からかい
トイレに来ると、日南さんはくしを取り出して、髪を梳かし始めた。
「日南さん、ありがとう」
「悪い思いはさせないって言ったでしょう」
「うん、そうだね。でも日南さん、私のこと利用もしたよね」
一度鏡越しに私をチラ見したあとくしをしまって、濡れていない部分に寄りかかった。
「あら、気づいていたの」
日南さんは全く悪びれた様子はなく、意外だと思った様子もなかった。
「なんとなくだけどね」
「彼女に言いたいことはたくさんあったけれど、だからといって自分から機会を作る気は全くなかったのよ。そんなことをしてしまえば彼女は構ってもらえたと喜んでしまうもの。どうだったかしら? 私の言葉は。個人的には言いたいことの大半は言えたと思うわ」
「あれ全部本心なの?」
「もちろん嘘も混じっているわよ。言ったでしょう、必要なら私は嘘をつくと。コミュ力? 人望? 親しみ? あんなの全部、言い換えれば同じことじゃない。そんなこと意識しながらあなた達のこと見たことないわ」
「それなのによく言えたね」
「周りがよく彼女達に言っている事をそのまま使っただけよ。あなたに関してだけは良い言葉が思いつかなかったから心って言ったけれど、我ながら良い思いつきだったわ」
「それを本人に言っちゃうのはどうかと思うよ」
「いいのよ。だって依吹だもの」
日南さんは化粧目的で来たと思われる子達が入ってくると、軽く手を振って洗面台から離れる。
こんなことするから表面だけ見て好感持つ人が出るんだろうな。
日南さんはため息ついている私の肩を叩いて、人差し指で出るわよと合図をして、トイレから出る。
「なんで私だったらいいの?」
「だってあなた、若干私を舐めているでしょう」
「どちらかというと散々な目に合わされて呆れているよ」
「ええ。だから私を舐めているのよ。私はよく、喋らなければ美人と言われるわ」
「前もそんな事言ってたね」
「私の扱いは難しいのよ」
「自覚あるだけ救いだね」
「人間、難しい事に喜んで突っ込んでいく人は少ないわ。だから面倒な相手には対応が雑になるのよ。私もそう」
「それが大半の人の真理だろうしね。ストレス溜めたくないんだよ」
「でもあなたはなんやかんやで付き合ってくれるでしょう。面倒な事、呆れる事、そんなことを言われたら、大半の人間は次に移行するか遠ざける。でも、依吹は単純で真面目だから、良くも悪くも受け止める。まともに取り合う気にもなれない、でも雑に扱う事もできない。その最適解が相手を舐める事で、相手優先で接しなくてもいいって思うのでしょうね。そんな依吹らしくない依吹らしさを出させるのが、どうしようもなく楽しいのよ」
日南さん人の意見とか聞き入れなさそうだし、だからこそそういうものだって諦められて、はいはいで済まされてきた経験は多そうだなとは思う。実際、まともに取り合うな的なこと何度言われたことか……。だから日南さんからしたら私は珍し──
「……ん? 待って、それ私で遊んでいる感覚ってこと⁉︎」
「言い換えればそうかもしれないわね」
「せ──性格悪っ⁉︎」
日南さんはニヤリと笑って、靴音を少々弾ませている。
「あら、心外ね。私はちゃんと責任を持ってあなたを守っているでしょう。これからもあなたに掛かる火の粉はできる限り払ってあげるわよ」
「それとこれとは話が別としか……。日南さんは一体私をなんだと思っているの」
「沙雪でいいわよ。だってあなたは私の彼女だもの」
「仮初のね。そもそも噂がなければ私は日南さんとは付き合っていないし」
なにより私にはすみちゃんがいるし。現時点でも仮初だろうと日南さんと付き合っているとか認めたくないのに。なんで本当に日南さんなんかと疑似浮気しないといけないのやら。せめて一年くらい経ってからの方がまだすみちゃん的にも良かっただろうに、付き合って一週間も経たずにこんな事になるなんて。
「沙雪よ」
「……沙雪さん。言いなりになるのは不服なので、これが限界」
「意外と意地っ張りなところがあるのね。でも、それを口にした時点であなたの負けよ、依吹」
人差し指で額を軽く押されると、顔がカッと熱くなる。
「そんなんだから喋らなければ美人とか不名誉もらうんだよ」
「あら、拗ねたのかしら。あなたも中々に子どもらしいのね。今の方が可愛げあるわよ」
もう〜! と声を出すと、沙雪さんはおかしそうに笑いながら、何度も何度も身体ごと振り返り、でも私から逃げるようにステップを踏んで教室に戻っていく。
沙雪さんと関わっていると、すみちゃん相手とは別の意味で余裕が持てなくなっていく。




