終わらない決着
先生が紙を名簿に挟むと、宇河さんは机を両手で強く叩く。
「そんなの信用できるわけないじゃないですか! あゆちゃんは一軍陽キャなんだから、言われたらホイホイ書いちゃうでしょ! そもそも、そのタイトルも後から書いたとも考えられます! それなら適当に名前書かせた後に付け足せばいい事じゃないですか⁉︎」
「ならそれこそ明日、先生がホームルームで聞けばいい話じゃん。それに少なくとも、いぶっちゃん抜いてここにいる七──君は人数に含めちゃっていい? 喋らなくていい。首だけ振って」
白葉ちゃんは徳永さんの喋りを警戒しているのか、そんな指示を出した。元々白葉ちゃんがどんな人なのか知らないのもあるのか、徳永さんもすんなり受け入れて首を縦に振る。
「じゃあ七人はその告発に同意するので」
「そんなの認められるわけないでしょ! 口裏合わせなんていくらでもできるじゃん!」
「なら、宇河が藍川に悪口を言った日時を別々で聞き取り調査する? うちは構わない。だって嘘なんてないんだから。島ちゃん、うちらはそれで構いません。そこの後輩ちゃんだけは見ていないので難しいとは思いますけど」
すみちゃんは私を宇河さんから守る盾を担うように、私の横につく。
「たしかに、私達も宇河さんに言い過ぎたことがあるのは認めます。でも、友達が傷つけられていて平気でいられますか? やめてと言ってやめてくれるならともかく、何度も何度も藍川さんへの攻撃をやめませんでした。私達は高校生です。日頃から執着されていたのもありますし、強く言ってしまうことくらいあります」
「依吹っちは優しいから、いつも我慢していた。だからあたしらが言い返していたんだ。友達が傷つくのだけは嫌だ。先生はあたしらの友達を思う行為を否定するのか?」
先生は真っ先に小夏の言葉に反応して否定する。
「いえ、友達を守る思いは否定しません。ですがやはり、先生からしたらいじめから守る行為が結果的にいじめに繋がってしまったと見えます」
「私はいじめてません!」
「宇河さんがそう思っていても、結果的にいじめになっていたということです。それは他の皆さんも同じです」
先生のその言葉に誰も何も言えず、ただただ何も進まない静かな時間が刻まれていると、徳永さんが静かに手を挙げた。
「あの〜少しよろしいでしょうか」
「何か意見がありますか?」
「意見というほどのことではないのですが、ゴールが一切見えないというところですね。先生の中では二つのいじめがあったと認識されたようですが、では何を求めているのでしょうか? もしいじめが行われていたのであれば、距離を取らせればいいだけではないでしょうか? そもそもそれを七木先輩達は望んでいたんですよね? ならそれで解決ではないですか。いじめが行われている以上、もう二度といじめを起こさない為に距離を取らせる。それに尽きると思うんです。それともわたしが知らない、もしくは見逃している何かがあるのでしょうか? それは先生の事情なのか、七木先輩達の事情なのか、それとも宇河先輩の事情なのか、どれでしょうか? わたし的には話を聞いている限り、先生と宇河先輩の事情だとは思いますが、とりあえず一旦この場を納めるならしばらく距離を取ってもらうでいいと思うのです。何も知らないので大変的外れな意見をしているかもしれませんが、その場合は今まで言ったことを無視してもらってよろしいです。ですが第三者としては距離を取る。それが一番だということをお伝えしておきます」
「何も知らないくせに勝手なこと言わないで!」
徳永さんが言い終わって一拍置いて、宇河さんが徳永さんに向けて怒鳴った。
それに萎縮した徳永さんは、無意識だろうけど私の後ろに隠れる。横にすみちゃんもいるから一層安心するのだろう。
「後輩に怒鳴らないでよ! 言ってる通り距離を置けばいいじゃん! 島ちゃんもなんでいつまでも宇河の肩を持つの⁉︎」
