日南家
いつものように小夏と白葉ちゃんと話をしていると、沙雪さんが後ろから私に腕を回してきた。
「依吹、明日私の家に来なさい」
「明日は土曜ですよ。お断りします」
「あら、あなたに拒否権なんてないわよ」
「日南、ただでさえ変な関係でいぶっちゃんに迷惑かけているんだからやめなよ」
「そうだぞ。依吹っちは沙雪っちのじゃないんだからな」
「あら、その変な関係のせいで依吹を家に呼ぶことになったのよ」
全く話が見えてこないけれど、とりあえず碌なことじゃないってことだけは分かる。沙雪さん関連だし。
「どういうこと?」
「いじめの話よ。進路相談の時に親を交えて各々話すことになったでしょう。だからあなた達もある程度は事前に親に予め話しておくでしょう」
「まあね。あたしはまだ話してないけど。あたしの場合はもう中学で前例があるから、親にあたしがいじめを引き起こしたとか思われて怒鳴られそうだし気が重い」
「あたしもまだだな。話すタイミングがなくて」
「私もまだ。テスト終わってからにしようと思って」
「私は話したわ。その流れであなたと付き合っていることも話したのよ」
呆気に取られるを今もの凄い体感している。どうせあと数週間で終わる関係。なぜ親に話したと思った。
「な、なんで……」
「あなた、先生に私達が付き合っている事を引き合いに出したじゃない。もしその事を進路相談の時に言われても困るもの。だから事前に言っておいたのよ」
「そ、それでなぜ沙雪さんの家にお邪魔することに……?」
「紹介しなさいと言われからよ」
偽装恋愛で紹介される展開ってある⁉︎ ありえる⁉︎ 嘘でしょ⁉︎ 私まだすみちゃんのご両親にすらお付き合いの挨拶行ってないのに!
「そういうことだから、楽しみにしているわよ。住所は後で送っておくわ」
沙雪さんは私の返事を待たずに、あゆちゃん達の元に戻っていった。
「ど、どうしよう白葉ちゃん……」
「まあ、行けば? 親にお呼ばれしていかないのは失礼だし」
「そんな薄情な〜」
「あたしもついてってやろうか?」
「心はお願いしたがっているけど、理性がそれはやめた方がいいって言ってるから大丈夫だよ。ありがとう。はぁ……。ねえ白葉ちゃん、私も親に沙雪さんとの関係言っといた方がいいのかな?」
「先生がどんな感じで切ってくるか分からないからなんとも言えないけど、まあ事情も含めて言っとくのはいいんじゃない? 真剣交際なわけじゃないし。いぶっちゃんの親がどんな人か分からないから、言いにくい感じなら言わなくていいと思うけど」
「はぁ……あの場で出した以上は覚悟しないとか」
とはいえ、その日の内に言う勇気は持てなかった。
◇◆◇◆◇
電車を乗り継いで、沙雪さんの家に向かう。
「でか〜」
お嬢様。みたいな家ではないけれど、よく見る家よりかは明らかに大きく、ガレージも車が二台余裕に置けそうな広さ。よく見ると裏口みたいなところもあったし。
表札を何度か確認して、インターホンを鳴らす。
特にインターホンからの応答はないまま、ドアが開いた。
「暑いのによくそんな格好できるわね。入りなさい」
シャツに短パンと、かなりラフな格好をした日南さんが顔を見せる。
「お邪魔します」
天井高いなと思いながら、陽光のよく差し込まれたリビングに入る。すぐ横には階段があって、リビングから二階に上がるなんて斬新だなって思った。
「沙雪さんこれ、手土産」
「あらありがとう」
沙雪さんは手提げ袋のまま冷蔵庫に入れると、コーラを二本出した。
「これ持って上行きましょう」
「その前にできれば手を洗いたいんだけど」
「ならそこで洗いなさい」
キッチンで手を洗うのは抵抗感があったけど、沙雪さんの性格上、洗面所がいいと言ってもこだわりが強いとかで押し返されそうなので、大人しく洗う。
「行くわよ」
二階に上がると、ちょうどお姉さんと思われる人が出てきた。
「わ、さ、沙雪ちゃん、人呼ぶなら事前に言って……」
「次からは気をつけるわ」
お姉さんは軽く会釈をするとすぐにドアを閉めて部屋に戻ってしまった。
「入りなさい」
沙雪さんの部屋はあまり物がある印象がなく、でもソファやテレビはあるから殺風景という感じはなく、あまりこだわりがないんだろうなっていうのが見て取れる部屋だった。
「さっきのお姉さん?」
適当に端に荷物を置きながら会話を始める。
「そうなるわね」
「何その微妙な反応? あんまり沙雪さんに似てなかったのと関係ある?」
「似てないのは当然ね。血は繋がっていないもの」
「そうなんだ」
だからなんか沙雪さんと距離ある感じだったんだ。
「ところで、ご両親は?」
「デート行っているからいないわよ」
「…………なんで⁉︎ え、私紹介される為に来たんだよね⁉︎」
「夜には帰ってくるわよ」
沙雪さんはソファに座って適当にテレビをつけ始めた。
「まさかとは思うけど、沙雪さん今日私が来ること──」
「言ってないわよ」
「なんで⁉︎」
「言う必要ないわよ。何をしようと私の勝手だもの。私はただ紹介してほしいって言われたから今日あなたを呼んだのよ」
「沙雪さんのご両親苦労してそう」
「どうかしらね」
沙雪さんは心底興味ないといった表情を見せる。
「いつまで立っているつもり? 座りなさい」
「お言葉に甘えて失礼します」
ソファに身体を沈ませ、沙雪さんと並んでバラエティを見る。
「大して面白くないわね」
「休日はね。平日に比べたら微妙かな」
