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下準備

 段々と廊下にいる人が少なくなっていく。

 教室の中を覗いた子達も、なんかやばそうだよと私に一言告げると去っていく。


 廊下の喧騒はどんどん小さくなっていき、他クラスから聞こえる楽しそうな話し声と自分のクラスから若干聞こえる声くらいだ。


 あとどれくらいかなって考えながら、窓越しに見える空を見て、ただひたすら一方に漂う雲を眺めて、たまに面白い形を見つけては心の中で勝手に感嘆していた。


「島ちゃんの分からずや! もういい! 付き合ってらんない! わたし部活行くから!」


 勢いよく開いたドアに思わずびっくりして、姿勢も自然と正される。


 あゆちゃんは先生の強めの静止も聞かずにドアを閉めてしまう。


「あ、あゆちゃん──」

「聞いてよ依吹ちゃん〜!」


 あゆちゃんは私を見ると、腕を広げながら近づいてきて、私を抱きしめた。


「ど、どうしたの?」

「宇河がさ、わたしらがいじめてるって先生に言ったんだよ」

「えぇっ⁉︎」


 思わず声を出さずにはいられなかった。皆がいじめるなんてありえないし、仮にいじめられていたとしよう。それにしては宇河さんは変わらず皆と接点を持とうとしていたし、流石に無理があるんじゃないかって思った。


「いじめてない。むしろ宇河が執着して困っているって皆で訴えたのにさ、そうやって遠ざけようとする態度がいじめに繋がっているんだよで全っ然聞いてくれないし。そんなん言われたら先に言ったもん勝ちじゃん」

「先生も面倒事増やしたくないから綺麗に収まってほしいんだろうけど、それにしてもだし」

「ね!」


 あゆちゃんは抱きしめたまま眉間に皺を寄せた顔を一気に近づける。


「小学生じゃないんだよ! 高校生なんだよ! 合う合わないあるに決まってるじゃん! なんで我慢して友達やらなきゃいけないのって感じじゃん⁉︎ 島ちゃんまだ二十代なんだし分かってくれると思ったのに、でも宇河さんは仲良くしてほしいって言ってるから〜だよ⁉︎ 信じられる⁉︎」


 先生からしたら、あゆちゃん達が見放したら宇河さん一人になるからそれを避けたいんだろうな〜。修学旅行もあるし、余計にその辺に敏感なんだろう。ある意味、先生がまだ若いからこその弊害なのかもしれない。


「本当に大変だったね」


 このまま有耶無耶にするか、表面上でも先生を納得させたとして、結局は解決しないだろうし。なにより、今宇河さんに一番執着されやすいのはすみちゃんになる。ただでさえ私と沙雪さんの関係でストレス溜めさせているはずなのに、追い討ちのように宇河さんに執着されまくると本当に身体に出そうだからよくないし私もそれは避けさせたい。


「…………ねえあゆちゃん、よかったら手伝ってくれないかな? 奔走してもらうことになっちゃうから、部活に参加するの遅くなるかもだけど」

「部活は気にしないで。遅れることはもうメンバーに言ってるから。もういっそのことサボってもいいし。助けてくれてありがとね。何をすればいい?」

「あのね──」


 あゆちゃんは私が言い終わるとすぐに、まかせてと走っていった。


 私も一年生のクラスで徳永さんを探す。見当たらなくてやっぱり帰っているかって思っていると、大澤さんの部活の後輩という子が話しかけてきた。


「前大澤先輩と一緒にいた人ですよね? たしか日南先輩と付き合ってるって噂のあい、あい──」

「藍川です。あの、徳永さんってもう帰っているよね?」

「徳永さん? さぁ〜? アニ同とかにいるんじゃないですか? 徳永さんみたいな人がいるならそこだと思いますけど」

「ありがとう。助かったよ」

「いえいえ〜」


 助言の通りアニメ同好会に入ると、全員の視線が私に集まる。ドアを開ける前は聞こえていた楽しげな話し声も聞こえず、スマホから流れるアニメの音声だけが響く。


「あ、よかった。徳永さんいて。少しいいかな? ちょっと助けてほしくて」


 徳永さんの名前を呼ぶと、椅子を倒す勢いで立ち上がり、その場で焦りを露わにしている。


「わ、わ、わ、わたしなんかが藍川先輩のお力になれるだなんて何か天変地異が──」

「ごめんね、ちょっと一緒に来て。すみません、徳永さん少し借ります」


 徳永さんのマシンガントークが始まる前に、徳永さんを連れて教室前まで行く。


「一つ確認したいんだけど、徳永さんは私と七木さんがセットだから好きなの? それとも私単体でもいいのかな?」

「何をおっしゃるんですか⁉︎ もちろんいぶすみ二人揃ってこそ、その魅力が最大限に発揮されるものですが、そもそもわたしは美形百合カプが好きなのではなく、いぶすみの要素も噛み合った上での推しなんです。二人いないと魅力的でない推しカプなんてありましょうか⁉︎ 推しカプというのはたとえ一人一人に別れようと魅力溢れるものなんです! 藍川先輩だけだと好きじゃないなんてありえません! もちろん七木先輩と付き合っている藍川先輩が一番好きですが。今は別の方と付き合っているということで大変悲しく、まるで自分がずっと推してきたカプが公式に否定されたかのような絶望とやるせなさが──」


 徳永さんは相変わらずよく口が回るし動きも激しいけれど、今はそれがすごく頼もしく思える。それはそれとして、今はあまり長々と話されると困るけど。


「うん! ありがとう! 十分伝わったよ! その徳永さんの良さをね、十分発揮してもらえると嬉しくて」

「すみません、わたしの理解力が大変乏しいせいで、少々状況が理解できないのですが、わたしの良さとはどの部分でしょうか。わたしとしてはあまり人より秀でた部分はないと思っております。少なくともわたしに頼れる部分は──」

「言いたいことは分かったよ。物申したくなった時に好きに喋ってほしいってことなんだ。それまでは静かに側にいてくれたらいいよ」

「なるほど、つまりわたしに生徒会の応援演説のようなものを──」

「依吹ちゃ〜ん!」


 あゆちゃんが手を振りながら駆け寄ってくると、徳永さんは先ほどまでの生き生きした感じはなくなり、なるべく空気に徹しようと、私の後ろに隠れた。


「やったよ! 帰っちゃった人は無理だったけど、ちゃんと署名もらってきた!」

「ありがとう。じゃあ、行こうか」

「うん!」

「徳永さんも一緒に」

「え、へっ⁉︎」

「依吹ちゃんが、連れてきた子⁉︎ 遠慮せずにおいで!」


 私達は未だ話し合いがされている教室に入った。今だけは戦闘に赴く主要キャラの気分だ。

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