「肩を持っているわけではないですが、先生としては皆が仲直りしてくれるのが一番だと思っています」
「だから最初から仲良くないって言ってるじゃん!」
一歩前に出たあゆちゃんの身体を後ろに下げる。
「先生、もしかしたらもう噂かなんかで耳にしているかもしれませんが、私は日南さんと付き合っています」
迷惑でしかないこの噂、せめてこういう時くらいは思う存分利用させてもらう。沙雪さんも利用していいって言ってたし。
「そ、そうなんですね」
「この噂が広まったのは一週間前です。同性カップルです。異性ですら隠すのに、私達はあえて広めました。嫌悪される可能性があるのに広めました。なぜだと思いますか?」
「そうですね……」
先生が言葉を詰まらせている間に沙雪さんに目配せをして、伝わるかは分からないけれど、合わせてと合図を送る。
「私も日南さんも宇河さんに困っていたからです」
「はぁ⁉︎」
「私は以前より、宇河さんに執着されて困っていると日南さんから相談を受けていました。私もまた、宇河さんによく悪口を言われてストレスが溜まると相談をしていました。だから、お互いがお互いを公に守りあえるように、そして日南さんが私の元に逃げられるようにと公表しました」
沙雪さんも私の目的が分かったのか、一歩前に出て私の証言に合わせてくれる。
「ええ。よく依吹に相談していたわ。デートをしても最終的にはお互いその話で、楽しいはずのデートがよく台無しになったものよ」
それはそれとして変に話を盛られはするのだけれど。
「愛する人が侮辱されているのよ。我慢できずに言い過ぎてしまうでしょう。避けようとするでしょう。そもそもそんな相手、嫌いに決まっているでしょう。この気持ち、恋愛したことあるなら分かりますよね。なくてもいいです。それなら経験ある人に聞いてください」
そしてしっかり煽りも入れている。
「それほどまでに悩まれていたのですね……」
「先生、もし先生が橋野さん達に宇河さんと仲直りするように言うのでしたら、私は橋野さん達との縁を切らなければなりません」
宇河さんは一体何を言うんだという警戒と、これ以上余計なことを喋るなと威嚇を送ってくる。それでも、もう前のように引くなんてことは一切しない。これはもう、私だけの問題じゃないから、どうでもいいなんて言ってられない。
「当然です。いじめてきた相手と仲良くなんてできません。そして、皆と縁を切らなければならないのは私だけではありません。日南さんも同様に、今まで培った友情を切らなければありません。逆に、日南さんが友情を選べば、私達は一緒にいられなくなります。恋人と学校で一緒にいられない日々、私は耐えられません」
すみちゃんの手がほんの少し、まるで偶然のように私に触れる。
「そうなれば私は迷わず依吹を選ぶわ。私も耐えられないもの。あゆ達とは気まずくなって一緒にいられなくなり、依吹と二人。私が休んでしまったら依吹には寂しい思いをさせてしまうわね。私もとても寂しいわ。もしかしたら別れてしまうかもしれない。そうしたら私達は孤立してしまう。ねえ先生。先生は、私達の関係崩壊がお望みなのかしら?」
先生にこの状況、この決断、本当に酷だと思う。先生は先生だから、宇河さんが望んでもない孤立の選択を取らせることはできない。かといって、友達を失わせる選択も取れない。先生は先生だからこそ、安易に正しいだけの選択ができない。
「先生、別に今答えを出す必要はないと私は思います。それこそ、テスト後に進路相談がありますよね? その時に親を、可能なら他の先生も交えて話し合ってもいいと思います。私達もその後また、学年主任でも教頭でも校長でも交えて話し合いをしても問題ありません。ただ、今だけは宇河さんと距離を取る選択をしてください。徳永さんが言うように、側から見れば距離を取る選択が最適だと思います。親もきっとその判断を支持します。どうか、お願いです」
◇◆◇◆◇