沙雪さんはテレビを消して、リモコンをテーブルの上に投げ置いた。
「沙雪さんって割と適当だよね」
「あなたは私にしっかり者のイメージがあったのかしら?」
「いや、それはない」
「そうでしょうね」
沙雪さんは暇そうに正面を見つめている。
「沙雪さんって普段休日何してるの?」
「昼まで寝てるわ」
「その後は?」
「ご飯食べて適当に過ごしているだけよ。遊びに誘われれば出かけるわ。思いつきで旅行に行く時もあるわね」
「インドアなのかアウトドアなのかよく分からない過ごし方してるんだね」
「あなたはインドアそうね。思えば依吹のことあまり知らないわね。何が好きなの?」
「アニメとか漫画とか好きだよ。ライトノベルも読むし」
「男同士の恋愛が好きなのかしら?」
変な顔になってしまう。なんでアニメ好きってだけで腐女子認定になるのだろうか。
「別に嫌悪はないけど特別好きなわけじゃないよ」
「そう」
「なんでそう思ったの?」
「姉が好きだからよ。そういう本沢山あるわ。すごく薄いエッチな物もたくさん」
「なんでそんなこと知ってるの?」
「暇つぶしでいない時に漁っているのよ」
おそらく隠しているであろう同人誌ですら知られてると知ったらお姉さん多分死にたくなるだろうな。
「それお姉さんに言わない方がいいよ」
「もう知っているわよ。薄い本とエッチなやつだけは見当たらなくなったわね。それ以外はたまにさりげなく目立つところに置いてあったりするわ」
自暴自棄なのか、もうバレてしまった以上は布教しようとでも思ったのか。それはそれとして成人向けと同人誌だけは絶対に死守するようになったんだろう。お姉さんの心労を思うと胸が痛くなるよ。
「あまり漁るのはやめようね」
「見られて困る物を目につく場所に置いておくのが悪いわ。見られたくないものはしっかりと隠すことね」
「沙雪さんってほんとそういうところあるよね。私がそこにある沙雪さんのアルバム見てもいいわけ?」
「別に構わないわよ」
そんな事を平然と言ってのけたので、小さな本棚に入ってあったアルバムを手に取った。
「本当に見るよ?」
「好きになさい」
そういうので、お構いなく開かせてもらう。
「沙雪さんにもこんな可愛らしい時期があったんだね……」
赤ちゃんの頃や幼少期の無邪気に笑ったり泣いたり怒ったりしている写真を見ると、自然とそんな言葉が出てくる。
「今も十分愛らしい姿よ」
「見た目はね。見た目は」
さらにめくり続けると、幼稚園に上がった沙雪さんが出てくる。
「これ五十嵐君?」
「ええそうよ。この頃はまだ可愛げがあったわね」
「今の五十嵐君も沙雪さんに比べたら可愛げあるよ」
「酷い言い草ね。彼女に言う言葉じゃないわ」
「彼女じゃないからね」
幼少期の五十嵐君の写真とか、見たい人多いだろうなと思いながらさらに捲る。
「沙雪さんってお母さん似なんだね」
「そうみたいね」
「みたい?」
「もう顔なんて大して覚えてないもの」
そっか、お姉さんと血が繋がってないってことは、再婚したってことだもんね。前のお母さんの記憶なくてもおかしくはないか。
「なんか五十嵐君と写ってる写真ばっか」
「当然よ。それ全部廉の両親が撮っているのだから」
「へ〜……あれ⁉︎」
小学校の卒業式では再婚したと思われる新たなお母さんとお父さんが写っていたのに、中学の入学式ではお母さんだけになっていた。
「あら、どうしたの?」
「お父さんは⁉︎」
「私があまりに母親に似てきたからって、暴力振るい始めたから今の母が愛想尽かして離婚してそのまま私を引き取ったのよ」
しょ、衝撃的事実すぎるんでけど……。生みのお母さんは小学校の時に別れて、お父さんはDVで中学に入る前に別れて、継母に引き取られて、今はお姉さんがいることから再婚していると思われるから……つまり──
「沙雪さん、この家の誰とも血が繋がってないの⁉︎」
「ええそうよ」
五十嵐君が言ってた色々ってこういうことだったんだ……。色々に収めていいことじゃないレベルで色々なんだけど。
「ちなみに今のお母さんとはどれくらいの付き合いなの?」
「五年くらいかしらね」
「いいお母さんに会えてよかったね」
「そうなのかしらね」
沙雪さんはピンときていないっぽいけど、血の繋がってない子を守る為に、離婚して引き取って育てるなんて相当だと思う。ほんと。
「まあそういうことだから、私は今まで三回名字が変わったのよ。最初はたしか、北見だったわね。次に東。今は日南よ。次に西がつく名字になれば、東西南北制覇ね」
「ある意味、陽は西に沈むから、日南の日を西と捉えることもできるけどね」
「なら東西南北制覇ね。……あなたは私を可哀想と思うかしら?」
境遇だけ聞けば可哀想って言葉が出るけれど。特に父親に殴られていたとかそんな、重すぎて触れたくないけど、でも、今まで散々振り回されたことがあるからなのか、それとも今の沙雪さんを見てなのか分からないけど──
「ずっと同じ家族でいる私からすれば、何度も家族が変わって大変だっただろうなとは思うけど、今の沙雪さんを見ていて可哀想なんて言葉はどう頑張っても出てこないよ。気を使っている様子もないし、むしろ自由にやらせてもらっているように見えるからね」
「そうよ、私は可哀想じゃないわ。全くね」
沙雪さんは私からアルバムを取って、元の場所に戻した。そのまま部屋から出て、しばらく戻ってこなかった。




