まじで恋人いるしか言っていなかったらしく、大変驚かせてしまった。


「沙雪さん、次からはちゃんと言いなよ」


 優しく送ってあげようねとお母さんに促された沙雪さんと一緒に駅まで向かう。


「あればそうするわ」

「沙雪さんモテるんだからあるんじゃない?」

「私はきっと好きな人はできないわ。子供も作らず別居でお金だけくれるのなら考えてもいいくらいね。でも、そんな都合の良い人間いないことも分かっている。私は結局、一人になるのよ」


 私は沙雪さんの言葉に何も言わなかった。言えなかった。沙雪さんの過去を聞いた以上、酷い条件だねとも、いつかできるかもなんて口が裂けても言えなかったから。

 ただ静かに、街灯だけが頼りの暗い道で二人分の靴音を鳴らして、気まずいのか気まずくないのかよく分からない時間を過ごす。


「着いたわよ」

「うん。送ってくれてありがとう」

「ええ、心の底から感謝しなさい」


 背中を見せる沙雪さんに声をかける。


「沙雪さん。人生、楽しんだもん勝ちだから、どんな人生歩んでもいいと思う。でも、つまらなかったり、寂しく感じたら、いつでも相手になってあげるよ」


 沙雪さんは振り向いて、笑みを浮かべた顔を見せる。


「そういうところが好きよ、依吹」


 周りの人が振り返るそこそこ大きな声でそんな言葉を残して、来た道を戻っていった。


「ちゃんと言えるじゃん。薄っぺらくない好きを」


 その好きがどんな意味かなんてどうでもいい。恋愛できないのなら、その分色んな好きを積み重ねるべきだと私は思うから。捨てられない好きをちゃんと積み重ねてようやく、沙雪さんは救われるんじゃないかな。そんな私の願望。


「私も好きだよ、沙雪さん」


 見えなくなったその背中に言葉を送って、明るくうるさい駅に入っていく。

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