今日の話し合いは終わった。次の話し合いまで宇河さんとお互い接触しないという結論で。宇河さんはすごく反発していたけれど、それを聞き入れると結局ずっと平行線だから、そこはもう割り切ったのか、先生もキツめに言って半強制的に終わらせた。
そして時間も時間なので、あゆちゃんも大澤さんも部活をサボることにしたらしい。徳永さんも今から戻ってもとのことなので、同好会には荷物だけ取りに戻った。
「依吹さんも悪知恵が働くのね」
「悪知恵とは人聞きが悪い」
「いやでもまじで助かった。ありがと藍川。あと後輩ちゃんもね。無関係なのに手伝ってくれてありがとう。徳永ちゃんだっけ? 下はなんて言うの?」
「いえいえそんな滅相もありません。わたしは大したことどころかなにもしておりませんので。むしろ変なこと言って話し合いを中断してしまい申し訳ない気持ちでいっぱいです。そんなわたしの名は仰る通り姓は徳川の徳に永遠の永で徳永といい、名はお恥ずかしながらこの見た目からは想像できないであろうキラキラネーム。あ、キラキラネームと言いましても、別名DQNネームではなく、本当にキラキラしている女の子に相応しいという意味でのキラキラでして、百合愛と申します。こんな芋少女にはとてもとても背負いきれない名前で、過去に親に文句を言ってしまったこともございます。そのことは今でも胸が締め付けられるくらい後悔しておりますね。しかし、百合を愛するで百合愛ですので、ある種名は体を表しているということになり、昔は少々苦手なこの名前ですが、百合という存在を知ってからはまさしくわたしの生き様であると気に入っております。ちなみに百合は百合でも花の百合ではありません。もちろん花自体は綺麗で好きですし、やはり百合の象徴といえば百合ですので、よくバイトでお給料が入った時なんかは気まぐれに百合を一輪買って帰ったりしますが、やはり枯れてしまう時は悲しいですね。お花の百合も恋愛の百合も永遠に枯れずにその美しさを保っていてほしいものです」
徳永さんの口を閉じたのを見て、小夏は感心したように声を漏らす。
「よくそんなに喋れるな〜」
「ねーねー、花以外の百合って何?」
あゆちゃんにそう聞かれると、小夏に反応して喋ろうとしていた徳永さんは恥ずかしそうに口を閉じた。
「百合ってのは女の子同士の恋愛物だな。作品のジャンルとかで使われてる」
「ご、ご存知なのですね。わたしてっきり陽キャの方はオタク文化に疎いと思ってしまいまして。いえ、馬鹿にしているわけではなくてですね。ただ常識の齟齬が生まれてしまい大変恥ずかしい思いをしていたので──」
「あたしも結構アニメとか見るからな。そういうのはよく知ってるぞ」
「そうなんですか⁉︎」
いぶすみに興奮している時以上の声量でのその一言。びっくりした。
「わ、わたし初めて見ました。アニメを見るギャル……といいますか陽の方を! いえ、もちろん世界的に有名で人気な作品を見ている方は陰も陽も関係なく大勢いますが、百合の存在を知るほどアニメを見ていらっしゃる陽の方は初めて拝見いたしました! 世の中探せばいるもんですね。オタクに優しいギャル──ではなくて陽キャが」
あまりの感動のあまり徳永さんは今にも泣きそうである。
「まあとりあえず、ファミレスにでも行こっか。徳永ちゃんもおいで。助けてくれたお礼に先輩達が奢っちゃう」
「そ、そんな悪いです!」
「こういう時は先輩の顔を立てるもんだよ。いぶっちゃんも今回は奢ってあげるよ」
「え、でも……」
「大人しく奢られなさい依吹。ついでに私も奢ってもらうわ」
「沙雪は自分で払うんだよ」
「純蓮はケチね」
「ちゃっかり奢らそうとした沙雪に言われたくないね」
そんなこんなで、打ち上げという名目でファミレスで大いに楽しむことになった。
徳永さんは皆のノリに陽キャの洗礼と小さく零して萎縮しまくり、嘘のように静かになっていたけれど。




