飛躍
昨日がかなり波瀾万丈の一日だったから、今日は平和な一日であってほしいと願って家から出る。
「あれ? すみちゃん」
そう声を掛けると、パッと顔を明るくして、勢いよく壁から離れ、一度ターンを挟んで私の横に立って、足を揃えて歩き始める。
「おはよういぶ」
「おはよう。待っててくれたの?」
「そんなに待ってないよ」
「ほんと〜? でも嬉しい。もしかして昨日も待っててくれてた?」
「うん。でも、昨日はいぶのお父さんが、起こしてもいぶが起きなかったから、遅刻するかもだから待たずに行きなさいって声かけてくれたからそんなに待ってないよ」
「お父さんが出る時間より前から待ってたの⁉︎」
すみちゃんはあっ。と声を漏らして、口を塞いだ。
「そんな前から待たなくていいよ。これから私、出る前に連絡するからそれに合わせてくれる感じでいいよ」
「いぶがいいならお願いしようかな」
「その方が私の心の健康にもいいからね」
胸を摩りながら、まだ気候が安定しているから良かったとはいえと思いながら、長時間ひたすら待っていたすみちゃんを思うと、愛が……。
「それよりいぶ、忘れてる」
「ん?」
顔の位置をすみちゃんより下にして、掬うようにキスをすると、すみちゃんは後ろに退いて、口を手で覆って真っ赤になった顔を半分覆っている。
「ち、違うよ⁉︎ こ、こんな近所の公道で──見られて噂になったら……」
すみちゃんは周囲を見渡して、目に入る生命体が、先を歩いてヘッドホンしながら歩きスマホしているお兄さんと、カラスや道を歩く虫程度なのを確認して、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「ご、ごめん、忘れ物っていうからてっきりキスかと……」
それと直近であゆちゃんにモールで、日南さんに廊下でされたせいで、人の目がある場所という感覚が麻痺ってしまったのも……悪影響がすぎる……。
「忘れ物じゃなくて、手を繋ぐの忘れてるって言いたかったの!」
「え⁉︎ あ、そっち⁉︎ ご、ごめんね」
あまりの恥ずかしさに溶けてしまいそう。繋いだすみちゃんの手の感触も正直よく分からないし、余裕が削れていく気分になる。
◇◆◇◆◇
学校に着いた瞬間、いつもより騒がしいのを感じた。特に二年の廊下は尚更騒がしかった。
教室に入って、白葉ちゃんの肩を叩いて事情を聞いてみる。
「白葉ちゃんおはよう。どうしたの? なんだかいつもより騒がしい気がしたんだけど」
白葉ちゃんは神妙な面持ちをして、私をじっと見た後、両手を組んでその手で口から下を隠す。
「ねえ、いぶっちゃん。日南とキスした?」
私もきっと白葉ちゃんと同じ表情になった。やはりそれかという感情と、もう広まってしまったのかという頭痛。当の噂を作った本人である日南さんの方を見たくなくなる。
「されました」
「すっちゃん知ってるの?」
「知ってます。一応お許しはいただきました」
「そ。事前に説明してたんならまぁいいと思うけど。今すっごい面倒な事になっているからまじで触らぬ神に祟りなしレベルで大人しくしといた方がいいよ」
「そ、そんなに……?」
一体何が起こっているのかと思い、変に身構えていると、肩を叩かれた。振り向くと日南さんがいたから、思わずひっ。と小さな悲鳴をあげて、白葉ちゃんの腕を掴んだ。
「何を怯えているのよ」
「ご、ごめんね」
「そういえば私達、付き合っていることになっていたの。よろしくね」
それだけ言って、日南さんは離れていった。
「は……はぁ⁉︎」
白葉ちゃんの方を見ると、はぁとため息を吐いていた。
「ど、ど、ど、ど、ど、ど──」
「廊下で日南が依吹って呼ばれている美人と二回キスしてたって噂から飛躍して、校内でも構わずイチャつくバカップルって事になったの」
「ちょ⁉︎ えっ⁉︎ ちょ、違う! 無理矢理されたのに!」
「そんなのどうでもいいんだよ。噂っていうのは事実かどうかより面白いかどうかだからね」
「ど、どうすれば──」
「だから大人しくするの。飽きられるまでね。分かった?」
な、何が噂の上書きするなの……⁉︎ よ、余計迷惑被っているんですけど⁉︎
「日南さん! お願いだから訂正して!」
「無理よ」
「どうして! 日南さんのせいだよ!」
「キスした事実は消えないもの。付き合っているはその付随でしょう。私が否定したところで照れているって解釈されるだけよ」
「で、でも……」
「私は別にいいわよ。その噂に乗っても。告白される機会や寄ってくる人の対処に追われなくて便利そうだもの」
そんな理由でって言いたかったけれど、そもそもすみちゃんとそういう理由付けで仮で付き合っていたから何も言えない。
「ひ、日南さんが蒔いた種だよ。どうにかしてよ」
「私はこれで構わないもの。しないわ。それでどうするの? 私と付き合うの?」
「はぁ⁉︎ 付き合わないよ!」
「そう、でも私は付き合うわ。いいように利用されてね。もしあなたも私と付き合うというのなら、ある程度利用されてもいいわよ。──ああ、キスはもうしないから警戒しなくていいわよ。純蓮がうるさくてたまったもんじゃないわ」
日南さんは楽しそうに笑って、教室から出ていった。この心から湧いてくる嫌なものはなんだろうか。気色が悪い。




